あなたの隣のプレインズウォーカー ~第100回 『灯争大戦』前日談 幽霊と暗殺者と弁護士と~

若月 繭子

記念すべき

ついに第100回!第100回です!!!

らせんの円錐

こんにちは、若月です。いや、番外編が結構あるので本数としては以前から100本に到達していたんですけどね。この連載は2011年7月から始まったので、かれこれ9年弱ってところですね。これだけ長く続けられているのは、やっぱりマジックの背景世界が魅力に溢れているから、そしてそれを知りたい、楽しみたいと思ってくれるみなさんがいるからこそです。本当にありがとうございます。

で、何か特別な記事を書こうかとも思いました。過去回を振り返るとか。けど私そういうの絶対途中で飽きるんですよ。だったら普通に新しい内容を書くほうがいいや。何といっても、『灯争大戦』後日談の解説がまだ終わっていないのです。

橋の主、テゼレット支配の片腕、ドビン戦慄衆の将軍、リリアナ

ラヴニカの全ギルドから暗殺命令が下されたプレインズウォーカー3人。その顛末のうち、テゼレットについては第93回、ドビンについては第9899回にて解説しました。残るは、ある意味その後日談のメインであるリリアナです……が、例によってそこに辿り着くまでの話から始めたほうがいろいろと都合がいい感じでして。そのため、まずはリリアナを追う側であるケイヤについて、『灯争大戦』の前日談から解説したいと思います。

1. ラヴニカ以前のケイヤ

幽霊暗殺者、ケイヤ

まずはケイヤという人物について少しおさらいしておきましょう。初出は2016年8月発売『コンスピラシー:王位争奪』。前作『コンスピラシー』にて永久の玉座を手に入れたはずの《永遠王、ブレイゴ》を暗殺する、というなかなか衝撃的なデビューでした。

大逆

久しぶりに見たけれど、つくづく幽霊が暗殺されるって何だって思う。まあ「除霊」と考えればそうめずらしい概念でもないのか。ケイヤはこのように、幽霊の殺害を請け負う仕事人として登場しました。彼女がプレインズウォーカーとして覚醒した経緯は明かされていませんが、故郷の次元については割と最近、『灯争大戦』の前日談と後日談で少しだけ判明しました。物語の大筋にはさほど関わらないので今書いてしまいましょう。

ケイヤの出身次元は「Tolvada」といいます。この名前が出たのは『灯争大戦』後日談小説の最後の最後、そして完全に初出の次元です。ごく小さな村の出身で、家族関係はケイヤ曰く「よく言って『複雑』」とのこと。そしてケイヤは故郷について、時折「壊れた空」というものに言及しています。

小説「The Gathering Storm」チャプター8より訳

眩しく光る亀裂が青い空に走った、まるでジグザグの虹のように。そして世界は年月を経るごとに狂っていった。

この現象が一体何なのかは説明されていませんが、ケイヤはこの「壊れた空」と「それによって狂っていく世界」を元に戻したいと心から願っています。幽霊という基本的に不気味なものと関わっているケイヤですが、性格は明朗快活で交渉力も高く、物腰には自信が満ちています。そして多くの傭兵がそうであるように、お金で仕事を受けるとはいえ、自分なりの哲学と美学をもって動いています。

書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」 P.220より訳

生とは生者のためのもの、それがケイヤの哲学です。生けるものは真っ向からその人生に対峙し、精一杯生き、それを用いる時間のあるうちに求めるものを得るべきだと。そして死者は死者として死者のまま、もはや所属しないどこかの影の存在にすがりつくべきではないと信じています。

ケイヤの魔法は、その哲学の行使に比類なく適しています。自らと持ち物を形のない霊体へと変質させることで、固体を通過して幽霊に触れられるのです――幽霊に触れ、掴み、「殺し」、生前から残った何らかの生命力を滅してしまうのです。彼女は生者の魂にすら干渉でき、肉体に痕跡を残すことなく殺害することができます。とはいえ、それは霊を眠りにつかせるよりも不愉快なことですが。

一見非常にニッチな能力ではありますが、幽霊自体は多くの次元に存在するため、彼女が必要とされる機会はそれなりに多いのだろうと推測できます。そして、誰よりもケイヤの能力を必要としそうな人物の心当たりが、当時すでにありました。私も第48回でこんなことを書いていました。

まあ、あくまで「仕事人」らしいので幽霊の根絶を誓って活動しているとかそういうわけではないようですが。でも例えば、《幽霊の特使、テイサ》がケイヤの能力を知ったら絶対オブゼダートの始末を依頼するよなあ。

幽霊の特使、テイサ幽霊議員オブゼダート

ラヴニカ次元、オルゾフ組は幽霊が支配するギルドです。その後継者であるテイサは、『ギルドパクト』(2006年)での初登場時からずっと、死後も富と権力に固執する老人たちの存在を疎ましく思ってきました。そしてあるとき反逆を試みるも失敗し、地位を剥奪され幽閉されてしまいました。このイベントはゲートウォッチの物語が進行する一方でラヴニカにて起こった出来事として描かれ、いずれまたラヴニカへ戻るときの伏線なのだろう、と考えられてきました。

……そして時は流れ、やはりといいますか、幽霊暗殺者がその幽霊を暗殺するためにラヴニカへやって来たのです。それもニコル・ボーラスの依頼を受けるという形で。

書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」 P.220より訳

ニコル・ボーラスはケイヤの唯一無二の能力へと興味を抱き、彼女へと接触しました。そしてオルゾフ組の不死の指導者を暗殺できたなら、苦境にある家族を助けると約束しました。ケイヤは2つ返事でそれを受けました。

