あなたの隣のプレインズウォーカー ~第64回 試される絆 イクサランの相克(後編)~

若月 繭子

若月 繭子

(前編はこちら)

 こんにちは、若月です。

 『イクサラン』ブロックの物語は本当に素晴らしいものでした。それこそこの記事を書きながらも、これ読まなくていいから……お願い本編を読んで……ってなるくらいに。盛り上がりもかなりのものでした。日本語で読めるようになったことで、物語はマジックでもすっかりメジャーな楽しみとなっています。『タルキール覇王譚』からそれが始まってそろそろ3年半、でもマジックの歴史25年のうちの3年半なんて「ちょっと前のスタンダード」くらいの年月なんだよね。

 前置きはこのくらいにしまして、予告通り今回は後編。ジェイスとヴラスカを振り返ります!

1. 注目のストーリー・イクサラン

 すっかり定着した「注目のストーリー」システム。説明する側としても物語がとてもわかりやすいので重宝しています。いつも通り、他にもカードを追加しつつ辿っていきましょう。

(1) 《イクサランの束縛》(注目のストーリー1/5)

イクサランの束縛

 アモンケット次元でゲートウォッチはニコル・ボーラスと対峙したが敗走するに至った。ジェイスはボーラスの精神に入り込もうと試みるも、強烈な精神攻撃の反撃を受け、命からがら行き先も定かでないプレインズウォークにて逃走した。

 彼は見知らぬ次元の無人島に辿り着いた。だが記憶に多大なダメージを受けており、自分が誰なのかすらも覚えていなかった。そしてパニックの中で無意識にプレインズウォークを試みるも、謎めいた強烈な力で引き戻された。その頭上には三角と円の紋様が浮かび上がっていた。

《イクサランの束縛》フレイバーテキスト

意識を取り戻したとき、ジェイスはただ途方に暮れるだけだった。

(2) 《漂流者の絶望》・基本土地

漂流者の絶望
平地島沼
山森

 仕方なく、ジェイスはサバイバル生活を始めた。寝場所を確保し、水と食料を得る。非力な彼にとっては悪戦苦闘の日々であったが、発見と達成には喜びがあった。生活が軌道に乗ってきた頃、ジェイスは幻影術の能力を思い出した。自身を少しでも取り戻したことは嬉しかったが、それは彼の孤独を何ら癒してはくれなかった。

公式記事「『イクサラン』のプロモカードとプレインズウォーカーデッキ、各種製品のパッケージ、FNMプロモ・トークン!」より引用

タイタス・ランター/Titus Lunterは、『イクサラン』で各種基本土地のアートを1枚ずつ手がけてくれました。彼の描いた基本土地のアートをよく見ると、さまよい歩く男の姿が小さく見えます。それはジェイスです。彼は道に迷い、イクサランをさまよっているのです。

 自分には何かができるということを示したかった。そして海の向こうに何があるのか、誰がいるのかを知りたかった。やがて彼は(いかだ)を自作し、大海原へと漕ぎ出した。

(3) 《ヴラスカの侮辱》(注目のストーリー2/5)

ヴラスカの侮辱

 数か月前のこと。ヴラスカはニコル・ボーラスからの依頼を受け、「不滅の太陽」を手に入れるべくイクサラン次元へやって来ていた。海賊船「喧嘩腰」号の船長となり、依頼主から渡されたコンパスが示す進路をとっていたところ、ある時1人の漂流者を拾う。驚いたことにそれはあの憎きギルドパクト、ジェイス・ベレレンだった。敵意が燃え上がり、すぐさま殺そうとしたが様子がおかしかった。消耗した彼を船へ連れ帰り、水と食事を与えた後に尋問したが、ジェイスは自分自身のことも、ラヴニカで敵対した過去も全く覚えていなかった。その友好的で無害な物腰に、ヴラスカは完全に殺意を削がれてしまった。殺すことはないと結論づけ、ヴラスカはしばし彼の乗船を許可した。

 数週間してヴラスカたちは吸血鬼軍の船に遭遇し、略奪を試みた。ジェイスは幻影術を役立たせ、ヴラスカの隣で戦った。そして彼女の石化の術を目にして感嘆した。そのように称賛されたのは初めてのことで、どう受け取って良いかわからなかった。ともかくジェイスは有用だと知ったヴラスカは、彼を仲間に加えることにした。

《ヴラスカの侮辱》フレイバーテキスト

一睨みで人を石に変える新船長の話題が、孤高街のどの酒場でも囁かれるようになるまで、長くはかからなかった。

(4) 《川の叱責》(注目のストーリー3/5)

