ある日の晴れる屋にて。
「大変です。今年の『統率者』、大口縄とレイモスとワシトラそれぞれで記事一本分くらい書けてしまうんですが」
「一本にまとめて下さい」
「無理です」
こんにちは、若月です。
背景世界好きにとって、近年の『統率者』シリーズは目が離せない製品です。過去のプレインズウォーカーをカード化しつつ先の物語も見据えた2014年、心をえぐってきた2015年、週刊連載やフレイバーテキストで見た沢山のキャラクターがカードになった2016年。そしてだいぶ早めな今年の『統率者』もまた、古くからの背景世界好きを確実に落としにかかるラインナップで攻めてきました。
「書くこと多すぎる……どうしよう……」
そうなのです。「過去の有名キャラクターをカード化」であっても今年のラインナップはその情報量、過去の物語における露出度が段違い。本当は冒頭の通りに1枚で1本ずつ書きたいくらいなのですが、さすがに許可が下りませんでしたので、やむなく上記の3枚をまとめて書かせていただきます。でも後述しますけれど私、15年間ずっとカード化を待ち望んでいたんですよ! 長いけれど覚悟してね!!
1. 世界法則の顕現
神河ブロックストーリーのラスボスと言って差し支えない存在です、大口縄。当時カード化はされていませんでしたが、《最後の裁き》にその姿を見せていました。
いわゆるヤマタノオロチ。今回ドラゴンとしてカード化されたことで、「ハイドラじゃなかったのか」という声も聞こえます。大口縄の元々の描写がどうだったのか、神河ブロックの小説を調べてみました。
小説「Heretic: Betrayers of Kamigawa」チャプター13より引用
“The Great Spirit Beast,” Konda said. Takeno noticed his eyes begin drifting anew. “O-Kagachi, The Great Old Serpent. The embodiment of the kakuriyo itself has come to claim The Taken One, that which now rightfully belongs to me.”
Serpentだった。事実神河のドラゴンは東洋龍的な、蛇に近い姿をとっているのでまあこの場合いいんじゃないでしょうか……? それにハイドラで神ですと《大祖始》と色々かぶりますしね。
さて、大口縄について説明するにはまず神河という次元の姿から始める必要があります。
神河次元は二つの領域から成っています。人の世界「現し世(うつしよ)」と精霊の世界「隠り世(かくりよ)」。精霊、神河世界では「神/Kami」と呼ばれるそれこそが、神河世界を大きく特徴づける存在です。彼らはそのクリーチャー・タイプが示す通りに「スピリット」、自然の力や何らかの強い感情の具現であったり、付喪神であったり、いわゆる妖怪であったりと様々です。
ですが神の中でも大きな力を持つ「高位」の存在は世界でも普遍的なものや不可欠の要素の具現であり、それこそ他の次元における神/Godのように崇拝されています。代表的なのは五色の「明神」サイクルですね。
それぞれが主に司るのは光、風、闇、炎、生命。一方で大口縄は隠り世そのものの体現であり、あらゆる神の頂点に位置する存在です。ですが世界の根本にあまりに近いためか、その存在はほとんど知られていませんでした。神河の神の多くは力を持ち、信仰や畏敬の対象であり、人にとっては遠くて近い存在。ですが神河ブロックの物語では、長く続いたその均衡と境界が破られた「神の乱」が描かれています。その発端は一体?