2. ファーストコンタクト

『ラヴニカの献身』でのケイヤについては大まかに「ボーラスの依頼を受けて幽霊議員を暗殺し、ギルドマスターの座に就いた」というだけで、具体的な行動内容は明かされていませんでした。ですが、2019年秋頃まで配信されていた前日談「The Gathering Storm」にて詳細が語られました。

神無き祭殿

オルゾフ組の本拠地オルゾヴァ。ケイヤの目的地はその最上階にありました。彼女は地上から建物内部に入り、十分な高さの階層まで登ってから警報の鳴らない外側へ出るつもりでした。ケイヤは幽体化し、壁を抜けます――ただそれでも、外側に手がかり足がかりを見つけて、肉体のときと同様に登っていく必要がありました。そして想定通りに最初の防衛ラインを突破し、再び屋内、豪奢な絨毯が敷かれた廊下に入ります。天井の高さから判断するに目標まではもう少し階層がありそうでした。もしあのドラゴンを信用するなら、ですが。

オルゾフの簒奪者、ケイヤ

幽体化したまま階段を駆け上り、罠を無効化し、建物の内と外を行き来しながらひたすら上へ。やがて目的の部屋が見えてきました。扉は非常に堅固で、繊細な金文字で防御魔法が刻まれています。ケイヤは武器を確認し、深呼吸をしました。一瞬、その先の部屋の様子が見えましたが、目の前にやつれた屍のような霊が現れました。虚ろな眼窩に憎悪の赤い火花を宿し、それはケイヤの喉元へ手を伸ばしてきたのです。

小説「The Gathering Storm」チャプター2より訳

ケイヤの短剣が紫色をした霊の力に輝き、胸に突き立てられると、それは大いに驚いたように見えた。霊はいつも、ケイヤは物質世界を自由に通過する一方で、彼らの類にとっては非常に確固とした手触りになると学んで愕然とする。とはいえ、基本的に彼らはその教訓を生かすことなく死ぬ、あるいは存在を止める。彼らの朧な心臓を冷たい鉄から守る手段は通常持たないために。

その霊は悲鳴を上げ、薄れ、跡形もなく消え去った。満足の笑みとともにケイヤは刃を収めた。室内を見渡すと、黒髪の女性が木の長机を前に、杖にもたれて立っていた。隣には秘書らしき雰囲気を漂わせた、眼鏡の青年がいた。

「テイサ・カルロフさん?」ケイヤが尋ねると、慎重な頷きが返ってきた。「助けに来ました」

テイサ・カルロフ高名な弁護士、トミク

そうテイサと、その弟子兼秘書のトミクです。少ししてケイヤは事の次第を説明しました。「共通の友人」から依頼を受けてきた。その契約内容は、テイサがオルゾフの支配者となる手助けをすること。ケイヤはオルゾフの内情をほとんど知りませんが、まずテイサを幽閉から救い出すのが先決と考えたのでした。

とはいえテイサは救出の手を喜んだ様子はありません。今自分がここから出てしまったら、ギルドの権力内に政情不安を招くことになる。これを好機とカルロフ家の対立相手は結集し、手に負えない内部抗争が勃発するでしょう。目的を達するならば、テイサをここから出さず、かつ彼女が関わっていると知られることなく幽霊議員を始末する必要があります。

同チャプターより訳

「祖父が私を幽閉したのは、私がオルゾフ組の方針を変えようとしたためです」テイサはトミクを一瞥した。「孤立を止め、他ギルドとさらなる協調を。ギルド内には私の味方もいますが、それゆえ祖父は私が議員に加わることを怖れたのです。とはいえ私自身が外部の勢力と結託したなら、ギルド内の味方からは見放されるでしょう」

「では、どうすれば?」

「私が関わっていると知られることなく、オブゼダートを始末する必要があります。祖父さえ消えてしまえば、ほかの要人たちは私に従う以外にありません」

その幽霊議員の居場所は、オルゾヴァの下層にある地下墓所。そしてそういう場所は確実に、死の罠と幽霊で満ちています。防護や警報の魔法もたくさん備わっているでしょう。すべてを真正面から対処しながら進むのは難しいと考えるのが賢明でした。

協力者が必要、とテイサが切り出したところで、廊下から靴音が聞こえました。扉を守っていた霊を倒したのが察知されたようです。あとでトミクが連絡を取ることになり、ケイヤは幽体化して窓を通って逃げていきました。

……以上が、ケイヤとテイサ(とトミク)の出会いになります。このエピソードは前日談のチャプター2。つまり物語の進行段階としては『ラヴニカのギルド』のごく序盤ということになります。イゼット団のほうでは、ラルがニヴ=ミゼットからの命令を受けてギルドパクト改訂計画へと乗り出したところです。オルゾフ組がフィーチャーされたのは『ラヴニカの献身』になってからですが、その物語は序盤から展開されていたとわかります。

さらに言えばトミク。話題になったのは『灯争大戦』の物語からですが、実はこんなに早くからの登場だったんですね。書籍「The Art of Magic: The Gathering – Ravnica」(2019年1月発売)に名前やプロフィールは掲載されていたので、以前から設定として存在していたことはわかりますが。そもそも《イゼット副長、ラル》のアートを見るに(意味がわからない人は第90回を参照だ)、決してぽっと出のキャラクターではないのですよね。

3. 暗殺計画

後日。ケイヤはオルゾフ組の召使いに変装し、トミクに連れられてテイサの部屋を目指しました。問題はその召使いというのはゾンビであり、拝借した灰色のローブは悪臭を放っていることなのですが。秘書として、トミクは唯一テイサとの面会を許可されているのでした。

とはいえケイヤは疑問でした。まだ暗殺の計画はまとまっていない。今の段階で、ここで話し合うのは危険では?到着すると、テイサが説明しました。そもそも今回の会合を提案したのはトミクなのだと。ケイヤは驚き、トミクは肩をすくめました。

小説「The Gathering Storm」チャプター5より訳

「考えがあります……作戦、と言っていいかもしれません。気に入ってはいませんが、これ以上のものは思いつきませんでした」彼は深い溜息をついた。「ケイヤさんが幽霊議員を攻撃するために必要な、陽動を提供できるかもしれません」

「私を生かしたまま?詳しく聞かせて」とテイサ。

「私も生きたままでいたいわよ」とケイヤ。「その作戦って?」

トミクの表情に苦々しさがよぎった。「ラル・ザレック氏です」

テイサは眉をひそめた。「イゼット団のギルド魔道士の?」

「はい」トミクの頬が紅潮した。「その方と私は……懇意にしておりまして」

「懇意?」とテイサ。

「お付き合いしてるってことですよ」聞こえよがしにケイヤが言った。

トミクはさらに赤面し、けれど頷いた。「ラルさんはイゼット団で、結構な地位にあります。もし大聖堂への攻撃を手配していただけたなら、きっと私たちが欲している陽動になってくれると思います」

イゼット副長、ラル

この話の2本前、チャプター3にて。ラルの自宅にトミクが帰宅し、2人の関係が読者へと示されるエピソードがありました。そして夕食にテイクアウトのカレー(甘口)を食べながら、トミクは何かに思い悩んでいました。ラルに協力を願うことはできるが、そのためには世間に秘密にしている自分達の関係を明かす必要がある……。それにしても、ラルとトミクが出会ったのはテイサを通じてなのですが、お師匠様そのあとのことは知らなかったのね。一方で出会って間もないケイヤのほうが即座に察しているのが笑いどころか。

話がそれました。でも、それではギルド間の戦争になってしまうのでは?そこはテイサがギルドマスターの座につけば問題はないはずです。また、それほどの協力をしてくれるのであれば、何か見返りが必要とされるのでは?

同チャプターより訳

「質問なんだけど」ケイヤが手を挙げた。「頼まれたからって理由だけでギルドの兵を出してくれるほど、そのザレックって人はあなたにぞっこんなわけ?」

「そこまでは……断言できません」トミクはかぶりを振った。「何か見返りを提供する必要があるでしょう」

「金銭を?」とテイサ。

「金銭にはこだわっていません。ですがラルさんはギルド会談を開催しようとしていまして、10のギルドすべての出席を求めています。オブゼダートが要請を即座に拒絶していたことは存じております。テイサ様が出席を約束していただけるなら……」

「是非とも手伝ってくれるってわけね」ケイヤがそう締めた。「気に入ったわ。どっちにとっても得しかないじゃない」

「おじい様以外は」テイサはにやりと笑った。「その会議の議題は何なの?」

「ラルさんによれば、ラヴニカは近いうちに、ニコル・ボーラスという古のドラゴンの攻撃を受けるのだそうです。彼は合同の防衛軍のようなものを組織したがっています」トミクは不安そうに肩をすくめた。「少なくとも、噂ですが」

もたれかかっていた壁が不意に消えたような感覚にケイヤは襲われた。ボーラスによる攻撃?ここに来る?彼女はテイサと視線を交わしたが、オルゾフの跡継ぎは感情を隠すことに長けていた。表情は読めなかった。

ここで初めて、ケイヤはボーラスがラヴニカを狙っていると知ります。一方のテイサはプレインズウォーカーではありませんが、多元宇宙やその間を渡れる存在があると知っています(『ディセンション』の物語にて)。そのため「ラヴニカが外部から攻撃を受けるかも」と聞かされても、驚きこそすれ混乱はしなかったでしょう。テイサは見たところ落ち着いて受け入れ、トミクはラルへの打診を了解しました。

そしてトミクのターン。彼は最近家に帰らないラルへと手紙を書いて届けさせ、自宅で待ちました。ラルはトミクの手紙を読むなりケンタウルスの人力車(要するにタクシー)を呼び止め、深夜の街路を急ぎました。ちなみにその慌てぶりがとても微笑ましいので紹介します。

小説「The Gathering Storm」チャプター6より訳

ギルドの件。それで呼び出すとは?冗談かもしれないが、トミクはそんなユーモアを言うことはない。俺を心配している?このところ帰っていなかったのを怒っている?ほとんどの時間をギルド会談のために割いていたため、帰っていないのは確かだった。とはいえトミクは理解している。長いこと家を空けたというわけでもない。

家までは永遠にかかるように思えた。ようやく止まると、ラルはケンタウルスへと一掴みのコインを投げて階段を一段飛ばしで駆け上がり、扉の前まで来ると少し身を整えた。片手を髪に走らせると、小さく静電気が走った。

扉は開錠されていた。押し開けると、トミクはソファーの前で往復しながら。眼鏡を外しては拭き、かけ直し、数秒してまたそれを繰り返していた。何か深刻なことが起こったのは間違いなかった。

トミクは「焦ると眼鏡をいじる癖がある」んですよ、かわいいな。ラルは必死にトミクを落ち着かせて話を聞きました。これから切り出す話で、ギルドに関わる話で、自分達のこの生活が、大切にしているこの生活が終わってしまうかもしれないと。ラルはひどく安堵し、決してそんなことにはさせないと恋人を抱きしめました。そして少し落ち着くと、トミクは詳細を語りだしました。テイサを救い出すために、幽霊議員を暗殺する計画が立てられている。それに陽動として力を貸して欲しい。上手くいってテイサがオルゾフ組の支配を受け継いだなら、礼としてギルド会談への参加を了承する……と。

