あなたの隣のプレインズウォーカー ~第107回 『灯争大戦』後日談 リリアナ対決編~

若月 繭子

はじめに

こんにちは、若月です。速やかに前回の続きを!

戦慄衆の将軍、リリアナ

ドミナリア、故郷カリゴへと逃亡したリリアナ。生家へ辿り着くも、廃墟であるはずのそれは綺麗に再建されていました。彼女を追うケイヤも、テヨとラットを連れてカリゴに降り立ちます。リリアナ・ヴェスが現地の人々を虐げているという情報を耳にしますが、そこで見たのは、首輪をつけられて召使として働くリリアナ本人の姿でした。館に潜入したラットによれば、リリアナの偽者が現れ、その悪名を利用して陰謀団を再興しようとしているというのです。

短い遭遇を経て本物のリリアナは正気を取り戻し、ケイヤたちに言いました。自分を殺す前に1つ、頼みたいことがあると。

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12. リリアナとリリアナ

暗殺者にナイフを突きつけられ、ようやくリリアナは何があったのかを思い出しました。

召使の住居で話を聞いたあと、行くなという助言を無視しリリアナは館に直行します。そして広々としたサロンにて、客人たちの前で偽者に対峙したのでした。ヴェス家の新たな女主人は薄汚れた装いのリリアナを軽蔑の眼差しで見ると、追い払うよう護衛のゾンビへと指示しました。リリアナは屍術でそのゾンビを掌握しようとしますが、それが幻影だと気づきます。それを彼女は告発し、結果として客人たちは女主人へと疑いの目を向けました。

すると突然、女主人が首に下げたネックレスが反応しました。それは輝きだし、発した煙が「ゾンビ」たちの身体へ吸い込まれたかと思うと、不意にゾンビは肉体を持ってリリアナを掴み、膝をつかせました。客人たちは女主人への疑いを解き、笑い声を上げます。リリアナの屍術をもってしても、そのゾンビを支配することはできませんでした。リリアナは顔を上げますが、その視線は偽者の背後に定められました。

そして誰も気づいていませんでしたが、バルコニーに鴉が集まっていました。すぐに、それは鴉の男の姿へと形を変えたのです。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター55より訳

リリアナだけに聞こえる声で、その男は尋ねた。『膝をついているのは真のリリアナ・ヴェスか?』

リリアナは一切答えようとはせず、ただ睨みつけた。

『殺されるつもりか?生きる意志だけでなく自尊心までも失ってしまったのか?今なお、この屈辱を受けながら何の行動もとらないのか?この女性と友人たちに膝をつかせるのだ。君には力がある!ヴェールを使え!そのために私は君がそれを手に入れる算段をしたのだ。常に自らの身を守れるように』

『身を守ってお前に支配されるのはごめんよ!』

この男は自分を生かしておきたがっている、けれどそれは利用するため。リリアナはそう知っていたので、従うことを拒否しました。たとえそれが自殺を意味するとしても。

首輪だけでは足りない、心を拘束しなさい。女主人はそう虚空へ命令しました。鴉の男はリリアナにだけ聞こえる声で行動を促しますが、彼女は応じませんでした。されるがままに魔法をかけられ、速やかに首輪をはめられてしまいます――鴉の男の下僕とならないために。

偽者はリリアナが握りしめる石に気づき、手渡すように命じました。自動人形のようにリリアナが従うと、偽者は即座に本の表紙と同じ黒髪の美女から、鼠色の髪をした老女へと変貌してしまいました。

客人たちは驚き、その老女(それでもリリアナの実年齢よりはずっと若い)はすぐさま宝玉を投げ捨て、それまでの姿に戻りました。すぐに冷静さを取り戻してこう言います。これは触れた者の最悪の恐怖を映し出す。認めざるを得ないが、自分は何世紀にも渡って若さと美を保持している一方で、時の流れを怖れている――と。その宝玉は召使が布に包んで回収し、偽リリアナは晩餐の間にそれを持ってくるように言いました。そして本物のリリアナには、庭仕事をするように命じたのでした。

ようやく我に返ったリリアナでしたが、心のどこかでそれを歓迎していませんでした。このあまりに大きな罪悪感は、庭仕事よりも遥かに酷い拷問のようなもの。それでも今、怒りという感情はありがたく思えました。

同チャプターより訳

彼女はケイヤという女性にゆっくりと視線を移し、穏やかかつ冷たい声で告げた。「1つ、お願いというか提案よ。私の偽者を倒して惨めな最期を与えるのを手伝って。故郷の人たちを解放するのを手伝って。そうすればこの喉をかき切らせてあげる、私に二言はない」その言葉の途中で、首輪が熱を帯びはじめた。熱いが、それはまだ警告に過ぎなかった。

ケイヤの表情が驚きへと変わったのがわかった。慌てた返答を彼女は口にした。「あ……あなたのような人の言葉を信じていいのかどうかわからない。それに、私たちの仕事に関係があるとは思えない」

テヨという少年が割って入った。「ですが、そうするべきじゃないですか?」

返答はなかった。2人はリリアナの背後へ視線を移し、待った。

そしてケイヤはかぶりを振った。「いえ、それは優先事項じゃない。それにあなたがどんな約束をしようと、それを重んじる誓いは立てていない」

「ケイヤさんはラヴニカで誓いを立てたじゃないですか。ここの人たちをジンとその主人のいいようにさせてはおけません」

死者の災厄、ケイヤ盾魔道士、テヨ

追手の2人は黙り、リリアナの背後へと視線を向けます。ケイヤが何かを諦めたように呟き、テヨは笑いをこらえました。何が起こっているのか、リリアナにはわかりませんでした。それでもケイヤは、ひとまずその申し出を受けると返答しました。リリアナは、自ら首の皮膚を壊死させて首輪を無力化し外そうとしますが、ケイヤが止めました。偽者に接触して倒すために、それを付けたままでいてもらう、と。

13. ランプのジン

館の客人たちが帰っていきます。ラットは最後の1人が玄関を出る瞬間に扉の隙間から忍び込み、一方ケイヤは幽体化して難なく壁を抜けすでに侵入していました。

誰もいなくなったところで、偽リリアナはボーラスの宝玉に指先を触れました。すると即座にその姿は灰色の髪をした老女へと変化してしまったのです。ですが、指を放すと再び「ヴェス家の没落」の表紙そのままの女性の姿に戻りました。偽者は安堵の溜息をついて階段へ向かおうとしますが、そこで本物のリリアナがテヨを伴って玄関から入ってきました。呼んでなどいない、と偽者は罵声を浴びせますが、リリアナは無言で支配されているふりを続けます。

反応がないため、偽者は代わりにテヨへと問いただします。この女性に会ったので食べ物を分けて欲しいと言ったら、何も言わずにここへ連れて来られた――そう彼は答えました。演技としては下手、けれどラットが見るにその不安そうな様子は逆に真実味がありました。

つまり新しい召使を連れてきた、偽リリアナはそう解釈して機嫌を良くします。どんな仕事ができるのかを尋ねられ、テヨは再びしどろもどろに返答しました。その隙にラットが偽者に近づき、首飾りを奪うという作戦です。しかし、偽リリアナは何かがおかしいと感じたのか、本物をじっと見つめました。迅速に動かなければ。ラットは近づき、巧みな手つきで首飾りを奪い取りました。

サファイアから煙が発せられ、ですがテヨは身構えていました。手の一振りで青い煙を光の球に閉じ込めました。本物のリリアナも操られているふりをやめ、そしてようやく偽リリアナは状況を察知します。すかさずケイヤがバルコニーから飛び降り、偽者の背後から喉元にダガーを突きつけました。

サファイアを壊せばジンは解放される。テヨの叫びを聞いてラットは壊せるようなものを探し、「ヴェス家の没落」とあの宝玉が置いてある堅木のテーブルに全力で叩きつけました。サファイアにひびが入りますが、砕けるには至りません。リリアナもその様子を見ますが、テヨが一体誰と話しているのか、何が起こっているのかわかりませんでした。

ラットがもう一度叩きつけると、サファイアは粉々に砕け散りました。幻影のゾンビは姿を消し、偽リリアナは老女の姿に変化します。すると宝石の欠片から、凄まじい量の煙が湧き出しました。

ここでテヨは計算違いに気付きます。彼はジンを捕えたと思っていましたが、それはジンのごく一部に過ぎなかったのです。ゴバカンで見聞きしたどのようなジンよりも、それは巨大でした。

建物の中に巨大な雲が沸き、テヨは光球を維持しつつ盾を張ろうとします。ですがそのとき、裏口から1人の召使が入ってきて、目の前の様子に悲鳴を上げました。テヨがその声に驚いた瞬間、雲から稲妻が放たれて彼の盾に命中し、それは砕けてテヨは吹き飛ばされてしまいます。顔を上げると光球もまた消えており、煙は巨体のジンと化しました――青い皮膚、青く輝く両目、尖った耳、刺青、長い黒髪に口髭。ジンはテヨを見下ろし、声を響かせました。「このザヒード、報復してやろう!貴様ら全員に!」

ランプのジン、ザヒード

テヨが奮闘する一方、ラットはテーブルの上の宝玉を見つめていました。ボーラスのあの宝玉。この身の、不可視の呪いを癒す手段がそこにあるのです。我慢できず、彼女はそれを取り上げました。何か変化があったとしても、元より見えるテヨとケイヤは気付きません。ですが、偽者と召使の表情からはわかりました――自分を見ている!そのとき、知らない声が不意に心の奥深くに届きました。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター64より訳

ラットは辺りを見渡した。一瞬、その声はジンのものだと思った。そして視線を落とし、この宝玉から来ているのだとなぜかわかった。確認のために、彼女は思考を返した。『私に話してくれてるの、卵さん?』

『いかにも。我はこの精霊石の精髄』

『すごい!この石すごいね!けど、あのおっかないドラゴンがこんないいもの持ってたなんて、信じられなくない?』

『あやつが盗んだのだ。そしてその真の力を認めず、理解もしなかった。だがそれでもあやつに影響しておった』

『あいつの本当の姿を見せつけてたってことでしょ?』

『まったく持ってその通り。その精霊石は持ち主の真の、最高の姿を明かす。ボーラスのそれは、やはり悪夢であった。だがおぬしには……』

『この呪いが解ける!』『今のところは』『え、そのうち力がなくなっちゃうの?』『おぬし以上にそれを必要とする者がおる』

卵はリリアナのことを言っている――なぜかそうわかりました。ラットは手の中の宝玉を見つめます。これがあれば、普通の人生が送れる……。

同チャプターより訳

『決めるのはおぬしだ。好きに使うがよい。真の、最高のおぬしは何と言っておる?』

ラットは黙っていた、それはとても長い時間に思えた――だがきっと、長くなどなかったのだろう。

『汚いよ、卵さん』

彼女は顔を上げ、呼びかけた。「リリアナさん、これを!」そしてその卵を放り投げた。

私より必要だって思うんだよね。

煙にぼやけた視界の中、自分を呼ぶ声をリリアナは耳にしました。振り返ると、それまで誰もいなかった場所に女の子が立っています。その子はボーラスのあの石を掴んでいましたが、それが手を離れるや否や姿を消しました。反射的にリリアナは投げつけられたそれを受け取り……すると不意に、目の前に何かの姿が現れました。

そこには、透き通ったドラゴンが浮遊していました。ボーラス……ではありません。角の形と、雰囲気も異なっています。ですが驚くほどよく似ていました。霊?幻影?あるいは妄想でしょうか。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター61より訳

『そのすべてかもしれぬ』声がリリアナの精神へと直接響いた。またも、その声は優しく、そしてボーラスよりも明らかに無害だった。

それでもやはり、とてもよく似ていた。

『驚くべきことではない』そのドラゴンは続けた。『我が名はウギン。精霊龍にして、ニコル・ボーラスの、さほど邪悪でない片割れであるよ』

人知を超えるもの、ウギン

安心をくれるような声に威圧感はありませんでしたが、リリアナは警戒しました。ボーラス、4体の悪魔、ヴェールの霊、鴉の男。自分を利用しようとした者たち。リリアナの心情を察し、ウギンはすぐ本題に入ります。

同チャプターより訳

『おぬしが手にしておる精霊石は我が精髄から作り出され、我が霊をおぬしのもとに呼び寄せた』

『ボーラスのものでしょ』

『ボーラスが後に自らのものとしたのだ。驚くべきことではあるまい』

『そうだけど……』

『その石が我らを繋いだ。これを投げて寄越したあの娘は、多くを犠牲にしておぬしへと託した。この機会を無駄にするでない』

『機会?』

『この石は、今やボーラスの影響から清められておる。リリアナ・ヴェス、おぬしが真の、最上の姿となる力を与える。だがそれを願わねばならぬ。おぬしが選ぶのだ』

『選ぶって何を?』

『ギデオン・ジュラが信じたおぬしの姿、であろうか?』

『やめ……やめなさい、あいつを持ち出すのは!あいつはもう十分に――』

『あの者はどのようなおぬしを願ったであろうな、リリアナ・ヴェスよ』

『やめなさいよ……』

ウギンは黙り、待った。

『あいつは……あいつは私に……』

ウギンは頷き、ゆっくりと消えていった。

『ちょっと。待ちなさい!どこへ――』

というところで、リリアナは現実に戻ります。あの透明なドラゴンとの邂逅が本当にあったのだとしても、時間は進んでいないようでした。テヨはよろめき、そこにザヒードが迫っています。ザヒードは復讐を口にしますが、誰が自分を捕らえていたのかはわからない様子でした。それを見て、リリアナの心の中の何かが彼女を促します――この少年を守れ、と。

自分自身に驚き、リリアナは手にした石を一瞥しました。この少年を守りたいと思ったのです。自分を殺しにきたプレインズウォーカーの1人を。なぜそう思ったのかはわかりません。何かに、ウギンに、この石に影響されている?リリアナは雑念を振り払い、考えました……違う。この子は私の暗殺をやめさせようとしていた。私を守ろうとしていた。だから……私はこの子を守りたい。そして、そのためには。

一方のケイヤ。思わぬ事態に彼女は偽リリアナを放り出してジンへと飛びかかり、背中から突き刺しました。痛みにジンは悲鳴を上げ、巨大な拳で彼女を殴りつけました。ケイヤは長椅子に叩きつけられてうめきます。テヨが勇敢にも片手を伸ばし、再びジンを光球に捕らえようとしましたが、煙の一部が逃れて内外から圧力をかけました。

そこでリリアナが、本物のリリアナが声を上げました。ジンを放しなさい、と。ケイヤが見ると、彼女は永遠衆を制御していたときのあのヴェールをまとっていたのです。ジンを解放しなさい、とリリアナは繰り返しテヨは渋りますが、ラットに促されてその言葉に従いました。光球が消えて、すぐさまザヒードはテヨに迫り――そしてヴェールの霊に阻まれます。何百体、いや何千体。ケイヤが唖然とする中、霊たちはジンの手からテヨを守っていました。ザヒードが腕を煙に変えると、それは霊たちの口へと吸いこまれていきました。生命力を吸い取っているのです。

