エピローグ

晴れる屋

By Kazuki Watanabe

 世界選手権2017が終わり、私はこの原稿をボストンのローガン国際空港で書いている。

 先ほど、1つの物語を書き終えた。世界最強の男が魅せた完全なる勝利と、決勝の場で敗れた男が魅せてくれた笑顔である。今回の取材を締めくくるのにふさわしいエピソードだとは思うのだが……一つ、紹介したい話がある。搭乗時間までの僅かな時間を、私はその執筆に充てたい。今しばらく、皆様にもお付き合いいただければ幸いだ。

 世界選手権という名のとおり、ボストンには世界中からプレイヤーとスタッフが集まってきた。私も日本から凡そ17時間の空の旅を経てこの地を訪れ、そして今去ろうとしている。ハビエルやマルシオたちとは、会場で「また会いましょう」と別れの挨拶を交わしてきた。

 ここでご紹介するのは、とあるトッププレイヤーとの別れである。

 ハビエルの前でシャッターを切った瞬間から、遡ること4時間。

 もう一人、決勝の場で戦い、そして敗れた男がいた。

 マーティン・ミュラーである

マーティン・ミュラー -成長、感謝、そして祝福-

 チームシリーズの決勝で、GenesisはMUSASHIに敗れた。

 会場が歓喜の渦で湧き、日本人が集う中、私はその輪から少し離れた。インタビューで、決勝に向けた熱意を直接味わっていた私は、彼の悔しさを想像し、静かに彼の姿を見つめていた。

 すると、彼の方から私に気づいてくれた。そして、試合の内容について言葉を交わすわけでもなく、「疲れた?」「いや大丈夫」と2,3の言葉を交わしながら、二人で会場の外に出た。MUSASHIの面々が祝福される温かい空気を背に。

 普段のインタビューや対戦の様子からどれだけ伝わるかは分からないが、マーティン・ミュラーは寡黙な選手だ。言葉と笑顔は少なく、シンプルな言葉で自分の思考を伝えてくれる。本人は「英語が苦手なので、そうなってしまうんです」とその理由を述べ、チームメイトであるブラッド・ネルソンは「彼はシャイなのさ」と彼の性格を語ってくれたことがある。

 何度も間近で戦いを見つめ、取材を申し込んできた私は、そういった彼の性格を知っている。「彼へのインタビューは、なるべくシンプルに」。これが、私の見出したマーティン・ミュラーに取材を申し込む際の鉄則……であった。そう、前回までは

 今回の世界選手権2017での彼は、少し違っていた。もちろん、これまでに何度も顔を合わせているから、という側面もあるだろう。しかし、それでは説明しきれないくらい、彼は変わっていた

 私がボストンに到着し、ホテルのロビーで待ち合わせをしたときのこと。彼は笑顔で現れて、「お久しぶりです。日本からの長旅、大変ですね」と私を労い、握手をしてくれた。インタビューを申し込めば、「もちろんいいですよ」と一言。試合前に「幸運を」と声をかけると、「ありがとうございます」と微笑み返してくれた。

 至極当然のように思うかもしれないが、これまでの彼からは考えられない変化だ。昨日彼に行ったインタビューが想定より長いものになったのは、想像以上に会話が弾んだ結果である。

 その変化をどう表現すれば最初は良いのか少々迷ったのだが、彼の年齢を思い出したときにその迷いは消え去った。

 彼は“成長”している。

 いくら若いとはいえ、トッププロとして世界で戦う彼に対して正しい表現なのか自信はない。しかし、これ以外の言葉が私には思い浮かばないのも事実である。

 会場の外に出ると、空は雨模様であった。会場の温かい空気との差もあり、想像以上に寒さが身に染みる。小雨が降るボストンの街中を二人で歩いていると、彼は少し寒さで震えながら、チームシリーズの感想を述べてくれた。その第一声は、後悔でも反省でもなく、

マーティン「偉大なるチームメイトたちに、まずは感謝したいです」

 という仲間への感謝の言葉であった。

マーティン「悔しさはもちろんあります。ですが、それ以上にこの6名で戦えた喜びが上回ります。全員が、世界最高のプレイヤーです。敗れはしましたが、僕はこのチームが最高だったと胸を張って言えますよ

 そして、次なる戦いを見据えて、

マーティン「世界選手権の本戦を含めて、色々なことを学びました。さらに強くなれると信じています。次の大会に向けて、支えてくれている人のためにも、Hareruya Prosとして勝利できるように準備を始めます。Genesisとしての戦いは終わりましたが、僕たちが仲間であることはいつまでも変わらないですからね」

 と微笑みながら決意を述べる彼を見て、私は痛く感動した。19才という若さで仲間への感謝を述べ、悔しさを味わいながらも前を見据え、そして成長を誓う、トッププレイヤーの言葉に

 そして、別れのときだ。

 交差点で立ち止まり、彼に「私は、まだ会場に残らねばなりません。それと、今夜の飛行機で日本に帰ります」と告げた。

 すると彼は笑顔を見せ、そして私を抱きしめながら、こう言ってくれたのだ。

マーティン「次は必ず、勝ってみせます。空の旅、気を付けて。また会いましょう」

 喧騒の中で、涙腺の緩む音がする。しかし、悔しさを振り払って歩き出そうとしている若者の前で泣くわけにはいかない。必死に私は笑顔を作り、彼の背中を叩いた。

――「信じています。また会いましょう」

 そう言葉を振り絞るのが、私の精一杯であった。


 信号が変わり、若きプロプレイヤーが歩きだす。

 すると、彼は途中で立ち止まって、振り返った。

 そして、”仲間への感謝の言葉”で始まった会話を、彼は“対戦相手への祝福”で締めくくった。

マーティン「MUSASHIの皆さんに伝えてください。おめでとう、と」

 笑顔を見せてから前を向き、再び歩き出した彼の背中を見て、私の涙腺は限界を迎えた。急いで振り返り、私は会場へと戻った。少しだけ強くなった雨に、感謝をしながら。

 これが、ボストンの街中で起こった”事実”である。今もこの胸に、彼の言葉が残っている。そしてこれは、どれだけ長い時間空を飛ぼうとも、消え去ることはない。


 「人がいる限り、物語が紡がれる」

 これが、私のテーマである。

 勝者の物語があれば、敗者の物語もある。圧倒的な強さを見せたジェンセンの裏には、力強く戦って敗れたハビエルがいる。MUSASHIが祝福される中、会場を去り、成長を遂げていく若きトッププレイヤーがいる。

 多くの人が目にする「世界選手権2017の物語」は、ウィリアム・ジェンセンとMUSASHIによる勝利の物語だ。

 しかし、読者諸賢の胸には、ハビエル・ドミンゲスとマーティン・ミュラーの物語が刻まれたことだろう。

 マジック:ザ・ギャザリングが持つ最大の魅力は、単なる勝敗や、カードの強弱ではない。勝敗や強弱によって齎される、人々の物語だと私は信仰している。

 そしてそれは、時にどんな小説よりも、そう、日常で味わうあらゆる出来事よりも奇であり、魔法にかかったような不思議な感覚を、我々に味合わせてくれる。

 なぜならば、我々が手にしているカードに描かれているのは、魔法(マジック)なのだから。

マジック:ザ・ギャザリング世界選手権2017 現地レポート

fin.

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