川の叱責

 海賊の街、孤高街に停泊した喧嘩腰号。ジェイスはそこで自分たちの任務を知らされ、謎めいた動きをする魔学コンパスの解明を任された。そしてその夜、ジェイスとヴラスカは語り合った。自分たちがいたという街・ラヴニカ、精神魔法の恐ろしさ、忘れてしまいたい辛い過去。信頼を深め合う2人に、波の音はただ優しかった。

 航海は続き、だがイクサラン大陸を目前にして彼らは嵐に見舞われた。現地のマーフォークが起こしたと思しきそれは、薄暮の軍団の船とともに喧嘩腰号を難破させてしまった。乗組員らは命からがら上陸したが、続いて吸血鬼との戦いが勃発した。

《川の叱責》フレイバーテキスト

ボーラスが与えた魔学コンパスに注意深く従っていたはずが、ヴラスカは川守りの罠に真正面から嵌った。

(5) 《魔学コンパス》《オラーズカの尖塔》(注目のストーリー4/5)

魔学コンパスオラーズカの尖塔

 ジェイスとヴラスカは小舟を確保し、黄金の都オラーズカを目指して内陸へ向かった。密林をしばらく進んだ所で、ヴラスカは居心地悪そうに告げた。話すのは不本意でなく、だが黙っているのはもっと嫌というように……自分たちは他の世界へ旅することができる者、プレインズウォーカーなのだと。そしてヴラスカは、以前ジェイスが失敗した次元渡りを実演してみせた。彼の時と同様に、その頭上には円と三角の模様が浮かび上がった。

 他勢力との小競り合いは数度あったが、ヴラスカたちはコンパスに従ってオラーズカを目指した。山を越え、森を抜けた先に、黄金の尖塔が空を突いていた。

《魔学コンパス》フレイバーテキスト

「明らかに、これが示す霊気方位の先には……」

――ジェイス・ベレレン

《オラーズカの尖塔》フレイバーテキスト

「……何か不可解なものがある。」

――ジェイス・ベレレン

(6) 《危険な航海》(注目のストーリー5/5)

危険な航海

 だが都が動きだした。密林から尖塔が上昇し、その姿が露わになっていった。同時に激しい揺れとともに地割れが走り、ジェイスは水流に飲み込まれてしまった。彼は滝壺に落ちまいと岩にしがみついた。ヴラスカは彼を救おうと手を伸ばしたが、ジェイスは掌握を失って落下した。

《危険な航海》フレイバーテキスト

生まれて初めて、ヴラスカは死を阻もうとした。

 そしてヴラスカもまた落下した。激しい流れの中、心を激しい痛みが突いた――見えたのは、ラヴニカの街だった。彼女はジェイス自身となってその過去を追体験していた。ラヴニカ第十地区、アゾールの公会広場。ニヴ=ミゼットが見下ろしている。それはジェイスがギルドパクトの体現となった日の記憶。現実に戻ると、岸辺でジェイスが血を流して倒れていた。

 彼女は戦慄とともに悟った。ジェイスは記憶を取り戻しつつある。自分が何者なのか、どこから来たのか、過去にラヴニカで何があったのか……それは、この数か月かけて築いてきた自分たちの信頼関係が終わることを意味した。その無念さにヴラスカは胸を締め付けられながらも、ジェイスを助けようと流れを泳いだ。

2. 注目のストーリー・イクサランの相克

 ……というようなクリフハンガーで終わった『イクサラン』。《危険な航海》のカードを見ただけでも「こんな気になるところで終わるのかよ!」と思ったのでしたが物語はそれ以上でした。カードで見えている以上の展開で攻めてくる……こんなの夢中にならないわけないだろ!!

 さて、これまで「注目のストーリー」は各セットから5枚が選ばれていました。ですが、『イクサランの相克』では3枚のみです。小型セットだからなのか、はたまたジェイスとヴラスカの動向に絞ったためなのか。マローは『カラデシュ』の頃に、「もう少し、この新しいシステムに慣れる時間をいただきたいと思う」と書いていました。「ネタバレになる」件も含めてしばらくは試行錯誤が続いていくのかもしれません。

(1) 《想起横溢》(注目のストーリー1/3)

