はじめに
こんにちは、若月です。お待たせしました、前回の続きとして『次元の混乱』からのテフェリーを解説していきます。また、第77回にて同じく『時のらせん』ブロックにおけるテフェリーとニコル・ボーラスについて書いていますので、合わせて読んでいただけるとより理解が深まるかと思います。
10. 次元の混乱~未来予知
テフェリーの長い人生における最大の後悔のひとつ、それは故郷ザルファーを失ってしまったことです。元々は『インベイジョン』にてファイレクシアの侵略から守るためにフェイズ・アウトさせ、それから300年を経て元に戻すときがやって来た……はずでした。
『時のらせん』にてテフェリーは、「ドミナリアの次元構造を脅かす時の裂け目を塞ぐには、プレインズウォーカーが灯を、場合によっては命までも捧げる必要がある」と示しました。彼自身は生き延びましたが力のほとんどを失い、残ったのは、本人曰く見習いの魔術師にも劣るわずかな魔力のみでした(《ザルファーの魔道士、テフェリー》のカードを見るたびに「どこがだよ」と思うのですが)。
さらに、旅はとても終わりとは言えませんでした。裂け目はまだいくつも残されているだけでなく、そこから「違う歴史を辿った並行世界のドミナリア」が流れ出していたのです。それが『次元の混乱』。違う歴史を辿った並行世界――カードでは「次元の混乱タイムシフト」として表現されているものです。
ちなみに『次元の混乱』ストーリーの主人公はヴェンセールであり、彼の成長や新世代プレインズウォーカーとしての覚醒がメインになっているのですが、今回はテフェリーの記事なのでテフェリーの話を。
テフェリーは灯を失った衝撃と後遺症から回復すると、事態の究明に努めるだけでなく、裂け目を塞いだ「先駆者」としてほかのプレインズウォーカーを説得するために動きます。さらに彼はウルザにとても縁の深い人物に出会いました。暗黒時代から氷河期の終わりにかけて活躍した「永遠の大魔道師」にしてウルザの直系の子孫、ジョダー。彼を主人公とする『ザ・ダーク』『アイスエイジ』『アライアンス』の物語は第61・69・72回にて解説しています。
カード化は『ドミナリア』です。長いこと歴史から姿を消していたジョダーが、ドミナリアの危機に再登場しました(メタ的な話をすると、ジョダーが登場する3部作小説は『インベイジョン』ブロックとだいたい並行して刊行されていたので……)。ジョダーはテフェリーに対してあまり友好的な態度は見せず、あるとき複雑な感情をぶつけます。
小説「Planar Chaos」チャプター23より訳
ジョダーは立ち止まった。彼は振り返らず、何かに葛藤していたようだった。そして静かに口を開いた。「ウルザ」
「何だって?」
ジョダーはテフェリーへと向き直った。「ウルザ、と言ったんだ。知っていたか?私はあの兄弟の血を引いている。プレインズウォーカーとして覚醒する前の、ウルザの一家の子孫にあたる」
「聞いたことはある。口に出して言うほど重要なものではないと思っていたが」
「口に出して言うさ、君は思い上がりも甚だしい馬鹿だ。私にはウルザの血が流れているかもしれないが、君はウルザの意志の後継者だ。私が決してなろうと思わない形での。テフェリー、君はまさしくあの人と同じだ。口達者で、偉そうで、エリートぶって、誰もが従ってくれるのが当然と思い込んでいる全知全能のお偉いさんだよ。君の考えこそが唯一の回答だと、自分たちの作戦こそ唯一の意味ある作戦だと信じている。けれどウルザはしばしば誤って、被害を受けたのはいつも周りだ。君もしばしば誤って、周りがそのために苦しむ」
彼がテフェリーへとここまで厳しい言葉を向けたのはなぜか。ジョダーが千年以上ぶりに姿を現したのは、主にフレイアリーズを案じてのことでした。彼女がテフェリーと同じ道を歩もうとしている、それを薄々感じ取ったためなのだと思います。氷河期以来の旧知であるジョダーは、プレインズウォーカーとしての彼女の力を警戒しながらも、古くからの知り合いとして気にかけているのでした。
『時のらせん』にて、フレイアリーズは当初テフェリーに冷淡な態度をとっていました。ですがそのあと、彼がシヴの裂け目を塞ぐ際に見せた自己犠牲の精神に、激しく心を揺さぶられたのでした。第67回でも紹介しましたが、『次元の混乱』小説からフレイアリーズがそれを回想する場面です。
小説『Planar Chaos』 P.249-250より訳