確かにそれは互いにとってWin-Winの取引ですが、問題がないわけではありません。オルゾヴァで混乱を起こすには、ある程度の規模の兵力が必要とされます。ラルにそれを動かせるだけの権限はあるものの、それほど大勢が関わってくるとなると、事前にオルゾフの側に察知されずにいることは難しいでしょう。彼らの諜報網はディミーアに次ぐと言われているのです。戦力の調達手段がほかにあれば……と思ったところで、ラルは大胆不敵な考えを閃きました。

ゴルガリの女王、ヴラスカ

この少し前、イクサランでの記憶を取り戻したヴラスカは、それまでの態度を変えてラルに接触し、協力を申し出ていました。ですがその心変わりとその理由はヴラスカ自身も認めるほど唐突であるため、彼女は何とかして誠意を示せないかと提案していたのでした。

そしてトミクの計らいでラルとケイヤ、そしてヴラスカは対面しました。

同チャプターより訳

「こっちがヴラスカ。ゴルガリ団の女王だ」

ケイヤは相手を上から下まで見つめた。「女王っていうけど、私が思ってたような見た目じゃないのね。いいけど」

ヴラスカはフードを脱ぎ、うねる触手を見せつけた。そしてケイヤの両目が見開かれた様子に満足した。

「私はよくいる女王じゃないのさ。で、全員揃ったんだろ。ザレック?」

「まず、オルゾフ組の現状を知らないかもしれないから説明しておく。テイサ、ギルドの跡継ぎが、幽閉されて処刑の危機にある。彼女は俺たちに協力したがっているが、今の支配者はそうじゃない」

「つまり、権力を交代すべき時期ってことだね」とヴラスカ。

「その通りだ」ラルはケイヤへと頷いた。「オルゾフ組は幽霊の議会が支配している」

「そして私は幽霊暗殺者」とケイヤ。「都合のいいことにね」

けれど地下墓地の守りは固く、例え壁を通り抜けられる人物でも簡単にはいかない。そのため陽動が要る、というところでヴラスカは自分が呼ばれた目的を把握しました。ゴルガリ団の兵力を使うことを、彼女は即座に了承します。ラルが呆気にとられるほどに。女王となったからには、ゴルガリ団がボーラスに踏みつけられるのを見たくはない、そのために必要なことは何だってする――そうヴラスカは説明しました。そしてこれは口に出しませんでしたが、いずれジェイスが戻ってきたときに、胸を張って顔を合わせられるように、と。準備を含め、決行は翌日に決まりました。

4. オルゾヴァ攻撃

そして決行の時が来ました。下水道からゾンビの群れが溢れ、聖堂の分厚い扉に殺到します。悲鳴が上がる中、ケイヤはゾンビの群れを通り抜けて慎重にロビーを通り、地下墓地の階段に通じる施錠された扉を見つけました。案の定、警備員はいなくなっていました。

誰にも見られることなく、ケイヤはその扉をくぐりました。先は狭い階段で、魔法の明かりが燃えています。一定間隔で踊り場があり、そこでは鍵と罠のかかった門や霊が立ちはだかりますが、ケイヤは何ら苦労せず通過していきました。彼女の力を知り、霊が壁の中に隠れる様が時々見えました。

墓所の怪異

地下10階で階段は途切れました。罠のかかった扉を抜け、圧力感知装置を回避して廊下を進み、やがて前方に精巧な作りの扉が現れたのです。あれに違いありません。ですが扉の脇には、重厚な鋼鉄の鎧をまとったスラルが2体立っていました。それは明らかにケイヤに気付き、動きだします。最後の扉を通過することも考えましたが、その周囲に記された魔法文字を見るに賢明ではありません。彼女は幽体化を駆使して重装備のスラルを倒すと、予想通り厳重な鍵と魔法がかかっていることを確かめました。これを通過するのは危険です。ケイヤは鍵を開ける道具を取り出し、作業に取りかかりました。

やがて、鋭い音を立てて鍵が外れました。鍵だけでなく防護魔法も解除できたのです。扉は滑らかに開き、六角形の部屋が現れました。

ケイヤは息をのみました。その狭い部屋に詰め込まれた富の量たるや。床に積み上げられ、あるいは無造作に散らばる金貨に銀貨。宝石を散りばめた武器、装飾品。当然、幽霊たちもそこにいました。生前の姿をそのまま半透明にした老人たちは、ケイヤが入ってきてもほとんどが顔を上げもせず、それぞれの作業を続けています。台帳に何かを書き込む者、算盤でひたすら弾く者、虚空へと何かを呟き続ける者。ただ一人、最奥の幽霊だけはケイヤに気付いたようでした。その挙動と視線のどこかに、テイサとのかすかな類似があるような気がしました。

幽霊議員カルロフ

ケイヤはゆっくりと幽霊たちに近づき、両手を幽体化させると、幽霊2体の背中へとダガーを突き刺しました。彼らは声もなく前のめりに倒れ、煙のようなものを上げて消えました。ふとケイヤの後頭部に鈍い痛みがうずきます。思ったよりもあのスラルに強くやられたようです。幽霊議員たちは顔を上げ、しわだらけの顔に驚きと恐怖が広がっていきました。続けてケイヤがすぐ隣にいた髭の老人の喉元を切り裂くと、そこから霊気が飛び散りました。

ケイヤの怒り

悲鳴と命乞いが飛び交いますが、ケイヤは耳を貸しません。幽霊も、宗教家も、銀行家も大嫌いでした。その3つを兼任しているとあれば!ですが、次の2体が死亡したところで頭痛が強まり、部屋の空気が重く感じ、息が詰まるように感じたのです。何かがおかしい、そしてその感覚は幽霊を倒すごとに強くなっていきました。残るは1体だけ。カルロフその人が、焦りと悪意を浮かべて睨みつけていました。

小説「The Gathering Storm」チャプター7より訳

「我が孫娘が送り込んだのであろう」ケイヤが近づくと、彼はそう尋ねた。

ケイヤは弱々しく頷き、玉座の脇に腕を置いた。カルロフは禿頭を横に振った。

「あの娘を信頼してはならぬ。それを判っていればよいが」

「その必要はないわ。お前を消したら、私も出ていくのだから」

カルロフは眉を上げ、だが何も言わなかった。苦労してケイヤはナイフを掲げ、それを彼の心臓へと突き刺した。

その姿から何かが伸ばされた、黒く重い何かが。それは刃を辿り、ケイヤの腕に届き、胸に入り込むと彼女の内に渦巻いた。カルロフが消えると、彼女は膝をついた。感覚を失った指からダガーが滑り落ちた。

何を……?ケイヤは胸元を掴んだ。こいつら、私に何をした?