永遠原(とわばら)を統べる大名、今田。彼は現し世と隠り世の境が弱まった隙に《三日月の神》や空民と共謀して儀式を行い、大口縄の「要素」を奪ってその力を我がものとしました。大口縄は怒り狂い、以来20年続く「神の乱」の始まりとなりました。
ちなみに、「現し世と隠り世の境が弱まった」理由は、あの「時の裂け目」の影響によるものです。裂け目はドミナリア次元にて発生したものですが、ドミナリアは多元宇宙世界の中心に位置することから、その影響は他の次元にまで波及していました。
《永岩城の君主、今田》は破壊不能能力を持ちますが、これは彼が奪った大口縄の要素……《奪われし御物》の力によるものです。破壊不能、当時はまだ「破壊されない」という注意書きのままでしたが、『ダークスティール』にて大々的に登場したものでした(ちなみに「破壊されない」という概念そのものは『アルファ版』から存在します。タイムシフト再録された《土地の聖別》がそれ)。神河の一つ前、『ミラディン』ブロックでの「破壊されない」能力は「破壊されない金属、ダークスティール製であるため」というフレイバーでした。それが今田大名は一見生身の人間であるのに破壊されない、これは発表当時とても衝撃でした。今でこそ破壊不能能力はさほど珍しくなくなりましたけどね(「再生」能力と入れ替わるような役割で与えられていると思われます)。
さて「神の乱」の20年目、大口縄がついに今田の居城である永岩城を直接攻撃した時のこと。その混乱に乗じ、夜陰明神の加護によって「影から影へと渡り歩く」梅澤俊郎が、奪われし御物を持ち出しました。大口縄はその存在が消えたことを察し、破壊を残して去りました。
そして御物は樹海で待つ《真実を求める者、今田魅知子》へと届けられ、解放されます。奪われし御物、大口縄の「娘」は人間の娘の姿をとり、ですが皮膚は鱗に覆われ、目もまた蛇のそれでした。大口縄の要素を奪う儀式は20年前、魅知子姫の誕生と同時に執り行われていたため、二人は霊的な「姉妹」として強い繋がりを持つに至っていました。
探していたものを発見し、大口縄は怒り狂って樹海へ向かいます。そしてこれからどうするべきか、姉妹は話し合いました。「彼女」はかつて大口縄の一部でしたが、今田によって摘出されたことから自我を持つに至り、再び大口縄に取り込まれることを拒みました。また、今田の行為と大口縄による破壊によって、神河世界の理は崩れつつありました。大口縄と今田を倒し、神の乱を終わらせ、新たな理を作り、自分たちがその守り手となる。それが姉妹の結論でした。
二人は大口縄に対峙します。その頭を一本また一本と拘束し、石へと変えて無力化し、そして残り二本になった時に大口縄はついに空から落ち、その姿もありふれた蛇程度の大きさにまで縮んでしまいました。二人は大口縄の残る二つ頭をそれぞれ食らうことで止めを刺し、続いて今田をも容易く倒し、かくして神の乱は終わりを迎えたのでした。
姉妹は大口縄の後を継いで、現し世と隠り世の境を守る存在となりました。それぞれの父親が乱した世界の法則と和を、新たな形で安定させるために。そして話中で恐らく数百年後のこと。小説「Future Sight」にて、ボーラスとレシュラックが戦いの最中に神河と思しき次元をかすめる場面がありましたので紹介します。
小説「Future Sight」P.255-256より訳
彼(レシュラック)はボーラスを追ってとある不思議な次元へ、いや、とある不思議な次元のすぐ外側の虚空へ辿り着いた。その世界は珍しい果実が割れたように、二つの涙型が合わさって完全な球形を成していた。球は曇っており、氷水の鉢のように不透明で、その形の先がどのようなものかは全く見通せなかった。
(略)
彼とその世界の間に、獰猛そうな女性が二人、槍と剛弓を手に現れた。ほぼ双子のようで、そのきらびやかな鎧の下の姿はほぼ同一だった。左の一人は蛇を思わせる鋭さと危険を漂わせ、もう一人は女王のような威厳を携えていた。
二人は槍を交差し、声を合わせて告げた。「我等はこの世界の守り手。そなたを歓迎することはできぬ。立ち去るがよい」
一方で梅澤俊郎はというと。過去に数度書いた通り、彼は「神の乱」が終わった後に夜陰明神によってドミナリアに流されました。ここで疑問なのは何故夜陰明神が神河の外の世界を知り、そこへ渡ることができたのかということ。上に書いたように、現し世と隠り世の境が弱まったのは時の裂け目による影響。ですがそれだけでなく、大口縄が神の乱にかまけていたことでその境はさらに弱まり、その隙に夜陰明神は神河の外の世界を覗くことができたのでした。『神河救済』小説から、その件についての夜陰明神と俊郎の会話を訳します。
小説「Guardian: Saviors of Kamigawa」P. 309-310より訳
「あの大蛇が御物を見つけようと躍起になる間、世界の壁はさらに脆くなった。さらにその壁の守りが疎かになると、我は肉体と精霊の境界のみならず神河と他の世界との境界を越えられるとわかった。異なる法則、異なる力への道を持つ全くの新たな世界。大口縄の目が届かぬ間、我はそれらの世界を訪れることができた。そこで何を見たか、わかるかの?」
「宝物ですか? それとも啓発、新たな目的でしょうか?」
「それもあるが、さらに多くのものだ。我は神河と同じように崇拝されていた。そのため他の世界にも我は存在する。崇拝者たちは我を異なる名で呼び、異なる儀式を行う。だがあらゆる世界で我は、その半分を満たす闇と深い関わりを持つとされていた。とても……心躍る知見ではないか」
あらゆる世界に夜と闇があり、それを司る存在が崇拝されている。どのような世界でも、例え姿は違っても、「夜と闇を司る」それらは本質的に夜陰明神と同じ存在……ということなのでしょうかね。ちなみに12年前にこの部分を読んだ時、私に《ショック》が走ったんですよ。いるじゃん、ジャムーラにも、夜の名を持つすごい精霊が。以来ことあるごとに「そうだったら面白いと思わない?」くらいの気分でそれを書いています。
そして「現代神河」がどうなっているのかはほとんどわかっていません。ジェイス主人公小説「Agents of Artifice」での描写、また第39回で取り上げた《大蛇の大魔導師、かせ斗》や、Magic Story『カラデシュ』編で語られたタミヨウ一家の様子からするに当時から大きな変化はなさそう、というくらいですね。いずれ通常セットとして「回帰」することはあるのか、私もわからない。以上、何だか大口縄というよりも神河ブロックストーリー結末の解説でした。
2. 「闘士」の気高き友
実は前々回ちょっと言及していたことにお気づきでしょうか。
第57回より引用
マダラとその近隣諸島には昆虫人間Eumidian、亀人間Chelonian、猫ドラゴンNekoruなど、ドミナリアの他地域では見られない独特な種族も存在します。
誇り高き猫ドラゴンの一家や、(後略)
そう、これ。ワシトラは前々回書きましたテツオ・ウメザワや「皇帝」ニコル・ボーラスと同じ物語のキャラクターです。つまり完全新規キャラクターではなくて結構昔から存在していました。さすがに『レジェンド』発売当時ではなく(カードに存在は確認されません)、三部作小説が発刊された2001-2002年でしょうけれどそれでも十分古い。おまけに小説のみの登場ですので、開発側も知っている人は少なかったようです。「猫ドラゴン」なんて妙なものを出したいと思ったら実はもう存在していた、ってそりゃ驚くわ。
カード名にあるNekoru/ネコルーは「cat-dragon」の意であり、その通りにドラゴンと猫の両方の特徴を併せ持つ(けどだいたい猫に近い)種族名です。翼の生えた猫、をイメージすると良いかもしれません。そしてマダラ帝国の固有名詞には「ちょっとずれた日本語」的な名称が頻出します(ずれていないものも)。神河語がちょっと入ったジャムーラ方言として「マダラ語」みたいなものがあるんでしょうかね。ワシトラという名も「eagle-tiger」の意だと自分で言っていました。
そして、かわいいと評判の猫ドラゴントークンは子猫(子ネコルー)ですね。ワシトラはお母さんでして、物語でも何匹もの子ネコルーが登場しています。かわいすぎる初登場シーンがこちら。
小説「Emperor’s Fist: Magic Legends Cycle II, Book II」P. 47より訳
ベジャン村長の足元には六匹の、それぞれ樫の太樽ほどの子ネコルーがいた。未だ目は開いておらず、か細く鳴きながら小さくぎこちない手を伸ばしていた。そして既に短くも色鮮やかな毛皮と固有の模様に覆われていた。
さて、第57回でテツオとボーラスの物語を解説したときには詳しく言及しませんでしたが、実は話中のそこかしこにワシトラは登場していたのでした。実は物語そのものも、ワシトラが住み着いて魚の貢物を要求されたセカナ村(Sekana。Sakanaではない)に、テツオの弟子兼付き人であるトー・ウォーキが訪れるところから始まっています。彼はワシトラの様子を偵察するも、自分の手には余ることがわかってテツオを呼びました。
こちら改めて「主人公組」の4人。
テツオはワシトラと話をつけ、海岸にて決闘を開始します。ワシトラの素早さと力は凄まじく、マダラ帝国随一の戦士であるテツオにとっても容易い相手ではありませんでした。ですがその戦いは、突如海から現れた巨体のワームによって中断されます。ワームは人語を話し、テツオに告げました。それは皇帝や「暗殺者」ラムセスが侵略しようとしているマダラ近隣のArgenti島の君主、《Lady Caleria》から送り込まれた警告でした。
ランドワームだけど海から出てきたぞ。テツオはワームを倒しますが、自身とラムセスの対立を考えるに、ワシトラを倒してもこのままでは引き続きこの村は脅かされると考えました。そこでワシトラの傷をケイに治療させ、そして彼女を自身の代理として任命し村を守らせる契約を交わしました。代価はワシトラの好物である美味な魚。彼女は不承不承同意し、テツオは安心して自身の別の戦いへ向かいました。
少ししてワシトラは六匹の子ネコルーを産み、うち一匹は生き延びられませんでしたが五匹が元気に育ちました。そして腕白盛りとなった彼らもテツオたちの友となります。特に、こちらも前々回少し名前を出しましたがテツオの戦友でありボガーダンからの巡礼者Kolo Meha(メイハ)。子ネコルーたちにとって彼は「よく遊んでくれる人間のお兄さん」であり、彼が旅に出ると告げられたときは鳴き声を上げて悲しがっていました。
ワシトラはテツオたちの良き理解者となり、彼女一家の住まうセカナ村は物語中で「始まりの場所」的な存在となりました。後にテツオは皇帝に反逆し、しばし身を隠すのですが村人やワシトラ一家は親身に彼の力になります。テツオはワシトラへとウメザワ家の領地を守ってくれるよう願い、彼女も了承します。暴れたい盛りの子供たちはマダラ帝国の兵士相手に「狩り」を練習する絶好の機会でした。
ラムセスと皇帝を倒すと、テツオたちは再びセカナ村に集まりました。子ネコルーたちがにゃあにゃあと(?)楽しく声を上げながら飛ぶ空の下、彼らはマダラと自分たちの今後について話し合います。その中でテツオは笑いながら言いました。ネコルーはただネコルー、彼らの忠誠がこの先どこへ向かうのかは誰にもわからないだろうと。
皇帝という絶対的な支配者を失ったマダラがその後どうなったのかはよくわかっていませんが、一つだけ。『時のらせん』ブロックの物語にて主人公であるテフェリー一行は旅の途中でマダラの海岸へと流れつきました。土地勘のない彼らですが、現地民と遭遇してその話を聞いたところによれば、そこは完全にネコルーが支配する国なのだと……。
3. 伝承となった機械兵器
小説『Mercadian Masques』 チャプター19より訳
「レイモスだ」
祭壇の前で砂が弾けた。地面から巨大な頭部が、長い鼻面が、鋭い嘴が、そして爬虫類に似た瞳が飛び出した。光沢のある金属の鱗が輝いた。二本のすらりとした角が長くしなやかな首の上に伸びていた。肩の歯車構造から砂が滑り落ち、そして巨大な二対の鉤爪が翼の巨体をねぐらから持ち上げた。
レイモスは、ドラゴンだった。
違う、ジェラードの唇からその言葉が出かかった。ドラゴンではない。ドラゴン・エンジン。ムルタニの写生帳を見た微かな記憶が思い出された。ドラゴン・エンジン、兄弟戦争の時代において最強のアーティファクト。それらを用いてウルザとミシュラはテリジアの大地が沈むまで戦った。レイモスはその一体、けれどウルザによって再設計されたものだった。人々を殺すためでなく救うために……。
ああ。私、冗談抜きで15年間、カード化を待ち望んでいたんですよ……小説で初めてそのエピソードを読んでからずっと(小説刊行は1999年だけど私が読んだのは2002年になってから)。
どうしよう、マジックにおいて思い残すことがないレベルで願いが叶ってしまった。
『メルカディアン・マスクス』の様々なカードにその名を見せていたレイモス。当時のスタンダードプレイヤーであれば否応にも「リベリオン」デッキにて《レイモス教の兵長》《レイモス教の副長》を見かけたでしょう(なお、その次に呼び出される《果敢な勇士リン・シヴィー》は『ネメシス』のカードであり、異なる次元のキャラクターですのでレイモス教とは無関係です)。他にも通称「レイモスシリーズ」とも呼ばれるマナアーティファクト群にその名を見せていました。
『メルカディアン・マスクス』の白勢力であり、一世を風靡した「レベル」クリーチャー。彼らはレイモスを神と崇め、メルカディア人による圧政に対抗する人々です。「レベル/Rebel」とは「反逆者」「反乱軍」の意。あまり白っぽくないかもしれませんが「悪の支配に対抗する正義の反乱軍」ということで白なのでしょう、スター・ウォーズみたく。ですが『メルカディアン・マスクス』のカードでは、そのレイモスが具体的に何なのかは明かされておらず、それを知るには小説や各種資料から物語の詳しい情報を手に入れる必要がありました。「レイモスシリーズ」から、アーティファクト・クリーチャーなのでは? と想像できたくらいでしょうか。
あれから18年、カード名が示す通りにレイモスは「ドラゴン・エンジン」です。
《ドラゴン・エンジン》フレイバーテキスト(日本語訳は第4版より)
クルーグの街がミシュラの軍勢の手に落ちないと信じていた人々は、ミシュラの戦争機械軍団の実力をまったく過小評価していた。
すなわち、ドラゴンの姿を模した戦争機械。兄弟戦争にてミシュラがファイレクシアから持ち出し、また時代が下ってファイレクシアがドミナリアを直接侵略した際にも使用されました。
では、何故その戦争兵器が全く別の次元で神と崇められるようになったのか。簡単に説明しますと、レイモスは戦争兵器でありながら再プログラムされ、負傷兵や難民を乗せて破壊を逃れ、メルカディアへと辿り着きました。時を経てその伝説は形を変え、レイモスは「救世主」「創造主」と語り継がれるようになったのでした。過去数度書いたように私は『メルカディアン・マスクス』の物語が大好きなのですが、それはこの「レイモス伝説」に心を打たれたから、というのが大きいと思っています。というわけで小説『Mercadian Masques』チャプター19で語られたそれを詳しく解説させて下さい! 長さは自重しません!!
遠い昔のこと。ドミナリア次元、悪名高き「兄弟戦争」最終決戦の地であるアルゴスにて。ウルザとミシュラはついに直接対峙し、そしてウルザは弟がファイレクシアの機械の異形と化していたことを知ります。自分たちがもたらしたもの、弟が成り果ててしまったものへの悲しみから、彼は世界に終焉を呼ぶというアーティファクトの力を解き放ちました。
山脈を崩し、大陸を沈め、大津波を起こすほどの衝撃波が世界を襲います。レイモスはアルゴスから舞い上がり、その荒々しいエネルギーから逃走しました。そして海にて恐怖に逃げ惑うマーフォークを、次に避難民を満載した巨大なガレー船を荒波からすくい上げ、彼らを救うべく逃げました。
レイモス自身も巨大、ですが彼が救おうとした人々は多すぎました。巨大なガレー船とその乗員の重さにレイモスの速度は鈍り、破壊の波に追い付かれてしまいました。混沌のエネルギーと魔力の渦に包まれ、レイモスは人々を抱えたまま、故郷の世界へと投げ飛ばされてしまいました――ファイレクシアへ。
そう、レイモスが生まれたのはファイレクシア。かつて人類を狩りたて殺すための兵器として創造され、持ち出され、ですがウルザによって作り変えられたのでした。彼はミシュラ軍と戦い、そして大勢の負傷者を戦場から連れ出しました。サイリクスの衝撃波がアルゴスを吹き飛ばした時、レイモスはウルザの設計に従い、できる限り多くの人々を救おうとしました。そして逃げながらもマーフォークとガレー船を拾い上げて飛んだのですが、彼らをファイレクシアへ連れて行くことは「救助」ではありませんでした。この恐るべき地で人々は生きていけず、また歪みねじくれた怪物へと変化してしまいます。
レイモスはファイレクシアから通じる別の、比較的安全な世界を知っていました。サイリクスの衝撃波で壊れかけながら、レイモスは残る力を振り絞ると、半ば忘れ去られたポータルを目指して飛びました。
そして文字通りに最後の力とともに、レイモスはメルカディア次元の空へ現れました。片手にマーフォークの群れを、もう片手にガレー船を持って。ですが彼らは炎に包まれ、生きながら焼かれる苦しみに悶えていました。その様子を見て、レイモスの心が砕けました。それは彼の核から離れ、海へと落下し、深淵にて待ち続け、やがてパワー・マトリックスと呼ばれる秘宝となりました。
空ろな心でレイモスは片手を下ろし、マーフォークたちを優しく海へと放ちました。次に船の甲板へ手を伸ばして乗組員をリシャーダの砂浜へ、そして船倉の避難民をラッシュウッドの森へ逃がしました。海水が、砂が、木々が炎を消してくれました。次に自身の内へ手を伸ばしたものの、あったのは屍だけでした。哀れみから、レイモスは彼らをも掴み上げてディープウッドの沼地へ放ちました。
そして船とレイモスだけが残されました。双子の太陽のように燃えるその下で、森や街が弾け飛びました。建物は破壊され、石は灰と化し、何千何百という人々が命を落としました。レイモスが数百人を救おうとしたために、何千何百人が。そしてその残酷な皮肉が、レイモスの核を壊しました。焼け付く熱にも耐える不滅のクリスタル、ですがそれは何千何百という死の重みには耐えられませんでした。燃え盛る船が手から滑り降ち、地面に落下して巨大なクレーターを作るとともに、そこから炎が弾けて森へと広がりました。そしてレイモスはその燃えさかる鉢へ墜落しました。
レイモスは立ち上がれず、また立ち上がろうという意志もありませんでした。
炎の中、周囲の生命全てが黒い煤と化し、ですがレイモスは死にませんでした。やがて炎は消え、レイモスは灰の中で孤独に残されました。
そして時が経ち、生命が蘇りはじめました。ひび割れた大地を草が覆い、灰を芽が押し上げ、黒色は緑色へと変わっていきました。生命の目覚めとともに、レイモスもまた目覚めました。彼はクレーターの中心に祭壇を置き、そしてその上に、核から砕けて落ちた五つのクリスタルを安置しました。レイモスはそれを、自身が殺してしまった何千何百人の象徴としたのでした。彼らの記憶を残し、祈りを捧げるために。
……これがレイモスの物語です。何という心優しき機械でしょうか。話中では、レイモスのアーティファクトを求めて森を訪れたジェラードが、ドライアドたちからこれを聞かされました。《集団潜在意識》はその場面、そして項目冒頭の登場場面に繋がります。
また、この歴史は時とともに少しずつ形を変えて伝えられてきました。ラッシュウッドの森に降ろされた人々や火山島サプラーツォのマーフォークはそれぞれ、少し違うながらもよく似た創世神話を語り継いでいます。
物語の円。「物語」とは、形を変えて伝えられてきた兄弟戦争の物語です。その登場人物にはミシュラの弟子のアシュノッドを思わせる「赤毛の女悪魔」までおり、よほど印象深い(怖い)人物だったんだろうなあと笑いたくなりました。
レイモスはジェラードたちに五つの石を託すと、再びクレーターにその身を横たえました。ですが物語の最後にはついに飛び立ち、紛争が終結するメルカディア市に舞い降りると、守護者たる自身の帰還を堂々と宣言しました。この最後のあたりもとても熱く感動的なエピソードなので、いずれ「メルカディアン・マスクス物語もリマスター」回を書くときに詳しく。一体いつになるのかはわからない。
……と、レイモスはファイレクシア生まれ。そこで誰もが疑問に思うでしょう。
「ファイレクシア生まれだけど、油は大丈夫なの?」
これは全くの個人的な意見ですが、大丈夫だと思っています。ミラディン次元は急速に汚染されましたが、『メルカディアン・マスクス』の時点で、レイモスがメルカディア次元に墜落してから四千年以上が経過していましたが見たところ何ともありません。ファイレクシアの油と世界との「親和性」はピンキリらしく、もしくは、ほら「油は燃える」から墜落炎上したときに燃え尽きたんじゃないですかね(適当)。
4. 宣伝です
書いた……書き切った……レイモスについて全力で書き切った。これ以上ないくらいに満足です。
ところでMagic Story休止期間に日本公式ウェブサイトにて記事を書かせていただいていました。テーマは「知られざる歴史を辿る」!
今回もわかりやすく書けたかな、と思っています。個人的に印象深かったのは彼ですね。
メアシル。彼の項目を書くために『ザ・ダーク』の小説を久しぶりに読み返したのですが、改めておもしれーなこれ!! そして能力が素晴らしいくらいに物語を再現しているし、このアートも小説のイメージそのままだし……という訳でいずれ「リマスター」シリーズ扱いで『ザ・ダーク』編を書きたいなあ。ちょうどいいことに時代も兄弟戦争の次ですしね。問題は主人公とヒロインのカードが存在しないことですが……そしてシリーズの完結がさらに遠ざかる!
それではまた次回に。
(終)
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