あなたの隣のプレインズウォーカー 第108回 『灯争大戦』後日談 リリアナ決着編

若月 繭子

はじめに

こんにちは、若月です。やっとここまで来ることができました。

戦慄衆の将軍、リリアナ盾魔道士、テヨ死者の災厄、ケイヤ

リリアナは自分を暗殺しにきたケイヤの協力を取りつけ、故郷カリゴを支配していた自分の偽者を倒すことに成功します。その後、自分の命を差し出すという約束でしたが、リリアナは贖罪への一歩を踏み出そうとしている、というテヨとラットの言葉にケイヤはためらいます。

確かに、今回の戦いの中でリリアナは危険を顧みずテヨを守りました。そしてリリアナにも、多少の集中こそ必要ですがラットの姿が見えるのです。それはよい兆候のように思え、つまりリリアナを殺してしまえばラットを悲しませることになってしまいます。ケイヤはリリアナにこれまでの行動を問いただしました。ゲートウォッチだったのに、なぜボーラスについたのか。そしてなぜそのボーラスを裏切ったのか――最終的に、かなりの躊躇はありましたが、ケイヤはリリアナに猶予を与えると決めたのでした。

前回までの記事

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16. ヴェールとの決別

ケイヤはリリアナを生かしておく、そう決まるとラットは全員を説得にかかりました。自分たちのグループにリリアナを加えるためです。テヨは簡単でした――リリアナが見るに、この少年はかつてジェイスが自分に向けたような目でラットを見ています。

一方で問題もありました。ケイヤはリリアナを殺害し、その証拠を持ってくるようギルドに言われているのです。報告の際には《真理の円》による真偽の判定も間違いなくあり、単純な偽証は通用しません……が。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター66より訳

「ケイヤさんはもうリリアナ・ヴェスを殺しましたよ」

ケイヤとリリアナはその言葉に目を丸くした――そして互いの同じ反応に気づいた。どうやらこの2人には好むと好まざるとにかかわらず、見た目以上に共通点があるらしい。

そしてどちらも、その知識をどうするかについては定かでなかった。

そうです。あの偽者は「リリアナ・ヴェス」を名乗っていました。真の名前はこの場の誰も――恐らく隷属されていたカリゴの人々も知りません。ケイヤがとどめを刺したのも間違いありません。

では「リリアナ・ヴェスを殺害した証拠」をどうするのか。その鎖のヴェールはどうか、とテヨが提案しました。ボーラスの手下としてリリアナがそれを身につけていた姿を目にした者は大勢います。それだけでなく、そのヴェールは明らかに邪悪な気配を漂わせています。贖罪のためには持ち続けていいものとは思えません。

鎖のヴェール

同チャプターより訳

リリアナは無意識に、全力で否定した。「この鎖のヴェールは私の力を集中させるためのもの、ただの道具よ。これを手放す理由はないわ」

ラットが簡素に告げた。「それは嘘ですよね」

この子は心が読めることをリリアナは思い出した――それは直観的なものであり、ジェイスより出しゃばることはない。

だから、この子の力は弱く……そしてもっと危険となりうる。ラットはリリアナとまっすぐに目を合わせた。「ただの道具じゃない、ですよね?」

再びリリアナは返答に窮した。やがて、彼女は口を滑らせるように言った。「ええ。これは呪われていてとっても危険。この鎖のヴェールを持ち続けることが、私の贖罪かもしれないわ」

ラットは蔑むような視線をやった。「それって、その力にしがみつきたいための言い訳ですよね?」

無論、それは紛れもない真実だった。

ヴェールを手放すという考えが心によぎると同時に、その中の霊が囁き始めました。それだけでなく、近くの木で鴉が鳴き、鴉の男の声が続きました。両者とも、馬鹿なことをするなとリリアナを諫めます。ケイヤたちの様子を見るに、リリアナ以外にその声が聞こえていないのは明白でした。ヴェールを手放したなら間違いなく死ぬ、と鴉の男が警告します。以下、続きを訳します。

