あなたの隣のプレインズウォーカー ~第96回 『灯争大戦』前日談 孤独の女王、ヴラスカ~

若月 繭子

はじめに

こんにちは、若月です。『灯争大戦』の続編Forsaken、ヴラスカによるドビン追跡の話をしていきたいところなのですが、その前に語らなければいけないことがたくさんあります――それは、『灯争大戦』に至るまでのヴラスカについて。

群集の威光、ヴラスカ支配の片腕、ドビン

そもそも、ヴラスカはどうやってギルドマスターの座に就いたのでしょうか?ジェイスと再会する前に記憶を取り戻していたけれどなぜ?《ギルド会談》《暗殺者の戦利品》の詳細は?

今回と次回は、そういった『ラヴニカのギルド』『ラヴニカの献身』でのヴラスカの動きを、前日談の連載「The Gathering Storm」から解説します。

1. 前提から

『灯争大戦』ストーリー・ウェブ連載版にて。ヴラスカはずいぶんと遅れて登場し、ケイヤとラルは妙に敵対的な態度をとっていました。なにがあったのか、疑問に思った人は多かったのではないでしょうか。

Magic Story「退路なき任務」(『灯争大戦』ウェブ連載版第4話)より引用

「あなたがラヴニカに戻ってきていたなんて」冷静にケイヤ様が言った。「本当に驚いたわ……」

「度肝を抜かれたな」ザレック様が正した。

「あの標が切られたっていうのに、かい?」ヴラスカ女王の口調は、まるでかつての友達を、仲間を怒らせようとしてるみたいだった。

その言葉にザレック様は熱くなったみたいに身構えた。逆立った髪に静電気を散らして、脅すような低い声で尋ねた。「どっちだ?お前はボーラスがすでに倒されたと考えたのか――それともすでに勝った、とか」

元の小説版では、『灯争大戦』が始まって早々に「ヴラスカはラルやケイヤを裏切り、ラヴニカを離れた」ことが判明していました。

小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター4より訳

かつてボーラスに仕えており、その助力を得てギルドマスターの座に昇ったと率直に認めたヴラスカを、ラルはなかなか信用しなかった。だがラル自身にもボーラスとの暗い過去があり、やがてヴラスカを真の友であり仲間だと思うようになった――彼女が自分たち全員を裏切るまでは。

(略)

「ヴラスカは?」ラルから離れながら、ケイヤが尋ねた。

「焼け焦げるだけの稲妻をあいつに放った――けど完全に燃え尽きはしない程度に。だが死体はどこにもない。プレインズウォークで逃げたんだろう」

「戻ってくると思う?」

「ボーラスが起こした火事の煙が落ち着いたなら、戻ってくるかもな。そのときまで俺も生きていたいものだ。是非とも、この手で殺してやりたい」

「ラル」

「そうさせるのはあいつだ」

「もしくはボーラスがそうさせた。あのドラゴンがどんな奴かは貴方も私もわかっているでしょう。あれに支配されるのがどれほど簡単かを。それを断ち切るのがどれほど難しいかを」

「それでも、俺もお前もなんとかやってのけた」

ケイヤは返答しなかった。

嵐の伝導者、ラル死者の災厄、ケイヤ

そしてボーラスが到来し、ニヴ=ミゼットが死亡するも、かろうじて《次元間の標》の起動には成功したのだと判明します。「共にボーラスに立ち向かう」、ヴラスカはイクサラン次元にてジェイスとそう固い約束を交わしていました。それが一体なぜ、そんなことになってしまったのでしょうか?前日談のエピソードから、順に解説していきます。

2. ギルドマスターへ

『灯争大戦』前日談、ヴラスカの物語はギルドマスターの座を奪うところから始まります。

草むした墓

ゴルガリ団の闇エルフ、デヴカリンの腐敗庭園。地上で庭師が薔薇や蘭を手がけるように、ここでは茸や苔が細心の注意を払って育てられ、生体発光の明りを放っています。その只中、真菌の玉座にゴルガリ団のギルドマスター、ジャラドが座していました。無言で付き従うのはたくさんのゾンビ、往時軍。古の霊廟ウメリレクから、死の司祭マジレクが目覚めさせた忠実な下僕たちです。