想起横溢

《想起横溢》フレイバーテキスト

ジェイスは滝に落ちて、自分の過去に深く沈み込んだ。

 ジェイスの記憶が、失われた過去がヴラスカへと流れ込んでいた。他者に痛めつけられ、弄ばれ……何よりも大きかったのは、故郷での出来事だった。師匠に利用されていたことを知り、戦いを挑み、だがあまりに強い精神魔法によって師を殺害してしまう。自責と悲嘆に逃げ出すように彼はプレインズウォークし、その過程で多くの記憶を失った。故郷の名も、母親の顔も。記憶の奔流が引くと、ヴラスカはむせび泣く彼をその胸に抱き寄せた。幾度も利用され、過去を失ったまま生きてきた、自分と同じく何度も傷つけられてきた。そんな相手に寄り添い、慰めるのは必然だった。ジェイスが思い出した記憶の中には、ラヴニカでの自分たちの出会いもあった。死をもたらす醜悪な怪物が自分を狙っている、ヴラスカはそれを見た。何もかもが終わった……そう感じた。

 やがてジェイスは我に返り、ヴラスカの腕から離れた。まだ呆然としたまま、けれど彼女を見る目は、彼女にかける言葉は、この3か月のジェイスと同じそれだった。少しして、ヴラスカはラヴニカでのことを謝り、ジェイスはそれを許した。少なくとも正しいと思うことをしたのだろうと。そして改めて2人は語り合った。イクサランで再会してから共に過ごした時間は、互いにとって最高のものだった。認め合い、心を通じ合った自分たちの友情は終わってなんかいない。ヴラスカが手を差し出すとジェイスはそれを握り返し、2人はオラーズカへと歩きだした。

(2) 《アゾールの門口》《太陽の聖域》

アゾールの門口太陽の聖域

 果てしないような階段を登って2人はオラーズカへ入り、魔学コンパスに従って中央の塔を目指した。入口を閉ざしていた仕掛けを解くと、ジェイスは愕然とした。目の前にあったのは次元渡りを引き留めるあの模様。だが円と三角から成るそれはラヴニカ次元、アゾリウスの紋章に一致していた。アゾリウスのプレインズウォーカー……創設者のアゾール一世? ジェイスは精神魔法で扉の先を探り、即座に防護魔法を張った。スフィンクスがいる、だがアゾールはスフィンクスだった? 彼は狼狽するも、ヴラスカの言葉に支えられて扉を開けた。

 果たしてその先にいたのはスフィンクスだった。不滅の太陽を渡すようヴラスカが告げると、彼は予想通りアゾールを名乗り、さらにはヴラスカの辛い過去を突いた。ジェイスは自分がギルドパクトの体現であると明かし、驚くアゾールへと付け加えた。今は海賊だと。

《太陽の聖域》フレイバーテキスト

ジェイスが偉大なスフィンクスの部屋に目を向けると、記憶の断片が適切な場所に納まり始めた。

(3) 《法をもたらす者、アゾール》《不滅の太陽》

法をもたらす者、アゾール不滅の太陽

 不滅の太陽の目的をアゾールは語った。元々はとある邪悪をイクサランに封じるために、友と協力して創造したもの。そのために彼はプレインズウォーカーの灯を捧げた。だが友からの連絡は途絶え、アゾールはこの次元に取り残された。不滅の太陽は現地勢力の手を巡った後、彼自身が取り戻した。

 アゾールは法魔術師のプレインズウォーカーとして、幾多の次元に法と秩序を与えてきた。だが、それがもたらす結果については我関せずだった。一度は平和と繁栄がもたらされたかもしれないが、例えばラヴニカではアゾールが去った後、ギルドは変質してしまった。ヴラスカはそれで苦しみを味わった。イクサランもまた不滅の太陽を巡る争いの内にある。だがアゾールはそれを自分の責任とはみなしていなかった。ヴラスカとアゾールは戦いになりかけるが、ジェイスが精神魔術でスフィンクスを押さえ付けた。ラヴニカのために行動するのは、ギルドパクトの体現である自分の務め。ヴラスカは、彼が持つ地位とそれに伴う力の重さを感じた。

 ギルドパクトが行使する神聖術に抑え込まれながら、アゾールは明かした。封じようとした邪悪とは、ニコル・ボーラス。その名が最後の鍵であったように、ジェイスはここに至る全てを思い出した。アゾールの精神からその認識を確認した後、ギルドパクトとしてジェイスは告げた。志は高貴なものだったのかもしれない、だがその行いには責任が伴わず、結果的に争いを振りまいている。あの無人島へ行き、脱出と文明への干渉を禁ずる。それがジェイスからの判決だった。ラヴニカの法魔術がアゾールを従わせ、彼は飛び去っていった。

(4) 《誘導記憶喪失》(注目のストーリー2/3)

誘導記憶喪失

 2人はボーラスについての情報を交換し、絶望の淵にあった。ラヴニカが狙われている。不滅の太陽を渡さずにいればこの次元に囚われたまま、とはいえ渡したなら十中八九心を読まれ、ジェイスと協力したことを知られて始末されるだろう。だが、ヴラスカの内に恐ろしい案が閃いた。心を読まれたとして、何も見なかったなら?

 ヴラスカは自身の考えを伝えた。共に過ごした記憶を預かってもらい、時が来たなら返してもらう。そしてあのドラゴンに背き、ラヴニカを守る。当初ジェイスは恐怖したが、それがボーラスを裏切る計画であると知って実感した。それは未来を掴む唯一の手段、そして自分にはそれができるのだと。かけがえのない記憶を預かる、それはヴラスカが自分を信頼してくれている証でもあった。

 ヴラスカは不滅の太陽を渡し、今後もボーラスのために働く。ジェイスはギルドパクトとしての仕事を続けながら、ボーラスへの対抗手段を練る。やがて時が来たならヴラスカに記憶を返し、ラヴニカを守るために戦う。2人は固い握手と約束を……契約を交わした。

 だが返す記憶が本物だとはどう伝えるべきか? それは、記憶を返す前に呼びかけることで知らせる……「船長」と。間違えようのない合言葉だった。そして2人は約束した。全てが終わったらラヴニカのブリキ通りへ行こう。コーヒーを飲んで、好きな本を読もう。つまりはデートをしよう。

 時が来た。向かい合って、ジェイスはそっと彼女の心へと入った。まるで旅路を振り返るように記憶を確認し、共通の時間をそれぞれの視点でどう見たかを知った。再会の驚き。肩を並べての戦い。語り合い、信頼を深め合ったあの夜……あるものは楽しく、あるものは涙が滲むほどに尊い思い出。やがてそれらは優しく包まれ、ジェイスの魔法によって大切に隠された。

(5) 《首謀者の収得》(注目のストーリー3/3)

首謀者の収得

 気が付くとヴラスカは見知らぬ部屋にいた。ここに至るまでの記憶は曖昧だった。部屋の天井には巨大な円盤がはめ込まれており、それが依頼された「不滅の太陽」だとは即座にわかった。あらかじめ教えられていた呪文を唱え、しばし待つと不滅の太陽は持ち去られた。次元渡りが可能となり、ヴラスカもまたその世界を離れた。

《首謀者の収得》フレイバーテキスト

邪悪なパズルの欠片がまたひとつ。

3. ヴラスカとジェイス

 『イクサラン』ブロックの物語における大きな柱の一つが、この2人の行く末でした。それこそ「不滅の太陽」の正体や黄金の都争奪戦以上に注目され、また話題になっていました。

 まず『イクサラン』は「ヴラスカ海賊団が恐竜と戦う」という公開時のキャッチコピー、『破滅の刻』でボーラスにやられて記憶を失ったジェイスが流れ着くという展開……誰一人予想だにしなかったような始まりでした。

狡猾な漂流者、ジェイス秘宝探究者、ヴラスカ

 ジェイスは登場して長く、これまでにも多くのストーリーが語られてきました。一方でヴラスカがメインキャラクターとなるのは『イクサラン』ブロックが初でした。都市次元ラヴニカで暗殺者稼業を営む彼女が何故イクサランの大海原で海賊をやっているのか、デュエルデッキになるくらい敵対していた相手と再会してどうなるのか……疑問は沢山ありました。そして『イクサラン』ブロックにてヴラスカというキャラクターが掘り下げられ、明らかになった姿はとても意外なものでした。

 実は、その兆候は少し前にありました。『Commander Anthology』合わせの記事「クロールの矜持」。この話に、ゴルガリ団内部での扱いに不満を抱く《クロールの死の僧侶、マジレク》と語り合うヴラスカの姿がありました。昆虫人間であるマジレクが好むであろう砂糖たっぷりのお茶を出して親身に聞き入る姿、またヴラスカの私室の描写は「恐るべきゴルゴンの暗殺者」のイメージとは程遠いものでした。

Magic Story「クロールの矜持」(掲載:2017年6月)より引用

ヴラスカの私室はとりわけ快適だった。好奇心の飾り棚を倒したような場所で、壁は極上の装身具やとにかく誰も見たこともないようなものに隙間なく覆われていた。その色と絢爛さはいつも彼の複眼を圧倒したが、時が流れるにつれ落ち着いた。ここは歓迎の場所、旅人の家だった。台所の上には濃紫の旗。本棚には縁に黒色の波模様が描かれた粘土の水差し。天井には飾り紐がかけられ、そこに折り紙の鳥が何十と混じっていた。その効果は穏やかで魅惑的、ヴラスカの私室で茶を楽しむのはまるで博物館の高天井の下にいるようだった。

 小奇麗にまとまっている大切なパーソナルスペース。ヴラスカの部屋に飾られている物の描写にも、明記こそされていないながらどこか心当たりがあります。特に「濃紫の旗」は《スゥルタイの戦旗》を思い出しました。とはいえこのカードは「再編前」のものですので現在の歴史には存在しませんね。あるとすればシルムガル氏族のそれか。

 そして『イクサラン』のヴラスカは、マジレクに対して見せた様子をそのまま思い出させるような「自らも傷を負う、弱者の味方」の面が大きく描かれました。ラヴニカで敵として憎み、一度は辛酸を舐めさせられたジェイスについても、漂流して飢えと渇きに苦しむ(そして妙に逞しくなった)彼を見た時は殺意や満足よりも疑問が上回って彼を保護します。そして記憶喪失の彼の扱いに困惑する様には微笑ましさすら感じました。

Magic Story「敏腕船長ヴラスカ」より引用

「お名前は何ていうんですか?」

 一体何なんだ。この訳のわからない状況は。

「……ヴラスカ、だ」

「ヴラスカさん」 ジェイスは少しだけ微笑んだ。「俺とは違う言語圏の名前みたいですね。何処から来られたんです?」

「お前もよく知ってる所だよ、クソ野郎」

 ジェイスは目に見えて傷ついたようだった。

 おい。

 何だこれは……気まずさ?

 犬みたいな奴、ヴラスカはそう思った。人の姿をした忠犬。何があったというのだろう?

 殺せば一番問題ないのは確かで、だが今のこの男は明らかに無害だった。彼女は、必ずしも死に値すると限らない者は殺さないという個人的規範を設けていた。そしてここに座る男は全く過去を覚えておらず、その心に罪はなく、片足を墓に突っ込んでいる。

 純真で無害、友好的に接してくる今のジェイスを殺す理由をヴラスカは見つけられませんでした。これジェイスもジェイスで「ヴラスカさん」って呼び方とかいちいち丁寧語なのがおもしろいのずるい。いや本人たちは至極真面目なんですけど、それぞれの過去を知っている私たちはどうしてもね。

思考を築く者、ジェイス見えざる者、ヴラスカ

 ヴラスカは航海の中で「過去もしがらみもない、素のジェイス」に接して、彼は信頼できる人物だという認識を深めるようになります。それだけでなく、ジェイスが自身の精神魔法の恐ろしさを実感していることを知りました。ヴラスカが持つのは、相手を石にしてしまう凝視。ジェイスが持つのは、相手の心を壊してしまえる精神魔法……けれどその力は、自分が進む道を変えることのできる力なのだと。自分というのは、そうなろうと決めたもの。そして彼女は、自身の辛く苦しい過去を打ち明けるに至りました。それはプレインズウォーカーとして覚醒するきっかけとなり、「その者に相応しい死を」という信条を得るに至った出来事です。ヴラスカは自らも傷を負っているからこそ、ゴルガリ団内でも虐げられる者に寄り添い、その現状を変えようとしています。けれどそこに迷いがないわけではありません。統べる立場になったなら、自分の信条だけでなく、皆にとって正しいことをしなければならない。自分がどう見られるのかもわからない……どこか弱気にそう打ち明けると、悩むでもなく、それが当たり前とでもいうようにジェイスは言いました。

公式記事「変わりゆく先に」より抜粋

「どんなふうに見られたいかを決めるんですよ」

「世界にどう接するかは、自分をそれに対してどう見せるかにかかってます。俺達は常に変化へと適応しています、変化に失敗したなら生き残れませんから」

「今のその人を形づくるのは状況でも過去でもなくて、未来をどうするかっていう選択です。学んで、適応する力が今日の自分を作った、そしてそれが、これからなろうとするものへ続いている」

 ところで2人が語り合ったこの「変わりゆく先に」の回は、シチュエーションや情景描写の「柔らかさ」がたまりませんでした。目的地に到着したくなくて歩みを緩めるジェイス、何も合わずに合わせるヴラスカ。雪降るラヴニカの幻影。会話が途切れて静かに響く波音……信頼を深める2人を、ひたすらに優しい時間が包んでいました。

 そして《危険な航海》から《想起横溢》に至る場面。ジェイスの記憶が戻れば自分たちが築いてきた友情は終わる、ヴラスカはその無念に心を苛まれながらも、必死に彼を助けようとしました。それだけでなくジェイスから溢れ出した過去を見て、彼もまた虐げられ、利用され、苦しんできたのだと知ります。そして気付いてやれなかった自責の念……イクサランでのジェイスの格好からして、金属の男(テゼレット)に付けられた背中の傷はずっと見えていたのでしょうからね。続く紫ずくめの女性(リリアナ)との場面は、親密な男女の危うい駆け引き……うん私たち読者は知ってるんだ、この後ジェイスは朝帰りをしてギデオンに怒られたということを。ヴラスカも何かを察して心揺れ……。やがて記憶はジェイスの故郷まで戻ってきました。『マジック・オリジン』でも語られた、プレインズウォーカーとして覚醒するまでの軌跡……彼自身も正確には忘れてしまっていたそれを。信じる師に裏切られ、利用されていたという衝撃と、精神魔法での激しい戦いと、自身の力で惨い最期をもたらしてしまった悲嘆を。

意思の激突

 ヴラスカ自身のそれに負けずとも劣らない悲惨な出来事からの覚醒……それは長いこと他者に触れていなかった彼女が、抱き寄せてその涙を受け止めてやらなければと思うほどのものでした。

Magic Story「溢れ出る記憶」より引用

彼女は人生のあまりに長い間を孤独に、そして閉ざされて過ごしてきた。だから拒むことなどできなかった、自分と同じように、これほど酷い傷を負ってきた者を慰めることは。

 文字通りの包容力。やがてゆっくりと我に返ったジェイスは、一旦はその腕を離れます。ですがヴラスカを見る目は、態度は、口調は何ら変わりませんでした。ジェイスは旅の間に何度も、ヴラスカは凄い人物だと感じてきました。荒くれ者の海賊をまとめる統率力、恐ろしい能力とその自覚、悲惨な過去を乗り越えてきた強さ……ですが今度はヴラスカがジェイスに対して同じことを感じる番でした。幼い頃から幾度も利用され、奪われ、傷つけられ……それでも彼は彼のまま、自らを失うことなく生き続けてきた。それは素晴らしいことだと。旅を通じて育んだ信頼が、殺し合った過去を乗り越えさせてくれたのでした。

 ヴラスカは旅を通してジェイス個人を理解しました。やがてオラーズカにて、既にジェイスに対する敵意や反感は消えて久しかった彼女ですが、アゾールに対峙する彼を見て、ギルドパクトとして真摯にラヴニカを守りたいという彼の意志と、その重みを実感していることも知りました。以前のヴラスカは、余所者であるジェイスがギルドパクトという地位にあることを快く思っていませんでした。

Magic Story「ゴルゴンとギルドパクト」(掲載:2014年3月)より引用

「ギルドパクトの支配を奪ったくせに!」 ヴラスカが言い放った。彼女の触手がくねり、半狂乱にもつれ、そしてゆっくりと再び静まった。 「ここはお前の次元じゃない。お前は今も、強い興味を持っているようだけどね」

Magic Story「調停者、不和を撒く」より引用

彼は視線を返した。ヴラスカはその顔に不安の気配を、そして決意がよぎるのを見つめた。ジェイスは頷いた。「ラヴニカのために行動するのは、俺の責務です」

ヴラスカは理解した。

(略)

ジェイスは一歩下がった。両目の魔力は消え、そしてギルドパクトの威厳をもって告げた。その言葉にヴラスカは首筋に寒気が走るのを感じた。彼の地位がどれほどの力を持つのかを初めて実感した。

 かつて敵であった2人が思いがけない再会をし、旅を通して互いをわかり合い、新たな面に触れて信頼を築き、やがて大いなる脅威へと共に立ち向かうことを誓う……『イクサラン』ブロックはそんな、誠実な物語でした。そして……

4. 誘導記憶喪失

 カードの公開からずっと物議をかもし、これは2人の悲しい結末を示しているのでは……という悲観的な見方が大勢だった注目のストーリーその2《誘導記憶喪失》。私も第62回でこんなことを書いていました。

あなたの隣のプレインズウォーカー ~第62回 その名はアゾール~より引用

けれど思い出そう、これまでの幾つもの結末を。この絶望から行きつけるとは信じられなかった《ゼンディカーの復興者》。「結局こうなるのかよ」と思いきやとんでもなかった《月への封印》。時にカードで見えるそのままに物語はやって来ない……今回ばかりは、その裏切りを心から願ってしまいます。

 『イクサラン』アートブックにも「ボーラスに記憶を見られることを考慮して記憶を消去する」というような書かれ方がされており、読んだ人からは「2人が共に過ごしたあの時間が忘れられてしまうのか……残念だけど仕方ないよね……」というように受け取られていました。それが、それが! 「ジェイスがヴラスカの記憶を取り出し、自らの内に大切に守り、いつか返す」ための呪文だったなんて!! ただ記憶を消すだけでは、命は助かるだろうけれどラヴニカを守る力にはなれない。そして共に過ごした時間を失ってしまう……けれどジェイスの力と、彼に対するヴラスカの信頼が、未来を掴む可能性を残してくれました。

 実は、ストーリー本編よりも先にマローの連載記事「Making Magic」に意味深な記述がありました。こちらにも時々ストーリーの重要な情報が載るのでチェックは欠かせません。

公式記事「他ならぬ『相克』 その2」(2018年1月15日掲載)より
《誘導記憶喪失》の項目を引用

ストーリー上のある時点で、ジェイスはヴラスカの精神を消し去る。

(略)

ただし、フレイバーに合わせるなら、プレイヤーには記憶を取り戻す方法が与えられる必要がある。

 たしかにカードテキストでは、その記憶を「いつか返す」ことが示唆されています。

《誘導記憶喪失》 (2)(青) – エンチャント

誘導記憶喪失が戦場に出たとき、プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは、自分の手札のカードをすべて裏向きに追放し、その後その枚数に等しい枚数のカードを引く。

誘導記憶喪失が戦場から墓地に置かれたとき、それらの追放されたカードをオーナーの手札に戻す。

 戻ってくる! 戻ってくるんだよね!! そしてこの呪文を実際に行使する場面は、「記憶を抜き出す」という一見荒々しい行為とは裏腹に、旅の記憶を、相手の視点でどう見たか、どう感じたかをたしかめ合いながら辿る、優しさに満ちたものでした。それはそのまま、『イクサラン』ブロックで2人が辿った道を振り返るものでした。

 と、ここで思い出したことがあります。ジェイスは過去、親友カリストに対してもっと大規模な摘出術を試みて失敗し、結果大変なことになっていました。時代としては旧『ゼンディカー』以前、小説「Agents of Artifice」でのこと。無限連合を脱走した2人はテゼレットに追われていました。ジェイスはラヴニカ次元からの逃走も視野に入れましたが、プレインズウォーカーではないカリストを連れていくことはできません。そこで考えた手段というのが……

(クリックで表示します。なおこの先は小説「Agents of Artifice」の構成上において根本的なネタバレを含みますので、これから読む可能性のある人はご注意下さい)

小説「Agents of Artifice」チャプター21より抜粋・訳

プレインズウォーカーは他者を久遠の闇に連れてはいけない。だが他の精神なら? 自分にはできる。カリストを自分の内に保持し、旅をして別の身体を見つける。彼が住まう新たな身体を。それは彼のために他の誰かの精神を消すことを意味するが、見つけてやるつもりだった。

カリストは自分を許しはしないだろう、それはわかっていた。だが生き伸びる。そして命を長らえてもらうだけの恩がある――例え向こうがそれを望んでいなくとも。

深い溜息一つとともに、ジェイスは友の心へ押し入った。それを抱きかかえ、全方向からそっと精査した。そしてかつて試みたことのないことを行った――彼が知る限り誰も試みたことのないことを――自らへと引き込もうとした。

自分はジェイス・ベレレン、精神魔道士でありプレインズウォーカー。できるとわかっていた。

……わかっていた、カリストの心が彼のそれに入り込む瞬間までは。そして全てが狂いはじめた。自分たちを切り離しておけるとジェイスは考えた、ジェイスである自分の小さな片隅にカリストを留めておけると。二つの心が一つの身体を共有する、同等とは程遠く。二つが触れると、ジェイスの防御は風に飛ぶ泡のように弾けた。これほどの圧力は経験したことのないものだった。攻撃ではなく、交流でもなく、想像したことのある何とも異なっていた――そして想像したことのないものを、呪文として織り上げることはできなかった。

既に彼は自身のものでない記憶を経験し、見たことのない夢を思い出していた。二つの異なる方向からその部屋を見て、二つの顔を見て、どちらが自分なのかがわからなかった。脈打つような頭痛とともに、ジェイスの集中は風に散る芳香のように吹き飛ばされた。

必死に彼は呪文を中止し、カリストの思考を元の場所へ戻そうとした――だがその力や集中を保っていたとしても、ジェイスは既にその方法を忘れてしまっていた。その知識は他者の精神の洪水に埋もれてしまっていた。

それでも彼は抗った。今や知識よりも本能をもって、友の心を自身のそれと切り離そうともがいた。もはやどちらがどちらか、誰が誰なのかを思い出せなくなっていたとしても。

続け、そして続け、やがて融合しかけたものは再び二つに分かれた。そしてカリストであったジェイス、ジェイスであったカリストは、共に意識を失って無個性な部屋の薄い敷物の上に横たわっていた。

 マジックのストーリーにこんな展開があるなんて。ちなみにこの小説は彼らがこの状態の時期の描写から始まるので、「カリストって誰だよ……いつジェイス出てくるんだよ……」と思いながら読み進め、事実が明らかになって「!!!???」ってなる構成なのです。前情報を入れずに読んだあの驚きは忘れない。

 で、「妨害工作」の回で言及はありませんでしたが、もしかしたら同じ技術だったのかな?と。欠けていた記憶を取り戻し、多くの技術を思い出したジェイスだからこそ今回は成功したのかな、と思いました。

 カード能力や効果がそのままストーリーで再現される、という展開は過去にも何度もありました。《誘導記憶喪失》の下部分は果たしてその通りになるのでしょうか。

Magic Story「妨害工作」より引用

彼はヴラスカを、穏やかな決意とともに見つめた。「ギルドパクトの体現として、約束します。貴女の記憶を安全に守り、無傷の状態で返却します。ニコル・ボーラスに対抗する計画を見つけることを誓います。そして我が家、ラヴニカを守るという責任を果たすことを誓います」

ヴラスカは確信をもって口を開いた。「『喧嘩腰』号船長として、約束するよ。記憶を返してもらったなら、ニコル・ボーラスを妨害するためにあらゆる手を尽くす。あいつを破滅させるために、この身を捧げることを誓うよ」

ヴラスカはジェイスの手を握り返し、そして放した。契約は成された。

 ゲートウォッチの誓いではないけれど、これも間違いなく誓いであり契約、ですよね。ギルドパクト、十のギルド間の契約の体現である彼はその力と意味を、身をもって知っています。ジェイスにとって「契約」はとても重く大切なもの、同時にそれを果たすための力をくれるもの。だから私はあまり根拠なく思うんですよ、この2人は大丈夫だろうって。いつかきちんと、この契約を果たしてくれると思います……どうか、果たしてください。

5. そしてドミナリアへ

 『霊気紛争』ラストで一旦アジャニと別行動をとったゲートウォッチ他メンバー、「集合場所はドミナリア次元」という情報はカラデシュのアートブックで早々と出ていました。ですがMagic Story本編ではいつまでも言及されず、どうなってるんだろう? と長いこと不安でした(まあ『ドミナリア』発表時期の都合なのだと思いますが)。ゲートウォッチの何人かはドミナリアの場所を知らなそう、皆行きつけるのかな……と心配していましたが『イクサランの相克』編最終回を読むにギデオンは到着していてよかったよかった。案内は任せる、と言っていたのはリリアナを立ててのことだったのかもしれませんね。

 イクサラン生活で逞しくなったジェイスを他の皆はどう見るのでしょうか。『戦乱のゼンディカー』編では《回収ドローン》(1/1)に苦戦し、『アモンケット』編ではニッサに投擲武器扱いされていたジェイスですよ。思えばあれはアモンケット・ブロックの過酷な物語の中で貴重な笑いをくれました。公式でも「Throwing Jace(ジェイス投げ)」として反応が取り上げられていたくらいに。

 ジェイスが無事辿り着いただけでなく、『ドミナリア』の情報も早速出始めています。かなり驚きの内容も……今回ここで触れようと思ったのですがどう考えても記事一本分になるな? またか! そんなわけで次回はきっと3月早いうちに『ドミナリア』、早くもわかった色々な件について過去のストーリーからおさらいの予定です!

(終)

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