By Kazuki Watanabe
「もし第10期スタンダード神決定戦に挑戦するならば、何を使うか?」
そう問われたら、あなたは何と答えるだろう?
3本先取の1マッチを制するために、様々な選択が考えられる。
まず考えられるのが、環境を調べ抜いて、最良のデッキを選択するというものだ。普段であればプロツアーの結果を元にある程度のメタゲームが固まっているのだが、プロツアー『イクサランの相克』はモダンであったため、いつもとは少し環境の解明速度が違う。その限られた情報の中で、最良のデッキを探り出して使いこなせば良い。
自分の得意とするデッキを使うという選択もある。相手がメタゲームに合わせて不慣れなデッキを使うならば、経験の差を凌駕する可能性を秘めている。無論、得意とするデッキに細かく調整を加えれば盤石である。
そして、これらを加味して「相手のデッキ選択」を読んだ選択もあり得る。読むべきデッキはただ一つ。相手の嗜好や様々な情報を収集して「対神決定戦専用デッキ」を組めば、勝利は目前である。
では、冒頭の質問を少し変えてみよう。
「あなたが、赤単をこよなく愛する挑戦者、光安 祐樹ならば?」
BIGsに所属し、あらゆるフォーマットで赤いアグロデッキを使い込む光安の立場だったならば。つまり、あなたの前には愛用する「赤単」がある。しかし、それは対戦相手……神も承知の上。さて、あなたは「赤単」を使うだろうか?
そして、「あなたがスタンダード神、岡井 俊樹ならば?」
プロツアー『イクサランの相克』に参加するために、モダンとリミテッドにほとんどの時間を割いたとインタビューで語っていた彼の立場だったならば。
メタゲームや得意とするデッキ、といった要素もあるが、何よりも対戦相手は「赤単をこよなく愛する”赤い閃光”」である。相手が赤いデッキを使う、という可能性は否が応でも脳裏に過るだろう。ならば「赤単」を倒すデッキを握るべきか? しかし、それを相手が読んで来る可能性もある。ならば、それを意識して……と、思考の渦に巻き込まれてしまうかもしれない。
彼らがどのような思考を巡らせ、何を選択したのか。
それが今まさに、明かされようとしている。
神だからと言ってハンデがあるわけではない。お互いのライフは20点で、初手は7枚。先手後手も、ダイスで決める。神への距離は等しい。
勝負を決めるのは、ここに至るまで、そしてこれから繰り広げられる「選択」である。
Game 1
《山》を置き、《ボーマットの急使》を戦場に送り出して攻撃。光安からの、十分すぎる自己紹介だ。
岡井は早速削られたライフをメモに記すと、《山》を置いてターンを返す。
続くターン、光安は2体目の《ボーマットの急使》を唱えて、そのまま攻撃へ。岡井は1体を《ショック》で除去しておく。
戦闘を終えた光安が唱えた《損魂魔道士》を《マグマのしぶき》で除去すると、岡井も《ボーマットの急使》を送り出し、こちらも自己紹介を終えた。両者の盤面には、《山》が2枚ずつ。
第10期スタンダード神決定戦は、赤単のミラーマッチである。
両者のデッキについて触れておきたいところだが、これらのデッキが持つ速さを考慮し、一息ついてからにするとしよう。
岡井も《ボーマットの急使》で攻撃。さらに《霊気圏の収集艇》をプレイするが、これは《削剥》で砕かれる。
光安は《アン一門の壊し屋》を追加する。岡井の唱えた《再燃するフェニックス》を見届けると、《ショック》で《ボーマットの急使》を除去し、《アン一門の壊し屋》を「督励」させながら、《ボーマットの急使》と共に攻撃を繰り出す。
岡井が《熱烈の神ハゾレト》を君臨させれば、光安も《熱烈の神ハゾレト》を唱えて攻撃を加える。
何もせずに岡井がターンを終えると、光安は《反逆の先導者、チャンドラ》を戦場へ。
そのまま攻撃を加え、鮮やかにライフを削り取った。
岡井 0-1 光安
既に述べた通り、この戦いは「赤単同士のミラーマッチ」だ。とは言っても、それは単純に「アーキタイプが同じである」ということしか示さない。両者の選択、デッキリスト、そしてそこに至る経緯には大きな差異がある。事前に公開された神と挑戦者の読み合い: スタンダード編、そして、デッキリストを眺めながら、彼らの思考を辿ってみよう。
光安の選択は、「慣れた戦略で真っ向勝負」という本人の言葉が示すように、自分が得意とするデッキを使うというものだ。《ラムナプの遺跡》と《暴れ回るフェロキドン》は失ったものの、未だにその強さを見せつけている「赤単」を研ぎ澄ましてきた。構成もシンプルに、「最高の赤単」を探ったものと言えよう。
彼のデッキ選択を予想していたものは多かったことだろう。
では、その挑戦者を前に、神はどうしたか?
神の言葉を引用しよう。
「五分五分スタートでミラーマッチ用の構築をすれば少しは優位を築けるだろうという魂胆です」
4 《陽焼けした砂漠》
2 《屍肉あさりの地》
-土地(24)- 4 《ボーマットの急使》
4 《狂信的扇動者》
4 《地揺すりのケンラ》
3 《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》
2 《ピア・ナラー》
4 《熱烈の神ハゾレト》
4 《再燃するフェニックス》
-クリーチャー(25)-
3 《削剥》
3 《反逆の先導者、チャンドラ》
2 《凶兆艦隊の向こう見ず》
2 《チャンドラの敗北》
1 《ピア・ナラー》
1 《マグマのしぶき》
-サイドボード(15)-
ここで注目すべきは「ミラーマッチ用の構築」という言葉である。
岡井のリストにはメインボードから《狂信的扇動者》《再燃するフェニックス》《霊気圏の収集艇》といったカードが採用され、「赤単を倒すための赤単」といった構築になっている。
「赤単」を持ち込むことで相性を五分五分に。しかし、それはあくまでもスタートラインだ。その上で構築を「対赤単」に寄せたものが、岡井のリストである。
神決定戦は3本先取だ。2ゲーム目でも、サイドボードには触れられないが、サイドボードとは相手のデッキに対して有利になるようにデッキを構築し直すためのものだ。つまり、岡井のデッキはメインボードの段階で「既にサイドボードを行った状態」と言っても過言ではないのだ。
確かに、「赤単」の経験では光安が長けている。ならばその経験の差を、構築で埋めてしまえばいい。
シャッフルを終えた岡井が、まずは1ゲームの差を埋めに行く。
Game 2
《ボーマットの急使》で岡井が戦端を開くと、光安は《山》を置いて一呼吸。こちらも《ボーマットの急使》で攻撃を加えて最初のターンを終える。
岡井は《ボーマットの急使》で攻撃を加え、《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》を送り出す。対する光安は《ボーマットの急使》と《損魂魔道士》を唱える。
互いにクリーチャーを並べた戦場を眺めて、岡井は熟考。的確な攻撃、そして除去を探るために思考を巡らせる。
《陽焼けした砂漠》を置いて1点を与えて、追加の《ボーマットの急使》を唱える。そして、《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》と2体の《ボーマットの急使》で攻撃を加えた。
光安「ブロックに入っていいですか?」
一言尋ねてから、《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》とラガバンの攻撃はスルーし、2体の《ボーマットの急使》のブロックを選択。一方には《損魂魔道士》、もう一方には《ボーマットの急使》を向かわせる。
手札に一度目を落とした岡井は、《損魂魔道士》に《ショック》を見舞い、さらに《ボーマットの急使》能力を起動して追放していたカードを手札に加え、戦闘を終える。
ターンを受けて光安も《ボーマットの急使》で攻撃を加え、《ピア・ナラー》を戦場へ。《ボーマットの急使》2体、《ピア・ナラー》、飛行機械トークンが並ぶ。
岡井は一度頷いてから、《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》で攻撃し、ラガバンと共に襲いかかる。この攻撃が通るのを確認してから、こちらも《ピア・ナラー》を唱えた。
4体ずつクリーチャーが並ぶ戦場を一瞥し、光安はありったけのマナを注ぎ込んで《熱烈の神ハゾレト》を唱えた。
戦場、手札、そしてライフを記したメモを見つめる岡井。《屍肉あさりの地》を置き、《マグマのしぶき》で《ピア・ナラー》を除去。さらに《地揺すりのケンラ》を唱えて《ボーマットの急使》を退けると、《熱烈の神ハゾレト》を意に介すことなく、一気呵成に攻め立てる。
大きくライフを失った光安は《陽焼けした砂漠》で1点を与え、《熱烈の神ハゾレト》の能力を起動してさらにライフを削っていくが、光安のライフは残り4。対する岡井は15と、大きく差が開いている。
その残り僅かなライフを削り取るために、岡井が《ピア・ナラー》《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》《地揺すりのケンラ》で攻撃を仕掛ける。光安は《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》の攻撃のみを通して、残りライフは3点。
マジックにおける、3点。それはあまりにも儚く、脆い。
《稲妻の一撃》が光安を貫き、ライフは0点。
岡井 1-1 光安
両者手早くデッキをまとめると、サイドボードに手を伸ばす。
光安はデッキを対赤単仕様へ。対する岡井は、赤単仕様のデッキを更に特化させる形だ。
目まぐるしく呪文の応酬が続いた室内に、静かな時間が訪れる。両者、ほとんど迷うことなくサイドボードを選び抜き、シャッフルを始めた。
ゲームカウントは1-1。互いにメインボードで勝利を掴み、3本目に挑む。
Game 3
マリガンを選択した光安が《損魂魔道士》を唱えてゲーム開始。対する岡井は《狂信的扇動者》を戦場に送り出した。
《損魂魔道士》で攻撃を加えると、光安は2体目の《損魂魔道士》も送り出す。次のターンも《陽焼けした砂漠》で1点を与えて《霊気圏の収集艇》を唱えると、2体の《損魂魔道士》で攻撃。片方は《稲妻の一撃》で除去されるが、じわりとライフを削り続けていく。
何もせずに岡井がターンを終えると、光安はこの隙を逃さず《霊気圏の収集艇》に「搭乗」して、エネルギーを使用する。しかしこれは《削剥》で除去された。
岡井はドローを確認するが、3枚目の土地を引くことができない。ひとまず《狂信的扇動者》で攻撃し、《凶兆艦隊の向こう見ず》を送り出すが、これには《ショック》が見舞われ、《損魂魔道士》による攻撃を受け続ける。
ターンを受けた岡井は念願の《山》をドロー。《狂信的扇動者》で攻撃を加え、《霊気圏の収集艇》を唱える。光安は《ショック》で《狂信的扇動者》を見舞い、「搭乗」要員を焼き払った。
土地が引けずに動きが止まりかけていた岡井。しかしそれはまた、「土地以外のカードが潤沢にある」という証左でもある。岡井のデッキに籠められた「挑戦者を焼き払うカードたち」が、今まさに唱えられる。
ドローした《陽焼けした砂漠》で1点を与えると、まずは《熱烈の神ハゾレト》。《霊気圏の収集艇》に「搭乗」する。《損魂魔道士》を従えた光安の《ショック》で-1-/-1カウンターが乗せられるが、わずかながらライフを回復させる。
続くドローは《山》。戦場に送り出されるのは、《栄光をもたらすもの》だ。再び《熱烈の神ハゾレト》で「搭乗」し、《栄光をもたらすもの》とともに攻撃を加える。
光安はこの間に《損魂魔道士》、そして《ボーマットの急使》を戦場に送り出すが、相手の攻撃を緩めることはできない。残りライフは11。
その残りを、岡井は躊躇せずに削り切る。まずは《狂信的扇動者》を送り出し、《ショック》で《損魂魔道士》を除去。そして《熱烈の神ハゾレト》と《栄光をもたらすもの》に戦場を走らせてから《熱烈の神ハゾレト》の能力を起動し、光安を焼き払った。
岡井 2-1 光安
Game 4
これまでのゲームとは変わり、1ターン目は互いに《山》を置くのみ。そして、戦場が静かなのは、この一瞬だけであった。
光安が最初に唱えたのは《地揺すりのケンラ》。これを岡井は迷わずに《マグマのしぶき》で除去し、同じく《地揺すりのケンラ》を送り出す。光安は《霊気圏の収集艇》を唱えて、続く「搭乗」要員を待つ。
3枚目の《山》を置いた岡井は《ピア・ナラー》を戦場に送り出し、《地揺すりのケンラ》で攻撃を加えた。
光安も同じく《ピア・ナラー》を唱えると、生成された飛行機械で《霊気圏の収集艇》に「搭乗」。エネルギーを使用し、失ったライフを回復させる。
戦場をじっくりと見つめた岡井は、飛行機械トークンと《ピア・ナラー》で攻撃。光安は《ピア・ナラー》を相打ちさせてからターンを受け、《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》と《地揺すりのケンラ》を唱える。そして、《地揺すりのケンラ》、飛行機械トークン、そして《霊気圏の収集艇》で攻撃を加えた。
岡井は身を乗り出し、カードを動かしながらブロッククリーチャーを指定する。まずは《ショック》で《地揺すりのケンラ》を、さらにエンドフェイズに《チャンドラの敗北》で《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》を除去し、順調に戦力を削っていく。
互いに土地を伸ばしながら、岡井は《再燃するフェニックス》を、対する光安は再び《航空船を強襲する者、カーリ・ゼヴ》を戦場へ。
戦線が膠着するかと思われたが、岡井の唱えた《熱烈の神ハゾレト》がそれを許さない。戦場に降り立つと、そのまま敵陣へ駆けて行く。
岡井のライフは13。対する光安は14。
光安は一度大きく息を吐く。《熱烈の神ハゾレト》を破壊することは不可能だが、力を弱めることはできる。《損魂魔道士》を唱えて、《削剥》を《熱烈の神ハゾレト》に見舞い、-1/-1カウンターを乗せた。
それを意に介さず、岡井は2枚目の《再燃するフェニックス》を唱えて戦力を増強。《霊気圏の収集艇》は居るが、手薄な空を攻め立てる準備が整った。
岡井「戦闘に入ります」
ターンを受けた岡井の一言ともに《再燃するフェニックス》2体が空を翔ける。
光安は《損魂魔道士》を《霊気圏の収集艇》に「搭乗」させて一方の《再燃するフェニックス》をブロックする。4点のダメージが通り、エレメンタル・トークンが遺った。
この《再燃するフェニックス》こそ、岡井が挑戦者を打ち払うために選んだ鍵だ。その鍵が、今戦場に集結する。
3枚目の《再燃するフェニックス》を送り出す。
光安はドローを確認すると、《陽焼けした砂漠》で1点。さらに再燃を待つトークンに《削剥》を見舞い戦力を削る。
これが最後の抵抗となった。
再び2体の《再燃するフェニックス》で攻撃。同じように《霊気圏の収集艇》でブロックされるが、《狂信的扇動者》の能力で《霊気圏の収集艇》を除去し、相手の防衛線を崩壊させる。
すべての対抗策を失った光安は手を差し出した。そして、笑顔でこう告げたのだ。
光安「おめでとうございます」
岡井はその手を握り返し、そして再び、神の座へ就いた。
岡井 3-1 光安
「ミラーマッチ」
この言葉にネガティブな印象を持つ人も居るかもしれない。どこか不毛な印象を受け、面白くない、と。
しかし、ここで繰り広げられた戦いは「同じアーキタイプ同士の戦い」という一言で片付けられるような、単純なものではなかった。両者のデッキは同じ「赤単」ではあったが、まったく違うものであったと言っても良いだろう。
同じアーキタイプでも、カードの選択によって細かな差異が生まれる。その差異が様々な戦略を生み、勝利と敗北を齎す。
挑戦者は愛用する武器を磨いて神に挑むことを選んだ。神は挑戦者の選択を読み、それを上回った。
岡井が選んだのは「ミラーマッチ」ではない。「挑戦者を討ち果たすための、最良の選択」だったのだ。
第9期スタンダード神決定戦で、和田 寛也から受け継いだ座を、彼は守った。
あの時に神と握手を交わし、トロフィーを掲げた手で、
再び彼は、神になる。
第10期スタンダード神決定戦、勝者は岡井 俊樹!
防衛、おめでとう!