はじめに
再びこんにちは、若月です。
前回に続き、『ラヴニカのギルド』以降のニヴ=ミゼットの動向を解説します。メインは何といっても『灯争大戦』直前、ニコル・ボーラスとの戦い!カードでは描かれず、また詳細は長いこと(2019年秋頃まで)判明していなかったものです。ラヴニカ最強のドラゴンが本気で戦うその雄姿は、イゼット団員ならずとも必見ですよ!!
なお今回の記事は、主に『灯争大戦』の前日談、すなわち『ラヴニカのギルド』『ラヴニカの献身』のメインストーリーが語られた連載小説「The Gathering Storm」の内容が元になっています。
前回のお話
- 2020/02/25
- 第94回 イゼットの創設者、ニヴ=ミゼット
5. 世界の守り手
2018年秋。『カラデシュ』~『ドミナリア』を経て、ニコル・ボーラスが侵略しようとしているという事実が判明したラヴニカへ帰ってきました。このときは肝心のジェイス、ギルドパクトの体現者までもそのニコル・ボーラスとの戦いに関係して長いこと不在という状況でした。
ラヴニカのほとんどの人々は、多元宇宙やプレインズウォーカーの存在を知りません。ですが、外の世界からの侵略がやって来るのです。それを迎え撃つことになるニヴ=ミゼットは、このことを知っていたのでしょうか?
Guilds of Ravnica Bundle付属小冊子 P.13より訳
ニヴ=ミゼットは常に魔法の物理的特性へと熱心な目を向けており、あと少しで何か大いなる知識の井戸へと手が届くのではと推察して長い。もしもこのドラゴンが多元宇宙の性質を発見してしまったなら、プレインズウォーカーへと厄介事を招くだろうとして、ラル・ザレックは自身の性質を長年に渡ってギルドからひた隠しにしている。
この件については長いこと「(プレインズウォーカーと)個人的に会ったことがある」という記述があるだけで、ニヴ=ミゼットがきちんと知っているのかどうか明確にはわかっていませんでした。そしてその強い好奇心を考えるに、ラルの怖れは実にもっともに思えました。『戦乱のゼンディカー』の少し前のエピソードで、その辺りが詳しく語られています。
公式記事「電光虫プロジェクト」より引用
それを差し引いても、ニヴ=ミゼットがその真実を手にしたならどう動くか、どんな恐ろしいことが待っているかを彼は十分予測できた。彼は好奇心の精神にのっとって、発見したありとあらゆるプレインズウォーカーを熱心に解剖するだろう。もしくは自身の優位性を主張し、自身の存在に関する嫉妬心を鎮めるべく、単純に全員を食べてしまうだろう。彼はあらゆるプレインズウォーカーの行き来を追い、ラルが苦心の末にイゼット団の中に成し得た尊敬を受ける地位を駄目にしてしまうだろう。
書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」P.209より
「結局のところ、ギルドマスターへと他次元の存在を隠すというラルの試みは完全に不必要なものだった。多元宇宙はラヴニカよりも広大であり、その間を旅する能力を持つ者達が存在することを、自称「竜英傑(ドラコジーニアス)」ニヴ=ミゼットはすでに知っていたのである」
ですよねーーーー。このことを念頭に置いて《パルン、ニヴ=ミゼット》の不敵な笑顔を見よう。「そんなことも知らないと思った?」と言われているようじゃないか。まあそもそもギルドパクト調印時に(当時まだプレインズウォーカーだった)アゾールと会っているんだしなぁ。
さて、『ラヴニカのギルド』のメインストーリーが始まって早々に、ニヴ=ミゼットは来たるニコル・ボーラスの侵略に対抗すべく動き出します。まずは部下でありプレインズウォーカーでありボーラスとの繋がりのあるラル・ザレックに、「自分は全て知っている」と告げるところから。第82回にも取り上げましたがその「ラルの身バレ」シーンがこちらです。
「The Gathering Storm」チャプター1より訳
「怖れることはない」なぜか、ドラゴンの声色には楽しむような様子があった。「ニコル・ボーラスの工作員と会っていたのだな」
「!」 ラルは凍り付いた。ニヴ=ミゼットは知っている、だが果たしてどこまで。「ギルドマスター……」
「ああ、ラルよ。おぬしは実に賢い」ニヴ=ミゼットの巨大な頭部が近づき、その顎が開かれた。「人間にしては。イゼット団のギルドマスターを、我はどれほどの長きに渡り務めてきたか言うてみよ」
「始まりの時より」ラルはかろうじて声を出した。「創設者なのですから。少なくとも1万年は」
「1万年」ドラゴンは頷いた。「その年月の長さを想像しうるか?1万年をかけて、この都市と人々を見守る。1万年をかけて、宇宙の法則に心を巡らす。それでいておぬしの些細な秘密を知らぬとでも思うか」
ニヴ=ミゼットの精神的な声が咆哮にまで大きくなった。「この我が、理由もなしに火想者と呼ばれておると思うのか?」
ラルは無意識に一歩後ずさり、頭を下げた。「とんでもありません、ギルドマスター」彼は躊躇し、そして恐る恐る顔を上げた。「いつからご存知だったのですか?」
「おぬしがプレインズウォーカーであることを、か?ここに来たときより。真実を知ってさえいれば、その徴を読むなど難しくはない」
「では、なぜご存知でないふりを?」
ニヴ=ミゼットは乾いた含み笑いを漏らした。「1万年の間に我は学んできた。知らぬと思わせておくことこそ、最高に効果的な戦略であると。おぬしの些細な楽しみを止めさせる理由もなし……これまでは」
ラルはニヴ=ミゼットに対して、ずっと怖れと尊敬を向けながらも、プレインズウォーカーではない・多元宇宙の存在を知らないということで優越感を抱いてきました。ですがニヴ=ミゼットの方ではその全てを把握しながら、腹心の部下を信頼し、その矜持を大切にしてあげてきた。ここはラルの思い込みを笑うよりも、ニヴ=ミゼットの器の大きさに素直に感服です。
そしてニヴ=ミゼットは、ボーラスに立ち向かうために二つの計画を明かしました。一つはギルドパクトの魔法を改訂し、ボーラスに対抗するための絶大な力を手に入れること。ジェイス・ベレレンが不在の今、そのためには全ギルドを話し合いの座に着かせ、同意させる必要があります。それがどれほど困難かは言うまでもありませんが、ニヴ=ミゼットはその遂行をラルへと命じました。こちらも第82回からの再掲になりますが、とてもいいやり取りなのでもう一度。
「The Gathering Storm」チャプター1より訳
「おぬしに命ずるのだ。全力を尽くして遂行せよ、でなければほかの者を探すのみ」そこでニヴ=ミゼットの声色は和らいだ。「それが完遂したならば、我はもはやイゼット団のギルドマスターではなくなる。ギルド構造から離れる。我らがギルドは創設1万年にして初めて、新たなギルドマスターを迎えることとなろう」
ドラゴンは目をすっと狭めた。「卒業試験のようなものと思うがよい」
「私は……」
ラルは背筋を伸ばした。即座に理解し、ニヴ=ミゼットの言葉に震えた。ドラゴンの意図は疑いなかった。その提案は……ずっと求めてきたものだった。自らの能力に相応しい地位、イゼット団のギルドマスター。目の前に、可能性という宇宙が開かれたのを感じた。そのためにはただ、10の宿敵同士を同意させればいい。1体の古く強大なドラゴンに、もう1体を倒すための力を与えるために。
そしてもう一つが、プレインズウォーカーのラヴニカ出入りを感知する「電光虫計画」の拡張です。その結果を長いこと改竄してきたラルは一瞬ひるみましたが、ニヴ=ミゼットはどこか楽しそうに説明しました。それは全多元宇宙のプレインズウォーカーへと呼びかけを送り、ラヴニカに来てもらうというもの。とはいえその信号を受け取ったとして、ラヴニカで何が起こっているのかを彼らは知りません。ボーラスと戦ってくれるかどうかも無論わかりません。それでも、備えがあるに越したことはないのです。ラルは感心とともに了承し、最高の人員をその業務に割り振ると約束しました。
……ところで今の私達は知っています。こうして築かれた《次元間の標》に呼び寄せられたたくさんのプレインズウォーカーが、ボーラスに次々と灯を刈られたという事実を。この、明らかにボーラスにとって都合のよい展開は果たして偶然だったのでしょうか?
実はこの少し前、ニヴィックスへとディミーアの工作員が侵入していました。目的はニヴ=ミゼットの思考を奪うこと……ではなく思考を「植え付けること」。かつてジェイス・ベレレンに心を覗かれて以来、ニヴ=ミゼットは思考を察知する魔法への防御を固めていました。ですが、こちらから何かを仕込むのはまだ容易だったのです。その工作員は発見され捕らえられましたが、後にラザーヴ自身がラルに接触し、その侵入を自分は指示していないことを、そしてディミーア家に何者かが潜入していると伝えました。これも何度か書いてきましたが、ラザーヴは諜報のギルドの長として早くからボーラスの存在に気付き、警戒していたのです。
つまりそのニヴィックスへ入り込んだ工作員は、ボーラスの手下だったのです。ボーラスの目的――多くのプレインズウォーカーを集めてその灯を収穫する、そのためにラヴニカへとプレインズウォーカーを呼び寄せる……すなわち《次元間の標》を作らせ、利用するために。
6. ギルド会談
やがてラルの奔走と苦労は実を結び、アゾリウス評議会本拠地、新プラーフにて10のギルドから代表者が集まりました。
そしてイスペリアの司会で会議が始まります。ラルは事前に、多元宇宙の存在やラヴニカに迫る脅威について大まかに伝えていました。何人かは懐疑的でしたが、すでにボーラスの存在と侵入に気付いているラザーヴ、直接繋がりのあるヴラスカとケイヤがその言葉を支持します。セレズニアの代表として来たイマーラは、議事会内でも工作員によって内乱が起こりかけていたと証言し、一方グルール一族の腹音鳴らしは、それは試練だとしてボーラスの到来を歓迎する様子すら見せました。
とはいえ、ラルやヴラスカやケイヤですらボーラスの真の力や目的を把握しているわけではありません。それがラヴニカにとってどれほどの脅威なのか、出席者たちに判るはずもありませんでした――そこで、本題を告げるべくニヴ=ミゼットが姿を現しました。彼は雨が降りしきる外から、音もなく窓を開けて会議場に着地し、告げたのです。その言葉は出席者全員の脳内に響き渡るようでした。