ゴルガリの死者の王、ジャラド

不意に、前方で木の砕ける音が聞こえました。往時軍のリッチ、ストーレフが静かに報告します。ここへの接近を試みている者がいると。すぐに、屍のプランターの先で扉が砕けたかと思うと、巨体のトロールに引き続いていくつもの姿が見えました。ジャラドはその中の1人に目を留めました。人型生物の女性、けれど人間でもエルフでもありません。蛇のようにうねる触手――ゴルゴン。ゴルガリ団にはいくらかのゴルゴンがいますが、このような無礼を働く者は1人だけ。そう、ヴラスカです。

見えざる者、ヴラスカ

小説「The Gathering Storm」チャプター2より訳

だが2体のクロール、キチン質の鎧に身を固めた6本脚の昆虫が彼女に付き従っていた。左のマジレクはヴラスカに近い長身で、その甲殻には螺旋状の模様が黒で描かれていた。彼はクロールの長とも言うべき存在、そしてその群れの中でもヴラスカの最初の仲間だった。

右のクロールはずっと小柄だった。病的な白色の身体に弱々しく動かない翼。ゼディックはその体色と奇妙な能力からクロールの間で除け者にされていたところを、ヴラスカが友となったのだった。以来、ゼディックは子犬のように彼女を慕っていた。

青と赤のフェイスペイントに蜘蛛糸のローブをまとうジャラドは、玉座から立ち上がるとヴラスカを指さした。

「ヴラスカ。お前に来いと命じてはいない。扉を壊せとも言っていない」

「でも私は来たよ。可笑しいかい」

彼女はジャラドへと歩み出し、屍の植木鉢を蹴り倒すと桃色の胞子が散った。甲殻を鳴らしながら、2体のクロールが続いた。視界の隅で、影のエルフたちが退散する様子が見えた。往時軍の召使たちは不動のままだった。

ジャラドは敵対的な様子のヴラスカを見て、殺すよう側近たちへと命令します。ですがマジレクの屍術とヴラスカの石化の凝視で、あっけなくその戦いは終わってしまいました。続いて、ゼディックがテレパスで知らせてきました、準備はいいと。このような能力を持つクロールというのは聞いたこともなく、シミックから逃走した実験体なのではとヴラスカは半ば思っていました。

ヴラスカが肩越しに振り返ると、入り口に往時軍のゾンビが集まっているのが見えました。ジャラドの玉座の背後へと4体が進み出ます。ストーレフはジャラドの隣に立ったまま、表情はヴェールに隠れて見えません。ヴラスカは武器を抜き、膝をついて許しを請えとジャラドに迫りました。

同チャプターより訳

「オマエノ、暴虐ハ、終ワリダ」マジレクの口は共通語の発音には不向きで、その言葉は不明瞭に鳴った。「ヴラスカ、くろーるニ尊厳ヲクレル」

「尊厳など大した意味はない、お前はこの庭園で腐りゆくのだから。だが終わりだ!不平を言うのは終わりに――」

ヴラスカが動き、素早くジャラドの顔面を拳がとらえた。彼はよろめいて後ずさり、上唇が切れて血が流れだした。彼は金切り声を上げた。

「ストーレフ!この女を止めろ!」

ヴラスカは思考を走らせた。さあ、ボーラスが言った通りか、これでわかる。

集まった往時軍は立ちつくし、待機していた。玉座を囲む4体の護衛、部屋中に列を成して立つ召使たち。彼らは立ちつくし――

――なにもしなかった。

「ストーレフ!どういうことだ?」血飛沫を散らしながらジャラドは振り返った。

「貴方はもはや過去の存在です」抑揚のない言葉だった。「ヴラスカ様こそが未来」

まさか――今やその瞳に恐慌を浮かべ、ジャラドは向き直った。ヴラスカにとってそれは美酒のように思えた。ジャラドは自身のローブを掴み、口を動かした。

「ここから逃れられはしない。束の間の勝利を楽しむがいい。エルフには――」

「往時軍の召使がいる、だろう?」

ジャラドの両目が大きく見開かれた。「まさか」

「抵抗しない者は殺さない」彼女は一歩踏み出し、ジャラドは膝から崩れ落ちた。「けれど、ゴルガリ団はもう私のものだ」ヴラスカが一瞥すると、マジレクは前脚で恭しく敬意を表し、ストーレフは小首を傾げた。「闇エルフの支配は終わりだ」

それでもジャラドは命乞いをしました。自分を生かしておいた方がいい、必要となる情報を知っていると。知っている、それであればとヴラスカはゼディックに指示をします。抵抗する相手から精神魔法で思考を引き出すのは不愉快なもの、それはヴラスカも感じ取りました。ジャラドは悲鳴を上げて玉座に倒れ、ゼディックはギルドの統治に必要な情報を入手しました――地上にいる工作員の一覧、合言葉、隠れ家の場所などです。そしてヴラスカはジャラドの襟元を掴み、目を合わせました。黄金色のエネルギーが輝き、最後にもう一度、ジャラドは悲鳴を上げました……

3. イクサランの記憶

ゴルガリの女王、ヴラスカ

そうしてギルドマスターの座に就いたヴラスカは、まず宮廷をゴルガリ団の古くからの本拠地、スヴォグトースに移しました。ヴラスカは腐敗庭園よりもこの巨大建造物の方がずっと好みだったのです。

とはいえ、誰もが直ちにヴラスカの支配を受け入れたわけではありません。新たな支配を拒んだ者や、送り込まれた暗殺者らがすでに石の屍と化していました。またデヴカリンの高司祭アイゾーニのもとに、多くのエルフが出入りしているとの情報が入っていたのです。

千の目、アイゾーニ

アイゾーニはデヴカリンの有力者で、滅多に自らの寺院を出ることはありません。今のところ、ヴラスカは彼らに手出しをせずにいました。ですがまた1人の暗殺者を始末すると、彼女はいつになく苛立ちと動揺を、そしてその感情に対する不自然さを覚えました。

小説「The Gathering Storm」チャプター4より訳

ヴラスカは野心を抱いていた。ジャラドとデヴカリンがギルドに成してきたことを見ていた。彼らは防衛を軽視し、縄張りを無防備にしていた。ゴルガリ団はボロス軍の警備隊によっていくつかの前哨地から押しやられ、シミック連合の研究者やラクドス教団の暴走者からは略奪を被った。彼女はクロールについて知るようになった。エルフからは役畜にも等しい扱いを受けながらも、確かな知性を誇る巨大昆虫種族。そしてヴラスカは決意した。変えよう、ゴルガリのために。だが、それには仲間が必要だった。

そして、仲間に出会った。ボーラスに出会った。あのドラゴンは、仕事の見返りにゴルガリ団の支配を約束した。そして私はここに座している。取引は成された。そのはずだった。

だがそこまで思い返したところで、なにもかもが崩れた。ボーラスのために働くことを、ゴルガリ団の玉座へ昇らせてくれるという約束を覚えていた。そして私は出発し――― 出発した、どこを?ラヴニカを?ボーラスのために戦ったことは覚えているものの、それを詳細に考えようとすると、頭痛を覚えるのだった。記憶は薄く、一つひとつが繋がっていなかった。

望んでいたものはすべて手に入れた。彼女は屍の玉座を、巨大なこの本拠地を見つめた。だとしたら、どうして私はこんなに……虚しいんだ?惨めな暗殺者の命を奪うとき、そこにはなんの喜びもなかった。ジャラドのそれですら、計画の最高潮ではなく邪魔なゴキブリを叩き潰すような気分だった。私はどうしてしまったんだ?

そんなヴラスカに、ゼディックが恐る恐る語りかけてきました。彼は広間に漂うヴラスカの思考を感じ取り、そこにある言いようのない不安の原因を察すると、ためらいながらもそれを伝えました。ヴラスカの心には……穴が開いている、と。それを感じ取りながらも届かないために、堂々巡りをしているのだと。誰かが心のなにかを奪った?当然ヴラスカは驚き、動揺しました。

加えて、ゼディックの説明は不可解なものでした。正確には奪われたのではなく、封じられている。その穴は自分達が出会う以前からのもので、最近、心の表面に浮上してきたのだと。非常に熟達したテレパスの仕業であり、さらには……そこに、ヴラスカが抵抗した痕跡は一切なく、同意の上で行われたものに間違いないと。

当然、ヴラスカは困惑するばかりでした。誰が、なぜ?一方でゼディックの思いやりもわかっていました。そんなことを伝えてくれるのは、自分を気にかけてくれるからこそ。そして、自分の意志でそうしたのであれば、いずれ発見する時がくるということです。ヴラスカはゼディックに、記憶のその封を解いてくれと願いました――

同チャプターより訳

ゼディックの接触を心に感じた。頭蓋の内の冷たい点が、ぬめる指のように滑り込んでいった。一瞬、抵抗するような圧力があった。そして貫いた。記憶が内へと弾けてヴラスカは喘ぎ、失われた思考と瞬間と、そして――

……ジェイスの手を握り締めて……

「あのろくでなしの邪魔をしてやりましょう」

ラヴニカを救うのだ。

「次に会ったときにもお前のことはわかるんだよな……けど絶対、お前を殺そうとする」

「そうですよね」

イクサラン。喧嘩腰号。乗組員たち、ボーラスからの任務。追跡とその終わり。記憶に続く記憶が、逆順に、ばらばらに、けれど正しい位置にはまっていった。

自分の声だった。「私の魔法は死の中にあるかもしれない、けれど殺すことにはなんの喜びもないんだよ。前は、ほかに選択肢がないからそうしていた。今は私だけじゃなく、みんなにとって正しいことをしないといけない」

「俺が思うに、ヴラスカさんは素晴らしい指導者になる定めにありますよ」ジェイス。胸の内で、心臓が高鳴っていた。「ヴラスカさん、貴女の最高の復讐は、生きているということだけじゃなくて、ヴラスカさんを捕えた人たちが考えもしなかったような凄いなにかに変わったことです。それがどれだけ凄いことか、わかりますか?」

私はどれだけの記憶を隠していたんだ?思考の大嵐に打ちのめされるようだった。ジェイス、どうしてお前は私にこんなことを?

そして――

青色の鎧の兵士の列また列が、死の静寂の内に、その目を燃やして。

「多元宇宙に送り出す軍隊を作ったってのか。そして不滅の太陽は、一度そこに来たなら誰も逃げられないようにする」

ニコル・ボーラスの野心に、ラヴニカが大きく描かれていた。

いつしか、肺が空になっていた。

ボーラスがここにやってくる。独りではなく、無敵の軍隊を連れて。計略ではなく、征服のために。ラヴニカを手に入れるつもりなのだ。

狡猾な漂流者、ジェイス

……こうして、ヴラスカはジェイスとの再会を待つことなく、記憶を取り戻したのでした。彼女はゼディックに感謝を告げ、呼吸と心を落ち着かせて思考をまとめます。そしてストーレフを呼ぶと、ラル・ザレックに使者を送るよう伝えました。

4. ラルとの合流

そしてラルとヴラスカは密かに対面します。ラルはすでにニヴ=ミゼットから「ギルドパクト改訂のために全ギルドを結束させる」任務(第82回参照)を受けており、ゴルガリ団へも使者を送っていましたが無視され続けていました。それが突然の方針転換ということで、当然彼は警戒します。記憶を取り戻したヴラスカは、信用してもらうことは難しいと知りながら、嘘偽りなく説明するのでした。

小説「The Gathering Storm」チャプター6より訳

「私はあのドラゴンの命令を受けている……受けていた」

「なるほど」ラルは指を伸ばし、その間に魔力を走らせた。背中の増幅器は完全に充電されており、手甲は袖の中に安全に隠してあった。「なら、お前がどういうつもりかを聞かなきゃならない」

ヴラスカは再び微笑み、少し緊張したように見えた。「どういうつもりかは、最近変わってね。複雑な話になるんだけど」

「聞こうか」

「ジェイスのことはどれだけ知ってる?」

ベレレン。ラルは歯を食いしばった。ここにいなくとも、あいつはあらゆることの中心にいやがる。ラルは返答する前に一瞬を置いた。「それなりに」

「イクサランって次元で、あいつに会ったんだよ。私らは……友達になった、奇妙なことにね。私はあのドラゴンからの仕事でそこへ行ったんだけど、それどころじゃないことが判って……」彼女はかぶりを振った。「ここから先は理解してくれるかどうか」

「ベレレンはそこでなにをしてたんだ?あいつはギルドパクトの体現者だ。ここにいなきゃいけない奴だろうに」

「私もそこはわからない。けどジェイスと私は、ニコル・ボーラスの最終目的を突き止めた。あいつはここに、ラヴニカに来て、征服するつもりだ。アンデッドの闘士の軍隊を従えてね」

「それは初耳だ」ラルは小声でつぶやいた。「お前がボーラスのために動いていたなら――」

「あいつは私にゴルガリ団の支配者の座を約束した。ラヴニカをその鉤爪で砕くつもりとは言っていなかった。けどジェイスのおかげで知った。ボーラスを止めないといけない」

(略)

「ありえそうにない話だってのはわかってるけどね」

「ベレレンが関わったなら、なんだってそうなる」ラルはそう言った。「けど大いに都合のいい話だ。俺をどう信用させる気だ?」

長い沈黙があった。

「わからない」とヴラスカ。「私だって何度もそう自問自答したよ。だからこそ……お前には誠実に接しなきゃって。そっちの立場からしたら、簡単に信用できないってのはわかる」彼女はかぶりを振った。「ボーラスを倒してみんなを守りたい、心からそう思ってるって言えるよ」

アゾリウスの造反者、ラヴィニア

ラルはこれに先立って、ラヴィニアから「ヴラスカがボーラスと通じている可能性がある」と知らされていました。ラヴィニアは『ラヴニカの献身』にて《アゾリウスの造反者、ラヴィニア》としてカード化されていましたが、実は『ラヴニカのギルド』の時点でアゾリウス評議会を離れ、独自にボーラスの動きを探っていたのでした。

一方のラルとしても、ヴラスカを信用したいと、信用せざるをえないという気持ちはありました。ニヴ=ミゼットからの任務完遂のためには、全てのギルドからの協力が不可欠なのです。なにか別の方法で誠意を示せないかとヴラスカは提案し、考えておくとラルは頷きました。

そしてその機会はすぐに訪れます。ラルは恋人のトミクから、力を貸して欲しいと打ち明けられました。彼の師匠であるテイサを幽閉から救い出すために。

テイサ・カルロフ高名な弁護士、トミク幽霊暗殺者、ケイヤ

このときまでトミクは黙っていましたが、オブゼダート暗殺の依頼をボーラスから受けたケイヤはすでにテイサとトミクに接触していました。オブゼダートの始末はテイサにとっても好都合であり、ケイヤの能力もその目で確かめていました。ですがそれを確実に遂行させるために、トミクはラルの協力を願ったのです。

同チャプターより訳

「力を貸していただきたいのです。テイサ様が必要としています。なにもせずにいたら、あの方は消されてしまいます」

「わかった。俺はなにをすればいい?」

「オルゾヴァへの攻撃です」

ラルは眉を上げた。「お前、いいところから始めるじゃないか」

トミク、ゆるふわ系お坊ちゃんと思いきや大胆不敵なことを頼むのね。そしてこれは好都合とラルはヴラスカに協力を要請し、彼女はゴルガリ団を率いてオルゾヴァへと攻撃を仕掛けます。その陽動に目が向けられているうちに、ケイヤは独りオブゼダートの住処を目指しました。

ケイヤの怒り

ヴラスカとラルの協力の甲斐あって、ケイヤはオブゼダート暗殺に成功しました。ですが彼らを殺害したことでその身に無数の契約が降りかかり、彼女は望まぬうちにオルゾフ組のギルドマスターの座に就かされてしまったのでした。こちらの話は今後ケイヤをメインで取り扱うときに詳しく解説する予定です。

5. 逆行

「ボーラスを倒してみんなを守りたい、心からそう思ってる」。ヴラスカはラルにそう言いました。記憶を取り戻し、他ギルドとも協力してラヴニカのために動き出そうとした彼女でしたが、事はそう順調には進みませんでした。オブゼダートの暗殺から少しして、ヴラスカは不吉な訪問を受けます。その相手はエルフの姿をしていましたが、中身は明らかにそうではありませんでした。

小説「The Gathering Storm」チャプター9より訳

「貴女はあてがわれた役割を果たしておりませんね」そのエルフは歯を見せて笑い、だがヴラスカはそこにまた別の笑みの影を見た。尖った歯がずらりと並んだ笑みを。

「大胆なことだね、来な」ヴラスカも自らの牙を見せた。「石像庭園にいい作品が加わりそうだよ」

「これは器に過ぎぬ。切り刻もうとも石に変えようとも、我にとっては同じこと」その声は明らかにボーラスのものだった。「我らが取引をし、おぬしがそれを遂行していないことに変わりはない」

「イクサランで欲しがってたものは見つけただろ」

「いかにも」ボーラスは首を傾げた。「だが取引が終わったとは言っておらぬ。約束通り、我はおぬしをゴルガリ団の頭に据えた。だがどうやら、おぬしは我に逆らおうとしているようであるな」

「気が変わってね」

「それは察しておる。我が旧知、ベレレンの仕業であろう」

誘導記憶喪失

「ボーラスは、ジェイスがイクサラン次元に流れついたことを知らない」はずでした。これは話中ではなく開発側からのインタビュー内で明言されていました。つまりはその後、ラヴニカに配置した無数の工作員を通じて、ヴラスカの変化を知ったのだと思います。もしくはなにかしらの手段でラルとの会話を盗聴していたのかもしれません。

ヴラスカはこのエルフを連行するよう部下のゾンビへと命じます。ですがそのボーラス(が操るエルフ)が小声でなにかを呟くと、ゾンビは動きを止めました。そして続く命令で踵を返すと、逆にヴラスカへ向かいだしたのです。ボーラスは、ヴラスカの主力である往時軍を簡単に操ってのける様を見せつけ、彼女の心変わりへと釘を刺しました。ジャラドのときと同じように、それらが1体残らず主に逆らったなら?その好機にデヴカリンの残党が動き出すことは間違いなく、ゴルガリ団は抗争に突入する。ヴラスカが愛するものはなにもかもが引き裂かれる……

同チャプターより訳

「我はおぬしをゴルガリ団の長に据えた。必要とあればその座を取り上げる術を用意しておらぬと本気で思っておったか?」ボーラスはさらに近寄り、動かない2体のゾンビの間に立った。

「我ほど長く生きたなら、おぬしも裏切りというものを学ぶであろう。おぬしの裏切りを予想しておらぬと本気で思うたか?」

「なにを……」動揺に触手が波打つのをヴラスカは感じ、それを抑え込もうとした。「私になにを望むんだ」

「正しき選択を。さすればゴルガリはおぬしの支配のもとに繁栄し、我が新たなる秩序のもとで正当な地位を得よう。さもなくば今この場で引き裂かれ、我がこの次元を訪れた暁には、この鉤爪にておぬしらの残滓を心ゆくまで砕き潰すとしよう。そしておぬしの哀れな民の最後の1人が塵と帰したなら、ヴラスカよ、おぬしの番だ。永遠の苦しみを苛むことになろう」

本能的に、両目の内に黄金のエネルギーが凝集するのを感じた。だが彼女はそれを揉み消した。この使者を石に変えたところで意味はない。なんの意味もない。

ジェイス……

記憶と、自己の全てをもって、ヴラスカは自らの魂ほどにジェイスを信頼していた。彼はラヴニカへ来ると言っていた。そして、一緒に、ボーラスを倒すのだと。

けれどジェイスはここにいない。そして今、飼い慣らしたゾンビを背後にして、操り人形の顔に、あのドラゴンの笑みが浮かんでいる。ジェイス、私はどうすればいい?

「さて」ボーラスの笑みが消えた。「いかにする?」

ヴラスカは息をのんだ。

プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス

記憶は取り戻したものの、共に戦うと約束したはずのジェイスはいません。往時軍という武器を逆に喉元へと突き付けられ、ヴラスカはボーラスの意に従うしかありませんでした。

6. イスペリア殺害

ギルド会談

それから間もなくして、ギルド会談が開催されました。ニヴ=ミゼットが、有無を言わせぬ説得力をもってボーラスの脅威を全ギルドの代表者へと告げ、また立ち向かうためのギルドパクト改訂を提案します(詳細は第94回)。各ギルドでその情報を整理・検討するために会議は一旦休会となり、翌朝から続きが行われることになりました。

ヴラスカもゴルガリ団の代表として参加し、ボーラスを知る者の1人として発言しましたが、その内は激しく揺れていました。ラルは味方として感謝と信頼を向けてきます。ジェイスは未だ戻りません。そして宿舎として提供されたアゾリウス評議会の部屋は、ただただ息が詰まりそうでした。

日没後、不意に扉で物音が聞こえたかと思うと、1枚の紙片が差し込まれていました。開くと中には「会議場、護衛はいない」と。ヴラスカは無言でそこへ向かい、扉の隙間から滑り込みました。そこではわずかな明りの中、イスペリアが座してギルドの業務を行っていました。ヴラスカには気付いた様子でしたが、彼女が咳払いをするまで顔を上げはしませんでした。それでも、なにか言いたいことがあるとは判っているようでした。

ヴラスカは尋ねます、私がどうやってプレインズウォーカーになったか知りたいか、と。興味はある、との返答に彼女は語り始めました。ラヴニカの地下で生まれ育ったこと。17歳のとき、アゾリウス評議会の掃討に遭い、捕らえられたこと。その牢で酷い扱いを受けたこと、このまま死に至ると実感したそのとき、プレインズウォーカーの灯が点火したこと……

小説「The Gathering Storm」チャプター10より訳

「ニヴ=ミゼットからの情報にありました。酷い精神的苦痛というのはプレインズウォーカーの灯を点火させる典型的な誘因であると」

「ああ、そうだ」ヴラスカは呟いた。彼女は足を止め、スフィンクスの真正面に向き直った。「つまり、礼を言わなきゃいけないかもしれないな」ヴラスカの触手が揺れた。「アゾリウスにじゃなくて、お前に。令状にあったのはお前の名前だった」

「そうです。私は当時の最高判事であり、貴女の言う暴動も覚えています」

「痛ましい。アゾリウスがあれをどう表現したかを覚えてるよ。痛ましい、ってね」

「そうです」

ヴラスカは一歩進み出た。「後悔してるか?命令書に署名をしたことを」

「いいえ」イスペリアの返答は冷静だった。「執行において誤りはありました。ですが動機は妥当なものでした。ゴルガリ団は危険なほどに拡大しており、均衡は脅かされていました。評議会はラヴニカの利を第一に行動する必要があるのです」

「同じことを繰り返すつもりかい」

「必要とあらば」

「だろうね」ヴラスカは溜息をついた。「ジェイスに言われたよ、私はラヴニカの利を第一に考えて行動するだろうって。しばらく、あいつの言葉は正しいと思ってた。船の上で、乗組員となら、私もできるって信じた」彼女はかぶりを振った。「けど、ここに戻ってきたら……」

「それでも、貴女はこの会議に出席した。ラヴニカの利を第一に考えてのことですね」

「ああ」

済まない、ジェイス。喧嘩腰号に乗ってたときは、なにもかもずっと単純だった。お前は、私を過大評価していたよ。

ヴラスカは顔を上げた。その瞳は、黄金色の光で満たされていた。

翌朝、各ギルドの代表者たちが戻ってくると、会議場は中から鍵がかけられていました。アゾリウス兵が合鍵を持ってきて扉を開き、ラルは中に一歩踏み入って、愕然としました。会議場自体は前日となんら変わらず、大窓が開いたままで雨が吹き込んでいます。昨日と同じ場所にイスペリアが座していました――その表情に驚きを張り着かせたまま、全身を灰色の石にして、まるで極めて精巧な彫像のような姿で。

暗殺者の戦利品

ラルは自分が見ているものを理解するまで数秒かかり、声を発するよりも先に混乱が弾けました。暗殺、それもゴルゴンによるもの。そしてヴラスカが来ていないことにもラルは気づきました。ドビンはアゾリウス兵に指示を出すとともに代表者たちをなだめようとしますが、彼らは思い思いに出口へ向かっていきました。イマーラもラルに一瞥すると去っていってしまいました。ケイヤですら、安全が確認できるまでは出た方がいいとしてテイサと共にギルドへと戻ってしまいます。会談は失敗に終わったのです。ラルは無力感と失望の中で独り残されました――しかし、彼はまだ諦めていませんでした。

7. 続きます

そしてこの暗殺から、ヴラスカは完全に敵という立場になってしまいます。書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」によれば、イスペリア暗殺はヴラスカ個人の欲求だけでなく、ボーラスからの命令でもあったようでした。そうすればイスペリアを排除し、ドビン・バーン(私達はすでに彼がボーラスの配下だと知っています)をその座に据えることができる。そしてヴラスカの行動は、全ギルドの結束を壊し、来たる侵略を容易なものにする……それがボーラスの狙いだったと考えられます。この点でアゾリウス評議会に遺恨を持つヴラスカは、ボーラスにとって絶好の手駒だったということです。

しかしこの流れになってしまったのはなにがいけなかったのだろうと考えましたが、やっぱりいつまでもジェイスがラヴニカに戻ってこなかったのが1番の原因じゃないですかね。ヴラスカと同じようにラルも前日談では様々な苦難に遭遇するのですが、彼にはトミクという支えと拠りどころが存在しました。けれどヴラスカにはそれがなかったのですから……。

次回もすぐに掲載されるはずですので、少々お待ちください。

(続く)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら