「すべてのカードには物語が込められています」
すべてのカード。そう、すべてのカードです。
「物語」が込められているのはレアカードだけではありません。勿論、そういったカードの方が華やかで絵も効果も派手なことが多いですが。この連載で何度も取り上げてきた《抹消》や《神討ち》や《命運の核心》を挙げるまでもなく。
これまでの連載で触れていない「物語」のカードもまだまだ沢山あります。例えばウェザーライト・サーガから《ファイレクシアの闘技場》。
ファイレクシアに捕えられ、互いの望むものを賭けて荒廃の王ヨーグモスの前で決闘させられるジェラードとウルザ。ジェラードの望みはファイレクシアの疫病で命を落とした恋人ハナを生き返らせること、ウルザの望みはファイレクシアの技術を学ぶこと。結果はジェラードの勝利、ですが望む通りジェラードの前に現れたハナはやはり真のハナではなく……「お前はハナじゃない!」(《偽り》)。むしろこのカードでも記事が一本書けてしまうくらいなのですが、それはいずれ「リマスター」にて?
こんにちは、若月です。今回「番外編」第二弾はそんなド派手な場面を描いたものではないですが、それでも明確な背景が存在するコモンカードについてです。コモン。ええ、記事タイトルでお分かりですよね。
優秀な1マナドローカードとしてモダンで重用されている《血清の幻視》。フライデーナイトマジックプロモとして8月に登場することが(そして残念ながら『マジック・オリジン』には収録されないことが)先日話題になりました。今回はこの一見些細なコモンカードに秘められた、広大なバックグラウンドを紹介しようと思います。
1. カードに描かれる世界
ウェザーライト・サーガのような「場面」こそ少ないながらも、旧ミラディンブロックには物語に登場する様々な人物や場所、敵クリーチャー、アイテムがカードとして豊富に登場しています。例えばエキスパンションシンボルにもなっている《カルドラの剣》《カルドラの盾》《カルドラの兜》は、物語中で主人公《グリッサ・サンシーカー》が収集することになる武器防具の一揃いであり、この三つを揃えて現れる「カルドラ」もしっかり物語に顔を出しています。ですが旧ミラディンブロックに登場するそういったものの多くは「伝説」のパーマネントとは限りません。更に言うと「レア」に限ってすらいません。
《伝承の樹》は主人公グリッサの故郷「絡み森」にある、エルフの歴史が代々刻まれている重要な樹。《古えの居住地》は剃刀平原に住むレオニンの都市。《囁きの大霊堂》はミラディン世界の沼地メフィドロスを統べる主である《大霊堂の王、ゲス》の住処。また、第24回にも書きましたが《ダークスティールの城塞》は「ラスボス」である《メムナーク》の居城です。
『ミラディン』の物語序盤、《地ならし屋》の襲撃で家族を失った所からグリッサの旅は始まりました。《鉄ムカデ》はメフィドロス地下でグリッサ達が遭遇するモンスター。《テル=ジラードの正義》で破壊されている丸い頭部の機械は、その形状から物語中しばしばグリッサ達を襲撃してくるヴィダルケン製の飛行兵器と思われます。
もちろん、味方キャラもいます。《テル=ジラードに選ばれし者》はグリッサの幼馴染の青年、《テル=ジラードの狼》は物語中盤でグリッサ達の仲間に加わって戦う、知性を持ち言葉を喋る狼です。旧ミラディンブロックの三部作小説を読んでいますと、しばしば「あ、このキャラはこのカードだ」とすぐにわかります。ちなみに『ミラディン』の小説『Moons of Mirrodin』はとても易しい英語で書かれているので、原文の小説入門にお勧めです。本当に読みやすいんですよ。私が初めて読んだのは12年前になりますが、今より遥かに英語力が不足していた当時でもすらすら読めたくらいです。カードで接した馴染み深いキャラや風景が沢山、そして心揺さぶる熱い友情。旧ミラディンブロックは今も大好きな物語です。
話がそれてしまいました。《血清の幻視》も同じように、物語中に確固たる居場所を持つカードです。「血清の幻視」というカード名も、ミラディン世界においてはっきりとした意味を持っています。それを探ってみました。
2. 《血清の幻視》のバックグラウンド
この「血清/Serum」は、旧ミラディンブロックの物語展開に深く関わっています。まずその血清とは何でしょうか。我々の世界でも稀に耳にする用語ですが、手元の「デジタル大辞泉」を見てみました。
血液が凝固する際に血餅(けっぺい)から分離してできる、透明な淡黄色の液体。血漿(けっしょう)からフィブリノゲンを除いたもの。免疫抗体やグロブリンなどを含む。
――『デジタル大辞泉』より引用
あーなんか高校生物で習ったようなそんな感じの。現実世界の「血清」はそれなりに高度な医学知識を用いて使用されるものであり、マジックのような「ファンタジー」にはちょっとそぐわないような気もします。そしてその通りに、旧ミラディンブロックのカードに登場している「血清」の意味は現実のそれとは全く異なるものです。
この《知識の渇望》で飲まれている青い液体こそが「血清」です。フレイバーテキストでも血清の効能が説明されています。
《知識の渇望》フレイバーテキスト
ちらつき蛾のリンパ液は頭脳を活性化してくれるため、魔術師に珍重されている。
ちらつき蛾のリンパ液は頭脳を活性化してくれるため、魔術師に珍重されている。
ちらつき蛾。主に《ちらつき蛾の生息地》で知られる名前かと思いますが、この生物の体液が「血清」。10年以上前のものですが、メムナークのプレビュー記事「Shedding Light on Darksteel」に詳しい説明がありました。この記事の日本語訳「ダークスティールに射す光」がウェブアーカイブに残っていましたのでそこから抜粋します。
ちらつき蛾は奇妙な小型の飛行生物で、ミラディンの根源と言ってもよく、この惑星の生まれつきの生物の一つです。詩的感覚で見ればそれは非常に美しく、夜の中を青白い不気味な光を放つ蛍のように飛び回ります。それは群生して複雑な形を成して惑星を渡り、時としてミラディンの核へと消えてしまいます。ちらつき蛾にとって不幸だったのは、彼らは美しいばかりではなく、実に有用だったのです。ちらつき蛾は群生から引き離されると死んでしまいます。この死の際に、ちらつき蛾は“血清”と呼ばれるごく少量の液体を生み出します。この血清を飲んだ生物は精神力や知性があっという間に増強されることが発見され、その結果血清やちらつき蛾は、尖塔に住む者たちにとっての必需品として捜し求められるようになります。
――「ダークスティールに射す光」より抜粋
小説『Moons of Mirrodin』のプロローグ、主であるカーンにアージェンタム(ミラディンの旧名)世界を任せられたばかりの管理人メムナークは、雨が降っているのに気が付きました。ですが見上げても雲はありません。太陽も。あるのは星のみ、雨はその星々から直接降っているようでした。疑問に思い、彼はじっと立って――そのまま十年程――観察します。そして発見しました、その星はアージェンタム世界を巡ってはいない。空にゆっくりと、ですが自由に動いていると。
メムナークは立ったまま、アージェンタムの空に満ちる星の微細なダンスに魅惑されながら、一つのことだけは確信していた。あの光の点はカーンが創造したものではない。あれらは生きている生物だった、メムナークがドミナリアで見たこともないような。
「カーン様は、何処であなたがたを見つけて来られたのでしょう」 彼は空へと尋ねた。
「カーン様は、何処であなたがたを見つけて来られたのでしょう」 彼は空へと尋ねた。
(小説『Moons of Mirrodin』 プロローグより)
これが「ちらつき蛾」でした。連載でも過去数度触れてきましたが、ミラディン小説のプロローグで描かれるアージェンタム世界の清純な美しさ、そしてメムナークが切々と語る生命への純粋な憧れには今も心が揺さぶられます。
そして物語が進み、いつしかこの「ちらつき蛾」の体液の有用性が発見され、それはミラディン世界へと争いをもたらすことになります。故郷の絡み森を《地ならし屋》に襲撃されて家族を失い、それを送り込んだ犯人と復讐を求める旅に出た主人公グリッサは、メフィドロスの沼地へと赴いた際に初めてこの「血清」に出会い、多くの者が手段を選ばずそれを求めようとしていることを知ります。もう少し物語が進むと、グリッサは一旦絡み森へ帰ってトロールの長老チュンスへと様々な疑問をぶつけるのですが、その中に血清やヴィダルケンの事もありました。
チュンスはこのカードかな?
「ヴィダルケン?」
「その種族はメフィドロスの先、水銀海に住んでいる。ヴィダルケンはお前さんが今持つ血清を手に収めている。彼らは力を渇望し、それを手に入れるためにはどんな事をも厭わない」
「殺すことも」グリッサは言った。
「ああ、その通り」 チュンスは答えた。彼の分厚い唇が不快な笑みに歪んだ。「何年にも渡ってヴィダルケンは何万と殺してきた……もしくはそれ以上を。この血清の薬瓶一本で、膨大な数のちらつき蛾の命を伴う」
「そのちらつき蛾って?」
「お前さんが夜空に見ているものだ。空の星であり、絡み森に飛ぶ蛍を想像してみるといい。生きている生物だ。血清が満たされたその身体で空を照らし、大地に水の雨を降らせる。何百周期もの間、ヴィダルケンはちらつき蛾を収穫してきた」
「それはどうして?」
「ヴィダルケンは血清を飲むことによって世界の知識と、メムナークの知識を得ている」 チュンスは遠くを見るように言った。「わしも、かつて、血清を飲んだことがある。遠い昔だ、伝承の樹の根元にもわずかな文字のみが刻まれていた頃に。わしはちらつき蛾とこの世界の他の多くの秘密を学んだ。驚くべき液体だ。世界の知識の、創造の、創造主の鍵を開ける。一舐めで宇宙の神秘についての幻視を見せる。その一瓶もあれば、そういった神秘の鍵を開く旅を始められる」
「その種族はメフィドロスの先、水銀海に住んでいる。ヴィダルケンはお前さんが今持つ血清を手に収めている。彼らは力を渇望し、それを手に入れるためにはどんな事をも厭わない」
「殺すことも」グリッサは言った。
「ああ、その通り」 チュンスは答えた。彼の分厚い唇が不快な笑みに歪んだ。「何年にも渡ってヴィダルケンは何万と殺してきた……もしくはそれ以上を。この血清の薬瓶一本で、膨大な数のちらつき蛾の命を伴う」
「そのちらつき蛾って?」
「お前さんが夜空に見ているものだ。空の星であり、絡み森に飛ぶ蛍を想像してみるといい。生きている生物だ。血清が満たされたその身体で空を照らし、大地に水の雨を降らせる。何百周期もの間、ヴィダルケンはちらつき蛾を収穫してきた」
「それはどうして?」
「ヴィダルケンは血清を飲むことによって世界の知識と、メムナークの知識を得ている」 チュンスは遠くを見るように言った。「わしも、かつて、血清を飲んだことがある。遠い昔だ、伝承の樹の根元にもわずかな文字のみが刻まれていた頃に。わしはちらつき蛾とこの世界の他の多くの秘密を学んだ。驚くべき液体だ。世界の知識の、創造の、創造主の鍵を開ける。一舐めで宇宙の神秘についての幻視を見せる。その一瓶もあれば、そういった神秘の鍵を開く旅を始められる」
(小説『Moons of Mirrodin』 チャプター12より)
つまり「血清の幻視」とは、血清を摂取して得ることのできる知識(ドロー)や未来視(占術2)。《知識の渇望》も、「知識を渇望」しているからこそ血清を飲んでいるのでしょう。そして物語中でのこの扱いを見るに、血清は言うなれば「ヤバい薬」。もし誰もが血清を求めたなら? その先にあるのが戦争と破滅というのは明らか。そしてヴィダルケンはその地位を保持するために、何百万というちらつき蛾を殺し続けていました。旧ミラディンの物語はメムナークと、その配下として血清に駆り立てられて知識と力を求めるヴィダルケン、そこにグリッサ達が立ち向かう物語という図式がこのあたりで明らかになりました。
そして、《血清の幻視》に描かれている女性。彼女もまた旧ミラディンブロックにおける重要な人物と思われます。明記こそされていませんが、その外見から彼女は恐らくニューロック(ミラディンの人間種族のうち青の人々)の指導者ブルエナ。数枚のカードのフレイバーテキストに登場しています。
チュンスから話を聞いたグリッサ達はヴィダルケンの手がかりを求めて水銀海へ向かい、彼らと共に生きる人間の街ルーメングリッドにて指導者ブルエナと接触します。そこにヴィダルケンの鳥型機械の襲撃に遭い、共に逃げ出した先でグリッサは人間がヴィダルケンに従っている状況を知り、ブルエナへと理由を問いただします。かつてブルエナの父はヴィダルケンへの反乱を指揮し、殺されてしまったのでした。
人間という種族についてはよく知らないグリッサでしたが、彼らは公明正大な種族だと感じ、自分も手を貸すと言ってヴィダルケンの奴隷という状態から立ち上がることを呼びかけます。勿論ブルエナは悩んだものの最終的にはグリッサ達の力になることに同意し、その後彼女はニューロックの人々とともに献身的な協力者としてしばしばグリッサのピンチに登場しては窮地を救ってくれていました。グリッサと《ゴブリンの修繕屋スロバッド》の友情で名高い旧ミラディンブロックですが、ここにもまた種族を超えた熱い友情があります。
そして、世界の管理人にして旧ミラディンブロックのラスボスであるメムナーク。巨大な頭部のように見えるものは背負った「血清タンク」です。更に物語中で彼は定期的に血清を湯水のように浴び、思い焦がれる創造主カーンの幻影を見ていました。第17回にも書きましたが、メムナークは主と同じ存在、プレインズウォーカーになりたいと望み、その素質である「灯」を持つグリッサに目をつけます。グリッサがヴィダルケンやメムナークに狙われたのはそういった理由からでした。ヴィダルケンの支配に対抗する人間達の反乱も加わって、やがてグリッサの旅はミラディン世界を二分する戦いとなります……
3. せめてもの幸せな結末
そのように旧ミラディンの物語を動かしていた「血清」。ですが傷跡ブロックではその名が表に出てくることすらほとんどありませんでした。かろうじて《血清掻き》というカード、そして小説『Scars of Mirrodin: Quest for Karn』にてヴェンセールがわずかな量を携帯していたくらいです(血清そのものではなく、材料の一つに血清が含まれる薬を、ですが)。それもその筈、ちらつき蛾は傷跡ブロックの時代ではほぼ絶滅してしまっていたのでした。
コスは口元を引き締めた。「ちらつき蛾。ミラディンにはもう多くは残っていない。狩られてほぼ絶滅した、そう聞いたことがある。だけど本当の事は誰も知らない――俺が聞いたのは昔話だ。噂だ」
「何の噂だ?」
「ヴィダルケンの噂だ。その液体と、それがもたらすと信じる力に取りつかれた青い身体の実験者ども。ちらつき蛾は今も知識槽のあるルーメングリッド奥深くに生きている、だが奴らはあまりに深く掘り進んだと神話は言っている。それも遠い昔のことだ。俺はちらつき蛾の中身に触ったことすらない」
「何の噂だ?」
「ヴィダルケンの噂だ。その液体と、それがもたらすと信じる力に取りつかれた青い身体の実験者ども。ちらつき蛾は今も知識槽のあるルーメングリッド奥深くに生きている、だが奴らはあまりに深く掘り進んだと神話は言っている。それも遠い昔のことだ。俺はちらつき蛾の中身に触ったことすらない」
(小説『Scars of Mirrodin』 チャプター5より)
ちらつき蛾そのものが絶滅の危機に瀕していたこともあり、傷跡の時代には血清は作れなかったのでしょう。そして世界が新ファイレクシアとなった今、多元宇宙でもそれを手に入れることは難しいのでしょう……。
では、旧ミラディンにて「血清」に翻弄された者達は?
これも第17回に書きましたが、ミラディンの生物は元々メムナークが様々な次元から「魂の檻」と呼ぶ罠を用いて連れてきたものです(仕組みなどは不明)。メムナークが倒された際にその「魂の檻」も破壊され、ミラディン世界の多くの者は元の世界へと帰還しました。とは言っても全員が帰ったわけではありません。ミラディン世界で生まれ育った者達に「魂の檻」は無く、そのため彼らはそのまま残りました。彼らにとっては、年長世代が大量に、理由もわからずに突然失踪してしまう形となりました。現地ではその現象は「大消失」と呼ばれています。
『フィフス・ドーン』の小説エピローグでは、元の世界に帰ったブルエナや《黄金の若人ラクシャ》、リーゼ(グリッサの妹)の様子が描かれていました。
海辺の村ルーメへと続く小道を、飛べない鳥ゾークに乗ったレオニン達が向かってくるのを見て、ブルエナは微笑んだ。巨大な飛べない鳥はここから遠く草原地帯に生息している。若いらしいレオニンが数人、村落の向こうに眩しく広がる青い海に驚く様子にブルエナは気が付いた。猫は水が嫌いと聞くがレオニンにも当てはまるのだろうか。
(略)
「リーゼ」ブルエナは予習をしていた弟子を呼んだ。エルフの少女は革で綴じられた本の塊の下でよろめき、半分を落としかけるも半分は会議場の中央にある木製の重々しい机にどうにか置くことに成功した。
「もうすぐ来ますよ」
「どきどきします」リーゼは溜息をついた。
「畏れは仕舞っておいてね。彼等を脅して追い払うわけではないから」ブルエナは微笑んで言った。
レオニン達は乗騎の手綱を引いて立ち止まり、彼らの指導者が鮮やかに鞍から滑り降りた。銀の兜を脱ぎ、その黄金の体毛より僅かに暗い色のたてがみを振るった。
「黄金の若人、ラクシャ王よ」ブルエナは黄金色の太陽の下へと歩み出て、深く頭を下げるとレオニンの王と対面した。「我が民、ルーメの人間達の代表として、そして我々の友人達、ジラードのエルフ達の代表として、貴方がたを歓迎いたします」
「光栄だ、ブルエナ殿」ラクシャが応えた。「ようやく貴女にお目にかかれて、私も嬉しく思う」
(略)
「リーゼ」ブルエナは予習をしていた弟子を呼んだ。エルフの少女は革で綴じられた本の塊の下でよろめき、半分を落としかけるも半分は会議場の中央にある木製の重々しい机にどうにか置くことに成功した。
「もうすぐ来ますよ」
「どきどきします」リーゼは溜息をついた。
「畏れは仕舞っておいてね。彼等を脅して追い払うわけではないから」ブルエナは微笑んで言った。
レオニン達は乗騎の手綱を引いて立ち止まり、彼らの指導者が鮮やかに鞍から滑り降りた。銀の兜を脱ぎ、その黄金の体毛より僅かに暗い色のたてがみを振るった。
「黄金の若人、ラクシャ王よ」ブルエナは黄金色の太陽の下へと歩み出て、深く頭を下げるとレオニンの王と対面した。「我が民、ルーメの人間達の代表として、そして我々の友人達、ジラードのエルフ達の代表として、貴方がたを歓迎いたします」
「光栄だ、ブルエナ殿」ラクシャが応えた。「ようやく貴女にお目にかかれて、私も嬉しく思う」
(小説『Fifth Dawn』エピローグより訳)
彼らが何処の次元へ帰ったのかは明記されていません。ですが何にせよ、彼らはミラディン世界にいた頃の記憶を持っていません。ミラディン世界でその身体に持っていた金属もありません。そしてこのエピローグのそこかしこの何気ない描写。草原、青い海、革の本、木の机、黄金色の太陽。どれも金属世界ミラディンには存在しないものです。
ミラディン世界を忘れ、過酷な戦いを忘れ、そのためグリッサとスロバッドの行く末も、新ファイレクシアと化したその世界の末路も知ることはなく……思うに少なくともそれはきっと、幸せなことなのでしょう。少なくとも彼らは、幸せにミラディンの物語を終えることができたのでしょう。
すべてのカードには物語が込められています。
今回はそんな、一枚のコモンカードに秘められたバックグラウンドと、そこから広がる物語をお届けしました。《血清の幻視》のカードを見たなら、今はもう遠くなってしまった世界、まだ「汚れて」いなかった金属世界、そしてその熱い友情の物語を思い出していただければ幸いです。
(終)
※編注:記事内の画像は、以下のサイトより引用させていただきました。
『Of Avatars and Overlap』
http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/fk52
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