「The Gathering Storm」チャプター10より訳
「ヴラスカは正しい。おぬしらは迫りくるものを理解しておらぬ。だが我は違う」ニヴ=ミゼットは巨大な頭部を動かし、順に主席者を見据えた。「我はギルドの創設者である。ラヴニカにて1万5千年以上を生き、おぬしらの誰も想像しえぬ数の挑戦を退けてきた。いかなる生者も持たぬ知識を、時に消えし魔術を、製法の失われし武器を保持しておる。その我が告げよう。ニコル・ボーラスは我よりも強大であると」
長い沈黙が訪れた。
ようやく、オレリアが口を開いた。「敵わないほどの力を持つ相手だとしたら、なぜ私達をここに集めたのですか?」
「敵わぬわけではない。その者を止めるべく我は動いてきた。かつてないほどに危険かつ強烈な儀式を行うというものだ。それは必要とする力を我にもたらすであろう」
「だがそれはギルドパクトを侵すことになろう」ようやく理解したという声色で、ラザーヴが言った。「安全策を用いるつもりだな」
アゾールは最初のギルドパクトを作成した際に、それが失われたときのために安全策を用意していました。全ギルドの合意があればギルドパクトを改訂できる、というのもその一つ。ギルドパクトの体現者がいれば話はずっと簡単ですが、ジェイスはラヴニカから姿を消して久しく、こうして会議を招集するしかありませんでした。
それに、ニヴ=ミゼットに力を与えるとして、イゼット団をどうするのか。ギルドマスターの座からは降りると彼は言いますが、多くの出席者は素直に受け入れませんでした。そしてイスペリアの提案で、各自この議題を持ち帰って検討することとなり、会議は一旦散開となります。
……ですがその夜、過去の遺恨を捨てきれないヴラスカは1人イスペリアに対峙し、石化の視線で相手を暗殺したのでした。自分の行動が全ギルドの協調を壊すとわかっていても、復讐心を抑えることができなかったのです。内心では、ここにいないジェイスへと謝りながら……。
翌朝、戻ってきた出席者たちは無残な姿になったイスペリアを目にして騒然となります。明らかに、それはゴルガリ団による敵対行為。落ち着くようにという静止も聞かず、誰もが自らのギルドへと速やかに引き返していきました。かくしてギルド会談は失敗に終わったのですが、ラルはまだ諦めていませんでした。
同チャプターより訳
ラルは目を閉じた。瞼の裏に、暗黙の迷路の地図が広がった。ギルドパクトの体現者の座を巡る競争以前、ニヴ=ミゼットのために編纂したものが。その経路は全ギルドの区域を通り、ラヴニカの基礎構造を維持する魔力のネットワーク。それを変更するには、全ギルドの同意を必要とする。ギルドパクトの魔法は、全ギルドに触れているために。
ただし……
脳裏に何かが浮かび上がるのを彼は感じた。計画に青写真、第10管区に配置する一つの機械を。
前に進む道を。
その後ラルはニヴィックスに戻り、ニヴ=ミゼットへと状況を報告。任務は、失敗。とはいえまだ終わってはいないと告げると、ニヴ=ミゼットですら少々驚いたように見えました。ラルは部下に命じて第10管区の詳細な地図を広げ、説明を始めました。そこに記されているのは暗黙の迷路のルート。ニヴ=ミゼットもよく知るものです。
それは端的に言うと、ギルドパクトを形成するマナの力線、その一部を人工的に構築して経路を表面的に偽装する……要するにギルドパクトを誤魔化してやるというものです。そのための技術や装置自体はすでにありました。そしてほんの短時間だけ保てば、全ギルドの合意がなくともギルドパクトを改訂し、ニヴ=ミゼットにボーラスと対抗する力を与えることができるのだと。ですがそこにはいくつかの問題がありました。増幅器を正確な箇所に配置しなければならず、中でも激しい抵抗が予想されるゴルガリ団とグルール一族の領域を避けることはできません。そこは、力づくで行くしかありませんでした。
そこから先もまたとても長くなるので省略しますが(すでにとても長い)、ラル達は抵抗に遭いながらも装置を配置し、ギルドパクト改訂の準備を整えることに成功しました。そしていよいよボーラスの到来が迫る中、ラルは制御室から装置を起動し、ギルドパクト移譲の儀式を開始します。部下たちが各重要地点での状況をモニターしてラルに伝えます。緊迫した空気の中、第10管区に張り巡らされたいくつもの機械がエネルギーを放出し、繋ぎ、順調に事が進んでいる――そう思われました。
力線の緊張をラルが感じ取ったその瞬間、どこか深くで爆発音が響き、さらにその後も数回爆発音が続いたのです。制御室でも火花が散り、連鎖的に爆発が起こり、そしてブラックアウトしました。ラルは必死に状況を把握しようとしますが、明かりが戻ると制御盤の一つが滅茶苦茶になっており、破片が直撃したのかゴブリンの助手が血を流して倒れていました。
「The Gathering Storm」チャプター17より訳
「何が起きた」ラルはゴブリンの死体から無理矢理目を離し、声をきしませた。「報告を!」
「第2ノードへの接続から激しい流入がありました」1人のヴィダルケンが返答した。「それは確かです。接続を切れず、そしてここの蓄電装置がオーバーヒートしました」
「向こうから来たのか?」ラルは眉をひそめた。「それはありえない。共振器は全てここから制御している。もし蓄電装置がオーバーヒートしたとしても、接続は切られるはずだ。制御不能になりはしない。もう一度確認――」”
『ありえなくなどない』ニヴの精神波による声が轟いた。困惑した技術者たちの様子を見るに、全員がそれを聞いているらしかった。『これは偶然の失敗ではない。第2ノードはアゾリウスの領域内にあった』ドラゴンの声色が落ち込んだ。『ドビン・バーンが裏切ったのだ』
ここに至って、ニヴ=ミゼットは気づきました。ヴラスカの裏切りには二つの目的があったという可能性に。イスペリアを排除するだけでなく、ドビン・バーンをアゾリウスの長に据える。ボーラスの息がかかっているプレインズウォーカーを、ギルドのトップへと……。ですが今それを追求したところで、何もかも遅すぎるともわかっていました。
7. ボーラスとの戦い
ラルの前で、ニヴ=ミゼットは自らの過失を認めました。ニコル・ボーラスを侮っていたと。そしてまもなく来たるものへの予感とともに、彼は告げました。
「The Gathering Storm」チャプター18より訳(以下、この項目での翻訳は同ページより)
「おぬしは務めを果たしてくれた」
火想者は巨体を窓へと近づけた。「ギルド会談が決裂した際、おぬしは我が期待すら上回る働きを見せてくれた。ラルよ、よくぞ我が要望を全て果たしてくれた」
心地の悪さにラルの皮膚がうずいた。そのような賛辞は――そもそも賛辞などは――全くもってニヴ=ミゼットらしくないものだった。ラルは咳払いをし、静電気を帯びた手を髪へと走らせた。
ニヴ=ミゼットからの賛辞。平時であれば、どれほど誇らしく光栄なことでしょうか。ですがもう時間はありませんでした。ニヴ=ミゼットが窓の外を示すと、地平線の先に一本の光線が走っていました。橙色をしたそれは次第に広がっていきます……世界を裂くように。ニコル・ボーラスが、大軍勢を引き連れて現れようとしているのです。実際にそれを見て、ラルも真に理解しました。勝てない戦をボーラスが仕掛けるわけがないのです。ボロス軍の兵士、イゼット団の発明や兵器、シミックの魔道士――それら全てに勝利できるとボーラスは見込んでいるのです。
ニヴ=ミゼットがギルドパクトの力を得られないなら、ラヴニカに残された手段は一つ。次元間の標を起動し、多元宇宙のプレインズウォーカーへと到来を呼びかける。戦ってもらうために――極めてわずかな希望に思えましたが、ニヴ=ミゼットはそれをラルへと託しました。そして自らは……
「よろしい」ニヴ=ミゼットは背を向けた。「急ぐがよい。標は改竄できぬかもしれぬが、ボーラスはそれでも破壊してのけるであろう。我はそれを、可能な限り押し留めよう」
「――今何と?」ラルはすでに、標に到達する最速の道を考えていた。だがニヴ=ミゼットの言葉に我に返った。「それはどういう……」
「我が全力をもって、ボーラスを食い止める」火想者が身振りをすると、巨大な窓が音もなく開いた。ニヴィックスを取り囲むように風がうねり、吠えていた。
「ですが……」ラルはかぶりを振った。「あの装置です。肝心なのは、ニヴ=ミゼット様がニコル・ボーラスに対抗するには、あの装置を……」
ニヴ=ミゼットが最後に今一度振り返り、見つめた。ラルは言葉を飲み込み、その巨大な、古の瞳と目を合わせた。ドラゴンの頭部を縁取る襞が揺らめいた。
「ご武運を」ラルは静かに言った。
「成功させるのだぞ」とニヴ=ミゼット。「いかなる犠牲を払おうとも。さもなくばこの全てが無と帰すのだから」
イゼット団の創設者、火想者ニヴ=ミゼットは高層の大窓から飛び立った。翼が広げられ、力強い羽ばたき音で夜の大気をとらえ、上空へと舞い上がった。彼方では橙の光が両側へと拡大を続け、その先にある姿の輪郭が見えた。湾曲した2本の角を持つ、巨大な頭部が。
空を舞うニヴ=ミゼットの前方で、橙の光を放つ世界の裂け目から、鉤爪の手が現れました。そして輪郭を浮かび上がらせ、ニコル・ボーラスが世界の隙間から踏み出します。初めてその姿を見たニヴ=ミゼットは感じました――不格好、と。2本脚で立つ姿、平らで幅広の顔は人間に似すぎているように感じたのです。人間は悪くない種族ですが、自分がそうなりたいとは思っていませんでした。ボーラスはしばし周囲を見渡し、そして上空のニヴ=ミゼットを認識しました。
ですがニヴ=ミゼットが重視するのは礼儀や騎士道精神ではなく、効率。そして戦いにおいて、効率とは勝利に繋がるものです。彼はこのときのために第10管区の各所に備えていた装置を、精神波で起動しました。何週間に渡ってそれらが蓄えてきたエネルギーが空へ放たれ、ニヴ=ミゼットへと収束します。一点に凝縮されたとてつもないエネルギーが、かつてラヴニカが聞いたこともないような雷鳴と共に、目標へと振り下ろされました。その不意打ちにボーラスは体勢を崩して倒れ、辺りの建物は崩れ、火の手と悲鳴が上がります。とはいえ、もちろんこれで終わるわけはありません。瓦礫と塵の中からボーラスがゆっくりと立ち上がりました。胸の鱗は焦げ、ですが口には笑みを浮かべて。遂に、2体のドラゴンは対峙したのです。
「ニヴ=ミゼット、不遜なる火想者よ。この未開の世界で、我に相応しい戦いを提供する者があるならば、おぬしであろうと思っておった」
「それは光栄の極み。失望はさせぬ」
「降伏せよ――という勧告は無駄であるな」
「ポータルを引き返して閉じるがよい」ニヴ=ミゼットは声を響かせた。「さすれば命までは取らぬ」
「上等である」笑みと共に、ボーラスは言った。「では始めようぞ」
魔力が爆ぜ、混沌のエネルギーが散りました。火球、稲妻、光線、はたまた防護、打ち消し。しばしの間、2体は猛烈な魔法の応酬を続けます。その一つひとつが、定命の魔道士であれば全力を要するような強烈なものです。かと思えば、鉤爪と尾と炎というドラゴンの武器を駆使して。ニヴ=ミゼットはボーラスの焦げた鱗を引っ掻こうとしましたが、それは避けられたので、代わりに手首に噛み付いて剣のような牙を突き立てました。
「よろしい」ボーラスはうなり、もう片方の掌をニヴ=ミゼットの頭蓋に当てた。ボーラスの橙色の両目が漆黒へと変化し、その精神の力が2体の間にうねった。
それは一瞬にして定命の精神を灰と帰すものだったが、ニヴ=ミゼットはそのような存在ではなかった。彼こそは火想者、齢1万5千歳、そしてこれまでに彼は如才なく学んでいた。ボーラスの精神攻撃、暴力と忘却の黒き潮流が、ニヴ=ミゼットが張った精神的障壁に叩きつけられた。しばし彼の防御はその波に強張るが、ボーラスの力が引いたとき、ニヴの防護は無傷のままだった。開くと思っていた扉に跳ね返されるようにボーラスは後退し、ニヴ=ミゼットはその好機に手をうねらせ、ボーラスの胸を鉤爪で引っ掻くと宙へ舞い戻った。
「これでも失望しておるか?」
自分に肉体的な傷を与えるだけでなく、精神魔法にも耐えてのける。これにはボーラスも相手の実力を認めざるをえませんでした。
「多少は……やりおるようだな」ボーラスは背筋を伸ばし、翼を広げた。ニヴ=ミゼットが与えた深い胸の傷から、黒い血が流れ出ていた。「だが、我には及ばぬ」
「それでも、おぬしは我が世界を訪れた」ニヴ=ミゼットは高度を上げた。「なにゆえだ?単純な征服欲か?この世界の定命らに何か求めるものがあるというのか?」
ボーラスは口の端を歪めた。「おぬしには決して理解できぬことだ」
「多くは理解できると自負しておるぞ」
「おぬしが言うようなものではない」ボーラスの両目の輝きが真紅へと引いた。「定命。おぬしは自らがそこに含まれぬように言う。だが我は生まれしときより、おぬしの遥か高みにある存在であった。おぬしが臆病で矮小な生物よりも高みにあるように。プレインズウォーカーは、ただ旅人のごとく次元間を飛び回るだけの存在ではなかった。我らは世界とその内の全てを手中にしていた。生物、都市、大地そのものを。神などという哀れな生物も、我らに比較したなら無に等しかった。そのような栄光を抱くとはいかなるものか、想像してみよ!そして泥中へ引きずり倒されたならば!」
その語尾は咆哮となり、街路や建物に響き渡った。ニヴ=ミゼットは手頃な尖塔に着地して首を傾げ、考え込んだ。
「なるほど。極めて腹立たしいことになるであろうな」
「腹立たしい、では済まぬ」ボーラスは嘲って言った。「矮小なる子竜よ、これよりおぬしを倒す。そして我は物事をあるべき姿に戻す。おぬしの次元、そしてその全てが、我が命令に下るであろう」
大修復によるプレインズウォーカーの弱体化。この件についてボーラスはこれまで数度語ってきました。同じく力を失った旧世代プレインズウォーカーのリリアナに、そして栄光ある過去など知らない新世代プレインズウォーカーのジェイスに。大修復という出来事をニヴ=ミゼットが知っているかどうかは不明です。それでも、長い間多元宇宙の中で孤立していたラヴニカに、この60年間で再び外の世界からの訪問者が見られるようになった(=大修復によってその孤立が解消された。詳細は第60回・82回あたりに)。その変化自体には気づいているでしょうね。
そのようなやり取りを経て、戦いが再開しました。燃えさかる岩の雨、腐敗の毒気。魔法の鍔迫り合いの中、ニヴ=ミゼットは不愉快な真実を認めなければなりませんでした。このような対決では、長い目で見ればこちらが敗北すると。ニヴ=ミゼットは1万5千年以上に渡って、ラヴニカ最強の存在と自負してきました。相手があの悪魔ラクドスであろうと、戦ったなら自分が勝つと思っていました。とはいえ実際にそのような事態を招くのは、ひどく野暮なことだと感じていましたが。
2体は手を掴み合い、ボーラスは口を開くと炎の奔流を吐き出し、ニヴ=ミゼットも自身のそれで対抗した。2体の炎の噴出は凄まじい爆発となった。熱の波は2体を飲み込み、ニヴの鰭を焦がした。彼は体重を動かして片方の腕を離し、そして身を屈めると後脚でボーラスを蹴りつけ、相手を宙に舞わせた。ボーラスが翼で態勢を直すと、ニヴ=ミゼットも再び空中に飛んだ。
「おぬしは勝てぬ。わかっておろう」
「かもしれぬ」半ば自らに向けて、ニヴ=ミゼットは言った。「だが試してみよう」
そしてニヴ=ミゼットは上空から飛びかかり、ボーラスは身構えて受け止め、その勢いのままに2体は降下していきました。ニヴ=ミゼットが離れると、ボーラスは着地しようとしますが、そこで地面がないことに気付きます。そこはシミック連合のゾノット、ラヴニカの地表に開いて古の海へと続く深い孔。ボーラスは虚を突かれてそのまま落下し、翼を使おうにも強く羽ばたけるような空間的余裕がありませんでした。すかさずニヴ=ミゼットは炎の槍を喉から放ちました――ボーラスに向けてではなく、ゾノットの周囲に。ただちに莫大な量の岩石や建築物の塊が、猛烈な雨あられとなってボーラスへと降り注ぎました。
凄まじい塵や悲鳴の中、ニヴ=ミゼットは動きを止めて耳を澄ましました。これでボーラスを殺せたとは思っていませんでしたが、あのドラゴンといえども何万トンという瓦礫の中に埋もれたなら少しの間は――そう思った瞬間、黒い稲妻が空へと放たれ、頭上の雲を割りました。続いて、暗黒の球体がゆっくりと浮上してきたのです。ゾノット周辺からは瓦礫の崩落が続いていましたが、その虚無の球体に触れるや否や、跡形もなく消滅しました。球体は雲の高さに至ると静止し、そして弾けて黒い火花の雨を降らせ、それは触れたもの全てを完全な無へと消し去りました。
ボーラスは球体のあった場所に浮かび、巨大な翼をゆっくりと羽ばたかせ、その胸からは今も黒い血が滴っていた。彼はニヴ=ミゼットを睨みつけた。その瞳は憤怒に赤く燃え盛っていた。
ニヴは視線を返した。そして何か奇妙な、馴染みのない感情を覚えた。それは何なのか、彼はしばし考えた。
恐怖。それが結論だった。つまり、恐怖とはこのようなもの。
そのようなものは、火想者に相応しくない。ゆえに彼はそれを振り払った。ボーラスが伸ばした手から、死と破壊のうねりが放たれようとしていた。それでもニヴ=ミゼットは立ち向かうように吼え、飛び立った。
……これがニコル・ボーラスとニヴ=ミゼットの、戦いの結末になります。後に残ったのは、焼け焦げた頭蓋骨だけでした。ラルは次元間の標の起動へと向かっていたために、この戦いを目撃してはいません。そして繰り返しますが、この戦いの場面は一切カードで語られていません。マロー曰く、元々は『ラヴニカの献身』でニヴ=ミゼットが死亡する場面のカードがあったらしいのですが……。
そうしてニヴ=ミゼットはここでラヴニカから一旦退場することになりますが、彼は自らの死にすら備えていたのです。
8. 復活へ
『灯争大戦』の本編小説「War of the Spark: Ravnica」は、「精霊龍/Spirit Dragon」と「ドラゴンの霊/Dragon Spirit」の謎めいた会話から始まります。場所は……瞑想領土。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター1より訳
精霊龍とドラゴンの霊は、会話に興じていた。
「その装置はどの程度おぬしを保持できるのだ?」精霊龍は尋ねた。
「一世紀ほどであるな」ドラゴンの霊が返答した。「あるオルゾフの司教の精神を剥いで確認した。あやつらはそういったものの専門家である。幽霊のな。技術は全て我がものだ。素晴らしいであろう」
「無論」精霊龍は銀製の小箱を一瞥した。繊細な金線細工、音を立てる歯車構造に光が揺らめくクリスタルが、ドラゴンの霊の姿をその箱の上、清々しい曙光に映し出していた。「サルカン・ヴォルがここへ運び込んだ。有難いことだ」
「?????」となる読者をよそに、2体はこれから起こる戦いについての展望を語り合います。ニコル・ボーラスを打倒するには良質な作戦だけでなく、その完璧に近いタイミングでの遂行と極めつけの幸運が求められます。そしてボーラスの弱点は、過剰なほどの自惚れと他者を全く信用しないこと。それにもし成功したとしても、少なくとも何百という命がこれから失われるだろうと……。長い時を生きてきた2体のドラゴンにとって、大破壊などこれまで幾度となく目にしてきたものではあるのですが、それでも今回は特別でした。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター1より訳
「つまるところ、我らはすでに見てきているのだ。定命は栄える。定命は滅亡する。演目が始まる。演目が終わる。そしてまた別の演題が続く。もし死していなければ、今一度の大変動をしかと見届けていたところであった。その殺戮がいかに破壊的なものであろうとも」
「それで済むはずもないとは判っておろうが。我が片割れが勝利した暁には、次なる大変動などありえぬ。演目は終わる、それは確かに。だが次の演題は『絶対君主ニコル・ボーラス』となろう。そして他の演者は一切、舞台に上がることを許されぬ。やがて一世紀かそこらが経過し、その美しき玩具が機能を止めたなら、おぬしは本当に再演に応えようというのかね?」
この言葉に、ドラゴンの霊はしばし黙っていた。再び口を開いたとき、その声は冷静だった。
「では、我らは今どう動く?」
「今?幕が上がるのを待つのだ、ニヴ=ミゼットよ。幕が上がるのを……」
そして物語はしばしこの2体から離れて進み、中盤でのこと。戦いを率いるラルやゲートウォッチは、ボーラスとの対決の前にクリアしなければならない条件の一つとして、ニヴ=ミゼットの復活を挙げました。ニヴ=ミゼットをギルドパクトの体現者として復活させる、その名も「絶体絶命作戦/Operation Desperation」。でもこの名前考えたの誰だよ、話中でも笑われてたぞ。こちらの展開はウェブ連載版で詳細に語られたのでここでは大まかに辿ります。
必要となるのはニヴ=ミゼットの焼け焦げた骨、瞑想領土から召喚した霊を中に入れるための《火想者の器》、そして各ギルドから代表者の出席とラヴニカの力線。最も大変だったのは全ギルドの協力を得るところでしたが、ケイヤ達の奮闘が実って今回は代表者を揃えることができました。力線については、エキスパートであるニッサがいました。
力線が通るギルドパクト庁舎の残骸の中、ニッサの指揮で復活の儀式が開始されました。当初は問題なく進むものと思われましたが、途中で《永遠神ケフネト》にその様子が気付かれてしまいます。出席者らは動ける状況になかったのですが、儀式の進行を見つめていたプレインズウォーカー、テヨが咄嗟に盾を張り、ケフネトの拳を受け止めました。
テヨは《次元間の標》の呼びかけに引かれるようにして覚醒し、ラヴニカへとやって来た新米も新米のプレインズウォーカーです。見知らぬ世界でわけも分からず戦いに巻き込まれながら、多くの出会いを得て瞬く間にたくましく成長していたのです。ケフネトは巨大な拳を何度も叩きつけますが、テヨが限界に達する寸前に儀式は完了しました。
Magic Story『灯争大戦』 第5話「絶体絶命作戦」より引用
けどテヨはレヴェインさんとギルド代表者10人に必要な時間をくれた。盾に守られて、儀式が終わった。たくさんのマナが参列者を通って火想者の骨と器へ流れ込んでいった。黄色と橙色の炎が黄金色に変わって、器の中の青と赤の煙に点いた。その煙は一瞬だけ紫色に燃えて、けど黄金色の炎がほかの全部の色を圧倒した。炎は形をとってドラゴンの骨の周りに固まっていって、満たして、骨を、命のある生物に変えていった。
そして、ニヴ=ミゼット様が蘇った。眩しい黄金の鱗は、その目に輝く光と同じ色だった。胸には十角形が刻まれて――実際には焼きつけられて――黒、青、緑、赤、白の魔力の球が周りをうねっていた、まるで太陽を巡る5つの惑星みたいに。
蘇生するや否や、ニヴ=ミゼットは容易くケフネトを倒しますが、復活してすぐに一気に力を使ってしまったためかそこで倒れてしまいます。ですが、無論それで終わりではありませんでした。最終決戦でのこと、リリアナが意を決して反逆し、永遠神をボーラスに向かわせます。ボーラスはそれを押しとどめるのですが、そこでニヴ=ミゼットがハゾレトの槍を持ってボーラスを背後から突き刺したのでした。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター64より訳
その背後に浮かび、槍を構えていたのはあの幼龍、ニヴ=ミゼットだった。
ボーラスは混乱した。『殺したはずでは?』
返答するように、ニヴはその槍をボーラスの背中深くに押し込んだ。相手の口から、うめき声がはっきりと漏れた。
ニヴは残忍な笑みを浮かべ、ボーラスへと思考を返した。『誰よりもおぬしが知っておろう、我らドラゴンはたやすく死にはせぬと』
第83回にもこのやり取りを取り上げましたが、上のニヴ=ミゼット vs. ボーラスを踏まえた後に読むと一層ぐっときますね。これが致命傷になったわけではありませんでしたが、痛みと驚きにボーラスは大きな隙を作ってしまいます。その瞬間を逃さず、リリアナはボーラスの灯を永遠神へと食わせることに成功したのでした。
9. ギルドパクトの体現者として
Magic Story『灯争大戦』:第5話「絶体絶命作戦」にて、ラル・ザレックはニヴ=ミゼットがギルドパクトの体現者となることへの展望をこう述べていました。
「ラヴニカ最古の、賢く、尊敬に値する創設者の1体として、10のギルド全てと門なしにも分け隔てなく、公明正大な調停者という新たな役割を果たすだろう。ベレレンよりもいい仕事をしないわけがないのは、誰の目にも明らかだ」
この台詞には誰もが同意していました。ジェイスと縁が深いイマーラ・ラヴィニア・ヴラスカがムっとしたのは笑いどころですが。イマーラはともかくラヴィニアはジェイスにかなり苦労させられていたし、ヴラスカは元々よそ者のジェイスがその座に就いたことを快く思っていなかったのにねえ。
さて、ニヴ=ミゼットのギルドパクトの体現者としての最初の仕事は、ボーラスの手下であったプレインズウォーカー3人の追跡と暗殺を命じることでした。そして確実にその任務を遂行させるために、ギルドパクトとしてのバックアップも忘れません。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター20より訳
「私は違うよ」ヴラスカはいくらかの満足とともにイスペリアを見つめ、そして一同へと向き直った。
「ドビン・バーンを庇うつもりはないけど、構おうとも思っちゃいない。それにラヴニカやゴルガリ団から離れようって気もない。でも、あんたらが私や私の行動をどう思ってるかくらいはわかってる。はっきり言っておくと、イスペリアを殺したのは個人的な理由からだ。ニコル・ボーラスのためじゃない。けど、個人的な動機を置いても、あのドラゴンがやって欲しかったまさにそのことを私はこなした、それもわかってる」
火想者は告げた。「そしてその結果が我らの同盟の破綻であり、我は一時であるが死亡し、危うくボーラスの勝利となるところであった」
「そこは議論の余地があります」とケイヤ。
感謝するようにヴラスカは頷いた。
「もしお前が協力しないなら、ゴルガリ団はほかの9つのギルドによって砕かれるだろう。そこに議論の余地はない」 とはヴォレル。
「大いにあるわよ」ケイヤも言い返した。
ラルも割って入った。「それはほぼありえない。そんな争いはギルドパクトの体現者が防ぐだろう」
ニヴは鼻孔から煙の輪を二つ吹き出し、その言葉について熟考したように見えた。「いかにも。そのような争いは防がねばなかろう。だが介入すべきときを見計らうよりも早く、ゴルガリ団に多大な損害が与えられるやもしれぬ。とはいえ、ヴラスカ女王がバーンの殺害に成功したなら、過去の罪状は全て赦免としよう。そしてほかのギルドもゴルガリ団に手出しはせぬこと。我に二言はない」
この最後の台詞です。ヴラスカ的には過去の罪状なんて知ったこっちゃないと言いそうなのですが、そうではなくニヴ=ミゼットの言葉をスッと受け入れていました。ほかのギルドからもこの決定に異を唱える者はありませんでした。
やがてラル・ヴラスカ・ケイヤが任務を終えて戻ってくると、ニヴ=ミゼットは会議を招集しました。虚偽の主張ができないように各人が《真理の円》に入って追跡や戦いの状況を述べ、そして証拠の品を差し出しました。
中でも、ケイヤが持ってきたのは《鎖のヴェール》でした。付き添うテヨが盾魔法の光球に包んだそれを差し出すと、ニヴ=ミゼットは手を触れることなく細工箱の中に安置させます。それが殺害の証拠になるのかという疑問の声もありましたが、ケイヤの説明に嘘はなく、またリリアナは死ぬまでそのヴェールを手放すことはないだろう、というラヴィニアの保証もあって任務は完了したと認められました。なお、詳細についてはケイヤのリリアナ追跡について解説するときに書きますが、このヴェールは間違いなく本物です。
続いてヴラスカによるドビンの追跡と、ラルによるテゼレット追跡の説明が行われました。後者については第93回で語りましたが、ラルはテゼレットに敗北したものの、エーテリウムの腕を差し出され、それを虚偽の証拠として用いるよう言われていました。ですが、ラルはそれを屈辱と感じ、正直に自らの敗北を伝えます。ニヴ=ミゼットは口にこそ出しませんでしたが、自身の後継者に対する失望の色を隠せませんでした。
10. おわりに
話中の時間軸としては続編Forsakenの数か月後。《牢獄領域》にて「精霊龍」は「定命の龍」へと敗因を語って聞かせるのですが、彼は真っ先にニヴ=ミゼットの存在を挙げていました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター69より訳
「よかろう。過失とは?」
「うむ。初めに、おぬしは二ヴ=ミゼットを余りに侮っておった――火想者は古龍でもプレインズウォーカーでもないがゆえに。おぬしはあの者を殺しはしたが、その霊を追跡するには至らなんだ。おぬしの目には、あの者は小さき存在と映るであろう。だとしても二ヴは強大な古よりのドラゴンであり、自らの備えを行っておった」精霊龍は傍らに開いて横たわる、銀製の小箱を指さした。その優美な金線細工、歯車とクリスタルの仕掛けは今や焼け焦げて無用となっていたが、その役割を果たしたのだった。「二ヴの霊はその中に収められておった。そしてヴォルがここへ、我がもとへと持ち込んだ。蘇生のときまで守るために」
ニヴ=ミゼットは侵略者を退けてラヴニカを守るための役割を確かに果たし、古龍のプレインズウォーカーの目から見ても、その存在は決して小さくなどなかったということです。
たとえ次元は渡れなくとも、10のギルド間の調和を約束するギルドパクトは、ラヴニカという一つの世界における繁栄と平和の礎です。遥かな昔からその世界に生きてきた、見守ってきたドラゴン以上にその座に相応しい存在はないでしょう。本人曰く「真に相応しき地位」。人知を超えた知性を誇り、多種多様な魔法だけでなく強靭な爪と牙と灼熱の炎を武器とし、傲慢で偏執的で、けれど器が大きくて、いざとなれば世界を守ることを第一に考える。このドラゴンがいる限り、ラヴニカという世界は今後も大丈夫だろうと私は思うのですよね。
それではまた次回。今度こそヴラスカの話ができたらいいな。
(終)