決勝: 細川 侑也(東京) vs. 谷 千春(東京)

晴れる屋

By Atsushi Ito


ここまで来ましたよ

 決勝戦が始まる前、谷がそう話しかけてきた。その言葉で、一週間前のことを思い出す。

 一週間前、【プロツアー『霊気紛争』地域予選】で、谷は今日と75枚全く同じデッキでトップ8に入っていた。

 《難題の予見者》が4枚。無色土地のスロットに、《ウギンの聖域》に加えて《ガイアー岬の療養所》《嘆きの井戸、未練》。3枚ずつの《解放された者、カーン》《精霊龍、ウギン》、代わりにわずか2枚にまで減らされた《忘却石》。そしてキーパーツ、たっぷり3枚も搭載された《歪める嘆き》


嘆きの井戸、未練精霊龍、ウギン歪める嘆き


 緑単トロン。一度見れば「ああ、あの人か」とわかる、もはや名刺代わりとすら言っていいほどに特徴的なそのレシピは、【PPTQシーズンの初めから使っている】という谷の調整の集大成だ。それぞれなぜこの枚数なのかはわからないが、2度も勝っているからには明確に強い理由がある。少なくとも谷の中には、経験的に蓄積されたロジックがあるはずだ。そのロジックが、先週末は谷をプロツアーまであと一歩というところまで連れてきた。

 だがシングルエリミネーションで谷は、勝てば【プロツアー『カラデシュ』地域予選】に続いて2連続で権利獲得となる関川に、あっさりとトスをする。

 マッチカバレージをとる予定で傍にいたこともあり、これほどの実力を持ちながらプロツアーで自分の力を試したくないのだろうかと思い理由を聞いてみると、「有給がもうないから」と笑いながら答えてくれた。「カバレージはとって欲しいけど、仕方ないですね」と続ける。

 そして、谷はこう宣言したのだ。「来週のモダン神でも、カバレージとってもらえるよう頑張ります」と。

 それを受けての「ここまで来ましたよ」である。こんなに格好良い約束の守り方もなかなかないだろう。

 今日は谷もトスをしない。「ここまで来た」からには、最後まで勝ちきってカバレージに載りたいに違いない。

 ……もし谷が勝ったら神決定戦当日はちゃんと休めるのだろうか。若干心配しつつ、そんな谷の対戦相手に目を向ける。

細川「トロンきついのに2回も当たるとは……」

 細川は【カードショップ遊々亭】のライターでもあり、カバレージもこのサイト上にあるものだけでも【「バトルワーム」劇場】【30歳のマジック】など、名カバレージをいくつも執筆している。

 細川が使うのはドレッジ。細川は昔、エクステンデッドというフォーマットがあったころから《イチョリッド》《ゴルガリの墓トロール》を愛用していただけに、その生まれ変わりであるモダンで同アーキタイプを選択したのはもはや必然と言えるだろう。


ゴルガリの墓トロール


 細川を象徴するエピソードといえば、【あの日見たクソデッキの名前を僕達はまだ知らない。 vol.3】の冒頭でも触れた「アトランタ」だ。

 参加権利を獲得し、飛行機にまで乗ったにもかかわらずプロツアーに参加できなかった悔しさは、本人にしか理解しえない。

 地域予選のトップ8で谷は「有給がない」と言ってトスをしたが、もし同じ境遇に置かれたら、細川なら仕事を辞めてでもプロツアーに行くかもしれない。どちらが良いとか悪いとかではないが、細川にとってプロツアーとはつまるところそれぐらい大きなものなのである。

 プロツアーへの権利を譲った谷と、プロツアーに焦がれ続ける細川。カバレージを書いてもらうために勝ち残った谷と、カバレージを書く側としても活躍する細川。

 そんな二人が決勝戦で戦うというシチュエーションには何となく因果を感じざるをえないが、神に挑戦できるのはただ一人。

 最後の戦いが、いま始まる。






Game 1


 先手はスイスラウンド上位の細川。マリガンしつつも、先手2ターン目にプレイした《安堵の再会》で「発掘」がスタートする。

 3枚のドローをそれぞれ《ゴルガリの墓トロール》《ゴルガリの墓トロール》《臭い草のインプ》の「発掘」に置換して一気に17枚を掘り進めた細川に対し、谷は《探検の地図》を設置しつつウルザ土地2種を構え、次のターンには7マナ出ることを予告してターンを返す。

 先手3ターン目。《ナルコメーバ》《秘蔵の縫合体》でアタックした細川は、土地を置いて《恐血鬼》2体を墓地から戦場に呼び出しつつ、墓地の《信仰無き物あさり》を「フラッシュバック」でプレイ。さらなる「発掘」で早々にゲームの決着をつけにいく。

 だが。



谷 千春


「待ってください!」

 ここでライブラリーをめくりにかかろうとした細川を谷が静止。プレイしたのは《歪める嘆き》で、【準々決勝】でも活躍した「ソーサリー呪文を打ち消す」モードで打ち、細川の「発掘」を少しでも減速させようとする。

細川「そんなの入ってるんだ……さすがに盲点」

 意外なカード採用に動揺したか、細川はこのターン墓地から戦場に戻した《恐血鬼》によって誘発していた《秘蔵の縫合体》を1体、戦場に戻し忘れてしまうが、一方このプレイで谷には《探検の地図》の起動マナがなくなってしまったため、返すターンのアクションは3種目のウルザ土地をメインでサーチするだけで終了。この隙に細川は《壌土からの生命》を「発掘」しつつ8点アタック、谷のライフを8まで落として「切り札」に備える。

 そして後手4ターン目。ついに降臨した谷の《精霊龍、ウギン》が細川のクロックをすべて追放する。しかし、それは既に細川の計算のうちだった。

 再び《壌土からの生命》を「発掘」した細川は、フルタップの谷に対して「切り札」を解き放つ。


燃焼


 《燃焼》フラッシュバック、本体10点!


細川 1-0 谷


 マリガンをものともしない、鮮やかすぎる先手5ターンキル。

 『カラデシュ』以前から既に一線級のデッキだった「ドレッジ」は、先ほどのゲームで細川が2ターン目にプレイした《安堵の再会》の参入によって大幅に強化された。


安堵の再会


 一方、「トロン」については新しい戦力が入ってきているわけではないが、「ドレッジ」がポジションを上げ、苦手な「親和」や「バーン」が減ってきた昨今のモダンのメタゲームにおいては、「ドレッジ」との相性が良いため、注目を浴びている。


精霊龍、ウギン


 その対「ドレッジ」戦における相性の良さを支えているのが、《精霊龍、ウギン》。普通に除去すると何度でも舞い戻ってくる《恐血鬼》《秘蔵の縫合体》のセットだが、それらを《ナルコメーバ》ごとまとめてゲーム外へと追放できる「-X」能力は、「ドレッジ」相手の必殺技だ。

 だが、その《精霊龍、ウギン》のマナコストは8マナ。トロン土地3種から生成できるのは7マナのため、登場するのは最速でも4ターン目になる。

 4ターンあれば、「ドレッジ」はライブラリーの半分近くを掘り進められる。《歪める嘆き》《信仰無き物あさり》をカウンターできたこともあり、《精霊龍、ウギン》はプレイできたが、そこまでに作られたクロックが谷のライフを《燃焼》圏内まで落とし込んだ。

 あえて言うならば、スイスラウンドの順位が7位と低く、メイン戦で先手をとられてしまったのが谷の最大の敗因だろう。

 だが、ここからは墓地対策も遠慮なく投入されるであろうサイド戦。勝負はまだ、わからない。


Game 2


 マリガンしながらもトロン土地2種に《探検の地図》と最高のスタートを切った谷に対し、ダブルマリガンとなってしまった細川はそれでも《傲慢な新生子》を谷のターンの第2メインに起動して《ゴルガリの墓トロール》を捨て、「発掘」をスタートさせるが、《秘蔵の縫合体》は落ちるものの《ナルコメーバ》《恐血鬼》もめくれず、クロックを作ることができない。

 一方、この隙に谷は《古きものの活性》《絶え間ない飢餓、ウラモグ》を手に入れると、淡々と土地を伸ばしていく。

 細川も「発掘」しながら《壌土からの生命》をプレイして土地を置き損ねないようにするのだが、エンド前の《探検の地図》起動、さらに《森の占術》《ウルザの塔》をサーチされると、次のターンには《絶え間ない飢餓、ウラモグ》が出てしまうという状態に追い込まれてしまう。

 それでも、細川にできるのはただ墓地を全力で肥やすことしかない。



細川 侑也


 通常ドローを「発掘」に置換してから《信仰無き物あさり》を「フラッシュバック」すると、めくれた《ナルコメーバ》2体が墓地の《秘蔵の縫合体》3枚を誘発させる。さらにフェッチを置き、《恐血鬼》2体をいつでも出せる状態にしてターンを返す。

 先手5ターン目。谷の行動は、もちろん《絶え間ない飢餓、ウラモグ》

 細川のライブラリーはちょうど20枚。1ターンしのげば《絶え間ない飢餓、ウラモグ》の攻撃時の能力でライブラリーアウトで勝てる計算だ。





 だが、ここで谷は《絶え間ない飢餓、ウラモグ》プレイ時の追放能力の対象を、《秘蔵の縫合体》ではなく、細川の土地2枚と宣言する。そしてそれは、致命的な一手だった。

 細川は瞬時に計算を始める。

 エンド前のフェッチ起動で《恐血鬼》2体を戦場に戻し、自分のターン。もはや「発掘」の必要はないと言わんばかりに通常ドローすると、2ターン目から墓地に眠っていたカードを「蘇生」する。


災いの悪魔


 墓地から蘇った《災いの悪魔》が細川のクリーチャー8体を強化し、谷に襲いかかる。

 《絶え間ない飢餓、ウラモグ》で1体を止めてもなお22点が貫通することを確認した谷は、潔く投了を宣言した。


細川 2-0 谷





 第8期モダン神挑戦者決定戦、優勝は細川 侑也!

 おめでとう!!




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