彼女は黄金の山へと倒れ、金貨が滑り落ちた。鉄の鎖が魂を縛り付ける感覚とともに、一片また一片と世界が暗くなっていった。

5. オルゾフの簒奪者

痛みとともにケイヤは目覚めました。目を開けると、そこは華麗な寝室だとわかります。天蓋つきの寝台、上質な寝具。つまりオルゾヴァのどこか、少なくとも牢屋ではない。少しして扉が開き、召使いが水差しを手に入ってきました。そして不可解なことに、その女性はケイヤのことをギルドマスターと呼ぶのです。水はとてもありがたいのですが、しかしギルドマスターとは?召使いは退出し、数分して正装をまとったテイサが入ってきました。ケイヤが説明を求めると、テイサは扉が固く閉じられていることを確認し、声を落としました。

小説「The Gathering Storm」チャプター8より訳

「複雑なことに……なりました」

「それはわかるわ」ケイヤは素っ気なく言った。「複雑って?」

「このギルドは非常に多くの契約の集合体であり、それらは法魔道士らによって力を与えられています。私は――私だけでなく、ギルドの公職にある者のほとんどは――そういった契約のほとんどは組織としてギルドが保持していると、統率者の交代に影響されないものと信じていました。不幸にも、どうやら祖父は極めて多くの契約を個人的に保持していたようなのです。あるいは、大部分の契約かもしれません」

「私が関係してくるとは思えないのだけど」

「幽霊議員を殺害した際、それらの契約がケイヤさんへと移行したのです。倒れてしまったのはそのためです。今や貴女は事実上、オルゾフの銀行における金融債務の大半の契約元であり、第10管区における債務の多くを保持する身でもあります。大雑把な言い方をすれば、ケイヤさんはあらゆる重要な意味においてオルゾフ組そのものなのです。貴女をギルドマスターと認める以外に、ギルドに選択肢はありませんでした」

ケイヤは唖然としましたが、事態を受け入れて収拾させるのに苦心したのはむしろテイサのほうでした。眠っている間にケイヤを殺害すべきという意見もあったのです。契約の移行が同様に行われるかどうかは定かでないものの、部外者に権力を握られるよりはと。

不意にケイヤは焦りました。仕事が終わった今、ここに居続けるわけにもいきません。ですがテイサは懇願しました。まだ帰らないで欲しい、ラヴニカを離れたならオルゾフ組にとってもそちらにとっても破滅的な結果になりかねないと。この次元を離れることは、ケイヤに降りかかった契約を一気に解除することになる可能性がある。そうすれば反動で死んでしまうか、正気を失ってしまうかもしれないのです。テイサにとっても予想外だったというのは、その表情からわかりました。

焦りとともに身体の痛みが増し、ケイヤは一旦テイサを追い出しました。どうにか少し眠ると、夢をみました。故郷の空が避け、世界が少しずつ狂気に駆られていく。やがて溜息とともに身体を起こすと、テイサが置いたままの椅子に、召使いの衣装をまとった老人が座して彼女を見つめていました。ケイヤはひどく驚きますが、老人の笑みと声には心当たりがありました。ボーラス。こうなることは知っていたのでしょう?とケイヤは睨みつけました。

プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス

同チャプターより訳

「疑ってはいた、と言わせてもらおうか。幽霊議員カルロフは決して信頼できる類の輩ではないからの」その老人、ボーラスの器は片方の肩をすくめた。「これで我らの次なる動きを取るのが容易になった」

「次なんてないわよ、この蛇が。そこは契約にはないでしょう」

「いかにも。だが追加の助力が必要なのではないかね?おぬしの哀れな、壊れた故郷の次元。元々同意してはいるが、現在の窮地からの脱出を」

「私をここから出せるの?」 彼女の声は重かった。その返答を知っていたために。

「法魔術は数千年もの間、我が得意技のひとつだ」ボーラスはそう言った。柔らかく上機嫌なその声は、この老人には不釣り合いだった。「いかにも、おぬしの重荷を移してやれる。だがその前に、こちらのために動いてもらおう」

ケイヤは深呼吸をし、ひるみ、ゆっくりと声を発した。「何が望みよ?」

「ある会議が行われる」近づき、ボーラスは言った。「オルゾフ組の代表として、出席するのだ……」

会議。もちろん、ギルド会談のことです。ですがその前にギルド内で起こった出来事をひとつ。

オルゾフ組の仰々しい集会のさなか、ケイヤは新鮮な空気を求めて場を離れました。なぜこんなことになってしまったのか?振り返りますが、この状態に陥ったのは明らかにボーラスの仕業でした。そして解決できるのも恐らくはそいつだけ。歯軋りをしたところで、自分を呼ぶ弱々しい声にケイヤは振り返りました。小柄でやつれた男が、苦しく息をしながら立っていました。

その男は苦労して膝をつき、祝福を――借金の免除という祝福を嘆願しました。とはいえ返済が嫌ならば、最初から借金などしなければいいのです。けれどその男曰く、妻が病気だった。医師にかかるための金を借りた。だが40年前に妻は死亡し、以来借金だけを支払い続けている。自分はもう長くない。どうか自分の死後、この負債が子供に及ばないようにと。

血液破綻

テイサに相談すべきかとケイヤは迷いました。けれど相談したところでどうなるでしょうか。この哀れな男は鎖に縛られた人生を送ってきたのです。子供たちにまでその運命を背負わせるべきではありません。それでオルゾフ組が困るような金額とも思えません。ならば?ケイヤは了承しました。

小説「The Gathering Storm」チャプター9より訳

ケイヤは目を閉じ、深呼吸をして自らの内へと集中した。幽霊議員カルロフから受け継いだ契約と債務の重みを感じた。まるで何千本という鎖が首にかかっているように。それらの一本一本を区別するのは困難だが、目の前の男に続くものを見つけるのは容易かった。ケイヤの魂へと繋がる黒い縄。予想通り、ほかの鎖に比較してそれは極めて細かった。意志の力を駆使し、ケイヤはその縄を引き裂いた。

彼女は一瞬の衝撃と眩暈を感じたが、それはすぐに過ぎ去った。顔を上げると、目の前の男は驚きとともに涙を浮かべていた。

男は感無量でケイヤへと感謝を告げましたが、テイサが近づいてくるのが見えました。この件は誰にも言わないようにと男に短く言い残し、ケイヤは集会の場へと戻っていきました。

6. 協調の終わり

ギルド会談

そしてギルド会談です。ケイヤはテイサと、そして数人の司祭を引き連れて出席しました。ラルがボーラスの脅威を出席者たちへ明かすと、ケイヤはヴラスカとともにその言葉を支持しました。ボーラスが到来するということは、勝利を確信しているということ。そしてボーラスに関わった者全員が、それを後悔している。

遅れてニヴ=ミゼットが姿を現し、ギルドパクト改訂の計画を明かします。さすがに事の重大性を認識した各ギルドは一旦散会して議題を持ち帰り、翌朝話し合いを再開することとなりました……ですがその夜に起こったイスペリア暗殺事件、ヴラスカの裏切りによって、会議が再開されることはありませんでした。詳細は第96回を参照です。

暗殺者の戦利品

それでもラルはまだ諦めず、ケイヤも協力を続ける気でいました。作戦に協力するため、彼とともにゴルガリ団の縄張りへ赴くことを当然テイサは反対しましたが、ケイヤの意志は変わりません。テイサは諦めたように溜息をつき、戦力を手配しておくと言いました。ケイヤは安堵のうめき声をこらえて頷くと、扉をすり抜けて会議室を出ていきました。もちろんその必要はないのですが、彼女はそれを時々楽しんでいました。

自室の扉を抜けたところで、ケイヤは召使いらしき老女と鉢合わせしました。孫2人を連れたその女性は深々と頭を下げて言いました。ギルドマスターに個人的に願えば、負債を帳消しにしてもらえるという噂を聞いたと。ケイヤは焦りました。噂が広まり始めているのです。テイサが知ったなら怒り狂うでしょう。ですが債務者はあまりに多く、それぞれがごくわずかずつケイヤの魂の重荷となっている。その機会があるならば、助けてやりたいのも事実でした。

どうして借金を負ったのかとケイヤは尋ねました。その老女曰く、若い頃に首飾りを買うため。それで、ある男の気を惹きたかった。それは叶ったけれど、この20年は借金を支払うために働き続けている。利子は膨れ上がるばかり。孫たちが成人に達したなら、その負債も相続されてしまう……この子たちには少しでもいい人生を、老女はそう懇願しました。

首飾りひとつで。ひとつの過ち、ですが一体どれほど多くの子や孫が、親世代の過ちを償うために働いているのだろう?ケイヤがその負債の鎖を探すと、案の定それは細い糸ほどでしかありませんでした。意志の力ひとつで彼女はそれを断ち切り、ごくわずかな痛みを胸に感じました。

半狂乱で頭を下げるその女性を下がらせると、ケイヤはふらふらと寝室に向かい、顔面から寝台へと飛び込みました。その気になれば、魂を縛り付けるこの契約を一気に断ち切ってしまえる――自分自身のそれ以外は。ボーラスを信じるのであれば、それができるのはそいつだけ……。

さて。「テイサが知ったなら怒り狂う」、ケイヤはそう危惧しました。果たしてその通り、やがてケイヤは呼び出しを受けます。トミクに付き添われて執務室に入ると、テイサは元帳を積み上げてその数字を確認している最中でした。

小説「The Gathering Storm」チャプター12より訳

「オルゾフ組の長は――ギルドマスターは――口座の状況を個人的に把握しておくことが必要とされます。私たちはつまるところ銀行なのですから。未払いの債務に対するこちらの資産のバランスは重要な問題です」

「そうね」ケイヤは肩をすくめた。「けど私がそれに対してできることは何もないでしょう?だったら何が――」

テイサは顔を上げた。冷たい表情の下には押し殺した怒りがあった。「それは承知しています。実際、ケイヤさんはギルドマスターとしてオルゾフの方針には口出しをしない、そちらは私に一任すると同意してくださいました。ですが……」彼女は元帳を指先で叩いた。「数字が合いません」

ケイヤは困惑したふりをした。「どういう意味?」

「でしたら率直に言わせていただきます。負債を帳消しにしましたね、私やほかのオルゾフ高官に無断で」

「……」ばれていた。ケイヤはかぶりを振った。「ええ。でもそれが?大した金額では――」

「今日までに67人。正味、現在価値にして246312ジノ……ともかく多大な額」

天上の赦免

《天上の赦免》ではテイサからもある程度の同意があったように描かれていますが、実際はそうではなかったようです。そして負債を帳消しにした人数、話中で取り上げられていたのは2人だけでしたが、かなり噂は広まったとみえて67人。ところでこの246312ジノというのは実際どの程度の金額なのでしょうか?

