画面の向こう側へ ~チャンピオンシップ優勝~

Arne Huschenbeth

Translated by Nobukazu Kato

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(掲載日 2021/04/06)

夢、挫折、再起

僕はかつて夢を見ていました。それは途方もない夢。手の届かない夢。プロツアー優勝という夢。緊迫した雰囲気のなかでも見事なプレイで決勝戦を制し、スポットライトを浴びながらトロフィーを空高く掲げる。会場で一番になり、最後まで立っている一人になる。疲労。安堵。幸福。

こんな夢を見始めたきっかけは、プロツアーの決勝戦を初めて観戦したことでした。プロツアー『マジック2015』の決勝、イヴァン・フロック/Ivan Flochとジャクソン・カニングハム/Jackson Cunninghamの一戦です。当時僕は17歳。10代ならではの楽しみやテレビゲームに気を逸らせていた休止期間からマジックに復帰したばかりでした。この頃は各地の大会を巡るなんて発想はなく、地元のゲームショップで大会があることすら知らなかったぐらいでした。

その決勝を観戦していると、2人のプレイヤーが感じさせる偉大さやプロ精神に圧倒されました。当時は英語が苦手で実況・解説の内容はほとんど理解できませんでしたが、ブライアン・デヴィッド=マーシャル/Brian David-Marshall、リッチ・ハーゴン/Rich Hagon、ルイス・スコット=ヴァーガス/Luis Scott-Vargasの3人が織りなす空気に引き込まれました。

未知の世界が開けた瞬間です。マジックがこんなにも複雑で、それをこれほど巧みにプレイできるとは。僕や兄弟が戦略やゲームプランなしにただクリーチャーを出すのとは違い、彼らは準備を怠らず研鑽されている。彼らがこの舞台にたどり着くまでにしてきた準備にどれほどの労力と時間がかかっているかを肌で感じ取ったのです。

この舞台に立ちたい。クリーチャーを出すことも、攻撃することも、ゲーム状況を打開することも好きだ。ファンタジーな世界観も、フレーバーも、その複雑さも。このゲームこそ僕が向き合うべきものだ。プロツアーチャンピオンになりたい

途方もない夢

いくつもの日を重ね、いくつもの試合を戦い、いくつもの大会に参加し、気づけば夢を叶えていました。『カルドハイム』チャンピオンで優勝したのです!

確かに厳密にはプロツアーではないかもしれません。しかし大会の規模や参加者のレベルを考えれば、プロツアーと同等の大会だと思います。議論の余地はあるでしょうが、ここでは深入りはしません。この優勝が現実であり、ずっと夢を見ていたわけではないんだということがようやく少しずつ実感できてきました。ずっとひたむきにやってきたことが実現するのは本当に信じがたいことです。

今回優勝するまでの道のりでは、もう夢は叶わないかもしれないと思った瞬間が何度もありました。自分の人生や今後の生き方を考えようと、去年はマジックとしばらく距離を置いていたほどです。自分の夢が途方もなく感じことが時折ありましたね。

チャンドラの灯の目覚め

この休息期間は良い方向に働いたと思います。間もなくして12月には自分のなかの灯が再燃。僕の夢は呼吸をやめていませんでした。自分でも驚いたことに、『カルドハイム』チャンピオンシップの権利はすぐに獲得できました。12月の予選はスゥルタイミッドレンジで挑んで失敗に終わりましたが、翌月にヒストリックのジャンドカンパニーで突破したのです。僕はまだ腐っていなかったみたいですね。人生のなかでこれほど頭が冴え、集中できていることはありませんでした。

チームでの調整

チャンピオンシップに向けた調整は素晴らしいものでした。僕が調整に参加していたチームは、バラエティー豊かなプレイヤーが集まる「チーム5%」。ヨーロッパやアメリカからの有力なプレイヤーが混在するチームです。規模が非常に大きく、チャンピオンシップの権利持ちの選手17人に加え、権利がないにもかかわらず協力してくれる素晴らしい選手が揃っていました。

スタンダード

調整の最終週は主にヒストリックに充て、その前週はスタンダードに使うことにしました。スタンダードはすべてのデッキを試し、最終的にナヤトークン・ディミーアローグ・スゥルタイ根本原理がそれぞれ5人ずつ、グルールアドベンチャー・赤単が1人ずつ選択することに。スタンダード環境はかなり開けており、ひとつのデッキが支配するような状況にありません。それぞれが一番強いと思うお気に入りのデッキを選ぶことにしました。

出現の根本原理エッジウォールの亭主盗賊ギルドの処罰者

チームの予想では、スゥルタイ根本原理が最大勢力で、次点でティムールアドベンチャーとディミーアローグでした。赤単とサイクリングは意識され始めたことでパフォーマンスがどんどん落ちてきていて、最終週には落ち目になっていました。この不人気がチャンピオンシップまで続くだろうと思っていたため、どちらも使用率が高かったのには驚きました。2つのデッキの使用率を合わせれば、なんと27%です。

僕はティムールアドベンチャーを調整しようとしていました。《獲物貫き、オボシュ》の採用型/不採用のどちらも試しましたし、《イルーナの神話》《エシカの戦車》を入れた構成も試しています。スゥルタイ根本原理と何度も対戦しましたが、結局納得のいくパフォーマンスには至りませんでした。スゥルタイ側からすれば、こちらのデッキリストを知っていれば打ち消しをケアすることができます。こちらのクリーチャーを除去しながらゆったりとした受け身のゲームができるのです。

ティムールはマナベースが弱く、それが原因で試合を落とすことが何度もありました。チーム内で調整していたすべてのデッキがティムールとの相性を良いと感じられたため、ついにティムールは選択肢から外れました。

しかし僕らのチームは何か間違っていたのかもしれません。驚いたことに、ティムールは大会でもっとも勝率が高かったのです。一体何を見落としていたのか、調整したデッキ構成が最適でなかったのかもしれません。締め切りの時間が迫るなかでティムールの勝率が芳しくありませんでした。試合数を重ねているとはいえ、統計的に正しい結果が得られなかったのかもしれませんね。

空を放浪するもの、ヨーリオン

スゥルタイ根本原理は無難な選択肢でした。ゲームプランを能動的にも受動的にも組み立てられ、デッキパワーは高く、安定していて、1枚1枚が強く、環境で最高の単体/全体除去を持ち合わせています。事実、テスト期間の大部分はスゥルタイを選ぶつもりでした。しかし親友であるトラルフ・セヴラン/Thoralf Severinのディミーアローグと何度も戦い、どんなにデッキ構成をローグに寄せてみても遅れを取っているという印象でした。チームのスゥルタイはローグ以外の環境デッキに有効なプランを持っていましたが、ほかの参加者もミラーマッチを意識して入念な準備をしてくるのに、どうやってスゥルタイミラーで差をつけられるというのでしょうか?

スゥルタイミラーを”コイン投げ”で勝てることに賭けるか、赤単の使用率(特に大会終盤まで残っている確率)が低いことに賭けるかを比べた場合、後者のほうが勝算があるだろうと感じました。僕がディミーアローグを選んだ大きな理由はここにあります。

鎖を解かれしもの、ポルクラノスアゴナスの雄牛

また、あまり警戒されていないデッキだというのも強みでした。アンドリュー・クネオ/Andrew Cuneoとの試合は非常に楽なもので、彼のスゥルタイには《鎖を解かれしもの、ポルクラノス》《神秘の論争》もサイドボード含めて1枚も入っていません。クリス・ボテロ/Chris Botelhoのティムールアドベンチャーもサイドボードに「脱出」クリーチャーが一切ありません。彼らは大会前週のローグのパフォーマンスが低かったことから、サイドボードの対策カードを廃せると考えたのです。これこそ落ち目”のデッキを使う利点ですね。

合計7戦あったスタンダードのスイスラウンドでは、スゥルタイに3勝、グルールフードに1勝、ティムールアドベンチャーに1勝2敗でした。もっと上手くプレイできていればティムールにもう1勝できていたはずです。《恋煩いの野獣》をカウンターせずに《グレートヘンジ》を着地させてしまうというあり得ないミスをしてしまいました。敗北したティムールとのもう一戦は、毎試合4枚目の土地が引けずに負け。ティムールがローグに不利だという考えは依然として変わりありません。わずかな差で勝負が決まることが多いので、両プレイヤーの力量次第で相性がどちらのデッキ側にも大きく傾く可能性があります。

ヒストリック

ヒストリックに関しては、練習時間の大半をトップメタであるジャンドカンパニーに注ぎ込みました。このデッキを倒さねばならないのは誰の目にも明らかだったからです。そのジャンドに勝てるかもしれないと思って僕が目をつけていたのはアゾリウスコントロールです。一部のチームメンバーは早い段階からオルゾフオーラの調整に取り組んでいました。ジョン・ガットマン/John Guttmanを主体として急速にデッキの評価を高めていき。日に日に「精霊の踊りの儀式」に仲間を加えていきました。

コーの精霊の踊り手

唯一無二のコントロール好きであるオースティン・バーサヴィッチ/Austin Bursavichでさえこのオーラデッキに対して敗戦に敗戦を重ね、オーラに乗り換えていきます。僕自身もオーラの実力は本物だとわかっていました。しかしそれでもアゾリウスコントロールに見切りをつけることはできませんでした。ジャンドカンパニーとの相性が良かったのです。

コントロールから身を引こうと思ったきっかけは、チャンピオンシップ前週のSCG『カルドハイム』チャンピオンシップ予選でジャンドフードが支配的なパフォーマンスを見せていたことでした。《パンくずの道標》はコントロール戦で大きな存在感を示しますし、2~3枚採用された《古き神々への拘束》《ドミナリアの英雄、テフェリー》への解答となる点も気になりました。あれこれと試行錯誤しましたが、アゾリウスコントロールではジャンドフードに勝てませんでした。

パンくずの道標古き神々への拘束

多くのチームメンバーはすでにオーラに心を決めていました。僕もチームメイトを信用し、アゾリウスコントロールではなくオーラを選択。オーラを選んだ理由は以下の通りです。

ジャンドフード/カンパニーを除けば、オーラはほぼ全てのデッキに楽に勝つことができます。ジャンドカンパニーに関しては、このデッキを意識した構成にしていくにつれて50:50に近づいていきました。《憎しみの幻霊》をメインに入れ、除去も多く搭載するようにしたのです。序盤のクリーチャー戦略を挫いてからロングゲームで勝利するゲームプランを狙います。語弊のないように言っておきますが、オーラ側が有利だと言えるほどではなく、チームが納得できるレベル程度の相性です。

憎しみの幻霊死の重み

ジャンドフードは大会の数日前に登場したもので、チーム内ではデイヴィッド・イングリス/David Inglisとダニエル・ゲッチェル/Daniel Goetschelがこのデッキの調査に回りました。彼らの評価は上々で、チームメンバーの2人が大会に持ち込んでいます。フードはカンパニーにない利点があり、《墓掘りの檻》への耐性が高めです。また、触られづらいパーマネントである《パンくずの道標》もあります。

オーラからすればカンパニーよりもフードのほうが少し厄介です。中型サイズのクリーチャーや《パンくずの道標》《フェイに呪われた王、コルヴォルド》を擁するフードはオーラ側の妨害が効きづらいのです。こちらの除去プランは対カンパニーほど有効ではなく、特に《金のガチョウ》をサイドアウトされるとこの傾向は強まります(構成によっては《金のガチョウ》のサイドアウトは正しいと思います)。

今思えば、除去を減らして《ケイヤ式幽体化》の枚数を増やせば良かったかなと感じます。その他の点については不満はありません。チームは本当に良いデッキを作ってくれましたね。

ケイヤ式幽体化

再びの大舞台へ

続いては大会編です。時差の問題を解決するために事前から準備を進めていました。大会は自国の時間で言うと夕方5時から始まるため、大会の直前は寝る時間を遅くするようにしていたのです。この点については日本やアジアのプレイヤーに尊敬の念を抱かずにはいられません。彼らは深夜から早朝にかけて戦わなければならないにもかかわらず、多くのプレイヤーが参加していました。日本人プレイヤーに至ってはトップ8に3人入賞しています。厳しい体調のなかで信じられないパフォーマンスですね。

ストリクスヘイヴンの競技場

大会はスタンダード3回戦で幕を開けました。スゥルタイ根本原理に2度当たったあと、マツザキ アキオのグルールフードと対戦。3戦ともこれ以上のない有利なマッチアップであり、全勝で気持ちよくヒストリックに向かいました。

続いて立ちはだかったのはゴブリンとバントランプ。バントランプとの決着は劇的なものでした。3ゲーム目、相手の《白金の天使》を退場させるにはデッキ内に残っている《死の重み》を2枚引かなくてはいけない状況。限りあるターンのなかでその2枚を引き込み、その金属の天使を打ち破ったのです。

白金の天使

6回戦の相手はヒストリック版のスゥルタイ根本原理。相手はこちらのクリーチャーをさばく準備が整っておらず、狙いすました《思考囲い》《出現の根本原理》を捨てさせることに成功しました。続く7回戦ではChannelFireballが持ち込んだアブザンミッドレンジと対戦でしたが、相性は良いと認識していました。相手の攻め手は非常に遅く、《ケイヤ式幽体化》が極めて有効なマッチアップだったからです。

チャンピオンシップの初日を7-0で終えるのは信じられないことでした。こんなにも重要な大会で世界最高峰の選手たちとまた2日目を戦えることに感謝していました。

2日目の試合の模様はほとんどビデオカバレージに映っているので、YoutubeTwitchでご覧いただけます。カメラに映っていないところでは、スタンダードラウンドでシャハール・シェンハー/Shahar Shenharと対戦しています。どのゲームも4枚目の土地が置けなくてすぐに負けましたけどね。

13回戦はジャンドフードを駆る八十岡 翔太との対戦で、3ゲーム目は長期戦にもつれ込んだものの、彼の強さを証明されました。日本のマスターには敵いませんでしたね。しかしこれでトップ8の可能性がなくなったわけではありません。2日目を5-3として、3位でサードステージへの進出を決めました。

歓喜する空眷者

もう大きな目標は達成されていました。全身全霊で楽しめていたのです。トロフィーを懸けて戦えるのは望外のおまけでしかありません。しかし息をつく間もなく、チャンピオンシップのトロフィーを懸けた貴重な機会がやってきます。僕の心に灯を点けた大会でイヴァン・フロック/Ivan Flochが手にした栄光のプロツアー・トロフィー。それに匹敵すると言われるトロフィーです。幸運にも初戦は会場全体で屈指の相性であるグルールフードとペアリングされました。

勝者側ブラケットの準決勝はHareruya Prosの同胞であるグジェゴジュ・コヴァルスキ/Grzegorz Kowalskiとの接戦でした。1ゲーム目は1枚だけメインに採用された《鎖を解かれしもの、ポルクラノス》にやられました。巧みな構築ですね。僕ももっと上手くプレイできたんじゃないかと思います。しかし気を取り直して2・3ゲーム目は取り返しました。

世界選手権2018決勝

世界選手権2018のファイナリストたちとの連戦

勝者側ブラケット決勝の相手は、ティムールアドベンチャーを持ち込んだハビエル・ドミンゲス/JavierDominguez。1ゲーム目は引きが良く、2ゲーム目も運が味方について勝利できました。

それから4時間以上休憩があったので、食事をしつつカバレージを観戦し、チャンピオンシップマッチに来るであろう対戦相手を下調べしていました。チャンピオンシップマッチが始まるころには、もう準備は万端。

接戦とは言えない3ゲームを制して、トロフィーがもう手の届くところまで来ました。体から流れ出てくる汗とアドレナリン。ただあるのは緊迫感だけ。これこそカニングハムとフロックの決勝を観ていた青年の僕が夢に描いていたものです。4ゲーム目は拮抗したものの、運は尽きていませんでした。コヴァルスキを破り、ついに優勝したのです。

日進月歩

チャンピオンシップ優勝はこの上ない名誉であり、その重みをしっかりと受け止めています。忍耐とハードワークがあったからこそ、今日につながっているのでしょう。

目標を持っているのであれば絶対に諦めないでください。毎日その目標に向かって一歩一歩踏みしめていきましょう。夢がかなうところを想像し、それを実現できる実践的な計画を立ててみてください。かつて途方もないと思えた夢が、いつかあと一歩のところまで来ているはずです

アーネ・ハーシェンビス (Twitter / Twitch)

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Arne Huschenbeth ドイツの若きプロプレイヤー。スタンダードへの造詣が深く、グランプリ・リミニ2016優勝、プロツアー『破滅の刻』では構築ラウンド10勝0敗など数々の実績を誇る。 他にも3度のGPトップ8経験を持つ彼は、2017-2018シーズンでも安定した成績を残し、41点ものプロポイントを獲得。見事ゴールド・レベルに到達した。 Arne Huschenbethの記事はこちら