「ヴェールを持っていた私は、いつ死んでもおかしくなかった」鴉の男と新たな仲間たち両方に向け、リリアナは大きく声に出した。そして肉体的な痛みに近いものを感じながら、リリアナは精神的にヴェールを脱ぎ捨てようとした。不意にそれは、力を越えて償いを選ぶ道の、明確な最初の一歩のように思えた。

3人は今も彼女を見つめていた。

「その子の言うとおりよ。このヴェールは私が死んだっていう最高の証拠になるでしょうね。死亡する以外の理由で、リリアナ・ヴェスがヴェールを手放すって信じる者はきっといない」

「それに」ラットが付け加えた。「もし誰かがドミナリアへ確認に来ても、リリアナ・ヴェスは死んだってわかりますよ」

リリアナは鎖のヴェールを取り出した。今なお、それを身につけろという誘惑は強かった。彼女は声をかすれさせた。「正直に言うと、これまで、一度もこれを手放せたことはないの。そうしようとすると、死ぬような気分になって」

「手放したいって思わないといけない、とか」とラット。

私はヴェールを手放したい?

『ならぬ。器よ、我らを受け入れよ……』

『リリアナ、馬鹿なことをするな……』

ええ、黙りなさい。手放したいのよ!

そしてその瞬間、もう片方の手に掴んだ精霊石が光を発し、輝きを増していった。全員が目を覆った。事実、リリアナは無意識にヴェールを掲げた。そして最後に一つ眩しい閃光を発し、精霊石はリリアナの手から消えた。驚いたことに、彼女は足元の枯れ草にヴェールを落としたのだった。

物理的に手を放しただけでなく、ヴェールから切り離された……そう感じました。その中の霊の声も、もはや聞こえません。あの精霊石の助力があったことは間違いないでしょう。ラットは何も持たないリリアナの両手を、少し悲しそうに見つめていました。あれはウギンのところへ帰ったのでしょうか。立ち直ったわけではありませんが、魂が軽くなったとリリアナは感じました。

少しの間、4人はそろってヴェールを見つめていました。やがてケイヤがそれを取り上げようと手を伸ばしたところで、リリアナが止めました。触ったら呪われてしまいます。そこでテヨが進み出て、光の小さな半球を作り出してヴェールを地面からすくい上げると、球を完成させてその内に閉じ込めました。光球がヴェールを完全に覆う直前、霊の叫びがリリアナに届きました。それらがテヨの魔法の白マナを嫌っているのは明らかでした。

あまりに長くそうしていたら、あなたの魔法が汚されてしまう。リリアナのその言葉にテヨは怯えて頷きます。そのとき一斉に、鴉たちが飛び去っていきました。また会おう、すぐに――リリアナの心に鴉の男の声が響き、そして消えました。

さて、リリアナ・ヴェス殺しの証言と証拠はこれで整いました。ケイヤ・テヨ・ラットは一旦ラヴニカへ戻らなければなりませんが、無論リリアナは行けません。とはいえ、このままドミナリアにもいられません。ケイヤはフィオーラ次元、パリアノの低層都市にある一軒の宿を指定しました。リリアナも一度か二度は行ったことのある次元です。明日か明後日、そこで合流する。けれどもし姿を見せなかったら、贖罪など真剣に考えていないとみなし、追跡して殺す――そうケイヤは告げました。

17. 暗殺報告

平地

では場面はラヴニカへ。戦犯プレインズウォーカー3人の暗殺報告のため、新プラーフにて再び会議が招集されました。出席者は二ヴ=ミゼット、各ギルドの代表、そして数人のプレインズウォーカー。ラルはテゼレットの金属の腕を、ヴラスカはドビンの石化した手首を持ち込んでいました。ケイヤはテヨだけでなく、トミクやテイサやオルゾフ組の高官たちを伴って出席しました。

嵐の伝導者、ラル群集の威光、ヴラスカ

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター70より訳

全員がそろうと、ギルドパクトの体現者はケイヤへと促した。彼女はアゾリウス評議会の真理の円に踏み入った。「リリアナ・ヴェスという女性を殺しました。証拠としてこれを……」ヴラスカが予想していたとおり、ケイヤはテヨの光球の中にある鎖のヴェールを指し示した。

ニヴ=ミゼットは細工箱のようなものを少年に向けて下ろし、テヨは明らかな安堵とともにそれを「手渡した」。そしてドラゴンは防護のためにその箱を封じた。

真理の円

《真理の円》は、その中に入った者は虚偽の証言が不可能となる自白魔法であり、主に法廷にて使用されています。カード化は『ラヴニカの献身』ですが、初出はずっと古く小説「Guildpact」(2006年)。その後も物語にはときどき登場してきました。ケイヤの証言の原文は「I killed the woman known as Liliana Vess」。確かにこれは嘘ではありませんね。

ただのアーティファクトが証拠になるのか?シミック連合のヴォレルはそう訝しみます。アゾリウス評議会の臨時ギルドマスターを務めるラヴィニアは、リリアナは死なない限りヴェールを手放すことはないだろうと述べ、ケイヤを支持しました。

それだけでなく、チャンドラが踏み出して冷たく告げました――自分とジェイスがドミナリアへ向かい、リリアナの死を確認した。死体を見ただけでなく、目撃者からジェイスがテレパスで裏を取った――と。ケイヤにとっても、チャンドラに出席と証言を要請していたヴラスカにとってもそれは初耳でした。確認されたことを気に入らないのか、ケイヤは顔をしかめました。都合がよすぎる、そうヴラスカは感じましたが、今できることは何もありませんでした。

本人たちの内心はともかく、ケイヤの任務は完了とみなされました。続けてヴラスカがドビン殺害を報告し、もともとこちらのために出席していたチャンドラが証言しました。ラルはテゼレットの追跡と、自らの敗走を告白しました。ヴラスカ及びラルについては、第98回第93回でそれぞれ詳細に解説しています。

支配の片腕、ドビン

ドビンの詳細についても第99回に書きましたが、彼はヴラスカと取引をし、チャンドラを利用して自らの死を偽装しました。ですが、この報告会議と恐らくほぼ同時刻に彼は隠れ家にて暗殺されてしまいます。命じたのはラザーヴ、実行したのは暗殺者の吸血鬼アトコス・タール(Atkos Tarr)……その正体は、巧妙かつ秘密裏に作り上げられたラットの別人格であり、それは本人すら知りません。

ラザーヴはオルゾフ組の召使長ブレイズ夫人(Madame Blaise)としてオルゾヴァに入り込んでおり、ケイヤとも親しく接しているため、ラヴニカへ帰ってきたラットに接触するのも容易だったのです。いや実際、後日談小説には序盤からちょくちょく登場している(『灯争大戦』ストーリー・ウェブ連載版第3話にも名前は出ている)キャラクターなんですよ。愕然としたわ!!!

ラットがケイヤとともにラヴニカを離れてしまうことを、当初ラザーヴは危惧しました。極上の手駒が自らの手の届かない場所に行ってしまうのですから。しかし見方を変えると、これは上手くすれば他次元までもディミーアの手を伸ばせるということです。今後のためにも……

万面相、ラザーヴ

18. ジェイスとチャンドラ

時間は戻りますが、暗殺報告のところで解説したように、チャンドラとジェイスはケイヤと入れ替わるようにドミナリアへ向かいました。2人はテーロス次元でのギデオンの葬送から戻ってくると、どうも自分たちの知らないところで何かが起こっていると察し、やがて暗殺任務の存在を把握します。チャンドラはヴラスカに依頼されてドビン暗殺を手伝いましたが(第98回参照)、その後ヤヤが不承不承、2人をカリゴまで案内しました。

神秘を操る者、ジェイス炎の職工、チャンドラ敬慕される炎魔道士、ヤヤ

ヤヤが暗殺任務を知りながら黙っていた件について、チャンドラは憤慨していました。師匠が自分を守ろうとしたのはわかります。ですが、もっと信頼して欲しかったというのが本心でした。

3人がヴェス家の館に到着すると、現地の人々が火葬を取り囲んでいました。その中にリリアナの特徴的なドレスが垣間見え、ジェイスは火を消してくれと叫びます。チャンドラとヤヤがすぐに炎を吸収すると、焼け焦げた屍が露わになりました――です。ジェイスがその精神を探りましたが、脳の機能は残っていませんでした。紅蓮術師ふたりの力を見て、そこにいた人々の多くは逃げ出していました。一組の老夫婦が駆け寄り、糾弾しました。リリアナ・ヴェスが蘇らないように屍を燃やしていたのに――と。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター65より訳

数分後、プレインズウォーカー3人はこの老夫婦、カリーナとゲオルグ・テモアンから一通りの話を聞いた。リリアナがカリゴに帰還し、現地の人々を下僕にしていたこと。「召使」たちがケイヤとテヨと1人の若い女性にとって救出されたこと。

『若い女性?』ジェイスがテレパスでヤヤに尋ねた。

『ケイヤの友達のラットだよ。全員にその姿が見えるわけじゃない。私にも見えないけど、人によっては見えるんだ』

カリーナ・テモアンは続けた。「リリアナの力が自身に襲いかかると、老女が魔法で若返っていたと明らかになりました。私はこの目で見たのです。そして最後には、その力が……リリアナを苦しめ、拷問しました。そしてケイヤさんが、彼女を刺したのです――その苦しみを終わらせるために」

チャンドラが疑うように尋ねた。『それ、信じていいの?』

ジェイスが陰気に返答した。『この2人はそう信じている。本当に。心を読んだけれど、2人とも本当のことを言っている。少なくとも。本当だと思うことを』

『けどジェイス、あんたは疑ってるね?』とヤヤ。

『すみません、俺自身、受け入れるのはちょっと辛くて……その、リリアナが本当に……』

リリアナの暗殺偽装を理解するにあたって、この会話は重要です。カリーナが言う「若い女性」とは本物のリリアナですが、ヤヤはラットのことだと解釈してそう伝えています。リリアナは実際には老女の年齢だというのもジェイスとチャンドラは知っており、彼らにとっての信憑性を増しています。恐らく、夫妻の心をもっと深く読んだなら矛盾に気付けたかもしれませんが、そもそも勝手に心を読むのは失礼だとジェイスもわかっています。あるいは確証を深めるのを怖れたのかもしれません。

しかし、そこで不意にジェイスは何かに気づき、屍へと駆け寄りました。リリアナと思しきその屍が腰に下げた袋が燃え残っていましたが、その中には何も入っていませんでした。

笑みを浮かべながら、彼は勝ち誇ったようにカリーナとゲオルグの所へと戻ってきた。「あれはどこに?」

「あの綺麗な金の鎖のヴェールですか?」当惑してカリーナが尋ねた。

「そうです!」

「ケイヤさんたちが持って行きました。テヨという男の子が光の球の中に閉じ込めて。証拠としてそれが必要になると言っていましたね」

ジェイスは文字通り後ずさった。彼は振り返り、リリアナ・ヴェスの焼け焦げた屍を見つめた。

これが彼女だ。リリアナは死んだ。

彼女が望んでヴェールを手放すことは決してない、そうジェイスは知っていた。死体から剥ぎ取る、その言葉が不本意に――そして悲痛に――心に浮かんだ。

チャンドラが大声を出した。「リリアナは死ぬまでヴェールを手放しはしない。そう決まってるでしょ?」

「決まっていても、持ち主が死んだならそれは問題にならないよ」ヤヤが厳めしく言った。

チャンドラがその言葉を受け入れたのがジェイスにはわかった。彼自身と同様に、チャンドラにとってもそれはゆっくりと現実になっていった。彼女の頬を、二筋の涙が流れた。なぜ自分には流れないのだろう、そう彼は訝しんだ。

その様子に、なぜヴェス家の呪いに対して涙を流すのかとカリーナは憤慨します。チャンドラは目に炎を躍らせて怒りますが、まるでそれを保つ力もないように、炎も怒りもすぐに消え去ってしまいました。ヤヤは弟子を慰めようと腕を回しますが、チャンドラはそれを拒否します。ラヴニカでもうひとつやることがあるからと言い残し、彼女はラヴニカへ帰っていきました。

ヤヤも溜息をつきました。ここでの役目は終わりです。彼女はレガーサへ戻って数日休んでから、テフェリーとアジャニに合流するつもりでした。用があるならそこにいる、けれど用なんて作らないように――最後にそう言い、ヤヤもまた炎の中に去っていきました。すっかり怯えてしまった老夫婦に、火葬を再開しても大丈夫だとジェイスは告げました。

ジェイスはリリアナの火葬を見つめ、最後までそこに留まった。彼女のために――もしくは自分自身のために――泣くことができなかった。ただ……何も感じなかった。

やがて灰だけが残され、ジェイスは念力でそれを沼地に撒き散らした。

リリアナ、君は自由だ。やっと自由になれたんだ。生まれ故郷へ帰れたんだ。

ジェイスは心からヴラスカを求めた。彼もまたラヴニカへ戻っていった。

19. 君の名は

高層都市パリアノ

フィオーラ次元、パリアノの低層都市。指定された宿の目印が見えました。バイオリン弾き亭。名前が出ているわけではなく、ゴブリンの子供がバイオリンを奏でている木の彫刻看板があるだけです。質素な宿。彼女は深呼吸をして小さな前庭を横切り、正面玄関でもう一度深呼吸をして中へ入ります。扉に取り付けられたベルが鳴り、年老いたゴブリンが受付に出てくると、宿帳を差し出しました。少し躊躇しながらも羽ペンを手に取り、彼女は署名しました……Ana Iora、と。

Ana Iora/アナ・イオラ。荷物はなく、彼女は階段を登った先の部屋へと案内され、扉が閉められました。

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター66より訳

なぜその名前を選んだのだろうか。アナはもちろん、かつての師の名前だった。癒し手になる道を歩んでいた若いころの。だがイオラというのがどこから来たのかはわからなかった。ただ、頭に浮かんだのだ。何にせよ、「リリアナ・ヴェス」は死んだのであり、そうしておかなければならない。そしてアナ・イオラも負けず劣らずいい名前だった。

この平凡な宿にやってきたのは、ケイヤの脅しが怖かったためではありません。正直をいうと、むしろ自分自身に怯えていました。そしてあの3人がいない中で、自分が何をしてしまうかを怖れていました。

ゲートウォッチは、ギデオンとジェイスとチャンドラは、自分を償わせようとしたものの失敗に終わりました。ギデオンは少しだけ成功したのかもしれませんが、今は見知らぬ3人が贖罪に手を貸してくれるというのです――見知らぬ3人、そして今の自分自身についても彼女はよくわかっていません。窓の外を見ると、木に鴉が1羽とまっていました。鳴き声も立てずにそれは飛び去りました。多元宇宙の鴉がすべて、鴉の男の前触れではない――彼女はそう解釈し、カーテンを閉めると不意に強烈な眠気に襲われました。

目が覚めたとき、アナは必死に自身の名前を思い出そうとします。すぐに思い出せました……ジェイスのように、記憶を失う才能は持ち合わせていません。自分はアナ・イオラなのです。フィオーラのアナ・イオラ。そう書き記したのです。変えることはできません、少なくともここにいる間は。

下の階へ降りて顔を洗うも、水は冷たく、石鹸の類もありませんでした。ですがリリアナ・ヴェスのような贅沢をしない生き方に、やがては慣れなければいけないのでしょう。

彼女は重い椅子を窓辺へと引きずってくると、そこに座って宿へ続く道を見つめながら待ちました。するとすぐに苛立ちと不安が増していきました。その感情を誤魔化すように考えます――あの3人は、自分を殺すためにドミナリアへやってきた。けれど自分を救うことになった。彼らはゲートウォッチではありませんが、それはむしろいいことなのかもしれません。ゲートウォッチとは違って、手玉に取りやすい……彼女はすぐにその考えを自ら叱責しました。もう、そんな人物でいたくはありません。リリアナ・ヴェスとして、生きたくはありませんでした。一方、独りで贖罪ができるとも思っていませんでした。あの3人にとっては公平とは言えません。リリアナ・ヴェスについての秘密を、重荷を負わせることになるのですから。

逃げ出す、その考えがよぎりました。どこかわかりやすいところ、例えばイニストラードへ。そしてケイヤに追跡させて、そう誓ったように狩らせればいい。実際、その考えは魅力的に思えました。ただ、その行動に移れない自分もいました。いつからこんなに優柔不断になったのでしょうか……恐らくたった今から。これもリリアナとアナの違いということ。

ぼんやりと考えを巡らせました。どれだけ眠っていたのだろう?いい服をどこで買えばいいだろう?長い間何も食べていない、けれどなぜ空腹でないのだろう?いつからこの座り心地の悪い椅子に座っているのだろう――

同・チャプター80より訳

そして、ケイヤとテヨが宿へと続く小路を歩いてくる姿が見えた。無意識に彼女は部屋を飛び出し、階段を駆け下りて外へ出た。彼らにまた会えることに、ありえないほど興奮していた。

「あの子は?」半ば必死に、彼女は尋ねた。

テヨが頷いた。「僕たちの間にいますよ」

いくつかの理由から、アナはもっと確証が欲しく、ケイヤを見た、彼女は宙に腕を回して言った。「ここ」

アナは集中し、集中し……そしてそこに、ケイヤの腕を肩に回されて、ラットが微笑んでいた。会えて嬉しそうに。見てもらえて嬉しそうに。「こんにちは、アナさん」

「どうして――」

「私ちょっと心が読めるんです、前も言いましたけど。アナ、って全身で叫んでいますよ。アナさん、ですね。すみません」

「い、いいのよ」気づくとリリアナは目を拭っており、すぐに自らを叱りつけた。

この無垢な少女がアナ・イオラに会えて喜んでいる。その様子に、アナの冷たい心が温まったのは間違いありませんでした。この3人に同行するのは、きっとゲートウォッチに同行するよりもいいことなのでしょう。

宿の前庭にて、4人はそろって朝食を摂りました。給仕のゴブリンが立ち去ると、アナは身を乗り出して告げました。

同・チャプター82より訳

「いい?私は私。全部が変わるとは思わないで。私は屍術師、死はずっと、この先も私の常套手段であり続けるのよ」

リリアナは大げさなほど仰々しく、皮肉的に言っているとケイヤは思った……だがそう響くように少々苦労していると。ケイヤはラットのように心が読めるわけではないが、リリアナの弱さと他者を求める心を感じ取ることができた。

もしくはアナの弱さと他者を求める心、か。

同時にケイヤは、アナが必死にラットへの集中を保ち、視界から消えないように努力していることに気づいていました。まるでこの少女の純真さと楽観を糧にしているかのように。それを責めることはとてもできませんでした。数日前にはケイヤ自身も、凍えるような心を抱え、ラットとテヨが放つ光を欲していたのですから。いえ、今もです。

そのため、ケイヤはアナに猶予を与えると決めていました。何よりも、彼女は指定どおりにこの場所に現れたのです。それはよい兆候のように思えました。それを置いても、次の目的地では3人全員の力が必要になると感じていたのです。仲間がいるという心の支えは言うまでもありません。長いこと孤独の暗殺者として生きてきたケイヤにとって、それは奇妙な感覚でしたが、不思議と心地よいものでした。

それはそれとして、ケイヤ自身も幽霊暗殺者です。力は力。アナが光の中で生きる存在になれるとは期待していません。期待しているのは、その力で過去の罪を償うこと――アナのどこか挑戦的な物言いに、ケイヤはそう返答しました。

そしてこれからどこへ行くのか、テヨがそう尋ねました。ケイヤは気を引き締め、切り出しました。何か月も避けてきた問題があるのです。ニコル・ボーラスが力を貸してくれる予定だったのですが、どうもそれは期待できそうにありません。それどころか、ボーラス自身がその問題を仕組んだのではとケイヤは考え始めていました。次の目的地はそう、空が裂けて人々が狂気に陥っている故郷トルヴァーダです。

20. リリアナ・ヴェスの純情な感情 of the END

『灯争大戦』後日談、リリアナ編はこれにて終わりです。

ようやく……ようやく最後のページまで辿り着きました。2020年のこの連載記事、ほとんど『灯争大戦』関係だったんですけど!書いても書いても終わらない……という気分はまさに《むかつき》の絵の人。いや書きたくて書いているんですけどね。

むかつき
その記事が『灯争大戦』の領域に触れるようになってから、若月 繭子はそれを月刊連載と呼ぶことをやめた。

実のところ、後日談については全部を全部解説したわけではなく、まだいろいろ残っています。それでも一番大きなトピックが終わりました。そして、このリリアナ後日談について取り上げたい、考察したい内容がいくつかあります。

■アナ・イオラの由来

実はですね、後日談小説の冒頭には「登場人物紹介」がありまして、メインキャラクターの名前と大まかな説明が列挙してあるんですよ。これは実際に見ていただきたいのですが、

初見当時「誰!!??」ってなったわこれ!!!!!何でフィオーラ次元にギデオンの旧姓と同じ名前が?????繰り返しますが小説冒頭です。始まる前です。一体何が待ち受けているんだ……と私はかなりビビりました。そして小説を読み進めて読み進めて終盤、はーーーーーそういうことか……!

アナ/Anaはプレインズウォーカーとして覚醒する前、癒し手として修業していたころの師の名前というのは本当です(リリアナのオリジンにも登場しています)。それだけでなく、「リリ-アナ」なんでしょうね。そしてイオラ/Ioraは本人曰く「どこからきたのかはわからなかった。ただ、頭に浮かんだのだ」と。一応フィオーラ/Fioraのイオラ/Iora、そう認識しているようです。

アクロスの英雄、キテオン

けど一読者として当然疑問に思うわけですよ。リリアナはギデオンの昔の名前を知っていたのだろうか、あるいは聞いたことくらいはあったのだろうか? と。ここで思い出すのは『アモンケット』のストーリーです。

Magic Story『アモンケット』編第二話「信頼」より引用

彼女は少し離れ、歯を見せて笑いながら彼を見上げた。「ね――さっき、何て呼ばれてたの?」

「キテオン。キテオン・イオラ」 その名は、自分でもしっくりこない感じがした。「私の……名前だ。テーロスでの。ずっと昔のことだ」

「キテオン。ギデオン。そんなに違わないけど」

「ああ。バントの人々が聞き間違えたか、正しく発音できなかったかでそのままだ。今はギデオンが私の名だよ」

ここでギデオンと会話しているのはリリアナではなくチャンドラですが。ギデオンはオケチラ神に昔の名前を呼ばれており、このやり取りを読むに仲間にもある程度聞こえていたようです。リリアナの心の片隅にも、キテオン・イオラという名前が残っていたかもしれません。それにしても貴女がその名を名乗るのか、その……貴女のために死んだ男の……かつての姓と同じ……とは……なあ……。

■鴉の男とは何者だったのか

今回こそ明かされるのかなと思っていたんですが、明かされませんでした。後日談での登場と行動のパターンはこれまでとまったく同じく、岐路に立つリリアナの前に現れては悪しき選択へと誘導するというもの。特に今回は《鎖のヴェール》に結構こだわっていたような感じです。ヴェールはシャンダラー次元のアーティファクトですが、鴉の男自体はリリアナがそれを手に入れるずっと以前から、それどころかプレインズウォーカーとして覚醒する以前から彼女に接触しています。

一応、鴉の男の正体について、ぼんやりとしたものですが私自身の推測を書いておきます。ほかのプレインズウォーカーなどではなく、「リリアナ自身の何か」。リリアナ自身の内なる暗い心の顕現、とかそういうものなのではないかと。

……というような描写から、私はそう予想しています。あくまで予想ね。ほかのプレインズウォーカー、例えばよく挙がるようにボーラス(これはもう十中八九ないですね)やウルザ、プレインズウォーカーではありませんがリム=ドゥールだとしたら、もっとそれらしいほのめかしが過去にあったと思うんですよ。「我々はいったん死んだ人物を死なせ続けておくよう非常に注意を払っている」とマローも言っていましたし。

■ゲートウォッチとの別れ

小説「War of the Spark: Forsaken」チャプター80より訳

そうでなくとも、リリアナ・ヴェスは死んだとゲートウォッチには信じ続けてもらわねばならない。彼らには二度と会えないのだ。

ジェイスには二度と会えないのだ……

ゲートウォッチには二度と会えない、リリアナはそうわかっています。ジェイスとチャンドラも、ドミナリアでリリアナが死亡したと受け止めました。そんな結末を迎えた今、小説「Agents of Artifice」(発行:2009年)の結末付近を読み返すと、とても切ないものがあります。

小説「Agents of Artifice: A Planeswalker Novel」チャプター33より訳

また会えたときには、答えを用意しておこう。リリアナを重荷から解放してやろう、どれだけ長くかかろうとも、どれだけ多くの世界を捜し回ろうとも。怖れと自暴自棄と嘘の下にある、真の彼女を知ろう。

そして、その彼女を再び愛することができたなら、自分たちはまた始められるのかもしれない。

この小説では、ジェイスとリリアナ(とテゼレット)の出会いと初期の因縁が語られました。リリアナはジェイスを誘惑し、利用してボーラスの任務を全うするのですが、その過程でジェイスを本気で愛してしまいます。ジェイスは利用されたと知ってリリアナの前から去るのですが、リリアナが抱える苦しみもまた理解しており、彼女の力になろうと決意していました。

そこから実時間6年弱を経た『戦乱のゼンディカー』で2人は再会、そして『異界月』でリリアナはゲートウォッチに加わり、ジェイスの仲間となりました。彼女の加入自体、ジェイスの提言(要望?)によるところが大きかったようです。

リリアナの憤りリリアナの誓い

けれどジェイスの、「リリアナを重荷から解放してやろう」「怖れと自暴自棄と嘘の下にある、真の彼女を知ろう」という自らへの誓いは……果たされなかった、と見ていいのかな。それどころかリリアナの事情も真意も知ることなく――少なくとも、リリアナもギデオンの死に打ちのめされていた、とは理解していましたが。

『カラデシュ』~『アモンケット』あたりのころは、2人の様子に「すっかりヨリ戻してんじゃねーか!」と笑ったものでした。それが、こんな別れを迎えるとは。ですがもし『灯争大戦』のあとにゲートウォッチがリリアナに対面したとしても、ギデオンの死という重い事実がのしかかったでしょう。

この先本当に二度と会うことはないのか、それともまたいつか、ふとしたところで再会するのか……。ジェイスとリリアナだけでなく、今やゲートウォッチはほぼ散り散りになってしまっています。この先の彼らがどうなるのかについては、長い時間をかけて見守っていくことになるのでしょう。

それでもリリアナの――アナの前途に絶望/Forsakenが満ちているわけではありません。彼女はテヨの、ラットの善性に触れて心を動かされました。自分を支えてくれる、力になりたいと願ってくれている若者たちとの旅は、きっとアナをいい方向へと連れていってくれる……少なくとも私はそう願います。

人生は続く

(終)

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若月 繭子 マジック歴20年を超える古参でありながら、当初から背景世界を追うことに心を傾け、言語の壁を越えてマジックの物語の面白さを日本に広めるべく奮闘してきた変わり者。 黎明期から現在までの歴代ストーリーとカードの膨大な知識量を武器にライターとして活動中。 若月 繭子の記事はこちら