 

書籍「Guildmasters’ Guide to Ravnica」

こちらは書籍「Guildmasters’ Guide to Ravnica」、つまりは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」のデータであり、そのままマジックの側に適用できるとは限らない、と一応前置きしておきます。この表によればコーヒー1杯が10ジブ=0.1ジノ。ラヴニカでコーヒーは街頭のスタンドで買える気軽な飲み物であることを考えると、日本円で100円~せいぜい200円でしょうか。我々の感覚としては自販機やコンビニコーヒー的な。同じく新聞1部が15ジブ=0.15ジノ、これも150円と計算すればなるほど適正です。つまり1ジノ=約1000円と考えると、246312ジノ=約2億4千6百万円。いくらオルゾフ組でもそう無視はできない金額だと思います。

ですがテイサが怒っているのは金額の大小ではありません。組の実務には触らないという約束を破ったこと、そして契約を勝手に破棄したこと。オルゾフ組が締結するあらゆる契約は、ラヴニカの法に則り、双方の合意のもとに交わされるものです。債権者が支払いに苦しんでいたとしても、それはそもそも彼らが選んだこと。でもそのために、親の借金で子供や孫が苦しむというのをケイヤは見過ごせませんでした。

同チャプターより訳

しばしの間、2人は睨み合っていた。テイサは帳面に手を置き、大きく溜息をついた。ケイヤは歯軋りをした。

「貴女の……良心の呵責はともかく」テイサは注意深く言葉を選んだ。「実際的な問題として、私たちはただ棒引きというのはできないのです。オルゾフ組にはオルゾフ組の義務があり、そのために収入が必要です。債務不履行となれば、ラヴニカ全体への影響は計り知れません」

「縛られているからといって、縛られ続けることはないでしょう。少しずつ緩めようとすることもできないって意味じゃない」

「ケイヤさん……」テイサは額に手をあてた。「もし貴女が望むままにすれば、それはギルドの崩壊という結果になりかねません」

「親の借金を子供が背負わなければギルドが存続できないなら、崩壊したほうがましよ」

「その言葉がこの部屋から出なければいいのですが」テイサは鋭くトミクを一瞥した。「その結果について私は責任を持てませんからね」

(略)

「実際、私からは何も言えません」とテイサ。「背中にお気をつけください、ということだけです」

「それは得意よ、お互いにとって幸運なことにね」

そしてケイヤは地底街での戦いへと赴き(詳細は第97回に)、どうにか無事に戻ってきました。ですがすぐに自室に閉じこもり、テイサが送ってきた使いも跳ねつけました。

このままここに居続けるのは危険、とはいえどうするべきか。考えていたところで、かすかな物音がしました。見ると扉の下に1枚の紙が差し込まれています。危険が迫っている。今夜貴女を逮捕するために、高司祭たちがテイサを説得している。力になれるので厩舎まで来て欲しい……署名は「友人より」とだけありました。警告の内容はともかく、友人とは?

そのとき、廊下から重々しい足音がいくつも響いてきました。なるほど。ケイヤは深呼吸をして幽体化し、床を落下しました。下階の部屋は十分に広いことを事前に確認していましたが、そこで待っていたのは完全武装の兵士と魔術師たちでした。逃走を先読みされている!魔術師たちが手を上げ、紫と青のねじれた光がケイヤを包み、音もなく弾けました。ケイヤは再び床を通って逃げようと試みましたが、身体の幽体化に伴う紫色の光は弱々しく消えてしまいました。オルゾフには幽霊を拘束する魔法が数多く存在します。それを応用したに違いありません。ケイヤはダガーを抜き、身軽な動きで兵士たちを無力化していくと、扉から逃げ出しました。

聖堂の護衛絶息の騎士処刑人の一振り

ケイヤは考えながら廊下を駆けました。重装備の兵士をすり抜け、らせん階段を飛び降り、ひたすら下階へ。使用人の区画へ入ると前方からいくつもの靴音が聞こえ、近くの部屋に滑り込みました。薄暗いそこは貯蔵庫のようで、ケイヤはその中に何かが動く様子を見ました。

小説「The Gathering Storm」チャプター15より訳

人影が薄闇の中で動いた。「大変な1日であったな、ケイヤよ」

ああ――そういうこと。ケイヤは唇を歪めた。「ボーラス」

「ただの器よ。だがおぬしの動向を確認しに来た。近頃のおぬしの行動は我にとってあまり喜ばしいものではないな」

「お前を喜ばせることは最優先事項じゃない」

「だが、そうであるべきだ」ボーラスの手駒は近づいてきた。「おぬしの鎖を解く鍵を我は所持しておるのだよ。この地から、この者らから解放される鍵を」

ボーラスはこう言いますが、今やケイヤは判っていました。その条件とはラヴニカの崩壊に手を貸すこと。確かにプレインズウォーカーであるケイヤにとって、ラヴニカはいくつもある都市のひとつに過ぎません。そしてオルゾフ組は彼女が大嫌いな幽霊と宗教家と銀行家の集団。だとしても、ボーラスに膝をついてまで頼る気はない、ケイヤはそう答えました。死ぬならば戦って死ぬ。故郷については、別の手段を見つける。愚かな選択かもしれませんが、それがケイヤの結論でした。

辿り着いた厩舎で待っていたのは――トミクでした。ですがテイサの忠実な秘書である彼がなぜ?

同チャプター15より訳

「私は――」トミクは躊躇したが、続けた。「テイサ様は間違っておられると考えています。あの方は非常に難しい立ち位置にあり――私はテイサ様を守りたいのです」

「誰から?私から?」

「上層部が要求を押し付けています。彼らはケイヤ様が大規模な赦免を行うことを、その結果として資産を失うことを怖れています。そのためオルゾフからケイヤ様を追い出したがっています。もしテイサ様がそこに立ち塞がるなら、彼らは相手がカルロフ家であろうと潰すでしょう。機構というものは何よりもまず、自らを守るのです」

「でしょうね」とケイヤ。「あなたが助けになると書いていた。それはどうやって?」

「もしケイヤ様が上層部と対立するなら――」

そこで、暗闇の中で何かが砕ける音がしました。トミクがランタンを掲げると、照らし出されたのは仮面――スラルです。それが何百体と群れていました。トミクが呼んだのではないことは確かであり、ケイヤは冷や汗を流しながらダガーを抜きました。そのときです。

同チャプターより訳

何かが眩しい白色に閃いた。厩舎の扉のひとつが吹き飛び、燃えた木片が飛び散り、耳をつんざく爆発音が梁から埃を降らせた。爆発で空いた穴から外が見え、街の灯りを背後にしてひとつの人影が立っていた。長いコートを着た人間、髪は荒々しく乱れてその腕に稲妻が走っていた。

「ラルさん!」

ラルが吠えた。「そこを動くな。焼灼運び!」

焦げた革をまとったヴィーアシーノの一団がその穴からなだれ込んだ。彼らの手には長く不格好な武器があった。スラルがそちらへ向かうと、猛烈な炎の塊が目もくらむような橙と赤の弧で発せられ、液体の炎はそれが触れるすべてを焦がした。スラルの肉が焼け焦げ、それらは焼灼運びの列へ突撃したが、黒化した塊が高く積み重なるだけだった。ラルも前進し、その手から発せられる稲妻が目の前のスラルを1体残らず焼いていった。

「こっちだ」ラルはそう言い、焼灼運び2人が道をあけた。「ここから出るぞ」

映像で見たいかっこよさだ!厩舎に炎が回る中、彼らは街路へと逃げ出しました。落ち着いたところでケイヤが切り出しました。トミクは何か言いかけていたのでは?そうです。彼は眼鏡をかけなおし、咳払いをして説明を始めました。

オルゾフの聖堂

それから6時間ほどあと、ケイヤは兵士と騎士たちを従えてオルゾヴァの広間へ足を踏み入れます。大祭壇の前に要人たちが待っていました。オルゾフ組でも最高の権力を持つ者たち、その最前列にはテイサの姿がありました。

職権を引き渡すかと尋ねられ、ケイヤはきっぱりと断りました。そして自らに負わされた契約の鎖へ意識を向けます。太く重い鎖が、目の前の要人たちへと繋がっているのがわかります。それは幽霊議員の長、カルロフが彼らと交わした契約。援助を行う代わりに、カルロフ一族とその後継者を補佐する。ケイヤはその一族ではありませんが、相続人です。契約と債務のすべてを相続した――つまりケイヤに逆らうことは、カルロフと交わした契約への違反を意味します。ここにいる全員が、ケイヤを排除することに同意していたのは間違いありません。それを指摘され、彼らは一斉に青ざめました。

同チャプターより訳

「私は祖父に借りはありません」テイサは踏み出してそう言った。

「ええ、ないわね」とケイヤ。彼女は要人たちを、そして周囲の衛兵らを一瞥し、声を上げた。「テイサ・カルロフを逮捕しなさい」

しばしの間、何も起こらなかった。そして、ごくわずかに、騎士の1人が要人へと顔を向けた。その男は周囲の同僚を見て、震えながら頷いた。

「冗談はやめなさい」衛兵たちが近づく様子を見て、テイサが言った。

「丁重に扱って」とケイヤ。それはトミクとの約束だった。

テイサは辺りを睨みつけ、そして背を向け、連れ出されるのではなく衛兵たちの前を歩き去った。残された者はその足音が消えるまで、無言で立ち尽くしていた。

そして残る一同へとケイヤは危険な笑みを向けました。老カルロフとの合意に違反した件について、また今後について話し合いましょうか――と。

オルゾフの簒奪者、ケイヤ

7. 一旦ここまで

以上が、『灯争大戦』に至るまでのケイヤの動きになります。厳密にはこれで終わりではなく、《次元間の標》にてヴラスカとの戦いがあるのですが、そちらの詳細は第97回を参照してください。ケイヤはヴラスカをけん制しつつ、ラヴィニアを支配したニコル・ボーラスの精神体を排除し、ラルが標を起動するための力になりました。『灯争大戦』では率先して永遠衆と戦い、またオルゾフ組のギルドマスターとして各ギルドの協力を取り付けるべく奔走しました。

振り返ってみると――この話は『灯争大戦』のあとに公開されたので「振り返る」というのも少し語弊がありますが――ラルやヴラスカとはまた別の意味で、ケイヤも大変だったのだなあと。そちら2人は元からラヴニカ人でありギルドマスターの座を目指していましたが、ケイヤは完全な部外者。しかも契約が物理的に重い上にプレインズウォークしたら死ぬかもと言われては。少なくとも、寝心地のいいベッドや設備の整った浴室はありがたかったようですが。

死者の災厄、ケイヤ

そして戦いが終わると、ケイヤは全ギルドからリリアナの暗殺を依頼されました。ギルドマスター兼プレインズウォーカーの中ではある意味最も部外者であるケイヤが、一番の戦犯であるリリアナ追跡を命じられたのです。その理由は?そしてケイヤ自身の思いは?続く!!!(イコリアどうしよっか)(基本セット2021どうしよっか)

(終)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら