はじめに
こんにちは、若月です。長いこと『灯争大戦』関係の話を続けてきましたが、ここらでちょっと気分を変えましょう。何せ今年の基本セットは、古くからの背景世界好きをかなり殺しにかかってきてますので!
『基本セット2021』の顔はテフェリー!物語でもトーナメントでも長いこと活躍しており、私も昔から大好きなキャラクターの一人です。これは取り上げないわけにはいかない……と言いたいところですが、知ってのとおり息の長いキャラクターだけあって過去にも数度書いてきました。『ドミナリア』以前のものですが公式にもあります。
とはいえこの連載も3桁に突入し、古い記事は読んでいないという方も多いでしょう。テフェリーとはどのような人物で、どのようにして現在のテフェリーとなったのでしょうか?登場から24年目の今、彼の「オリジン」を改めて解説します!
1. テフェリーという人物
テフェリーの初登場は1996年10月発売の『ミラージュ』、繰り返しますが今から約24年前。ウルザとミシュラやニコル・ボーラスに次ぐほど古くからのキャラクターです。私がテフェリーの解説を書くと冒頭は毎回こんな感じになるんだけど、それだけ歴史が長いってことで。
「INQUEST」誌1996年10月号 「MIRAGE, ON THE HORIZON」より抜粋・訳
多くの相違にもかかわらず、この3つの国家(訳注:フェメレフ、ザルファー、スークアタ)にはひとつの共通点がある。それは、魔法は日々の生活の一部であるということ。農夫は魔法で作物の世話をし、兵士は身体を守ると同時に冷やす魔法の鎧をまとい、人々の中に魔道士の存在はさほど珍しくはない。この地のあらゆる魔道士の中でも極めて大いなる力を持つ者、テフェリーという名のプレインズウォーカーがいる。彼の歴史はジャムーラの諸王国のそこかしこに大きく関わっている。
当時発売直前だった『ミラージュ』を紹介したこちらの冊子にて、すでにテフェリーの名が出ています。このアートは《平和な心》。こちらも非常に多くの回数に渡って再録されてきた、それこそテフェリーと同じほどに息の長いカードです。
テフェリーは登場当初から「時間を操る魔道士にしてプレインズウォーカー」という触れ込みでした。マジックというゲームで「時間」は青の領域です。時間を扱う――ターン進行に干渉する有名かつ強力なカードが、最初期から青に存在しますね。
青のプレインズウォーカーも今やたくさん存在し、それぞれに得意分野がある中、テフェリーは一貫して「時間魔術」の専門家です。テフェリーのカードもしばしば時間、つまりターン進行や呪文を唱えるタイミングといったマジックの大原則に干渉してきます。ほかにできないことができる、それがとても強力だというのは言うまでもありません。
古より生きる、強大な時間の魔道士。そんなテフェリーは一体どのような人物なのか。「青のウィザード」のキャラクターは実に様々です。狡猾で陰険な敵も、ナードボーイも、賑やかしい陽気な味方も。
そんな中でテフェリーは、年齢相応の落ち着きを得ながらも若々しい好奇心を忘れず、社交的で仲間との友情に厚く、善良なウィットやユーモアを欠かしません。旧世代プレインズウォーカーはあまりに大きな力を持つことから「正気の判断は難しい」とよく言われますが、テフェリーは例えばウルザよりもずっと地に足の着いた、我々にとってはたやすく共感できるキャラクターと言えます……それでも旧友のジョイラは、プレインズウォーカーとしての彼の視点を常に警戒していましたが。
プレインズウォーカーとしてのテフェリーは、その覚醒から現在に至るまでほかのプレインズウォーカーとは一線を画した歴史を辿ってきました。1200年以上に渡るその長い物語は、どのように展開されてきたのでしょうか?
2. 少年時代
アカデミー以前、テフェリーの幼少時代についてはあまりわかっていません。とはいえ少なくとも暗いものではなかったようで、『時のらせん』時に少しだけ回想がありました。
テフェリーはドミナリア次元のジャムーラ大陸、ザルファー王国に生まれました。彼が「時間」というものに興味を持ったのは、母親の話がきっかけでした。それは「今」という瞬間の特別さについて。時は川の流れのようなもの。「今」と言った瞬間、その「今」はもう流れ去ってしまっている。もう見ることも、触れることもできない。けれど常に、次の「今」がある。やり直すことができる。「今」とは「すぐに」ということ。川の一滴が流れ去ってしまう前に――。母はザルファーの古い教訓を用いて、息子の類稀な好奇心を刺激しようとしたのだと彼は後に気付くのですが、そのころにはすでにテフェリーは”時”というものに夢中になっていたのでした。
小説「Time Spiral」チャプター18より訳
それは実に多くのものを意味した。始原の力であり、理知的な構造であり……そして何よりも、時というものは個々の瞬間が、方向性や力や目的すらも持った一連の流れだった。その流れをダムでせき止めれば、もしくは水そのものを極度の冷気で凍らせれば、流れ去ってしまった「今」を取り戻せるのかもしれない――少なくとも、流れゆく中でその姿を遥かに詳しく調べられるかもしれない。
そして成長するにつれ魔術の才能で知られるようになった彼は、トレイリアのアカデミーに招かれました。テフェリーという人物を語る上で、このアカデミーは絶対に外せません。テフェリー個人どころか、マジックそのものの長い歴史において、カードと物語の両方で必ず語られる、名高い(あるいは悪名高い)施設です。ここで少し説明しておきましょう。
ファイレクシアとの対決姿勢を固めたウルザは、友人バリンとともに各地から学者や魔道士を集め、絶海の孤島に研究教育施設を設立すると、ファイレクシアに対抗するための計画を始動しました。当初の一番の目的は時間遡行機械(要するにタイムマシン)を開発し、遠い過去に遡ってファイレクシアの誕生そのものを阻止すること。無論それだけでなく、様々な魔法や兵器の開発や、将来有望な若者の教育も同時に進められました。特に、才能ある子供たちがドミナリア中から招かれました。
トレイリア島はドミナリアのあらゆる大陸から隔てられており、往来は船のみで、物資の運搬や連絡に携わる者までも厳しく審査されていました。その理由は、ファイレクシアの工作員の 侵入を防ぐため。彼らは人の皮をかぶってどこにでも入り込んでいるとウルザは知っていたためです。
そんなトレイリアのアカデミーは研究機関であり学校でもありました。実際のカードではファンタジーものの定番である「魔法学校」的な雰囲気を感じ取ることができます。「ハリー・ポッター」シリーズで描かれたようなカリキュラムや授業風景があるのかもしれません。
個人的に《消灯》が好きです。全寮制だというのがわかりますね。「Show and Tell」とは実在する授業の形式で、手元の辞書には「生徒に珍しいものを持って来させて説明させること、『見せてお話』(小学校低学年の教育活動)」とあります。でもつまりこの授業で「提示」されるのって主に宇宙的恐怖とか大悪魔とかなんですが大丈夫か。
さて、ウルザ(近しい人物を除いて正体は隠していました)はタイムマシン開発のために、まずは時間遡行に耐えられる銀を用いて知性あるゴーレムを創造しました。完成したばかりのゴーレムは研究室から踏み出して周囲を見てくるように、人々と触れ合ってくるようにと命じられます。そして最初に出会ったのが、悪戯っぽい笑みを浮かべた、まだ少年とも言える生徒でした。
小説「Time Streams」 チャプター1より訳
「僕はテフェリー」銀のゴーレムの行く手を遮るように、1人の少年が現れた。まるで、その極めて重い生物に踏まれても構わないとでもいうように。「魔術の神童さ」彼はその自己紹介に続けて指を鳴らし、大気へと青色の火花を散らせた。
“探査機”は立ち止まり、わずかに屈んでその若き学者をよく見ようとした。
(略)
彼は“探査機”へと礼儀正しく片手を差し出した。
銀のゴーレムは自らの巨大な手を伸ばし、少年の腕全体をわずかにゆすった。「私は、マルズラ様の探査機です」だが手をとるなり、“探査機”は刺すような奇妙な衝撃をその銀の皮膚に感じた。「貴方の握手はぴりっとするのですね」
少年は手を引いて肩をすくめ、どこか残念そうだった。「呪文を使ってたんだよ。相手に尻餅をつかせる。でもゴーレムには効かないみたいだね」
マルズラ/Malzraはウルザの偽名です。それにしても初対面でそういうことするか。そしてテフェリーはほかの生徒たちとともに、賑やかにアカデミーの案内を始めました。構内の施設とその目的、「マルズラ氏」が自分たちに何をさせているか。そしてまだ名前のないそのゴーレムに、テフェリーは「Arty Shovelhead(仮訳:ショベル頭のアーティ)」という名をつけました。アーティファクトのアーティと、銀でできたものといえばスプーン、それを大きくしたものはショベル……というのがその由来で。まあ知っての通りその名は後に不採用となり、ジョイラがもっといい名前を付けるのですが。それが「カーン」――古代スランの言葉で「強大な」「並外れた」のような意味です。
なおここでは、当時のテフェリーがウルザをどう見ていたかがわかります。
同チャプターより訳
「マルズラ様の想像力はすごく活発で、それを大いに活用して面倒くさい方法を考えて少しだけ労力を節約してるんだ。オートミールとクラッカーをできるだけ素早く能率的に作るためにすごいたくさんの装置を作ったのも、みんなの自由を効率的に制限して、僕たち全員を外の敵から守って、あの人だけが僕たちを苦しめていられるようにするためさ」
この新たな考え方に、銀のゴーレムは心地の悪さを感じた。
「外の敵?マルズラ様にはどのような敵がおられるのですか?」
「知らないのかい?全員があの人の敵だよ」廊下をさらに進みながら、テフェリーはこともなげに言った。彼は小さなナイフを魔法で作り出し、それを指の間で器用に回し、そして消した。
「少なくともマルズラ様はそう思ってる。機械仕掛けの生き物と本物の戦士がいつでもアカデミーの周りの壁を見張ってるし、海沿いの森には粘土人が歩いてるし、歯車で動く鳥がこの島を監視してる。僕はそんな敵のことなんて一度も聞いたことないけど、マルズラ様はずっとそういう機械を作ったり作り直したり完成させたりしてる。誇大妄想とは言い切れない何かが根本にあるんじゃないかな?」
「そう思います」
続いて彼らはスクラップ置き場のような部屋にやって来ました。そこかしこに散らばる機械の残骸の間を、学生たちが忙しく動き回っています。部屋の奥には巨大な炉があり、作業員が石炭や鉄くずを投げ入れていました。銀のゴーレムは恐怖に震え、テフェリーもその感情を察しました。
同チャプターより訳
「見なよ、アーティ。マルズラ様に敵はいないかもしれないけど、古い創造物にはいつでも反逆されるだろうね。それだけの理由がある。あの人を憎む理由が。マルズラ様はすぐにおもちゃに飽きるんだ。君みたいな金属人間の軍隊が、マルズラ様に融かされるって知ったらどうするだろうね。海を渡って逃げて、創造主から逃げてきた機械生物だけの国で、いつか帰ってその人を殺すことだけを夢見てさ」
銀のゴーレムは唖然とした。
「アーティファクトの生物が創造主を殺そうとするなど、ありえるでしょうか?」
「1年過ごしてみなよ、アーティ」
テフェリーは何気ない口調で言ったが、このとき生徒たちは誰も笑わなかった。少年はゴーレムの腕を軽く叩いた。
「1、2年経ったら、君もあの炉へ向かうことになる。そういうものなんだ。この部屋で分解されるときが来たら、マルズラ様をどう思ってるか自問するといいよ」
テフェリーはいたずらと悪ふざけで名高い問題児、ですが鋭い眼識を持っており、神童という評価は本物なのだとわかります。そしてカーン(もう面倒だからカーンでいいわよね)は研究室に呼び戻され、その動向をモニターしていたバリンとマルズラ(ウルザ)との会話がこちらです。
小説「Time Streams」 チャプター2より訳
「早速たくさん学んできたようだな」バリンが穏やかに言った。「ここから観察していた。君は生徒たちとよく関わっていた」
「友人ができました」銀のゴーレムは自発的に告げた。バリンの表情に皺と笑みが浮かんだ。「ああ。テフェリー、我が放蕩の天才児だ――それも把握している」
「様々なことを教えていただきました」“探査機”は続けた。その声には疑念の色があった。「アカデミーについて説明して下さいました。私に、ショベル頭のアーティという名前を」
バリンは苛立ちとともに溜息をついた。「テフェリーは極めて優秀な若き魔道士だ――私のもっとも将来有望な生徒だ。だが厄介事を起こすのを好んでいる。物事を彼自身にとって倍も、他者にとっては3倍も難しくしてしまう――」
「最初の友人としてテフェリーは良い人物だ」らしからぬ素早さでマルズラが口を挟んだ。彼は銀のゴーレムから友人へと視線を移し、そしてきらめく両目へと退いた。「何よりも、バリン、この“探査機”には感情があると――友が必要だと言ったのは君だろう」
バリン先生、『基本セット2021』でリメイクおめでとうございます!!昔の伝説クリーチャーのリメイクが進む昨今ですが、まさか基本セットでもやってくれるとは思いませんでした。まあよく考えれば基本セットは時間軸に関係ないので何もおかしくないのだけど。本人のカード×2だけでなく《バリンの悪意》《バリンのやり戻し》を見る感じ、どうやらバウンスが得意なようで。物語ではウルザの昔からの協力者ですが、その出会いについては今もって謎です。バリンについては過去に、その生涯について1枚のカードに絡めて記事を書いていましたので未読でしたら是非に。
- 2014/01/07
- 番外編 とあるリセット呪文の物語
さてテフェリーの話に戻りまして。非常に優秀、快活で友人を作るのも上手いが素行に問題のある生徒――というのが彼に対する評価です。授業態度も決してよくはない、というのがフレイバーテキストからわかります。
《問題児》 フレイバーテキスト
テフェリーは問題のある生徒だ。いつも授業に遅れてくる。建設的なことに時間を使おうとしない。――― バリンの生徒記録
《厳格な試験監督》 フレイバーテキスト
厳しい先生の方が好きだな、その方がいたずらのしがいがあるもんね。――― 第3階層生テフェリー
これは確かに困りものですね。そしてテフェリーに悩まされていたのは先生方だけではありません。彼は年上の学友ジョイラにぞっこんで、いくら素っ気ない態度を取られようとも熱心なアプローチを繰り返していたのでした。心底困っているジョイラの描写を紹介します。
小説「Time Streams」チャプター3より
あの子は――14歳はまだ子供だ――非凡な才能と、悪戯心と、都合の良い解釈に溢れている。不幸にも、その3つすべてが猛烈にジョイラに熱を上げている。その情熱を挫けさせようと彼女は全力を尽くしてきたが、テフェリーは遠回しの拒否には気づかず、そして遠回しでないものは愛情の駆け引きと受け取っていた。
興味がないと言えば、興味を持たせてやると固く誓った。嫌いだと言えば、好きと嫌いは髪の太さほどの違いだと答えた……そうだ髪といえば、私の髪を手に入れたのだろうか?テフェリーが魔法の惚れ薬を作ろうとしたという気配があった。
14歳、つまりは中学生くらい(ですが後の『時のらせん』では、アカデミー当時のテフェリーは9歳となっていました。だいぶ違うなあ)。変にひねくれたりせずまっすぐに恋心を相手に向けられるのはとてもよいことだと思うのですが、ちょっとそれは洒落になってないと思う。
そのジョイラ。トレイリア島にやって来て8年、18歳になる彼女は次第に島の外へと思慕を募らせ、しばしばアカデミーの建物から離れて静かな浜辺で独り過ごすようになりました。ある日、ジョイラは流れ着いた難破船を発見し、怖々と中に足を踏み入れます。半壊した船は無人のようでしたが、ひとつの船室に、横たわって動かない人影がありました。恐らくほかの乗組員は全員死亡して海に捨てられ、最後に残ったのでしょう。そのとき、その男が身動きをしました。生きている。ジョイラは彼を肩に抱えて船から連れ出し、近くの洞窟へと匿いました。
そしてジョイラはしばしばアカデミーを抜け出し、この謎めいた異邦人の青年ケリック/Kerrickと密かに交流するようになり、友であるカーンにもその存在を明かしました。あるときテフェリーはジョイラの怪しい動向に気付き、消灯後に彼女を尾行します。ですがアカデミーの建物を出て森の中を進み、海沿いの洞窟で見たのは、知らない男の姿だったのでした。
元々こうして追いかけてきたのは、ジョイラの心を掴む手掛かりを求めてのこと。なのに――腹立たしさや悔しさがない交ぜになりながら彼は退散し、考えを巡らせました。この秘密を知っていると告げたところで、ジョイラの心を掴むことは絶対にできません。それどころか憎まれるだけでしょう。そしてアカデミーへと戻る途中、彼は背後から何かに肩を掴まれ、地面へと倒されました。
翌朝、ジョイラはカーンから不吉な知らせを受けました。テフェリーはケリックのことを知っている。岸辺近くで守衛に掴まり、拘束された。ジョイラを尾行していたに違いない。テフェリーは何も言わず、そのためマルズラ師に引き渡された――と。詰問されたなら、テフェリーは速やかに彼女の秘密を明かしてしまうでしょう。ジョイラも急いで教授方のもとへ向かいました。
果たしてテフェリーはどうなったのかというと、ウルザから尋問を受けていました。ですが、「ファイレクシア」や「潜伏工作員」「ぎらつく油」といった言葉はわけがわかりません。彼は果敢にもウルザの輝く瞳を覗き込みました。2人はその視線の中に、年齢の違いを超えた何かを感じ取りました。とてもよく似た気質――聡明で、熱心で、自分勝手で、ですがそれ以上の何かがありました。その下に眠る、疑いようもない、偉大で稀な何かが。
そのとき、扉がノックされ、バリンがジョイラとカーンを連れて入室してきました。テフェリーが森にいたのは自分のせい、とジョイラは告白します。テフェリーは一瞬目を丸くし、声を上げました。
小説「Time Streams」チャプター5より
「僕はずっとジョイラの気を引こうとしてたんだけど、子供だって思われてる。何か勇敢なとことか大人らしいとこを見せるまで、口をきかないって言われたんだ」
「そんなことは――」ジョイラはそう言いかけた。
マルズラがテフェリーを問い質した。「アカデミーから抜け出すというのが、『大人らしいところ』だと思ったのか?」
「夜の森へ行けたなら、夜啼きアビを捕まえられるかもって思ったんだよ。綺麗な声で、輝月に向かって鳴くんだ。前に、ジョイラのために機械のアビを作ったんだけど……だってジョイラは僕の魔術には興味ないから、工匠でもあることを見せたかったんだ。けど『ただの作り物よ、あなたのようにね』って言われた。だからもし本物の鳥を、声が綺麗で珍しい鳥を捕まえられたら、それも魔法を使わずに、僕の力で――」
「アビを捕まえる?」驚愕し、バリンが尋ねた。
「金属の輪のついた小さな鎖を持って行って、それを鳥の脚に引っかけて袋を被せて捕まえようとしたんだけど、守衛さんに捕まったときに落としちゃって」
「夜啼きアビ?」バリンは疑うように繰り返し、マルズラへと振り返った。「マルズラ、私は信じないぞ。精神操作の禁止令を解除すべき事態だ。私がテフェリーに呪文を唱えよう」
「いや……」マルズラの目の何かが変化していた。柔らかくではなく、硬く。鋭い打算。「いや。そのような劇的な対応をするほどの重大事件ではない」彼とテフェリーは後ろめたい視線を交わした。「彼は問題なく夜鳴きアビを見つけたようだが、言わせてもらえばその芸当でジョイラの気は引けないだろう。勇敢でも、大人らしくもない。無謀で愚かな行動だ」
そしてマルズラはジョイラへと尋ねた。「君はどうだね?彼の手柄を認めるかい?」
彼女は深呼吸をし、答えた。「はい……ある意味では」
テフェリーが自分をかばった、これにはジョイラも驚いたでしょう。少しは見直したかもしれません。このときテフェリーたちは解放されましたが、ウルザとバリンは察していました。事態はそれ以上のものであると。特にウルザは感じ取っていました――ごくわずかで巧妙に隠されているものの、ファイレクシア人の気配を。トレイリアに彼らが入り込んでいるのだと。
そしてある夜、カーンは時間遡行実験のさなか、近しい過去の中でケリックがウルザの研究室から何かを盗み出すのを目撃しました。カーンは時間遡行のタイムリミットが迫る中でケリックを追いかけ、森の中で彼が別の工作員と話をする様を目撃しました。ケリックこそが、ファイレクシアからの侵入者だったのです(ケリク/K’rrikはファイレクシア人としての名前、とかそういうの)。
カーンは現在に戻ると速やかにウルザへ警告しますが、時すでに遅く襲撃が始まりました。ケリックに送り込まれたファイレクシアの抹殺者がアカデミーへと入り込み、見境なく殺戮を繰り広げます。カーンはジョイラの部屋を目指しますが、そこで見つけたのは血まみれになった彼女の死体でした。カーンは抹殺者を始末し、ウルザと合流しました。バリンもテフェリーも殺されてしまった。もはや遅すぎる。ウルザはカーンに、再びの時間遡行を命じました。この襲撃そのものをなかったことにする。何があろうともケリックと抹殺者を止めよ――と。カーンは過去でケリックを確保しますが、不意に現在へと引き戻されてしまいます。時間遡行機械が限界に達したのです。
時間のエネルギーが大爆発を起こし、アカデミーの建物を崩壊させ、時間流の乱れをそこかしこに引き起こしてしまいました。ウルザは状況を察すると、そのとき周囲にいた十数人だけでも救おうと素早く石化させ、彼らを連れてプレインズウォーク(同次元内なのでむしろテレポートか)で脱出しました。
生存者たちは崩壊したアカデミーを遠くから見つめ、激しく乱れた時間流に、近づくことは不可能と悟りました。おびただしい数の死者が出たことは間違いありません。そして将来の再建のために、彼らは一旦船に乗り込んで島を離れていったのでした。果たしてジョイラは生きているだろうか、脱出できているだろうか……カーンはひたすらにそれが気がかりでした。
ところで、テフェリーはどうなったのか。ウルザ達はそれから20年以上を経て、新たな生徒や研究者たちを引き連れて再びトレイリアに降り立ちます。彼らが驚いたことに、ジョイラは時間流の乱れたトレイリアの地勢を把握して今も生き延びていました――時間の流れが遅い水を飲んだことから、当時と全く変わらない姿で。
当初はほかにも生存者がいました。ですが事故や自殺によって1人また1人と数を減らし、残るはジョイラだけだったのです。彼女は当然、驚きと反感の両方をもって彼らを迎え、ウルザとバリンを糾弾しました。ですが、それでもやり直したい、かつての過ちを理解して未来へ向かいたい――彼らのその言葉にジョイラは頷きました。現在のこの島を知り尽くしている自分がいなければ、時間流に巻き込まれてみんな死んでしまうでしょう。誰かとともにいたい、その気持ちがあったのも間違いありませんでした。
後にジョイラは古い建物の中、とある場所へと一同を案内しました。1人の学生が必死の形相で走る、その姿のまま時の中に凍り付いています。白いローブは橙色の、これまた動かない炎に包まれています。そのすぐ頭上には水に濡れた外套が、今にも覆いかぶさらんとするかのように宙に浮いていました。そう、テフェリーです。彼はあの爆発で炎に包まれ、逃げ出そうとしたまま時に囚われたのでした。あれから20年以上が経ちましたが、彼にとってはまだ一瞬。ジョイラは7年前にここで彼を見つけ、せめて火を消せないかと水に浸した外套を投げてやったものの、それは未だ彼へと届くに至っていないのでした。
そこからさらに数年を経て、ようやくテフェリーは救出されるに至ります。ジョイラの案で、そのための装置が作られました。時の流れの速い水を地下から汲み上げ、その水で霧を作り出し、その中を通り安全にテフェリーのいる場所まで辿り着くというものです。ただその霧の中を生物が安全に通れるかどうかは定かでなく、カーンが立候補しました。そして彼だけでなく、ウルザも。工匠はジョイラの設計を素晴らしいと褒め、そしてテフェリーがこうして囚われているのは私のせいなのだから、私にはこの少年を救い出す義務があると言いました。
そして装置が起動され、学生たちが注意深く見守る中、時間流の霧の中へカーンとウルザが踏み込みました。渦巻く霧はまるで大荒れの海のようにカーンに叩きつけ、ウルザですら苦しそうでした。とはいえ時間が歪もうとも空間は不変らしく、すぐに彼らはテフェリーへと辿り着きました。少年は濡れた外套をかぶって横たわり、息を切らしている様子でした。声をかけると、彼の記憶はあの爆発から逃げ出した直後のまま。早くここから出よう、ジョイラが待っている――カーンのその言葉に、彼はまだ混乱しながらも立ち上がりました。外はすでに暗く、輝月の光が差し込んでいました。
それから数か月、テフェリーは上手く事態や状況を受け入れることができずにいました。彼にとって衝撃だったのは、あの爆発とその後の火事以上に、かつての友人がみんな、自分より遥かに歳を経てしまったという事実でした。彼にとって、時の中に囚われていたのはほんの数秒に過ぎないのです。自分は14歳のまま、けれどジョイラはもう40歳。さらに悪いことに、テフェリーはあらゆる学生にとっての注目の的で、彼の様子を見ようと常に何人もの野次馬が遠巻きに見つめているのでした。
テフェリーはしばしの間ひどく荒れ狂いますが、そんな彼を立ち直らせたのは、やはりジョイラでした。あるとき彼女はテフェリーを探し、島の西端へ向かいました。かつて自分がケリックと密会していた場所。それを目撃したテフェリーの心はひどく痛んだに違いなく、それでも彼はジョイラのその秘密を明かさなかったのでした。
テフェリーは独りそこにいました。ジョイラは隣に腰を下ろします。テフェリーは何よりも、ジョイラとの歳の差がさらに離れてしまったことを悲観していました。ですがここはトレイリア、時間の流れなどあまり意味を持たない場所です。孤独に取り残される辛さも、ジョイラはわかっていました。
小説「Time Streams」チャプター11より訳
ジョイラは手を差し出したが、彼はそれを取らなかった。
「前よりも離れちゃっただろ。君は18のときにいつも言ってた、大人になれって。でも、見ろよ。君は今や40、そして僕はまだその通りになってない」
「ここはトレイリアよ」ジョイラは達観したように言った。「時間なんて問題じゃない。今にわかるわ。数年もすれば、同じ歳になるわよ」
彼は怒れる溜息をついた。
「数年――永遠に思えるくらいだ。ぞっとするような永遠だ」
「そんなにぞっとするようなものでもないわ。友達がいるなら」
そしてしばしの後、テフェリーは彼女の手をとった。
「ありがとう、ジョイラ。ありがとう」
それから7年ほどして、テフェリーの外見はジョイラに追いつきました。早く成長するために時間流の速い水を飲み、バリンに叱責されたほどです。この年月でテフェリーは心身ともに成長し、かつての「問題児」は影をひそめ、比較的落ち着いた現在のテフェリーにだいぶ近づきました。
その間にもアカデミーの再建と、対ファイレクシア計画は進行していました。テフェリーはしばしの間ウルザに協力し、ジョイラとともにシヴへ赴いて古代スラン帝国のマナ・リグ再稼働に携わり、後にはケリックとの決戦(こちらの詳細は『ウルザズ・レガシー』の物語を解説するときに)にも加わりました。ですがそのままずっとトレイリアに留まることはなく、後に故郷ザルファーに帰って宮廷魔道士の地位に就きました。
3. ミラージュ戦争
さてここから『ミラージュ』、マジックに初めてテフェリーが登場したセットの話になりますが、その前にあまり知られていないと思われる出来事を。
宮廷魔道士の座に就いて数か月後。崩壊したセラの聖域からの避難民をウェザーライト号に乗せ、ジョイラとカーンがザルファーを訪れました。歓迎の式典を午後に控えながら、3人はテフェリーの私室にて語り合い、穏やかな一時を過ごします。一通りの回想が終わったところでジョイラは退出しようとするのですが、テフェリーがそれを遮りました。
「ウルザズ・レガシー公式ハンドブック」掲載の短編「遺産の傷」より引用
「実は」テフェリーがジョイラの言葉をさえぎった。「これまで黙っていたが、こうして来てもらったのには理由があるんだ。ジョイラ、きみの気持ちを聞かせて欲しい」
「えっ?」
テフェリーは咳払いをして、椅子から立ち上がった。暖炉の手前まで歩いて行って、また引き返し、ジョイラの前で足を止める。そして巨体の銀のゴーレムが注視するなか、ジョイラの小さな手をとり、瞳をのぞき込んで言った。
「ジョイラ、わたしはここの暮らしに満足している。故郷に戻って、ようやく自分が世界に占めるべき場所がわかった思いだ。だが、それでも何かが足りない気がしてならなかった。今日、きみと話してみてはっきりしたよ。わたしの人生にはきみが必要なんだ」
カーンがもぞもぞと身体を動かし、2人ははっとして顔を上げた。
テフェリーは言葉を続けた。「ここに残ってくれないか。きみなら王室お抱えのアーティファクト遣いになれるのは間違いない。だが、わたしにはそんな肩書きはどうでもいい。そばにいてほしいんだ。わたしの伴侶に……妻になって欲しい。いますぐ答える必要はない。帰りの航海のあいだにゆっくり考えてみて欲しい。わたしも2、3週間のうちにトレイリアに行く。そのときに答えをもらいたい」
ジョイラは足元に視線を落とした。そして、傍らの銀のゴーレムを見上げ、そのあとテフェリーの目を見る。
「わかったわ」
しかし、ジョイラは後にこの申し出を断ります。やがてはそうなるかもしれないけれど、今は自分の人生を追いかけたい、と。2人は一緒になるものと思っていたカーンはかなり意外のようでした。テフェリーは落ち込むだろうけれど大丈夫だろう、彼の気持ちは常に未来を向いているのだから――この短編でジョイラはそう締めていました。少年の頃、「問題児」なりにジョイラを振り向かせようとしていたテフェリー。時の流れから救出されて、ジョイラとの年齢差がさらに開いてしまい落ち込んだテフェリー。本当にずっとジョイラのことが好きだったんですね……。
では、改めてミラージュブロックの話に移りましょう。繰り返しますが、マジックに彼が初めて登場したのはここになります。明確に本人とわかるアートこそありませんでしたが、「ザルファーの宮廷魔道士であり、この地の発展と平和に大きく寄与したプレインズウォーカー」、そんな印象だったでしょうか。
《地に平穏》 フレイバーテキスト
遠い昔、一人の宮廷魔道士が諸家をギルドに束ね、彼らが個別の利害を超えてザルファーに尽くす仕組みを作り上げた。この5つのギルドの結束は、内乱の最中にも崩れることはなかった。まさしく、テフェリーの知恵の証といえよう。――― アファーリー「語り」
テフェリーは『ミラージュ』で登場したときからプレインズウォーカーでした。とはいえ、記事ではここまで物語内での時間軸順にテフェリーについて語ってきましたが、明確な「覚醒場面」はどこにあったのでしょうか?
実は『時のらせん』で語られた内容によれば、テフェリーはよくあるように死の危機や精神的衝撃から点火→即座に初めてのプレインズウォーク、という流れではなかったのだそうです。ウルザは少年のテフェリーをとても目にかけていましたが、その理由は彼の才能だけではありませんでした。プレインズウォーカーとして、同じ力に気付いていたのです。そんなテフェリーの灯は、トレイリアの事故の際に時の流れに囚われた、その際の凄まじいストレスによって点火していたのでした。そして急激な変化ではなくゆっくりと、数十年をかけて彼はプレインズウォーカーになっていきました。故郷ザルファーに帰還し、その地の豊富なマナに触れて彼は初めて自らのその力を実感したのだそうです。
《時間の大魔道士、テフェリー》はそんな「旧世代プレインズウォーカー」当時のテフェリーです(カード化にあたっては力のごく一部を表現しているに過ぎないそうですが)。
プレインズウォーカーとしての力と、故郷の豊富なマナ。それらを利用してテフェリーは自らの最大の興味である「時間」の研究を開始しました。そしていくつもの発見を成し遂げたようですが、実験の影響もまたジャムーラに現れました。様々なものが時の中に消えてはまた現れる――『ミラージュ』で登場し、『基本セット2021』でまさかの再登場を果たした「フェイジング」がそれです。まるで現実に存在しないかのように消えるメカニズムは、まさに蜃気楼(ミラージュ)。そしてあるとき、テフェリーが籠っていた孤島が、その土台だけを残して何もかも消え去ってしまったのでした。
このときにテフェリーが放った強力な呪文に引かれ、ジャムーラでも名高い魔道士たちが島にやって来ました。熟練の政治家にして調停人マンガラ、野心に燃えるケアヴェク、密林の隠遁者ジョルレイル。こちらの3人も、『基本セット2021』にて揃ってリメイクされましたね。
詳細を知らない3人は何もない島を目にして困惑し、近隣に留まって調査を続けることに合意します。ですが、マンガラの政治的手腕に嫉妬したケアヴェクはジャムーラの征服を企て、ジョルレイルを騙して軍を集めるとともにマンガラを《琥珀の牢》に閉じ込めました。かくして、ジャムーラに大規模な戦争が巻き起こりました。
そしてあるとき、まるで何もなかったかのように、テフェリーと島のすべてが帰還しました。戦乱のジャムーラを見て、テフェリーは間接的にであっても自らの行いがそれをもたらしたのだと悔やみます。同時期にジョルレイルも騙されていたと気づき、戻ってきたテフェリーに助力を請いました。とはいえ彼は実験が引き起こした時間の乱れを修復するのが先決と考え、戦争への直接の介入は望みませんでした。代わりに、テフェリーはジョルレイルやジャムーラの指導者たちへと幻視の形で助言と導きを与えてマンガラを解放させ、ケアヴェクは捕らえられて戦争は終結したのでした。
ちなみにこの物語の一次資料は上にも載せたような「当時の冊子」です。ミラージュブロックの頃はまだインターネットもさほど普及しておらず(何せ前年にWindows95が発売されたばかり)、情報媒体は紙の冊子が主流でした。日本では「RPGマガジン」や後の「ゲームぎゃざ」、そして「デュエリスト・ジャパン」。当時のマジックシーンを知る上でこれらは重要な資料です。
ところでマジックの物語自体にも長い歴史があるため、時の流れとともに多かれ少なかれ改変されてきたものもたくさんあります。例として『基本セット2019』、ボーラスとウギンが双子という設定になったのはかなり大きなものでした。ですがこのミラージュ戦争の物語は、1996年当時からほぼ変わらない形で現在へと伝えられています。
4. それから
もちろん、テフェリーの物語はまだまだ終わりではありません。『インベイジョン』……遂に始まるファイレクシアの侵略。『時のらせん』……荒廃したドミナリアへの帰還。そして『ドミナリア』……失った灯を取り戻す。ああ、『スカージ』の物語で謎の顔見せをしていたというのもありましたが。
『灯争大戦』ではどんな活躍をしていたのか、というのもあまり知られていなそうなのでそちらもね。次回はテフェリーの歴史、残り半分を語ります!
(続)