鎖のヴェール

同・チャプター62より訳

ラットが尋ねた。「あなたの、それともヴェールの力ですか?」彼女はテヨを突き、その質問を繰り返させた。「それはあなたの力、それともヴェールのですか?」

再び、冷たい声の返答があった。「このヴェールとオナッケの霊は私の力を高めてくれる、けど呪文自体は私のものよ」

ラットがテヨに続けた。「やめてって言って……」

彼はラットの言葉を正確に繰り返した。「やめてください、そのジンも犠牲者です。怒っているだけなんです。死なせてしまってはいけません」

ケイヤは恐る恐るリリアナに近づいた。屍術師の額には汗が浮き、顔面の筋肉は張りつめていた。何かに耐えているようで、だがそれはオナッケの霊に対してなのか、ザヒードに対してなのか、自身の最悪の衝動に対してなのかはわからなかった。

それでも、テヨを介したラットの言葉は届いているようだった。「1つの過ちを別の過ちで正すのは駄目です」若者2人は続けた。「情けをかける方法があるはずです」

リリアナは陰気な声で呼びかけた。「ザヒード、この子の言葉を聞いた?私たちは敵じゃなくて救い主なのよ。あなたを自由にしてあげる。自由と慈悲をあげる。けどそのためには1つ条件があるわ。カリゴとその住人に関わらないで――それと私たちにも」

痛みをこらえながら、ジンはリリアナを睨みつけ、頷いた。「よかろう――だがこちらにも1つ条件がある。リリアナ・ヴェスを貰おう」

その言葉に、3人がそろってリリアナを見ます。鎖のヴェールに隠れていても、ごく小さな頷きがわかりました。前に彼女は進み出ると、生贄となるように首を垂れました――

同チャプターより訳

だがそのとき、もう1人のリリアナが叫んだ。「お前の手になどかかるものか!私は恐るべきリリアナ・ヴェスなのだから!」

そのときようやく、本物のリリアナは――ケイヤ、テヨ、ラットは言うまでもなく――ザヒードが実際に誰のことを言っているのかを把握した。リリアナは一歩下がり、ケイヤにはその冷酷な笑みが見えるようだった。彼女は首輪を外し、その下の黒化した皮膚を見せた。そして「リリアナ」へと近づき、偽者とケイヤにだけ聞こえる小さな声で囁いた。「お馬鹿さん……私がリリアナ・ヴェスなのよ」

偽リリアナは不可解だというように見つめ返した。そして疑うように。やがて真実を把握した――恐怖とともに。「馬鹿な、そんな!お許しを!」

リリアナは名も知らぬ偽者に背を向けると、ジンからヴェールの霊を引きはがしました。苦痛から解き放たれてザヒードの態度はようやく和らぎ、リリアナたちへと短く感謝を告げますが、続いて炎の拳で偽者を掴みました。生きながら焼かれる悲鳴が上がり、本物のリリアナは燃える瞳でその様子を見つめます。ラットが叫び、ケイヤが遅れて飛びかかると偽リリアナを長ナイフで刺し、その苦しみを終わらせてやりました。一連の様子を見つめていた召使の女性は驚き、ザヒードは咆哮してケイヤに殴りかかります。ですが彼女は身構えており、幽体化してそれを通過させました。ジンはしばし憤慨していましたが、やがて天井を突き破って飛び去って行ったのです。

そして長い沈黙のあと、本物のリリアナは苦労の末にヴェールを外しました。

14. ケイヤの判決

ケイヤとテヨは召使の老女カリーナの首輪を外すと、「リリアナ・ヴェスは死んだ」と広めるよう告げました。話はすぐに伝えられ、召使たちは首輪を外して逃げ出しました。

リリアナが願った復讐は果たされ、カリゴの人々は解放されました――つまり、取引を終えるときが来たのです。館から出るとケイヤとリリアナは危なっかしく睨み合い、すぐさまラットとテヨが割って入りました。リリアナを殺すのは正しいことではない、そう2人は言いますがケイヤはそこまで確信していませんでした。リリアナも、覚悟は済んでいました。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター64より訳

ラットが隣にやって来た。「待ってください、ケイヤさんの見方は間違っています。確かにこの人は完璧じゃないけど、もっと悪い人になっていたかもしれないんです」

「それはこの人を生かしておく理由にはならないわ」

「誰と言い争ってるの?」

ラットは鎖のヴェールが入った袋を指さした。「ヴェールを使ってザヒードさんを殺せたはずです。私たち全員だって殺せたはずです。けどそうしなかった。説得したのは私たちだけど、この人はずっと正しい選択をしてきました。ええと、最後まで。あのドラゴンに対して最後に正しい選択をしたのと同じです。この人、償おうとしているんです。私にはわかります」

ケイヤはかぶりを振った。「ラット、そんなことがどうしてわかるの?」

あのときボーラスの宝玉を掴んで、宝玉からの声を聞いて、ラットはそう信じたのです。だからこそ、あの宝玉をリリアナへと投げたのでした。そしてこのやり取りに、リリアナはようやく気づきます――自分には見えていない誰かがこの場にいると。

同チャプターより訳

「わかったわ。つまりあなたたち2人は見えないお友達と話してるのね?その子はどこにいるの?ここ?」リリアナはラットの方向へと目を狭めた。そして不意に両目を大きく見開き、唖然とした。「あなたが!ウギンの――精霊石を投げてくれた子!」

ラットの心臓が高鳴った。彼女はぎこちないお辞儀をし、そして宝玉を指さした。「私は卵さんって呼んでます」

「待ってください、見えるんですか?」とテヨ。

「見えるわ」

ラットは心から興奮し、飛び跳ね、髪のベルを鳴らした。「すっごいことですよ。いきなり見えるようになる人は珍しいですし、そもそも見えてくれる人だってたくさんはいないんですから、アレイシャ・ショクタっていいます。けどラットって呼んでくださいね。みんなそう呼んでますから。ラットって私にぴったりですよね?ラヴニカ生まれで、プレインズウォーカーじゃないです。だから私がここにいるのってすごいことだと思いません?けどケイヤさんが連れてきてくれたんです。思うに、何か理由があって私は連れてこられたような気がするんですよ。で、それは多分リリアナさんのためだったのかも。私のことが見えて声が聞こえるのって、いいしるしだと思うんです。ケイヤさんもそう思いません?」

全員の目がケイヤに向けられます。彼女は驚いて呆然としていましたが、ゆっくりと頷きました。そして、ケイヤはリリアナを見定めるために問いかけました。その行動について、最初から。長いですが、この場面は一通り訳します。

同チャプターより訳

「あなたはゲートウォッチだった、けれどあのドラゴンのもとに行った。それはなぜ?」

「あいつは契約で私の魂を掌握していたの。逆らったら確実に死んでいたわ」

「でしょ?」ラットが割って入った。「それでもあいつに逆らった!」

「黙って、ラット。私が話してるの」ケイヤはリリアナを睨みつけたままでいた。「だから自分のためにほかの人たちを犠牲にした?」

「ええ。けど……」リリアナは息すらつかずに返答した。だがそこで彼女は息をついた。いや……違う。単純に、喋るのをやめていた。

「けど?」

「言い訳をする気はないわ。自分のためにほかの人たちを犠牲にした」「けど?」

彼女はうつむき、芝生に向かって語りかけた。「けど……殺戮を抑えようとはした。ボーラスは永遠衆を使って殺せって強要した。だけど私は命令に逆らわない範囲で、永遠衆に少し圧力をかけたというか指図をしたのよ。そして建物の中に入らないようにした。戦えない人たちは建物の中にいるものでしょ?」

テヨが言った。「その通りです。永遠衆は建物に入りませんでした。僕たちはそれですごく助かりましたよね、ケイヤさん」

「ええ、その通り。けれど古呪は?あれについては知っていたの?」「ええ、今朝に」「けれどそのままプレインズウォーカーたちを死なせていった……」「私自身が死ぬよりは。それはもう言わなかった?」

「古呪が唱えられたあとは、永遠衆はプレインズウォーカーを追って建物に入っていったけれど」

「それは呪文の効果であって私のせいじゃない。灯が永遠衆を引き寄せたのよ。私はそれを煽りはしなかったけれど、止めもしなかった」

「なら、どうしてボーラスに逆らったの?ずいぶん遅れて心が変わったの?」

「ちょっと違うわ」

そして長い沈黙があった。ケイヤは待った。リリアナはゆっくりと二度呼吸をし、顔を上げた。「あの日が始まったときから、私は待ち続けていたのよ。どこかで――それまで生き延びていれば――形勢逆転できるかもしれないって。思い上がり、って言うかもしれないわね。ギデオンがずっと諫めてたこと。私がずっと真剣に受け取っていなかったこと。あまり真剣に、かしら。時間を稼いで、あのドラゴンの命令に従って殺していればあいつを倒せるくらい生きていられる、そう自分に言い聞かせてたのよ」

「本当に?」

「そう正当化してた。けど私はその通りに行動してた。正当化。言い訳よ。あのときもう、心の奥底ではそうだとわかっていたわ」

「それで、何が起こったの?そのときが来たと思ったの?黒き剣が砕けてギデオンが空から落ちたときに?」

「違うわ。ギデオンが落ちたときに私は悟ったのよ、そのときなんて来ないって。私はあのドラゴンに逆らうことも、殺戮を終わらせることもしなかった。まだ自分が大切だった。ボーラスに逆らったのは、あいつの下僕として永遠に生きたくなんてなかったから。死んだほうがましだって思ったから。だから、逆らって死のうとした。けれどある程度の……」

「尊厳をもって?」ラットが尋ねた。リリアナには聞こえていないようだった。

「自分自身のままで」

「ただ、あなたは死ななかった。ギデオンが死んだ」とケイヤ。

「それについて話したくはないわ」

(略)

「じゃあ、答えて。ボーラスに攻撃しながら、生き延びる気でいた?」

「いいえ。率直に言って、生き延びようとしてこの会話をしてるわけでもない」

そしてリリアナはラットのほうを向き、その姿がないことに困惑します。集中が途切れたら彼女は見えなくなってしまう、そうテヨに説明されて(そして自分とケイヤにはずっと見えている、と自慢されて)リリアナは再び試み、するとすぐに彼女は現れました。

同チャプターより訳

「ハーイ。もういっかい生きる気はある?」

「もう一度生きるべき、あなたはそう信じてるってことね」

「そうですよ!」ラットは叫び、そして少し声を落として続けた。「リリアナさんはそう思ってないってのもわかります。けど1つ言わせてください。すっごい皮肉だと思いませんか、リリアナさんを殺すためにここに来たのに、みんなで救おうとしてるんですから!」

リリアナは声を上げた。「救いなんて必要ないし、欲してもいないわ」

「ううん!また嘘つきましたね。聞きますけど、その嘘は私たちに向けてですか、それとも自分に向けてですか?」

彼女は返答できなかった。

代わりにケイヤが、かなりの躊躇とともに口を開いた。「ヴェス……あなたについては、ラットの言うとおりだと私は思うわ。あるいは……ともかく……機会をあげて、判断してみる価値はあるって」

この言葉にラットは笑みを大きくしました。そして自分たちと一緒に来て、とリリアナを誘います。ケイヤとリリアナは異口同音に抗議し、テヨはただ唖然としていました。

15. 決着までもう少し

こうしてカリゴを脅かしていたリリアナの偽者は死亡し、ケイヤは即座の暗殺ではなくリリアナに猶予を与えることに合意しました。

とはいえ問題は残っています。まだヴェールはリリアナの手を離れていません。ケイヤはどのようにリリアナ暗殺をギルドに伝え、そしジェイスとチャンドラはどう受け止めたのでしょうか。何よりも、リリアナの今後は。

死者を目覚めさせる者、リリアナ

『灯争大戦』後日談リリアナ編解説、たぶん次回で完結です。なんとか年内に終わりそう!!

(続く)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら