こんにちは、若月です。
この連載では時々「リマスター」シリーズとしてウェザーライト・サーガを追っています。かなり忘却の彼方ですがMOで『Tempest Remastered』が実装されたのを口実に一回書いてみた→好評だったので継続、という流れでした。そして時々、主にスタンダードのセットでの物語が落ち着いている頃に扱ってきました。進行状況は現在のところ、
書き出してみて《こんな顔》になった!開始から3年半経ってまだ折り返してすらいない! 今年せっかくドミナリア次元を再訪したのに大して進まなかったというのも痛かった……だって『ドミナリア』は『ドミナリア』で語るべきカードが山ほどあったんですもの。それどころかむしろまだまだ語り切っていない……ならば今回は『アライアンス』に駒を進めましょう。『ドミナリア』で待望というか衝撃というかの登場というか再登場を果たした《ヤヤ》についても一緒に語りながら!
とはいえ、ヤヤはそれこそマジック初期からの人気キャラクター。20年以上に渡って並々ならぬ愛着を持ち続けている方も多いでしょう。あくまでこの記事は私の視点からのものであり、皆さんの愛着や解釈を壊そうという意図は全くありません。どうかそれをご了承ください。
1. カードで追うヤヤ・バラードの歴史
カードでキャラクターを表現するというのは難しいものだと思います。小さなテキストスペース、優先されるべきはもちろんカード能力です。それでもマジックは黎明期からたくさんの人気キャラクターを生み出してきました。そしてコミックや小説までは手を出さない、それほど熱心な背景ファンではない層からもある程度の人物像を把握され、最初に人気を得たキャラクターはヤヤではないかと思います。
《火葬》フレイバーテキスト(日本語訳は『基本セット第10版』のものです)
ええ、「こんがり焼けた」って言いえて妙だと思うわよ。
――特務魔道士、ヤヤ・バラード
《Melting》フレイバーテキスト(日本語訳はWisdom Guildデータベースより引用)
おまえ達があたしの周りを取り囲んでいるってのに、太陽なんかいるの?
――特務魔道士、ヤヤ・バラード
《倒壊の言葉》フレイバーテキスト(日本語訳は『基本セット第5版』のものです)
壁?そんなものがどこにある?
――特務魔道士、ヤヤ・バラード
《Wall of Lava》フレイバーテキスト(日本語訳はWisdom Guildデータベースより引用)
そう毎日は見られない代物よ。
――特務魔道士、ヤヤ・バラード
登場しているのはどれも赤いカード。火力、そして雪を融かしたり壁を破壊したり。それだけでこのヤヤ・バラードというのは「赤い呪文を操る豪快で気風のいいキャラクター」だとわかります。今でこそ当たり前になった、カードでのキャラクター描写の先駆けです。
ところで彼女の役職らしき「特務魔道師」とは何か? 当時のカードには特に説明されていませんでした(調べた所現在もなし)。ですがありがたいことに、いつもお世話になっておりますアルガイヴの歴史家アルコル氏が『アイスエイジ』小説で説明してくれていました。
小説『The Eternal Ice』 チャプター6冒頭より抜粋・訳
氷河期の間には、精霊術師や文書記録者、機械技師に水術師、シャーマンや結界師といった人々がいた。そして特定の一色や色の組み合わせを専門とする魔術師がいた。他の魔術師と戦うだけの魔術師、探究の泥濘に沈んだきりの魔術師がいた。
そしてまた、特務魔道士がいた。
特務魔道士というのは単純な視点から生まれ出た。定義としては一つの呪文を学んだ者。多くはなく、そして自ら呪文を上手く作り出す者は非常に稀である。その意味で特務魔道士は楽士に似ている。真に素晴らしい吟遊詩人は詞を紡ぎ、旋律を生み出し、あらゆる楽器に秀で、気品と鋭気をもって演奏を行う。だがほとんどの者はそういった真の歌い手でも作曲家でも演奏家でもなく、そしてそれを気にすることもない。一つか二つの良い歌を知っており、音程を保ち、そういった歌で人々を楽しませる、それだけである。
そういった人々の魔術師版が、特務魔道士である。彼らは僅かな呪文にとても秀でていながら、魔術の性質を追求しようという意欲や能力を持たない。彼らの多くにとって魔法とは小奇麗な見世物であったり、日銭を得る手段であったりする。そのため彼らはその能力を最高の入札者へと売るのである。
つまり特務魔道士とは「一つの専門分野に特化してそれを生計の手段とする魔術師」。同じTask Mageでも『プロフェシー』に《一芸魔道師の集会》というカードがありますが、このアルコル氏の記述を読むに「一芸魔道師」という表現は非常に適している気がします。
ヤヤは『アイスエイジ』『アライアンス』のキャラクターであり、そこから時代を経た『ミラージュ』からは(当然ですが)登場が途絶えます。とはいえやはり人気だったのでしょう、その後の基本セットでフレイバーテキストがヤヤの台詞へと変わったものがありました。
特に《インフェルノ》なんて、あれ最初からヤヤの台詞じゃなかったっけ? と思ってしまいます(初出は『ザ・ダーク』)。ご存知の通りヤヤは後にプレインズウォーカーになったので、ドミナリア次元の通常セットを飛び出していった、と解釈しても面白そうです。
そして長い時が流れて『時のらせん』。「時の裂け目から過去のキャラクターが姿を現した」という設定で、それまでカード化されていなかったドミナリア次元の有名人がたくさんカード化されました。一つ前のセットである『コースドスナップ』と合わせて、この頃から「過去の有名キャラクターのカード化」が始まりました。今ではこれは統率者シリーズの定番になっていますね。
多くのプレイヤーはここで初めて「ヤヤ・バラード本人」を目にしたのでした。
『時のらせん』ブロックでは様々な過去の要素が再登場しており、クリーチャー・タイプの「スペルシェイパー」も実に久しぶりでした。いえ、ヤヤについて重要なのはクリーチャー・タイプではなくその能力!
初期にヤヤの人物像を語ってくれた代表的なカードが、今度はヤヤ本人の能力になったなんて素晴らしいじゃないですか!
繰り返しますが『時のらせん』でカード化された過去の有名キャラクターは、「時の裂け目から姿を現した」という設定であり物語に関わっていません(《ザルファーの魔道士、テフェリー》も「過去の有名キャラクター」ではありますが、彼はフェイズ・アウトから帰還して時の裂け目の災害に挑むという設定でしたので別です)。カードとして登場したヤヤはあくまで過去の姿、では実際のヤヤはどうなったのか? 小説にはごくわずかな記述があったのですが、これが結構物議をかもしました。《フレイアリーズ》と《ジョダー》の会話です。
小説「Planar Chaos」P. 178より訳
「ならそうしなさい。私にも名前だけなら心当たりがあるわ。一体誰が助けに来てくれるのかしらね。カーン? テフェリー? ヤヤ・バラード? 誰がそもそもあなたを気にかけるなんて余裕があるのか–人造に、燃え尽きた頭でっかちに、子供みたいな特務魔道士」
ジョダーの両目が見開かれた。彼は咳こみ、折れた歯を吐き捨てるとフレイアリーズをまっすぐに凝視した。そして静かに告げた。「ヤヤはもういない」
一瞬、プレインズウォーカーはひるんだ。
原文は「Jaya’s gone」。割とどうとでも取れる表現ではありますが、この場面のジョダーの態度や、後にフレイアリーズがこの発言について謝る(!)など、割とざわついた……ように思えます(私の周りだけだったかもしれませんが)。何せ12年も前なので記憶が曖昧な所は許して(なおウェザーライト・サーガ本編よりはずっと最近である)。
そして時のらせんブロックすなわち「大修復」を経て、『ローウィン』に初のプレインズウォーカー・カードが登場しました。マジックの各色を体現するような五人のうち、赤担当を見た時の多くのプレイヤーの反応ははっきりと覚えています。
「ヤヤじゃん!」
炎のフレイバー、その格好、特にゴーグル。そして「ヤヤに憧れている」「ヤヤが設立した修道院で修行した」という設定が明らかになって、ああなるほどねー、と皆納得していきました。以後ヤヤについては、多くの「過去に登場した有名キャラクター/プレインズウォーカー」の一人として時折の思い出話にのぼるくらいでした――『ドミナリア』までは。
ですがそちらは現代のストーリーに戻る時にとっておくとして、『アライアンス』の話に進みましょう。
2. ヤヤとジョダー
昔からヤヤと密接に関わってきたキャラクターがジョダーです。『アイスエイジ』ブロックの主人公であり、ウルザの直系の子孫。最新資料でははっきりとウルザの。とはいえヤヤとは異なり、カードとしては《ジョダーの報復者》があるだけで本人は長いこと登場してきませんでした。この連載では数度取り上げてきましたが、どんなキャラクターなのでしょう? 『ドミナリア』アートブックでの記述を紹介します。
書籍「The Art of Magic: the Gathering-DOMINARIA」P. 74より抜粋・訳
齢四千を超えるジョダーは、「永遠の大魔道師」の称号を二千年前に得ていました。古の工匠ウルザの直系の子孫として、ジョダーは若い頃を、ウルザと弟ミシュラとの戦争を劇的に終わらせたウルザの殲滅破の余波とやり合って過ごしました。彼は氷河期を終わらせたフレイアリーズの世界呪文に貢献し、もっと後にはウルザの正気を取り戻させる助けをすることで、ファイレクシアの侵攻に対する防衛を間に合わせました。彼は時の裂け目がドミナリア次元を脅かした際に再び表舞台へと姿を現し、大修復においてジョイラに力を貸しました。
ヤヤとジョダーの関係は氷河期から始まります。ヤヤは若い頃、盗みを働くことで生きてきました。あるとき彼女は不可視の学院のジョダーの部屋に侵入し、捕まってしまいます。ですがジョダーは彼女を罰するのではなく、魔法を学ぶ機会を与えました。あまり仲の良い師弟関係ではなかったようで、やがてヤヤは特務魔道士として独立しますが、以後も師弟兼友人同士のような関係は続いていました。
ジョダーはプレインズウォーカーではありませんが、青年時代にゴブリンの群れから身を隠すべく《若返りの泉》に入り、溺れかけたことにより長命となりました。そして本人はそうならないよう常に意識してはいるものの、その長命ゆえに価値観や感覚が少々ずれている所があります。そしてヤヤはそれを遠慮なく指摘できる数少ない(もしくは唯一の)人物です。『アイスエイジ』の小説に印象的な台詞がありました。
小説『The Eternal Ice』 P.181より抜粋・訳
ヤヤは表情を引き締め、そして発したその声には毒があった。「あんたのそういう所、本当に嫌い」
「そういう所?」 きょとんとしてジョダーは尋ねた。
「その自己満足と優越感」 ヤヤはそう言い放った。「その自信と力。永遠不滅の大魔道士様! 氷の上を小妖精が滑ってるみたいな最悪の状況だって華麗に切り抜けてみせる。どんな疑問にだって答えてみせて、どんな状況にも対処してのける! あんたが自分が何者かを思い出す前の方が良かったわよ。混乱してた時の方が。自分が本物じゃないって思ってた時の方が。調子良かった時の方が」
まるで殴られたかのように、ジョダーは唖然とした。
同P182より抜粋・訳
ヤヤは厳しい視線でジョダーを見つめた。「それに、どうして私があんたと一緒にいると思ってるの? ついて行きたいから? 幾らかの呪文を学びたいから? いつかどこかの氷水の街で偉くなりたいから? どうして、そもそも私があんたを追ってきたと思うの、あんたの事を諦めた魔術師だって多かったのに?」
ジョダーは瞬きをした。「それは、考えたこともなかった……と思う」
ここまで言うことができるというのは、逆にヤヤのジョダーに対する師匠兼友人としての信頼があるからこそだと思います。ジョダーにとってもヤヤは大切な存在、自分を人間として保ってくれる存在、そして背中を守ってくれる存在でした。
3. アライアンスというセット
さて、物語の話をする前に、過去の「リマスター」シリーズのテンプレに則ってセットのカードの話を。
「アライアンス/Alliances」とは「同盟」の意。『アイスエイジ』の物語ラストで氷河期が終わり、ドミナリアの気候は兄弟戦争以前のものに戻りました。そのためカードイラストも、寒々としたものは前セットよりだいぶ少な目です。
そして『アライアンス』は発売当時から強力なカードが多数収録されていることで知られていました。ちなみに私はちょうど受験で少しマジックから離れていたため、『アライアンス』のパックを全く買っていませんでした(今でもそれは後悔しています)。いつも通りに有名なカードを少し紹介していきましょう。
特に説明する必要もないっていうか!
当時から「強い土地」として人気の高かった3枚。《Thawing Glaciers》《Kjeldran Outpost》はあの「カウンターポスト」で活躍、《Lake of the Dead》はむしろ現代のレガシー黒系デッキで使用されていますね。本当、この3枚は当時学生であまりお金のなかった私にとって「憧れのカード」でした。
《猿人の指導霊》のタイムシフト元。無論昔もマナ加速として多用されていました。他にない効果のカードなだけあって、現代でもレガシー・ヴィンテージで使用されています。
強力な黒除去2種類。「-2/-1カウンター」というものを使ったり、黒でエンチャントが除去できたりと、どちらも珍しい機能のカードです。
ところで『アライアンス』の別の特徴として「なんかゴリラがたくさんいる」というのがあります。
ざっと見た感じこんなにいた。これにはきちんと?理由があります。
《Sol Grail》はまさしく「gorillas」のアナグラムであり、一時期このセットのほぼあらゆるカードに「gorilla」の単語が含まれていたという事実に捧げられたものです。当初の物語では、知的なゴリラ種族が登場する予定でした(出版された『アライアンス』の物語にその名残を見ることができます)が、それは没となりました。デザイン・チームにはその決定に逆上した者もおり、全てのカードにゴリラ関係の名前をつけたのでした、知的ゴリラが暴れまわる物語への変更が容易になるようにと。
かつてまつがんさんは「『ゴリラ』にならなければならない」と言っていましたがゴリラは22年前にすでに溢れていたのだ。
そして『アライアンス』のカード紹介でオチをつけるならこれしかあるまい。
海外におけるいわゆる《甲鱗のワーム》 枠だというのは有名な話。25周年記念プロツアー限定プレイマットで歴代トーナメント活躍カードに混じって(第7版での再録版とはいえ)載っているあたり相当なんでしょう。
4. その物語
場面は『アイスエイジ』の最終決戦後から始まります。暗黒時代の魔術師メアシルはかつてジョダーに倒されるも、自らの精髄を紅玉の指輪に残していました。そして数千年を経た氷河期に敗残兵リム=ドゥールを乗っ取ることで復活しますが、主のプレインズウォーカー・レシュラックに腕を切断されて連れ去られ……そう、その手は、指は、指輪はまだ戦場に残っていたのです。指輪の中で彼は過去を呪いました。何よりもジョダーを呪いました。あの少年に倒されたことが全ての転落の始まりだったのです。
ですがそこで、自らに近づく者の存在をメアシル/リム=ドゥールは感じました。発見されたのです。あるいは支配できるかもしれないと、彼は呼びかけます。果たしてその人物は腕を拾い上げ、背負い袋に入れました。その精神の強靭さを察し、「宿主」として適切だとメアシル/リム=ドゥールは感じました。彼はその意識の奥底に入り込むと、密かに復讐の計画を練り始めました……。
そしてフレイアリーズが「世界呪文」で氷河期を終わらせてから二十年後。テリシア大陸の人々は雪や氷とはまた異なる脅威と戦っていました。それは急激な雪解けによる洪水や疫病の蔓延、さらには地形の変化による土地や資源を巡る紛争。長い氷河期の間隠遁を保ってきた不可視の学院は今や表に出て、そういった世界の変動に苦しむ人々に手を差し伸べていました。
その学院を動かすのは「永遠の大魔道士」ジョダー。彼は一つ訝しんでいたことがありました。世界呪文のためにあの鏡をフレイアリーズに貸した際、どうも何か細工を施されたようなのです。
そんな彼のもとに、久しぶりにヤヤが訪れました。二十年が経ってそれ相応に変わった、けれどジョダーはかつてのまま……。しばし互いの近況を話した後、彼女はジョダーへと、切断されて黒くしなびた手を差し出します。その指は一本欠けていました……屍術師リム=ドゥールが身に着けていたあの紅玉の指輪の指が。ヤヤ曰く、その手自体はソルデヴの市場で手に入れたと。2人は即座にその指輪を探して旅に出る決意をします。メアシルが再び世界に解き放たれたのですから。
2人はまずリム=ドゥールの砦、トレッサーホーンへ赴きます。そこには今もゾンビの軍団が居座っていましたが、屍術師本人の気配はありませんでした。彼らは今も砦を守りながら、真の主の帰還を待ち続けているのでした。
次に2人はリム=ドゥールが打倒された戦場に立ち寄ります。かつて雪と血にまみれた野は、今や花が咲き乱れる美しい草原となっていました。そこで2人はバルデュヴィアの一団に遭遇し、ジョダーが名を名乗るとその長らしき若者は心底驚いた様子でした。彼はロサー、何とあのロヴィサの息子です。そして母からしばしば話を聞いていたと言い、2人を宿営へと案内しました。
ロサーは小説「Shattered Alliance」からの登場ですが、『コールドスナップ』にてフレイバーテキストにも顔を出しました。ロヴィサはかつて共に戦った2人を迎えますが、そこには緊張がありました。曰く、キィエルドー人がバルデュヴィアから略奪を行っているというのです。
たしかに気候の変化によってバルデュヴィアの土地は肥沃となり、逆にキィエルドーは海面上昇によって多くの土地を失っていました。ジョダーはその件をダリアン王に確認すると約束し、一方ヤヤは同席したシャーマンが身に着けた呪物に目を留めました。そこにはリム=ドゥールの腕にぴったり合うしなびた指が……ですが指輪はついていませんでした。ヤヤが問い質すと、それは戦場で拾ったもので、魔除けとして使用していると。2人はそれを手がかりとして譲り受けると、次にキィエルドーへと向かいました。
ダリアン王に謁見した後、ジョダーは戦死した宮廷魔術師グスタの塔の使用許可を得て、リム=ドゥールの指から魔法の追跡道具を作成しました。その屍術師の影響を探知するものです。長いこと腕を持ち歩いていたヤヤを対象から除外することも忘れませんでした。そして宮廷での晩餐の後に作業を続けていた所を、不意に幻影の怪物に襲撃されました。
ジョダーはそれを撃退し、早速リム=ドゥールの手によるものかを確かめると、その気配は感じられましたがそれだけでした。けれどこれは自分達の追跡をリム=ドゥールが察したということ。そのとき、街へ出て情報を集めていたヤヤが戻ってきましたが、彼女はひどく消耗した様子で、ジョダーの腕へと倒れこんでしまいました。雪解け以来この地に蔓延する多くの疫病の一つに侵されてしまったのです。薬師からの診断を聞いた後、ジョダーは治療の手段を求めてヤヤをバルデュヴィアへと連れて行く決意をしました。
キィエルドーの巨鳥・エイスサーにヤヤを乗せ、ジョダーは再びバルデュヴィアの宿営へ向かいました。彼に同行するのはダリアン王の娘、アレクサンドライト王女。彼らは到着するものの、ロヴィサから差し迫った問題があると聞かされました。キィエルドー人の部隊が宿営を包囲し、次第に迫ってきているというのです。ジョダーは協力と解明を約束し、ヤヤは治療のためシャーマンに預けられました。
ロサーとアレクサンドライトがエイスサーに乗って援軍を呼びに行く間、ジョダーは宿営の防衛に回りました。それはヤヤの治療のためにも必要なことでした。ある夜、ついに大規模な襲撃がありました。ジョダーは魔法を用いて敵を撃退し、そしてようやく首謀者の姿を認識しました。それは長く行方知れずで戦死したと思われていたキィエルドーの将軍、ヴァ―チャイルドだったのです。
たしかに同盟の成立後もヴァーチャイルドはバルデュヴィアを嫌っていました。ですがダリアン王に忠実に仕えていた彼女が何故離反にまで? 不意にジョダーは思い出しました。ヴァーチャイルドが姿を消したのは王が再婚してまもなくのこと……けれど本人にそれを問い質そうという気は起きませんでした。そして増援の到着とともにヴァーチャイルドは撤退しますが、少なくとも彼女はリム=ドゥールの影響下にはないことをジョダーは確かめました。
キィエルドーに対する疑いは晴れ、また数日してヤヤは回復し、宿営を訪問したダリアン王も含めて会議が行われました。ヴァーチャイルドの軍という共通の敵、トレッサーホーンもまた未解決の問題です。とはいえ二十年前よりも遥かに融和した関係となったキィエルドーとバルデュヴィア。ロサーとアレクサンドライトは人口の移動や難民の扱いといった問題を熱心に語り合い、ロヴィサとダリアンはその様子を穏やかに見守ります。
小説「Shattered Alliance」P.203-204より訳
ロヴィサが言った。「王よ、言ったことはあったかな、あなたの娘の物言いは実に聡明だと。ロサーの疑問全てに答えるどころか、意見してのける者など滅多にいないというのに」
ダリアンは微笑んで返答した。「そなたの息子は何と勇敢なことか。宮廷でもあの子に立ち向かえる者はそう多くない。良い孫が期待できそうだ」
若者2人は反感に後ずさった。
「母上!」ロサーは顔を赤くしかめた。
「おやめください、お父様」 アレクサンドライトは不意に頬を染めた。
王は降参したように両手を挙げ、驚いたふりをしてみせた。
バルデュヴィアの長は声をあげて笑った。「私達はただお前達の長所を褒めて、互いに紹介できることを喜んでいただけなのだがな」
地図上で両国の国境を議論する一同ですが、今、果たして境界を定める意味があるのでしょうか? 皆が見つめる前で、ジョダーは地図に描かれた線を消してしまいました。国家の統一です。そして新国家の名称に紛糾しかけた所で、ジョダーが素晴らしい案を出してくれました。第66回から再掲します。
小説「Shattered Alliance」P.206より訳
ジョダーは言った。「氷河期が訪れる以前、この地に国々がありました。僅かな生き残りはラト=ナムへ渡り、我々はその古の地図を今も所持しています。兄弟やそれ以前の時代にまで遡る古いものです。人が時を数えはじめた頃、この地は今とは異なる名を抱いていました。それは、アルガイヴと呼ばれていました」
各々がその名を反芻し、沈黙が流れた。
「一つのアルガイヴ」とロサー。
「統一アルガイヴ」アレクサンドライトがそれを正した。
「古い名だ」ダリアンが言った。「そして、古い名には力がある」
ロヴィサが続けた。「だがキィエルドーでもバルデュヴィアでもない、新たなものだ。一つとなった、だが片方が勝っているのではない。一つの、新アルガイヴだ」
この後ジョダーとヤヤは再びキィエルドーへ向かい、グスタの塔から不可視の学院に連絡を取ります。それが終わって間もなくのこと、人型の自動人形が突然現れて2人を襲撃しました。それはソルデヴの機械兵。2人は難なくそれを破壊しますが、一体誰がこれを送り込んだのか? 次の目的はソルデヴに決まりました。
ソルデヴの長である工匠アーカムは二十年前と変わらぬ活力で2人を迎えました。そしてこの都市では蒸気で稼働する機械や機械兵がそこかしこで働いていました。この地の機械技師らは主に兄弟戦争の遺物を発掘し、その技術を解析して新たな発明品を作り出し、都市のために役立てているのです。
晩餐の席でジョダーが機械兵の件を尋ねると、ダグソンはソルデヴの機械信者について言及しました。機械を神のように崇める秘密結社的な存在が噂されており、彼らに奪われたものかもしれないと。そして例によって街へと情報収集に出ていたヤヤが、ぬかりなく彼らと接触していました。彼女は翌日に会合の約束を取り付けており、ジョダーの同行を願いました。また、ヴァーチャイルドの軍が近くにいるとも彼女は伝え、そこは蒸気獣の軍が力を見せつけるときだとダグソンが意気込みました。
翌日、ジョダーとヤヤは一人の信者に案内されてソルデヴの地下トンネルを進みます。辿り着いた所は地下の奥深くにあるソルデヴの機械技師の宝物庫。そしてその広い部屋に座していたのはいくつもの巨大な機械の獣でした。ソルデヴの機械獣――いや、そのモデルとなった発掘品。ジョダーはすぐさま引き返そうとしますが、そこで切り裂かれる激痛を首筋に感じました。流れ出る血を押さえながら見ると、ヤヤが血まみれのナイフを手に微笑んでいました。その首からかけた紐には、紅玉の指輪が通されていました……リム=ドゥールは、ずっとヤヤだったのです。
ジョダーは叫ぼうとしますが、首筋を押さえたまま倒れることしかできませんでした。黄金の杯が持ち込まれてジョダーの血が注がれ、機械信者らが詠唱を始めます。視界が暗くなりゆく中、リム=ドゥールの声が聞こえました。彼らはジョダーの内に流れるウルザの血を用いようとしているのです。そして杯に注がれた血が霧となって宝物庫中に散ると、巨大な機械獣が身動きをしました。ジョダーは呪文を唱えることも、叫ぶこともできませんでした。おびただしい出血から急速に意識が遠ざかっていきました。
一方、蒸気獣の軍を率いるアーカムは訝しんでいました。ヴァーチャイルドの軍の気配などどこにもないのです。そして強風が一つ吹いたかと思うと、不意に蒸気獣たちが見境なく暴れだしました。慌てるアーカムがソルデヴの街の方角を見ると、それは黒い雲に包まれていました。彼は街へ戻ろうと急ぎますが、地下から巨大な機械獣が立ち上がるのを目にしました。
時が緩く流れる中、ジョダーはまだ生きていました。失血死に至る寸前、彼はあの鏡に意識を移送したのです。彼の前に、一人の女性が現れました。何者かはすぐにわかりました。
とはいえそれは本人ではなく、鏡の内に残されていた幻影に過ぎません。そのフレイアリーズはジョダーへと語りかけました。
小説「Shattered Alliance」P.259より訳
「あなたには世話になったわ、良い意味でも悪い意味でもね」プレインズウォーカーの幻はそう言った。「だから、感謝と復讐の両方でお返しをしたいの。私に力を貸してくれて悪口を言ってくれた、そして世界を癒す手段をくれて私のその努力を非難してくれた。あなたはプレインズウォーカーへの物の言い方を常に心得ていた。絶対に私達を、私達の力を怖がらなかった」
一瞬、フレイアリーズの幻は夢想するように言葉を切り、そして続けた。「よく考えたのだけれど、あなたに与えるに最も相応しい罰は、あなたが心底呪っていたその力を授けてあげること――あなたをプレインズウォーカーにしてあげること」
そしてフレイアリーズの幻は、掌から輝くマナの球を生み出しました。それに食い尽くされたとき、ジョダーの内にある灯が点り、プレインズウォーカーとなるのです。けれどジョダーは判っていました。
もし自分にその素質があるのならば、この数千年の間に何度も被ってきた酷い精神的外傷から、すでに覚醒していたはずだと。自分はただの人間、死にかけの人間。彼は治療のためにマナを集めると鏡を脱出して身体へ戻り、ぎりぎりの所で死を免れました。ヤヤと機械獣の姿はなく、遠い地上からは破壊音が聞こえてきました。
ジョダーが地上へ出ると、機械獣がそこかしこで破壊を振りまき、ソルデヴは廃墟と化していました。彼はヤヤのもとへ辿り着くものの、相手は選択を迫ってきました。ラト=ナムの学院へとこの機械獣を送り込む、この身体の持ち主を殺すことで止めるか否かと。メアシル/リム=ドゥールにとって、同じく長い時を生きるジョダーを苦しめることはこの上ない喜びだったのです。ジョダーが動かずに見守る前で、機械獣がラト=ナムへ至るポータルを通っていきました。
改めてジョダーはメアシル/リム=ドゥール/ヤヤに対峙します。炎呪文を浴びせられながら、ジョダーは懐に仕舞ったままの鏡が熱を帯びていることに気付きました。そもそも、フレイアリーズがあのような仕掛けを鏡に施していたということは、プレインズウォーカーの灯の存在を近くに感じていたからに違いありません。けれど自分はプレインズウォーカーではない……ならば灯を持つのは?
ジョダーは苦労して呪文攻撃をかいくぐり、メアシル/リム=ドゥール/ヤヤに迫ると、鏡をその額へと叩きつけました。神秘の破片が頭蓋深くに刺さり、ヤヤの内にあった灯が弾けて一瞬にして広がり、世界を覆い尽くしました。
炎に包まれたヤヤの、ヤヤ本人の前に一つの光がありました。美しく恐ろしいそれはフレイアリーズからの贈り物、プレインズウォーカーとなる手段、そして他者の支配から解放される唯一の手段。その光を受け取れ、というジョダーの叫びに、ヤヤは躊躇しますがそれを掴み取りました。再び、ジョダーを猛烈な炎が叩きつけました。
目覚めたジョダーは炎に包まれていましたが、焼かれてはいませんでした。その炎はヤヤそのもの。ジョダーは彼女へと、プレインズウォーカーに覚醒したのだと告げ、ヤヤも状況を把握しました。そして何かに気付いたように、彼女はジョダーを連れてラト=ナムへと飛びました。ですがリム=ドゥールが送り込んだ機械獣は学院をほぼ壊滅させてしまっていました。ヤヤはそれらを始末しますが時すでに遅く、多くの死者が出ていました。
それでも学院の生存者達は可能な限りの遺物を回収して東へ向かい、新たな学府を立ち上げるつもりでした。ジョダーは、歴史から姿を消すことを決めました。全能たる永遠の大魔道師であることを、ジョダーであることを止め、単純に消え去るのだと。三世代もすれば自分の存在は伝説に、六世代もすれば神話に、十世代もすれば、歴史書のほんの片隅に記されるだけになるだろうと。そして、常に故郷であったこの土地を、どんな姿をしていても故郷であったこの地を、守る力になっていこうと。
ヤヤはしばしその隣にいましたが、ラト=ナムから最後の船が出航する頃、ジョダーは一人で海を見つめていました。その頬にはかすかに、まだ炎の暖かさが残っていました。
300年後、オーラン山脈にて。ジョダーはとある小屋を遠くから監視していました。その住人が一人きりになる機会を待っていたのです。やがて時は訪れ、ジョダーは扉をノックしました。現れたのは金髪の老人、その瞳は狂気と異質な輝きを宿し……そう、ウルザです。プレインズウォーカーとなってから長いこと多元宇宙を放浪し、ようやくドミナリアに落ち着いたウルザ。彼はジョダーを見て、自分の血筋だと認識しました。ジョダーはその小屋に迎え入れられると、ウルザがドミナリアから離れていた三千年間の歴史を語り始めました。そして両者とも驚いたことに、ジョダーが語り終えるまでウルザは静かに耳を傾けていたのでした。
5. 物語は続く
……というわけでウェザーライト・サーガを追うこのシリーズ、『ザ・ダーク』『アイスエイジ』『アライアンス』の三部作をようやく通過しました。とはいえ「過去編」はむしろこれからが本番、次はいよいよウルザブロックになります。ウルザの対ファイレクシア侵略計画の開始と共に、ドミナリアの近代史が始まります。『アライアンス』小説の最終チャプターには、アルガイヴの学者アルコル氏から、歴史を追い続ける立場での感慨深い記述があるのですが、その紹介は『アポカリプス』でこのシリーズを書き終わるときまで取っておくことにします。
(終)