フレイアリーズはシヴでの彼を見ていた。何を成し遂げたかをすべて知っていた。そして、恥じ入った。彼の成功に対してだけではなく、自分にはない、羨むこともない、時間というものに対しての卓絶した知識と経験に。いや、違う。恥じ入ったのはテフェリーの素晴らしい状況把握に対してではなく、その勇気に。テフェリーは目的を達成するために死に往く覚悟をし、シヴの裂け目へと身を投じた。その大胆さと決心が、彼女自身の嘘を突きつけた。フレイアリーズ自身、スカイシュラウドの森を守るためならば何をもいとわないつもりだった。
(略)
だがテフェリーがその力の最後の一滴までも使い果たした様を見て、自分は間違っていたと思い知った。スカイシュラウドのために死のうなどとは、それどころか、森のために自らの力を失うことすら望んでいなかった。自分の、自然の秩序への愛が、養子達に苦難と悲哀を強いることになった。そして破滅を招くに至りかけたのだ。
ジョダーはフレイアリーズに生きて欲しいと願うのですが、彼女は決意を固めていました。愛するスカイシュラウドを、その民を守るにはこうするしかない。表裏一体の決意と諦めを胸にフレイアリーズはテフェリーに続き、スカイシュラウドの裂け目に身を捧げました……しかし、彼女はテフェリーのように帰ってはきませんでした。アーボーグの裂け目を塞いだウィンドグレイス卿もまた。
スカイシュラウドとアーボーグの裂け目が塞がると、「平行世界の流出」は収まりました。続いてトレイリアの裂け目を塞ぎに向かったプレインズウォーカーのカーンは、それ自体には成功するものの、謎の言葉を残して姿を消してしまいました。当時テフェリーは(もちろん私たちも)知るよしもありませんでしたが、カーンはプレインズウォーカーの灯を捧げたことによって身体の内に残っていたファイレクシアの油が活性化し、その汚染が広まるのを怖れて逃亡したのでした。彼はそれから数十年後、自らの次元ミラディンの核で「機械の父」と崇められる姿で発見されます。
さて、カーンの失踪と入れ替わるように、その弟子とも言えるプレインズウォーカー・ジェスカがテフェリーたちへと接触してきました。ジョイラは協調した行動を提案しますがジェスカは拒否し、独力で裂け目を閉じるべくラーダをさらってザルファーへと向かいました。これはテフェリーにとっては非常にまずい状況です。ドミナリアへ戻ってくるザルファーとタイミングを合わせて裂け目を塞がなければ、取り返しのつかないことになります。
彼らはザルファーへと急ぎますが、介入の余地はありませんでした。ラーダの灯を無理矢理用いて、ジェスカは裂け目を塞ぎにかかります。テフェリーたちは遠くから見ていることしかできませんでした。
小説「Future Sight」チャプター12より訳
誰もが叫んでいた。ラーダは苦痛に、テフェリーは苦悶に、ジェスカは勝利に。白熱した力がラーダから放たれ、眩しい光輪が裂け目とそれに合わさる海岸線を取り囲むまで広がった。裂け目の雲は固まり、結晶化し、一瞬、すべての風景が荒れ狂う嵐の空の中に凍り付いた。
ジョイラは雲を見つめた。見たこともない宝石の面のような、平坦で屈折する平面がその内に形成されていた。彼女とテフェリーが切り取った、繁栄するザルファーがそこに垣間見えた。
白色の石造りの絢爛たる城、銀色に輝く水路、賑やかな市場、そして豊かに穀物が実る平野。幅広い舗装路に、立派に着飾った兵士たちが行進していた。彼らのあとには貴重な宝石や色鮮やかな衣服で着飾った王侯貴族が続いていた。
白色の輪は眩しく輝き、耳をつんざくような爆発音を放った。光輪が収縮し、裂け目の雲をラーダの身体へ向けて引いていった。まるで絹の布地が薄い金属の管へと引き込まれるように。ザルファーの映像が歪み、見えなくなり、ラーダの内へと縮んで消えていった。
そしてジェスカはテフェリーたちの存在に気付き、勝ち誇ったようにやって来ました。何が起こったのかを感じ取ったテフェリーは、シヴでの裂け目を閉じたときのように虚ろに力を失っていましたが、得意げなジェスカの様子に怒りを燃え上がらせました。
同チャプターより訳
「感謝だって?」テフェリーの声は辛辣で、怒りに上ずっていた。彼は素早く立ち上がると杖を拾い上げ、ジェスカをまっすぐに見上げて言った。「その結果、国ひとつが完全に失われたというのに。私の国が」
ジェスカの表情に疑問がちらついた。「何を言ってるの?」
テフェリーは怒りに甲高く声を荒げた。「300年前、私はザルファーを正当に、時と空間から切り離した。その際に私が用いた魔法が、今さっき君が閉じた裂け目を作り出す要因となった。私たちの目的は単に裂け目を閉じるのではなく、ザルファーの帰還に同調して閉じるというものだった。タイミングが肝心だった。今、裂け目はなくなったが、私の国もだ。ザルファーは失われた。二度と戻ってはこない」
ジェスカは目を狭めた。「どういう意味?」
「君はザルファーを二度と戻らない無へ追放したということだ。フェイジングは私の魔術、私が独りで構築し発展させたものだ。この身で感じるほどに理解している」彼は悲嘆の中でも背を伸ばし、威厳を保とうとした。「もうザルファーを感じ取ることはできない。もう、ここにはない。私が持ち去った場所にはない。ザルファーは失われた。私にプレインズウォーカーの灯がない今、取り戻すことは叶わない」
流石にジェスカは自らが引き起こした事態の重さに唖然とします。ですが止めろというジョイラの説得を聞き入れず、また別の裂け目があるヤヴィマヤへと向かいました。ここでも彼女は裂け目を塞ぎますが、今度はヤヴィマヤの守護者ムルタニの生命力を使い果たす結果となりました。ザルファーに続いてそれを知ったテフェリーは、プレインズウォーカーが悪さをしたときの定命の無力さを身にしみて知ります。少しあと、打ちひしがれたテフェリーとジョイラのやり取りがこちらです。
同・チャプター15より訳
テフェリーはうつむいた。「ザルファーに続いて、これか」彼は目を閉じた。「まだ見えるんだ。彼らが、ザルファーの民が。喜ぶ、希望に満ちた顔が」 そして目を開き、続けた。「彼らの多くが帰還を心から望んでいた。祝う者すらいた。彼らは事態を把握したのだろうか?私が見たように、彼らも最後の瞬間に私の姿を見たのだろうか?私は国ひとつを失ってしまった、その恐ろしさを彼らは理解したのだろうか」
彼は拳を握り締め、側頭部に押し付けた。
「どうすればいいんだ、ジョイラ。彼らを思うと苦痛に苛まれる、けれど考えることを止めることはできない。定命として、この知識は、事実は……重すぎる。空腹や疲労や怪我ならどうにかできる。定命としてまた生きていける。だが、彼らのあの喜ぶ顔を思う、それを止められない。ジョイラ、これこそ私がもっとも恐れていたものだ。見ることはできても、私自身がその成り行きを追うことはできない。私がウルザのようにならないために、君は最初から教えてくれていたな。誰も、プレインズウォーカーですら、世界を壊すことなく救うことは叶わない。その意味はわかっていると思っていた。だが今、奇妙なことだが、ずっとはっきりと理解している。あえて言うが、神のごときプレインズウォーカーが真に理解するなど不可能だ」
ジョイラは何と答えたか。この旅の中、彼女はしばしばテフェリーを突き放すような物言いをしてきました。ですが、テフェリーが真に絶望へと沈んだのなら、再び上を向かせるのはいつもジョイラなのです――それこそトレイリアの時代から。
同チャプターより訳
「あなたは今もプレインズウォーカーとして物事を見ている。覚えていて。プレインズウォーカーであっても、自分の計画を進めるために全員とすべてを制御するのは不可能なのよ。物事が自分の手を離れて勝手に進むのを予測して、無力さを感じて、違う道を辿っていたらっていう後悔に苛まれることを、この先あなたは学んでいくでしょうね」
「絶望するのは簡単。でも、定命でもプレインズウォーカーでも、あなたは考えることを止めはしない。テフェリー、まだ終わっていないわ。進むことはできる……進まなければいけないのよ」
「私はこんな惨事を防ぐために長い時を過ごしてきたけれど、むしろそのあと始末のほうにもっと時間を費やしてきたわね。どちらがいいかと聞かれたら、もちろん前者。これからジェスカが起こすかもしれない災害を軽くしかできなくても、十分にその価値はある。死んでいった人たちの力があったから。そして私たちがいるから」
考えることを、前へ進むことを止めはしない……それは救えなかった者たちへの義務でもあるのです。
そしてマダラへやって来た一行は、ジェスカが別のプレインズウォーカーらしき何者かと対面しているのを目撃しました。その男の頭上を取り巻く炎からジョイラが正体を察します。「夜歩みし者」レシュラック、氷河時代よりその名を知られた邪悪なプレインズウォーカーです。彼はジェスカの内にあるフェイジの力を求めて接触し、密かに彼女へと影響を及ぼしていたのでした。
レシュラックはジェスカを魔法で拘束すると、再び姿を現したボーラスへと決闘を申し込みました。今回はテフェリーの話ですので詳細は省きますが、ボーラスはレシュラックを打ち負かして彼をマダラの裂け目に放り込み、鉤爪の門をくぐってどこかへ去って行きました。繰り返しにはなりますが、こちらも第77回にある程度の詳細を解説しています。
そしてレシュラックの支配が解かれ、正気を取り戻したジェスカはテフェリーたちに対峙しました。ボーラスが残していった白磁の仮面を一瞥し、彼女は謝罪の言葉を告げます。ザルファーの件、ムルタニの件。それがいかに不十分かを判りながらも。確かに自分はレシュラックに操られていた、けれどそうさせたのは自分の弱さだったのです。
同・チャプター21より訳
テフェリーの表情は硬く、だがその視線は柔らかで澄んでいた。「許そう」彼はそう言って、ジェスカの頬へと強烈な平手打ちをした。ジェスカの髪が逆立ち、目がくらんだ。彼女は歯を食いしばり、だが平静を保った。
「どうして?」
「これを受けて当然の行いをしたからだよ。君が深く後悔している散々な出来事は、完全に回避できるものだった」彼はジョイラへと向き直り、わずかに微笑むと、自らの頬をそっと叩いた。「当然の行いなのは私も同じだ。ウルザも。フレイアリーズも。何かを守るために何かを破壊したプレインズウォーカー全員がそうだ。日々、諫めてくれる誰かがいてくれれば何よりなんだが」
ジョイラが進み出て、テフェリーの肩に手を置いた。「私がその役目ね。けれどそれはあと。裂け目があとひとつだけ残っていて、それを塞がなければいけないんだから」
その通り、残る裂け目はオタリアのひとつ。それを作り出したカローナ……だったジェスカはすべての責任を背負って向かおうとしますが、全員がそれを止めました。ラーダとヴェンセールが持つ新世代の力、テフェリーとジョイラが培ってきた知識と観察、それらなくして最後の裂け目を塞ぐことは叶いません。プレインズウォーカーにとってもそうでない者にとっても、決して終わりではないのです。これまでしてきたことの結果や報いは、これからもずっと続いていくのです。
ジェスカは温かで頼もしい彼らの申し出を受け入れ、オタリアにてラーダとヴェンセールを引き連れて裂け目へ飛び込みました。テフェリーはその外からテレパスで指示や助言を送りますが、やがてすべては3人だけに託されました。
この旅におけるテフェリーの最後の役割は、外からそれを見届けることでした。世界の運命が決する様を、1人の定命として、手の届かないところから。それはまるで、プレインズウォーカーという存在の手から世界が離れていく様を象徴しているかのようでした。過去回でも取り上げましたが、非常に印象的な場面ですので再掲します。
小説「Future Sight」Chapter23より訳
「ずっとこうだったのか?」
「?」ジョイラは瞬きをし、友人を見た。「どういう意味?」
「待つということだよ。見守るということ。立ち尽くすということ。無力さと不満。酷い苛立ち。君は千年間もこんな気持ちでいたのか?定命の存在が神に等しいプレインズウォーカーへと世界の運命を委ねるのは、いつもこんな気分なのか?」
ジョイラはしばし考えた。「いえ、大抵はもっと悪いわね」
「そうか……」テフェリーは杖を前後にひねり、足元の泥へその先端をうずめた、「考えたこともなかった。すまなかった」
慰みか憤激か、ジョイラは彼へと微笑みかけた。そして再び裂け目を見上げると友へと片手を伸ばした。
「許すわ、でも今は黙って。見守りたいの」
テフェリーは何も言わず、だが彼もまた手を伸ばした。ジョイラの暖かな指が掌を包むのを感じた。ともに2人は見守り、世界の運命がその手の届かぬところで決定されるときを待った。
そしてジェスカがその身のすべてを捧げ、最後に残ったオタリアの裂け目は塞がれました。ドミナリアから修復の波が広がり、多元宇宙を安定させていきました。プレインズウォーカーの灯も変質し、これまで神のごとき力を持っていた彼らは多くの力を失ったのです。また次元間ポータルのような、灯を用いない次元移動の手段はすべて機能を停止しました。世界の理を大きく変化させたこの一連の出来事は「大修復」と呼ばれるようになります。
なお、時の裂け目がドミナリア以外の次元へも影響を及ぼしていたように、大修復もまた様々な次元へと波及しました。ラヴニカ次元は長きに渡る孤立から解消されました。カラデシュ次元では(直接の関係があるかどうかは明言されていなかったと思いますが)同時期に大きな技術革新があり、霊気をエネルギーとして安全に用いることができるようになりました。
『ドミナリア』にはこの大修復を語る英雄譚があります。アートに描かれているのはテフェリー、カーン、ウィンドグレイス、フレイアリーズ。中でもテフェリーは大修復の礎であるかのように、下から3人を支えています。世界の再生を示すように伸びる一本の樹木は、同時にフレイアリーズが残したスカイシュラウドの名残を思い起こさせます……。
こうして、テフェリーから始まった修復の旅は終わりました。これからはプレインズウォークではなく、自らの足で歩いていくのです。長きに渡る友情への感謝をジョイラに告げ、新世代プレインズウォーカーとして旅立つヴェンセールを激励し(それと恐らく、彼がジョイラに好意を抱いていたことを確認し)、テフェリーは新時代のドミナリアへと歩きだしました。
11. ドミナリア
そのように『未来予知』のエピローグで晴れやかに旅立ったテフェリーでしたが、実際にはドミナリアを巡るにつれ郷愁や無力感が心を占めていくようになります。大修復のあと、ドミナリアは急速に復興していきました。マナが大地に満ちてすべてが活気を取り戻し、各地で伝統や制度が復活し、再生の新時代がやって来ました。ですが、ザルファーはそこにないのです。世界には平和が訪れましたが、そのときが来るのを待っていた故郷はないのです。
《ザルファーの歴史家》 フレイバーテキスト
「ここへ来て聞きなさい。時に敗れた国と、その原因となった男の物語を教えよう。」
それだけでなく、テフェリーがドミナリアからザルファーを切り離した際に取り残された者、家族や友人を失った者が数多く存在します。国家ひとつを消し飛ばしたテフェリーは「ザルファーの破壊者」「ザルファーを奪った時間の魔導士」として糾弾され、素性を隠して生きる必要にかられました。
ザルファーを時の中に閉じ込めた際、テフェリーに迷いはありませんでした。ですが華やかな新時代を謳歌するドミナリアを見て、彼は疑問にかられます――あれは本当に正しい判断だったのだろうか、と。
ザルファーは生き続ける、それを滅ぼす程の争いから隔てられ守られて。だが近年、その考えは次第に、良くても利己的なものだったのではと感じるようになった。当時は正しい決断だったに違いない。今は不確かだった。
それに対して何かできるわけでもない。内心の議論に、彼は弱気に言い聞かせた。自分のプレインズウォーカーの灯をもってシヴの裂け目を修復し、破壊的な災害を防いだ。そして今の彼にザルファーを戻す力はなかった。
そのように思い悩むテフェリーですが、一方で定命としての幸せを手にしました。彼は旅の途中、スビラという女性に出会います。立ち寄った街で起こった事件から、彼女は当初テフェリーを殺人者だと考えていましたが、そうでないと判明するとすぐに2人は打ち解けました。スビラはザルファーに縁者はなく、また侵略戦闘の様子を書物や残骸から把握しており、当時のテフェリーの決断に理解を示しました。このエピソードの詳細はMagic Story『ドミナリア』編 第7話にて語られています。そしてスビラ自身も、『基本セット2021』にてカード化されました。
公式記事「The Lore of Core Set 2021 on the Cards」より訳
タルジーディの隊商、スビラ
テフェリーの妻スビラは、タルジーディの隊商を率いてジャムーラを旅しています。この隊商は姿を変えながらも何世紀も存続してきたものですが(ミラージュ戦争、ファイレクシアの侵略、時の裂け目も生き延びました)、スビラの下でこれまでになく成功しています。
赤単なんですね。ジョイラは青赤ですし、テフェリーは赤の女性に惹かれるのでしょうか。やがて2人は結婚し、娘ニアンビが生まれました。少しするとスビラは再び隊商に戻り、テフェリーは妻の帰りを待ちつつニアンビを育てました。穏やかで幸せな生活、ですがザルファーを忘れたことはありませんでした。いくら後悔してもザルファーは戻ってこない、ならば別の手段を探そう……日々成長する娘を見守りながら、彼はそう考えるようになりました。
そして大修復から60年を経て、テフェリーの過去が追い付いてきたのです。
復興と繁栄を謳歌するドミナリアですが、かつてオタリア大陸にて栄えた陰謀団が《悪魔王ベルゼンロック》のもとで息を吹き返していました。ジョイラはウェザーライト号を修復し、陰謀団と戦うためにテフェリーの協力を求めてやって来ました。それだけでなく、船にはテフェリーが初めて出会うプレインズウォーカーたちが同乗していました。ギデオン・ジュラとリリアナ・ヴェスです。事情を説明する中、テフェリーが同じ元旧世代プレインズウォーカーであるリリアナにかけた言葉はとても染みます。
テフェリーは眉を上げ、だが優しく告げた。「ああ。だが聞いてくれるかな。私は過去の過ちを何度も清算してきた。不老不死のプレインズウォーカーとして長い人生を過ごしたなら、その過ちは大規模なものになりがちだ。なかったことにはできない、けれど努力すればその行いを償うことはできる」
テフェリーの言葉がリリアナの痛いところを突いたのがわかった。リリアナは不機嫌そうに顔をしかめて視線をそらした。
テフェリーは彼らの協力を得てまず自身の問題を片付けると、打倒陰謀団のためにウェザーライト号に搭乗しました。そしてカーンとも再会し、彼が今もファイレクシアを見据えていると知ります。それは意外ではありませんでしたが、同時にジョイラから差し出されたものはとても意外でした。ひとつのパワーストーン、その内に閉じ込められたものが何かをテフェリーは即座に悟りました――かつて失った、自分の灯です。
彼女は首の護符に触れ、それを開いた。中には小さなパワーストーンが、淡い光に輝いていた。スランのマナ・リグにて、自らの手で作ったもの。それはテフェリーのプレインズウォーカーの灯を保持していた。
同・第9話より引用
ジョイラが首飾りを手にしてそれを開くと、テフェリーは言葉を失った。そして目を見開いた。
「決して忘れたことはないわ」厳めしく見つめながら、ジョイラは言った。テフェリーの目にパワーストーンが映し出されていた。彼は即座にそれが何なのかを悟った。まるで自分を呼んでいるかのようだった。
カーンが身をのり出してそれを見つめた。「君の灯なのか?」
テフェリーは額に皺を寄せた。「どうやってこれを?」
「あのマナ・リグで」彼女はそれをテフェリーへと差し出した。「これを取り戻す気はある?」
テフェリーは口を閉ざし、後ずさった。そして眉をひそめ、顔をそむけた。「ジョイラ、難しいことを言ってくれるんだな」
『時のらせん』で一度は灯を失ったテフェリーがどのようにそれを取り戻すのか、というのは『ドミナリア』の物語でも注目のトピックでした。答えは「ジョイラが灯を回収して渡す」。そもそもなぜジョイラはテフェリーの灯を返そうと思ったのか。具体的にどうやって灯を回収したのか、それがどれほど困難だったのかは語られていません。ですが、シヴを救ってもらったのだから、ザルファーを取り戻す手伝いをする、ジョイラからのせめてもの礼なのかな……と私は思います。
テフェリーは一旦返答を保留しますが、ニコル・ボーラス打倒を目指すギデオンたちの話し合いの後、心を決めました。
彼は沈みゆく太陽を見た。水平線がその光を受けて黄金色に輝いていた。「君の新しい友人たちは知っているのかい、私がかつてボーラスと戦ったことを」
「いいえ。それにあなたの灯を返そうと決めた時、ボーラスと戦おうとしているプレインズウォーカー達に会うとは思わなかった。その所は想定外よ」
「ならば運命なのかもしれないな、円環を描いて戻ってきたということか」
ボーラスはかつて戦った相手。そして次元を渡る力は、ザルファーを取り戻すという目的へ向かうための大いなる手段となるはずです。それを拒むのは、かつての自分と同じく傲慢なことのように思えました。それだけでなく、あとで判明しますが今やテフェリーにはこのドミナリアに娘だけでなく孫や曾孫までいます。ボーラスが生きていたら、いずれ故郷にまでその影響が及ぶことは間違いありません。溜息をついて手を差し出し、テフェリーはジョイラから灯を受け取りました。
ドミナリアの英雄。テフェリー自身は、自分を英雄などとは思っていないでしょう。ドミナリアの歴史とともにあったプレインズウォーカーが、善き心や卓絶した力をもって、これからは英雄として多元宇宙を舞台に活躍していく……そんなニュアンスなのかな、と。
ウェザーライト号は陰謀団の要塞へと攻撃をしかけ、テフェリーは時間の流れを操ってギデオンとチャンドラの侵入を助けました。2人は目的のひとつである《再鍛の黒き剣》を手に入れ、さらにリリアナによってベルゼンロックは倒されました。戦いが終わると、テフェリーは若きプレインズウォーカーたちとともに旅立つことになりました。
取り戻した力をもって守るべきもののために戦い、同時に自らの過去と向き合っていく。そう決意したテフェリーが、志を同じくするプレインズウォーカーのチームに入るのは当然だったのかもしれません。元々、社交的なタイプですしね。
ところで「誓い」サイクルのカードは、そのフレイバーテキストが各人の宣言文となっています。そしてカードに引用されているのはその締めの部分であり、全文は物語の方で参照できるのが通例です。《テフェリーの誓い》の全文は『ドミナリア』ではなく、『灯争大戦』の小説にありました。ウェブ連載版でも同じでしたのでそちらを引用します。
「太古の昔より、強者は弱者を蝕んできた。決して繰り返させはしない。失われ忘れられた者たちのため、私はゲートウォッチであり続けよう」
「ゲートウォッチになる」ではなく「ゲートウォッチであり続けよう」なのは、ボーラスとの最終決戦前に各々が再度誓いを立てる場面なので。原文は「I will keep watch.」で同じなんですけどね。話好きで詩的表現も巧みなテフェリーが、ここではあえて短くシンプルな宣言をしている。心からの決意の言葉をむやみに飾り立てる必要はない、ということなのかもしれません。あと余談ですが、《テフェリーの誓い》は白青の伝説枠と背景の空が繋がってナチュラルに拡張アートみたいになっているのが好きです。
12. 灯争大戦とその先へ
話中の時間では『ドミナリア』の直後(これは諸説ありますが、少なくとも灯争大戦の小説では直後のようです)。ラヴニカ次元で《次元間の標》が起動されるとゲートウォッチは即座にそれを感じ取りました。ついに来たるべきときが来たのです。テフェリーもゲートウォッチ仲間や協力者(ヤヤとカーン)とともに、すぐに現地へと向かいました。
《次元橋》からボーラスの殺戮兵器がなだれ込み、ラヴニカ人や標に呼び出されたプレインズウォーカーが応戦します。このかつてない大戦におけるテフェリーの主な役割はというと、意外にも作戦立案ではなく実戦闘のほうでした。時間魔法を用いて永遠衆の動きを鈍らせ、味方が容易に倒せるようにする。また《次元橋》とその周囲の時間を操り、アモンケットからの敵の流入速度を遅らせる――というものです。派手な活躍ではないかもしれませんが、実際には非常に効果的だったようで、戦いの様子を観察するジェイス視点の描写がこちらです。
小説「War of the Spark: Ravnica」チャプター30より訳
そしてテフェリーは?彼は時を歪める波を放ってラゾテプ製の追跡者たちの動きを鈍らせていた。あるいは、ほかの全員を合わせたよりも多くの命を救っているかもしれない。
さらに戦いの後半、テフェリーはリリアナ殺害作戦に加わりました。それはジェイスの指揮でテフェリーがリリアナの時間を遅らせ、ヤヤが紅蓮術を、ビビアンがアーク弓とそこに込められた動物の霊を放つというもの。各々の魔法はリリアナを正確に狙い、命中しますが、《鎖のヴェール》に込められた霊がそこに介入して彼女を守りました。
そしてボーラスも未だリリアナは有用と考えたのか、テフェリーたちがそれぞれ立つ屋根の上へと魔法攻撃を浴びせました。足元が崩れ、このままでは4人とも落下死するところを、テフェリーの時間魔法が救いました――しかし、作戦は結局失敗に終わりました。
ああそうだ、リリアナといえばひとつ思い出したものがあります。
動画では、逆回しの演出がされている……つまり時間の流れが戻っている。これはリリアナの極めて重要な局面においてテフェリーが関わってくるのでは?というような噂もありました。ですが特にそういうものはありませんでした。リリアナが心を変えたのは「永遠にボーラスの下僕として生き続けるのは死ぬより嫌」と悟ったことによるものでしたし。そういえば『エルドレインの王権』トレイラーも、あのジンジャーブレッドの2人はウィルとローアンの暗示なのかと思いきや別にそうではなかったな……。
話がそれました。このあともテフェリーは時間魔法を用いて戦い続けました。最後の地上戦においても、多くのラヴニカ人をサポートする様子が見られたのです。ゲートウォッチの中でボーラスともっとも古くから面識があるのがテフェリーなのですが、結局最後まで再戦や会話はありませんでした。まあ、見えていないところで仲間たちに助言くらいはしていたと思います。何せ、かつてボーラスと戦って生き延びたというのはとても大きいのですから。
戦いはボーラスに反逆したリリアナが、ギデオンの犠牲に助けられてボーラスを倒しました。ゲートウォッチはその翌朝、ギデオンを弔うためにその鎧を持ってテーロス次元へと向かいました。テフェリーもギデオンとは短い付き合いでしたが、言うまでもなく同行しました。
とはいえ、今回の記事で重要なのは葬送のあとです。カーンはドミナリア次元で合流して以来、ゲートウォッチには加入せずとも協力を続けていましたが、ここで自らの目的へと戻るつもりでした。そして今度はテフェリーが手を差し伸べる番です。
小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター33より訳
「寄り道をしすぎました」カーンはきっぱりと言った。
「だが少なくとも聞かせてくれないか、君の心づもりを」とテフェリー。
アジャニも頷いた。「それほどの大事であれば、周到な計画が必要とされるでしょう」
テフェリーが続けた。「ぜひとも、私の娘ニアンビの家に招きたいのだがどうかな。ドミナリアのフェメレフにある。そこで実行可能な作戦を練ろう」
「それはとてもありがたいですね」とアジャニ。
カーンは優に5秒間考え……そして短く頷いた。「では」
昔からの敵、ファイレクシアは遠い次元で今もはびこっている。そこへ昔からの友であるカーンが向かおうとしているのです。再び次元を渡れる今、テフェリーに協力しないという選択肢はありません。チャンドラとニッサ(ジェイスは先にラヴニカへ戻った)へと短く再会を約束して、テフェリーはドミナリアへと帰っていきました。
というように、「カーン、アジャニとともにファイレクシア対策会議のためにドミナリアへ向かった」。テフェリーの物語は今のところ、ここで終わっています。やはり、いつか新ファイレクシアへ戻るときがやって来るのでしょうね……なお、来年で『新たなるファイレクシア』から10年になります。
13. おわりに
プレインズウォーカーとは何なのか、どのような存在なのか――プレインズウォーカーの定義は大修復を経て大きく変化しました。そしてマジックというゲームが歴史を重ね、そして物語が続いていく中で、プレインズウォーカーというものに対する意識もまた変化してきました。話中の登場人物たちにとっても、私たちにとっても。
《消耗した全能》 フレイバーテキスト
多元宇宙を救った大修復は、同時にニコル・ボーラスの力を磨り減らした。
もはやプレインズウォーカーは、神のごとき全知全能の存在ではありません。そしてボーラスやリリアナといった「元・旧世代プレインズウォーカー」はかつての力を惜しんでいましたが、真っ先にその力を失った、それも自ら進んで命すら投げ出そうとしたテフェリーはそうではありません。彼は当時の決断を後悔し、故郷ザルファーを元に戻す手段を探しこそすれ、「かつての力を取り戻したい」とは望んでいないのです。
《選択》フレイバーテキスト
テフェリーのプレインズウォーカーの灯を受けて水晶が明滅していた。ジョイラが与えたのは恩恵なのか、それとも呪いなのだろうか?
《曲がりくねる川》フレイバーテキスト
「この世界のあらゆるところで傷が癒えてきているわ。次はあなたの番じゃないかしら?」――ジョイラからテフェリーへ
ジョイラもまた、プレインズウォーカーという存在に人生を翻弄されてきました。『時のらせん』ブロックでは、友人ではありながら神のごとき力を持つテフェリーを常に厳しい目で見続けていました。それが今では、灯を取り戻して多元宇宙へ旅立つようにとテフェリーを激励しているのです。Magic Story『ドミナリア』編では、もし自分もプレインズウォーカーだったら……というような気持ちすら見せていました。
プレインズウォーカーというものの変化、それに伴う周囲の意識の変化。テフェリーはその変化とずっと付き合ってきたとても稀なキャラクターです。ある意味でマジックの歴史を体現していると言ってもいいでしょう。
私自身、24年前の『ミラージュ』で出会ったテフェリーと今でも付き合いが続いているというのはとても不思議な気分です。でもこれは悪いものではないなと。強くて賢くて落ち着きもあって、機知とユーモアに溢れた心優しい年長者。ゲームでも物語でも、年若いプレインズウォーカーたちを見守りながら活躍を続けてくれるのだろうな、と思っています。
それではまた次回。何か新しいものの話をしたいですね。
(終)