こんにちは、若月です。
2011年7月、この連載はギデオンから始まりました。
- 2011/07/26
- 第1回 ギデオン・ジュラを知ろう
あれから8年、私達はギデオンを見送りました。『灯争大戦』プレビューの中で発表されたその死は、多くのマジックプレイヤーの心を揺さぶりました。背景ストーリーに興味がなくとも、実際のカードに苦しめられて大嫌いだったとしても、ギデオンはとても大きな存在でした。
今回は満を持して、彼の『灯争大戦』での最後の活躍を、余すことなく紹介します。
1. 『灯争大戦』のギデオン
『灯争大戦』のギデオンがこれまでの彼と違っていたところ、それは武器に他なりません。『破滅の刻』でボーラスに敗北した際にスーラ(ずっと使っていたあの鞭状の武器)を失ったギデオンでしたが、続く『ドミナリア』では間に合わせのように剣や槍を振るい、そして《陰謀団の要塞》に宝物として安置されていた《再鍛の黒き剣》を入手しました。
Magic Story「ドミナリアへの帰還 第5話」より引用
彼は見慣れない名前で指を止め、尋ねた。「黒き剣。これは何です?」
「有名な魔法の武器です」 ジョイラが説明した。彼女はギデオンの向かいに座り、温めたワインの杯を手にしていた。「とある古龍を殺害したものだとか」
(略)
リリアナはその先を読もうと頁をめくった。「つまりその黒き剣でベルゼンロックを殺せるのね」
「容易く」 ジョイラが言った。「けどその剣は死魔術で作られた『魂呑み』、殺した相手の生命力を奪うもの」
それはあまりに危険な存在だとして、当初ギデオンは使用を反対します。ですがベルゼンロックを倒すための非常に有効な手段であることと、他の手段を探す時間もないことから了承しました。過去に1体の古龍を倒したという伝説から、それがボーラスに対しても強力な武器になるという見込みもあったのです。ベルゼンロックが倒されると、ギデオンはそのままラヴニカへこの剣を持ち込みました。それほどまでに強力な、そしてそんないわく付きの剣を振るう側のギデオンもなにかよくない影響を受けてしまわないか……と心配されてもいました。
結論から言いますと、黒き剣に関しての心配は全くの杞憂でした。ギデオンは今回も全く変わらないギデオンのままでした。卓越した戦闘技術、破壊不能能力、どれほど不利な状況でも全員を鼓舞してのけるカリスマ。私達が見慣れたギデオンがそこにいました。
《ギデオンの中隊》フレイバーテキスト
「ボロスのために!ラヴニカのために!」
《ギデオンの中隊》はプレインズウォーカーデッキのみに収録のカードですが、以前から物語を追ってきた人は、このフレイバーテキストに反応したのではないでしょうか。
『戦乱のゼンディカー』ブロックでのエルドラージとの戦いにおいて、ギデオンはしばしば皆を鼓舞するために高らかに口にしていました、「ゼンディカーのために!」と。プレインズウォーカーもそうでない者も、世界のために戦おうという意志を示す言葉、それが今回はラヴニカで。ごく短いフレイバーテキストながら、とても熱いものです。
そんなふうに、我々にとっては「いつものギデオン」だったわけですが、『灯争大戦』には当然ギデオンの戦いぶりを初めて目にするキャラクターもいました。主要登場人物であるラルもその一人です。彼がその視点で語ってくれたギデオンの姿は、読んでいるこちらも頬が緩むものでしたので紹介させて下さい。
ラルとギデオンは共に『ラヴニカへの回帰』ブロックでカード化されながら、当時接点はありませんでした。その先も面識こそありませんでしたが、2015年掲載のMagic Story「電光虫プロジェクト」にてラルはギデオンの姿を目撃しています。時系列は『戦乱のゼンディカー』の少し前、つまりゲートウォッチの結成前。そして『灯争大戦』の物語序盤、ジェイスと仲間達を見つけたラルは、その中にギデオンの姿を認めました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター16より訳
ラルは広場の中、50ヤード先にベレレンの姿を素早く認めた。ラヴィニアとプレインズウォーカーがもう二人同行していた。一人は見たことがなかった。もう一人はギルドパクトの体現者の仲間とラルは認識していた。
確か、名前はギデオンだったか。
実際に顔を合わせたことはなかったが、ラルは一度だけ遠くからギデオンを見ていた。そしてその姿は、印象的で忘れがたいものだった。
(略)
ギデオンの方は、ただ逞しい身体に整った顔が載っているだけではないと判明した。ありふれた長剣で、魔法的に鈍くなっていようがいまいが、その化け物を次々と裂いていった。
これがラルからギデオンの、いわば第一印象です。その姿と戦いぶりはラルの目にとても印象深く映った、というのがわかります。なお補足しますとラルが初めて見る一人というのはテフェリー、時間魔法で永遠衆の動きを鈍らせています。ギデオンが「ありふれた長剣」を振るっているとありますが、これは黒き剣の存在をボーラスから隠すためにジェイスが幻影で偽装したものです。
その後、話中で二人が直接会話を交わした場面はなく(幕間で何かしらやり取りはあったと思われます)、ですがラルは絶体絶命の状況下にギデオンのカリスマを目撃します。ニヴ=ミゼット再誕の儀式が成功し、《永遠神ケフネト》を倒したけれども、ニヴ=ミゼットは消耗して地に落ちてしまった場面の直後です。ウェブ連載版にも同じ場面はありましたが、小説版をラル視点から。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター50より訳
誰かが語っていた。ふと気が付くと、ラルはアゾリウス評議会庁舎の床を見つめていた。いくつもの対ボーラス勢力の代表者たちが今一度、あるいは最後に集まっているのだ。ラルは顔を上げた。ギデオン、テーロス生まれのあの不条理なほどに男前のプレインズウォーカーが、何かを話していた。ラルは努めて集中し、耳を澄ました。
「常にそうであるように、最終的には戦って勝ち取らねばならない。ニヴ=ミゼットの再誕は意義深い尽力だったが、その力があったとしても、やはり戦って勝ち取らねばならなかっただろう。確かに、火想者の力は望めない。だが絶望するにはまだ早い。私達は永遠衆の群れをここまで減らし、永遠神の半数を倒した。今こそ、この黒き剣をボーラスへと用いて全てを終わらせる時が来た」
ラルは無意識に頷いていた。確信と、自信に満ちた言葉。その少し低めの声は、安心をくれた。
ですがその先、空からボーラスに迫って黒き剣で倒す、という部分はあまりに簡単そうに響きました。ギデオンの実力と人望を見てきたラルでしたが、容易くそれに頷くことはできませんでした。
そして皮肉っぽく割り込もうとしたところで、彼は恋人のトミクがラヴィニアに剣を借りようとしているのを目撃します。戦闘とは無縁の文官である彼が。そこから二人でゲートウォッチの「再度の誓い」を見つめる流れも実に熱いのですが、すでに長くなっているので割愛。いずれ前日談を含めてラルの話をまとめたいですね。彼も間違いなく今回の主人公の一人ですので。
さて、それではいよいよギデオン最後の戦いを詳しく語っていきましょう。
2. ギデオンの結末
「物語の場面がカードで語られる」、これはマジックにおいて特に珍しいことではありません。さらに「物語の流れが複数枚のカードで語られる」こともあります。ですが『灯争大戦』のクライマックスに至るそれは、かつてないカード枚数とそのアート、効果、フレイバーテキストが用いられた詳細かつ緻密なものでした。
最後の作戦はいたって単純でした。ボーラスは軍勢の大半を城塞へと撤退させているので、地上と空から総攻撃を仕掛けます。ギデオンは全ての空中戦力と共に上空から迫り、黒き剣でボーラスを倒す。そのために彼は、この戦いの開始当時から共に戦ってきたペガサスに乗り込みました。
《信頼あるペガサス》フレイバーテキスト
「この世界を救うために君の命を預けてくれないか?」ギデオンがこうささやくと、ペガサスは鼻を鳴らして翼を大きく広げた。
このペガサスとギデオンの出会いについては第79回に詳しく書きました。ボロス軍の乗騎であり、オレリアが自ら訓練したその名も「ギデオンの約束号/Gideon’s Promise」。一方ボーラスはこれまでのところ、収穫した灯を吸収するのに忙しく、あまりこちらに対して何かを仕掛けてくるような様子はありませんでした。
ですが、リリアナへ《永遠神オケチラ》を用いてギデオンを対処するように命じます。彼女は従う以外にありませんでした。矢をつがえ、狙いをつける動作をオケチラがそのままなぞります。しかし矢を放つ瞬間、リリアナは一瞬躊躇したような気がしました……その結果、矢はギデオン本人を外してペガサスに命中したのでした。
《神聖なる矢》フレイバーテキスト
ラヴニカの防衛に当たっていた者たちは、オケチラの矢がペガサスを貫くのを見て恐怖に駆られた。ギデオンは、黒き剣をその手に持ったまま落ちて行った。
当然、ボーラスはリリアナへと怒りを向けます。ギデオンは難攻不落だから本人を狙っても意味はない、そうリリアナは説明しました。ボーラスは納得しないまでも受け入れたようで、それ以上の追求は来ませんでした。
一方ギデオンの落下と共に、ラヴニカの希望も失われたかに見えました。ボーラスへ辿り着く手段は他にないのですから……ですがギデオンが落下した城塞裏側から、煙が上がりました。そして炎が。そこには翼を広げた悪魔の巨体、ラクドスの姿があったのです。
《予期せぬ助力》フレイバーテキスト
「もう二度と、誰かを乗せるつもりはないぞ、ギデオン。これ以上は期待するな。」――ラクドス
これまで非協力的な態度を取り続けていたラクドス本人が、まさかの助力に参上したのでした。さては、エンターテイナーとして一番美味しい出番が来るまで待ってたな?その頭部、燃え盛る炎の中にギデオンが立っていました。なるほどこれはギデオンでなければ無理、けれど破壊不能オーラをまとっていてもその熱は過酷なようでした。
ラクドスはボーラスへ向かって一直線に降下し、咆哮を上げ……それが間違いでした。ボーラスは敵の接近に気付き、呪文で追い払おうとします。ですがギデオンはその攻撃を跳び越えると、落下の勢いのままボーラスの額に黒き剣を突き立てようとして……
ラヴニカの全てが固唾をのんで見守る中、叩きつけられたそれは、ただ、無力に砕けてしまいました。
とはいえギデオンは、剣を突き立てる寸前に見ていました。ボーラスの口元がわずかに歪み、その目が勝利に輝くのを。そのため黒き剣が砕けても、離れてそれを見ていた者達ほど驚きはしませんでした。ですが破片を全身に浴び、今度は城塞の上にしたたかに落下してしまいます。意識を失う寸前、ニコル・ボーラスの笑い声が聞こえました。
《暴君の嘲笑》フレイバーテキスト
「魔法の剣を持った英雄がドラゴンを倒すというわけか?そんなことは起きぬ。」――ニコル・ボーラス
黒き剣は古龍を倒せるのではなかった……?「黒き剣は一体の古龍を倒した」という噂を広めて、発見を困難にすることでその価値を高め、リリアナの悪魔を倒させることでその力を信じさせる。それはボーラスにとって容易いものでした。そして、ギデオン達は黒き剣の力を妄信したのです。黒き剣がかつて一体の古龍を倒したのは間違いなく、だからこそボーラスは備えてきたのでした、そのようなことが二度と起こらないようにと。戦場に、ボーラスの高笑いが響きました。
そして、その全てを見ていたリリアナの中で、何かが変わりました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター60より訳
これで終わり。リリアナはあの厚切り肉やゲートウォッチの面々に対する、未解決の感情から目をそむけようとした。その全員がまもなく死んでいく。ギデオン本人や友情、信頼よりも自分自身のことを考える方が、今ですら、有意義だとわかっていた。
その通り。自分自身のことだけを考えなさい。黒き剣は砕けた。ギデオンはまた落ちて――けれど死にはしないでしょう。難攻不落の力で、ボーラスの強欲な粛清を生き延びる唯一のプレインズウォーカーになるでしょう。けれど、今あのドラゴンを止める術はない。つまり自分もまた、その永遠の下僕になるということ。
百年以上に渡って、リリアナは寿命と力だけを求めてきた――ただし自分は損をすることのない方法で。だからこそ今この力が、途方もない力がある。それはあのドラゴンが自分に利用価値を見出している(そして完全に支配している)からであり、これこそが永遠に生きる確実な手段だった。
だがその考えに至った瞬間、リリアナははっきりと悟った。
そんな生に意味なんてない。永遠にニコル・ボーラスの下僕として生きるのは……生きるのは……続く言葉を締めるのはひどく困難で、けれど……死ぬより、嫌。
「死ぬより嫌」。元々、老いによる衰えと死から逃れるために悪魔と契約し、その後も若さと力をずっと求めてきたリリアナがこの結論に至るということの大きさ、そして衝撃たるや。そして、それだけではありません。酷く負傷して意識を失い、横たわるギデオンを見た彼女は。
同チャプターより訳
リリアナは意識のないギデオンを見下ろした。その両腕は酷く流血していた。黒き剣の破片が体中に刺さっていた。その姿に、リリアナの視線が泳いだ。口の中が渇いた。事実……疼くのを感じた。汗の粒が頬を伝って落ちた。
ありえない。リリアナ・ヴェスが小娘みたいに汗をかくなんて。
だから、つまり、これは涙。けどそうだとしたら、一体誰のために泣いているの?
本気で?本気でそんなことをする気?
本気だった。契約違反は死を意味する、それは判っていながらも、暗きマナがうねった。
そしてボーラスも気付きました。契約違反はどのような結末になる?リリアナはその脅しを無視し、永遠衆と永遠神をボーラスへ向かわせました。その影響は即座にリリアナの身体へと現れました。契約違反の代償です。刺青が燃え上がり、リリアナを内外から食い始めました。身体が塵となって散っていくのを感じました。
《裏切りの対価》フレイバーテキスト
リリアナがニコル・ボーラスに逆らった瞬間、その契約は破られ、彼女の命は没収された。しかし彼女には自分の運命を選ぶ自由があり、彼女はそのことに代償に見合う価値があると考えた。
自身が消滅する様子を目にしながらも、リリアナは永遠神をボーラスへ向かわせました。少しでも触れればいい、そうすればボーラスの灯を食わせられる。ですがボーラスは魔力を放って二柱を押し留めていました。このまま時間切れになる……そう思ったところで、背後から肩に手が置かれるのを感じました。ボーラスに送り込まれた永遠衆が、自分の灯を刈りに来たのか――いえ。
同チャプターより訳
ギデオンだった。両腕を血まみれにしながら、立ち上がって、雄々しく、微笑みかけていた。
そしてその不滅の力を、リリアナへ伸ばしていた。
違う。その力を、伸ばしているのではなく……渡していた。
『やめなさい。そんなことをしたら、あなたが私の契約を背負ってしまう――身を護る力もなしに。あなたが死ぬのよ。死ぬ必要なんてない。あなたは死んでいい人じゃない』
ギデオンはただ今一度微笑み、かぶりを振った。ジェイスでなくとも、その想いははっきりとわかった。『ボーラスを止めるために多くが死んだ。私で最後にしてくれ』
『ギデオン、やめて……』
囁き声がした。「私はここで英雄にはなれない。だがリリアナ、君なら」
リリアナはギデオンの不滅の光に輝いて――純粋な白の光が、その姿を再び繋ぎ留め……リリアナは完全な姿へと満たされた。
代わりに、契約違反による黒き死の魔法がギデオンの手から這い上がり、渡されていった。リリアナの刺青の光が、ギデオンの血まみれの腕に輝いた。そして燃え上がり、その身体が散りはじめた――先ほどのリリアナと同じように。
『大切にしてくれ』 ギデオンのそんな言葉が、思考が、何かが届いた気がした。
今や、確かに涙が頬を伝っていた。リリアナは肩越しに振り返って、頷いた――そうしたと思った。
背後で、ギデオンは死へ向かっていた。共感的とは言い難いリリアナですら、その苦悶を感じた――ギデオンは顔を上げ、目を閉じ、そして、吼えた。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター62より訳
すぐ背後で――あるいは世界をひとつ隔てて――リリアナはギデオンが至福の笑みを浮かべる様を見た。そしてその笑みが、歯が、皮膚が、瞳が、その整って、親しげで、雄々しい顔が、壊れた契約の、刺青の、地獄のような光を放ちだした。
『やめて』リリアナは懇願した。炎は広がってリリアナの腕までも焼こうとして――だがギデオンの力によって燃えることはなかった。
『戻しなさい、お願いだから……』
その笑みはまだそこにあった。そして次の瞬間、ギデオンは黒き炎に燃え上がり、リリアナの目の前で消滅した。
空になった鎧が音を立てて足元に落ちた。ギデオンの灰は風に散っていった。ボーラスを見上げると、気取った満足があった。リリアナは憤怒に絶叫し、永遠神を突き動かした……。
これが《ギデオンの犠牲》の詳細です。アートでこそ(これまで一度もなかったのに、目を光らせて!)激しい表情を浮かべていますが、ただ頼もしく微笑んで、ずっとそうしてきたように、友を守ったのでした。これ以上なくギデオンらしい、ギデオンにとってもこれしかないような最期、でした。
ここから先はギデオンから離れますが、結末まで書きましょう。リリアナは生きながらえましたが、ボーラスはまだ力を残していました。二柱の永遠神を止めることは容易で……というその時、不意に凄まじい痛みに襲われました。背中から胸を貫いて刺さっていたのは、ハゾレトの二又槍。振り向くと、ラヴニカ到来時に殺害していたはずのニヴ=ミゼットが、その槍を握りしめていました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター62より訳
ボーラスは混乱した。『殺した筈では?』
返答するように、ニヴはその槍をボーラスの背中深くに押し込んだ。相手の口から、うめき声がはっきりと漏れた。
ニヴは残忍な笑みを浮かべ、ボーラスへと思考を返した。『誰よりもおぬしが知っておろう、我等ドラゴンはたやすく死にはせぬと』
確かに効いたものの、その攻撃でもボーラスを殺すには至りません。ボーラスは翼でニヴ=ミゼットを払いのけると、この槍をどうしたものかと一瞬迷いました。ですがそれが命取りでした。その隙に永遠神が迫り、ボーラスはかろうじてオケチラを始末するものの、バントゥが噛みつきました。
《灯の燼滅》フレイバーテキスト
オケチラとバントゥにどれほど自意識が残っているか分からないまま、リリアナはこう囁いた。「あなたたちは本当の神でしょ。あれは簒奪者よ。どうするべきか分かるわね。」
槍の傷に比べて、その痛みは些細なものでした――痛みは。けれどバントゥは即座に、ボーラスが《古呪》で刈った灯を全て食らいはじめました。全てを、一気に。しかし永遠神といえども、それを内に留めておくことはできませんでした。バントゥは破片へと砕け散り、その爆発の眩しさはボーラスですら目を覆うほどでした。
ボーラスは焦り、共に再び《古呪》を唱えようとしましたが、遅すぎました。灯は散って、次々に無へと消えていきました。そして気付きました、バントゥはボーラスが手に入れた多くの灯だけでなく、ボーラス自身の灯も刈ったということに。待っているのは”無”。ボーラスはギデオンと同じように、塵と化して消えていったのでした……。
3. リリアナのその後
ボーラスはその断末魔をリリアナの心にまで響かせて、吼えながら消えていきました。ギデオンとは異なり、そこには美も喜びもありませんでした。ボーラスの死と共に《古呪》も消え、ラヴニカを覆っていた黒雲が晴れ、永遠衆は活動を止めていました。そして、独り城塞の上に立ちつくすリリアナの心へと、ジェイスの声が届きました。
決戦の前、ジェイスはリリアナ殺害の任務を率いており、リリアナもそれを把握していました。最終的には失敗したものの、元とはいえ恋人だった彼が、自分を止めるのではなく、説得するのでもなく、殺しに来た。それは彼女にとってはとてつもない衝撃で、けれど当然だと理解もしていました。自分がもたらす殺戮を止めるにはそれしかなかったのですから。
ですが今、リリアナの心に届くジェイスの声に敵意はありませんでした。あったのは、躊躇いがちの心配でした。リリアナの心に接触したジェイスは、ギデオンの犠牲を受けた彼女の想いを知ったのでした。苦悩を、その感情への戸惑いを。
リリアナは、ジェイスの非難や怒りであれば受け止められましたが、同情や心配など辛いものでしかありませんでした。ジェイスは《不滅の太陽》をまもなく切ってもらうこと、ここを去った方がいいということを伝えます。リリアナはひたすら、自分の心から出ていけと懇願するだけでした。最終的にジェイスはその願いに応え、退いていきました。彼女は知るよしもありませんでしたが、ボーラスの死に関する重苦しい秘密を抱えながら……。
すぐにリリアナは《不滅の太陽》の影響が消えたのを察しました。城塞の下ではラヴニカ軍が我に返っており、無抵抗の永遠衆を倒し始めていました。やがて彼らがここにやって来ることは明らかでした。リリアナは今一度、ギデオンを想います。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター65より訳
リリアナは膝をつき、ギデオン・ジュラの焦げた胸鎧を撫でた。その金属は今も温かみを帯びていた。ギデオンの最期の笑みを思い描こうとした。それは自分の目に、美しく――恐ろしいほどに美しく――残っていた。だがギデオンの顔、そのはっきりとした記憶は呼び起こせなかった。目の前で消えていくその顔は覚えていた。だがその特徴は――優しさは――ぼやけていた。まるで、かつて夢で見た誰かのように。現実味がなかった。ギデオンは、すでに伝説だった。
ギデオンはラヴニカに生き続けるのでしょう。けれど一人の人間としてではなく。どんな人間だったかを覚えている者はわずかで。ただ、英雄として。 それはひとつの喪失、リリアナはそう感じた。
そう、あの男は英雄になった。その偉業に相応しい神話的存在に。けれど、ギデオンはそれ以上の存在だった。それは……死んでも構わない、と私に思わせてくれた人物だということ。
「私を殺しなさいよ……」リリアナは自らの囁きを聞いた。だがその考えを振り払った。私はそういう人物じゃない。自己憐憫なんて、私には似合わない。
自分に言い聞かせるそれすらも説得力を感じられなかった。けれど今はそれで良かった。リリアナは手の甲で涙を拭った。心のどこかで、涙を流すことができた自分を嬉しく思った。そしてその感情を、深く押し込んだ。
深い底まで。
リリアナはボーラスの石へと手を伸ばし、掴んだ。それは拳の中で氷のように冷えていた。そして立ち上がり、目を閉じるとラヴニカを離れた。
これが、『灯争大戦』のリリアナの結末です。自分の魂を所有する悪魔も、ボーラスもいなくなりました。長いこと願ってやまなかった自由を手に入れた彼女でしたが、果たしてその代償は。失ったものはたくさんあります。仲間、信頼、友情。けれど、リリアナにとって最も堪えたのは、ギデオンという存在に自らを揺さぶられたこと……かもしれません。
リリアナはボーラスの額の間に浮いていたあの石を手に、何処かへと去りました。そしてゲートウォッチの新メンバーであるケイヤが、全ギルドからリリアナ暗殺を依頼されました。彼女の行方は……実はわかっています。
秋発売予定の『灯争大戦』続編小説、「War of the Spark: Forsaken」。各種販売サイトにはすでにあらすじも掲載されています。表紙が示すようにどうやらリリアナを追うケイヤがメインのようなのですが、その最後の部分を翻訳します。
「War of the Spark: Forsaken」商品詳細より訳
だがリリアナ・ヴェスは捕まるつもりはなかった。友に見捨てられ、彼女はボーラスが倒されるとラヴニカを離れた。リリアナはボーラスの悪しき意志の傀儡として、死と苦痛の凄まじい悪行に加担させられていた――ただ一人彼女の善性を信じ続けたギデオンが、身代わりとなって死ぬまで。ギデオンの最期の恩恵に悩みながら、かつての仲間に追われながら、リリアナは今、二度と見ることはなかったはずの地へ、唯一残された地へと帰還した――故郷へ。
……ドミナリア。確かに、そこしかないよなというのが正直な感想です。唯一残された場所、それは確かなのですがリリアナにとってはギデオンの死と同等か、それ以上に辛い出来事があった場所でもあります。そしてまた『ドミナリア』で描かれた兄ジョスの最期がギデオンのそれと似ているんですよね……これは堪えそう。
4. 言えなかった三語の言葉
話をギデオンに戻しましょう。とはいえこれを語れる日は、ある意味来て欲しくなかった……かもしれません。
『霊気紛争』ストーリーでのことです。領事府と改革派の激戦の中、チャンドラは仇敵バラルと対峙しました。過去の行いを突きつけられる戦いに彼女は激しく消耗し、ギデオンは献身的に寄り添います。そしてこんな自分に何故そこまでしてくれるのか、と問いかけられたギデオンの心によぎった返答とは。
Magic Story「業火」より引用
「私、もうだめ」 小さな声だった。「いつもこんな。お母さんが怒るのは当たり前。私は最悪なの。なのに何で、あんたはこうしてくれてるの」
三語の狡い、不確かな、許されない言葉がギデオンの心に鳴り響いた。ひとたび発してしまったなら、二度と戻れなくなる言葉が。
代わりに、彼は告げた。「お母さんと話すんだ」
原文は「Three unfair, uncertain, unforgivable words」。英語で3単語。それが何なのかって、そんなの考えるまでもないじゃないか……けれどひとたび発してしまったなら、二度と戻れなくなる。だったら私もギデオンが口にするまで一切書くわけにはいかない、とずっと思っていました。けれどギデオンはもう戻って来ません、だから書きます。心に鳴り響いた言葉は「I love you」……ですよね?
「狡い」「許されない」と思ったのはなぜか。心身共に消耗した状態のチャンドラに向けてそれを言うのは、弱みに付け込む形になってしまうから、なのだと思います。以来、ギデオンは変わらずチャンドラを気にかけながらも、息の合ったところを見せながらも、接し方を変えることはしませんでした。そして『灯争大戦』の小説にて、この件はどう扱われるのだろうかというのも気になっていたところでした。それは、主にチャンドラからギデオンへの感情という形で描写されていました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター3より訳
「あいつ、遅すぎるな」
あいつ、とはギデオン・ジュラのことだった。ゲートウォッチの魂――チャンドラはいつしかそう信じるようになっていた。
(略)
だが時間がかかりすぎているというのはチャンドラも同感だった。ギデオンの身を心配しているわけではなかった。難攻不落の力。残りの全員が斃れようとも――チャンドラが斃れようとも――ギデオンは戦い続けるだろう。戦い続け、そして戦い続け……
それこそがあの男だった。
不屈の戦士、揺るぎない正義感と硬い腹筋を持つ、確固不動の巨漢。以前、チャンドラはあの男にのぼせるような好意を抱いていた。今やそれは終わったが、ギデオンは今も世界で最高の友人であり続けていた。あらゆる世界で。多元宇宙の全てで。
これは小説のごく序盤、『ドミナリア』の物語ラストから続く部分にあたります。一度ドミナリア次元へリリアナを呼びに戻ったギデオンを、カラデシュ次元のナラー家にて皆が待つ場面での描写です。「ゲートウォッチの魂」という表現、そしてこの確固たる理解と信頼。ギデオンにとっては、どんな返答よりも嬉しいんじゃないかなと。読んでいた私はこれだけで何というか、この件に関しては心配いらなくなりました。
ちなみに同じ章、少し後にちょっと面白い描写もありましたので一緒に紹介します。《次元間の標》が声高にラヴニカへ誘う中、ギデオンが皆のところに帰還した直後です。
同チャプターより訳
「すまなかった。カラデシュへ戻ってくるために全力を要した。まっすぐにラヴニカへ来いという強い呼びかけを感じた。今もだ。皆は?」
ジェイスは頷き、フードを被った。チャンドラが思うに、その行動はちょっとした誤魔化しなのかもしれなかった。なぜならジェイスは不意に勇ましく見えるようになったために――つまり元気な自分の幻影を作り出したのだろう。参った状態を隠すために……それとも幻影など必要のないギデオンをどこかで意識してか。
自身を勇ましく見せる幻影、声を届かせるための拡大魔法、相手にその心を伝え、時には説得するための精神魔法。ジェイスはこれまで幾度となくそういった術を用いてきました。ですが、ギデオンはそのどれも必要としたことはありませんでした。ゲートウォッチの結成以前から、ジェイスはギデオンのそういった天性のカリスマに気付いて尊敬と信頼を(もしかしたら少しの嫉妬も)抱いてきました。一番よく現れているのがこのカードだと思います。
《一致団結》フレイバーテキスト
部隊を鼓舞する台詞に困り、ジェイスは自問した。「ギデオンならば何と言うだろう。」
ギデオンならば何と言うだろう。きっとゲートウォッチの皆はこの先も、苦境に陥ったなら思うのでしょう。ギデオンならば何と言うだろう、ギデオンならばどうするだろう、と……それが彼の死を悔やむためでなく、彼の思い出から力を貰うためであることを願います。
話を戻しまして。ギデオンは想いを伝えることなく逝きました。もしかしたらジェイスあたりは(もしくはリリアナは)察していたかもな……と思っていたら、ボーラスが消えてリリアナも去った直後にこんなやり取りがありました。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター66より訳
ニッサは躊躇いがちに、チャンドラの肩に手を触れた。
チャンドラはまっすぐに前を向いた。「あのね。私、昔ね、あいつのこと、少し好きだったの。言えなかったけど」
「知っていたと思うよ。ギデオンも、君を愛していた」 とはジェイス。
「そういうのじゃない……」
「ああ、けれど愛していたことには変わりはないよ。妹のように」
そう、兄みたいに。それどころかジェイス、あんたのことだって私は兄みたいに――それは言うまでもないと思った。そしてジェイスの表情は、知っていたよ、と告げていた。そこにテレパスは必要なかった。
ギデオンも言えなかった、けど一人のギデオン好きの読者としては、十分です。ここまで言及してもらえただけでも。チャンドラが発露してくれる感情には、こちらも救われたような気分になれました。本当に。
5. I will keep watch
キテオン・イオラがギデオン・ジュラとなったのはなぜか。彼がプレインズウォーカーに覚醒して最初に辿り着いたアラーラ次元のバント断片、そこで「バント人の発音だとGideon Juraになった」という至極実用的な理由でした。時折疑問に上がりますが、基本的に次元が異なろうとも言語は通じるものとして物語は進んでいます。プレインズウォーカーは別の次元に行っても言葉は通じるものの、発音やアクセントに違和感があるという描写はよく見られます。例えばチャンドラの苗字の「ナラー/Nalaar」をカラデシュ人以外が正確に発音するのは困難なようです。
ギデオンは時に名前の変化について聞かれると、その「実用的な理由」を説明していました。本当に、それだけだったのでしょうか……と思うのは、彼の過去を知る者としては当然のことで。
『灯争大戦』は当然、ラヴニカ次元が舞台です(話中でアモンケットへ行ったグループはいますが)。なのにこのカードは明らかにテーロス。小説を読むとわかるのですが、これはギデオンが実際にテーロスへ帰ったわけではなく、死の間際に垣間見た光景でした。
リリアナの契約を肩代わりし、塵となって消えていく中、ギデオンはその苦痛に吼えます……しかし、ふと全身の苦痛は消え、目を開けると身体はそのまま、黒き剣の破片を浴びた傷もありませんでした。見下ろすと身にまとっているのは鎧ではなく、故郷テーロスの衣服。辺りを見渡すと、そこは都市国家アクロスに程近い平原で、涼しく柔らかな風が吹いていました。プレインズウォークした?違います。未だ《不滅の太陽》は起動されたままなのですから。過去を思い出している?それも違いました。アモンケットでボーラスから受けた大きな傷が肩に残っていました。これは、今。ごくわずかに残された今。
そして、姿が見えるよりも先に察しました。友人たちがやって来ました。不正規軍の全員が。ギデオンは今ここで、キテオン・イオラに戻ったのでした。時間が戻ったわけではなく、それでも。過去の行いから長いこと否定してきた本当の名前を、今ここに取り戻したのでした。キテオンは過去の行いを詫びようと口を開きかけましたが、彼らは無言でそれを止め、微笑み、幅広の肩に手を置きました。
一瞬、彼は最近の友人達へと申し訳なく思いました。チャンドラ、ニッサ、ジェイス、アジャニ、オレリア、そしてリリアナも。けれどあまり心配はしていませんでした。リリアナが皆を救ってくれると思っていました。もしくはジェイスが。もしくは、全員で。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター61より訳
とはいえ、これが終わりだとしたら、この終わりは、そう悪くなかったのかもしれない。
私にとっては、間違いなく。だから、皆にとってもそうだと願おう。
陽光に、涼しい風。小川のせせらぎ。ここには静穏があった。キテオンは安らぎを感じた。安らぎを、そして遂に、赦されたことを……。
……悪くはなかった、彼はそう言ってくれました。世界を救うために、誰かの身代わりとなって死ぬ。繰り返しますけれどギデオンらしい、そしてギデオンが自分自身を遂に赦すことができた、これ以上なく相応しい、報われる最期だったと感じます。
ギデオン追悼のために出たと言っても過言ではない「Signature Spellbook: Gideon」。目玉のひとつはやはり新絵の《安らかなる眠り》だと思います。背景の遠くに見える都市国家の建物、そして青空にかすかに被るニクスの星空から、場所はテーロス次元とわかります。
ギデオンの遺体は灰になってラヴニカの風に飛散してしまい、残ったのは鎧だけでした。『灯争大戦』のエピローグで、チャンドラがそれをテーロスに持って行くことを提案し、ゲートウォッチや何人ものプレインズウォーカーが揃って向かいました。そのため、この記念碑には鎧が奉られているのでしょう。
そしてこのフレイバーテキスト、「I will keep watch」。言うまでもなくこれは「誓い」の言葉の締めです。『灯争大戦』の最終決戦前に、ゲートウォッチが再度の誓いを交わす場面がありました。ギデオンのそれは元の「誓い」から続きがありました。
Magic Story「ラヴニカ:灯争大戦――結末の灰燼」(『灯争大戦』第6話)より引用
「決して繰り返させはしない、どのような世界にも。私は誓おう。海門のため、ゼンディカーと、ラヴニカと、そのあらゆる人々のため、正義と平和のため、私はゲートウォッチであり続けよう。そしてボーラスが斃れても、新たな危険が多元宇宙を脅かした時には、私はゲートウォッチと共にそこへ向かおう」
そう、ギデオンはずっとゲートウォッチであり続けるのでしょう。プレインズウォーカーとして多元宇宙のために、決して逃げずに戦うことを誓った彼の理念は、存在し続けるのでしょう。
6. おわりに
最後に、私個人としての感想を書かせて下さい。
最近こそ少なくなりましたが、マジックの物語でメインキャラクターが死亡することは特に珍しくありません。私も、好きなキャラクターとの別れは何度も経験してきました。ただただ悲しいものや理不尽に感じるものもありました。
ですが、そこに至る過程と最期そのものまでがこれほど詳細に、丁寧に描かれて、話中のキャラクターもプレイヤーも誰もがその死を悼んで、それどころかひとつのセットまで作って貰えたというのはギデオンが初めてだと思います。切ないことに変わりはありませんが、私は、とても心穏やかに受け入れることができました。
ありがとう、ギデオン。貴方のことが大好きでした。
(終)