あなたの隣のプレインズウォーカー ~第68回 リリアナ・ヴェスの純情な感情 デモニックパクト~

若月 繭子

 こんにちは、今月は遅れましたが若月です。

 『基本セット2019』はすごい……ニコルとウギン……いやこっちはちょっと待っていろいろと追い付いてない……ので今回は先日完結した『ドミナリア』ストーリーの話をしたいと思います。ですが登場人物も多く、どこに焦点を当てたらいいのやら、と考えて一つ思い当たりました。

リリアナの契約

 ちょうどおもしろいカードが出たぞ。リリアナの契約悪魔。『ドミナリア』にてついにその4体目が倒されました。最後の1体。とても、とても長い旅路でした。始まったのはいつ? 『ローウィン』で初めてプレインズウォーカー・カードが登場した当時の記事に、すでに悪魔との契約に関する記述がありました。

公式記事「PLANESWALKERS UNMASKED」(掲載:2007年10月24日)より抜粋・訳

リリアナは数体の悪魔と取引を行い、若い女性の肉体と活力を長年に渡って保持している。

そして凄まじい力も。

(略)

彼女は悪魔達を対処しようと考えており(黒の魔道士がフェアプレーをすると思ったのかい?)、今のところは人生を楽しんでいる。リリアナは死神に指をさして笑いながら生きている。だがそれでも、思考の影には恐怖がしつこく付きまとっている――自分は本当に契約文に対処できるのだろうかという疑いは、彼女の意識に滑り込んで脅かしている。

あらゆる悪魔は知っている、誰もが契約から逃れたがっているのだ。

 約11年前! マジックには登場12年目のカード化とか23年目のカード化とかそういうのがザラにありますが、これもまた長いことかかりました。そろそろ最初のあたりの話とか忘れている or 知らないという人も多そう。そういうわけで今回はリリアナの悪魔退治11年の軌跡を振り返ります……まあご存知の通り、悪魔4体を始末したらもっと悲惨な結末が待っていたのですけれど。

1. コソフェッド

魂の貯蔵者、コソフェッド

 さて、リリアナは悪魔との契約で若さと力を保持していましたが、魔法を行使する度に現れる皮膚の契約文は非常に煩わしいものでした。実害はなくとも、それは常に彼女へと「自分の魂が他の誰かのものである」「自分は隷属させられている」という実感を植え付けます。隷属は黒のカラーパイであるからこそ、自分がその対象になっているというのは我慢ならないこと。ですがあるとき、契約悪魔コソフェッドに一つの任務を命じられたことで、悪魔へと背く手段を彼女は手に入れます。

Demonic Tutor鎖のヴェール

 カード化されたのは『マジック・オリジン』と比較的最近(?)ですが、リリアナとコソフェッドのやり取りが最初に描かれたのは2008年8月掲載のウェブコミック『ハンターとヴェール』でした。《鎖のヴェール》もここで初登場。

 「鎖のヴェール」は元々、コソフェッドが手に入れようとして謎の古代遺跡へリリアナを遣わしたのでした。後にこの次元はシャンダラーだと後に判明しました。ヴェールの入手自体は比較的容易でしたが、彼女は道中に遭遇した獣を倒したことでそれを使役していた《野生語りのガラク》の怒りを買ってしまいます。ガラクは遺跡の中へとリリアナを追いかけて襲いますが、リリアナはヴェールの力を引き出して返り討ちにし、殺しこそしなかったものの呪いをかけました。リリアナはヴェールを手にプレインズウォークで悪魔のもとへ向かい、そして呪いを受けたガラクはそれを解くかリリアナを殺すために長い追跡を開始するのでした。

野生語りのガラクリリアナ・ヴェス

 ガラクはリリアナの行方を知ろうとラヴニカのジェイス宅までも押し入るのですが、そんなことは知らずリリアナはコソフェッドへとヴェールを渡すのではなく契約の破棄を宣言し、その悪魔を倒してしまいました(※出典)。コソフェッドは死に際に「俺を殺してもお前が求めるものは手に入らない」と言いますが、リリアナは意に介しませんでした……今思えばこれは契約破棄の果てに待っているものの伏線にも見えますね。

 鎖のヴェールについては? 「コソフェッドが手に入れたがった強力な魔法のアーティファクト」ですが、現時点の情報や描写ではその謎と危険さはともかく、コソフェッドが命じてリリアナが手に入れたことに特に裏はない気はします(後から追加されないとも限らないですが)。

2. グリセルブランド

グリセルブランド

 ここに書くまでもなくリリアナの契約悪魔の中で、それどころかマジックの歴代悪魔クリーチャーでも最も活躍しているのがグリセルブランドでしょう。コソフェッドを倒し、次にリリアナが向かったのはグリセルブランドが住まうイニストラード次元。

 契約悪魔4体はそれぞれ居住する次元が異なります。イニストラードはグリセルブランドがいるというだけでなく、リリアナがプレインズウォーカーとして覚醒した際に初めて飛んだ先であり、初めて本格的に屍術を学んだ次元でもあります。私はよく「プレインズウォーカーの運命は覚醒して最初に飛んだ次元に左右される」と書きますが(※公式に言及があったわけではなく、常々私がそう思っているというだけです)、リリアナもその通り。常に陰鬱な雰囲気が漂うイニストラード次元は彼女にとって居心地の良い場所でした。

 ですがリリアナが訪れたそのとき、グリセルブランドの姿はどこにもありませんでした。その大悪魔の行方は、同じく失踪した守護天使アヴァシンと共に物語の中軸である謎となっていました。後に明らかになったその真実は、あるときグリセルブランドはアヴァシンに決闘を挑み、壮絶な戦いの果てにアヴァシンがグリセルブランドを獄庫に封じようとした瞬間、グリセルブランドが彼女を道連れにした……というものでした。

獄庫

 その決闘を見守っていたのは月皇ミケウスを含め、アヴァシン教会でもごく一部の重鎮のみ。大悪魔とともに彼らの守護天使も獄庫の中へ消えてしまったことに、彼らは困惑します。さらにそのときアヴァシンは重傷を負わされていました。獄庫の中にいる限りは時が止まっているが、獄庫を出たならばアヴァシンはその傷で死してしまうかもしれない……そう考えた教会上層部はこの事件を公表しないことにしました。ですが次第にアヴァシンの姿が長期に渡って見えないこと、教会が行使する力が衰えだしたことに人類やその敵は気づき始めます。

 さてリリアナはどうしたか。様々な情報を辿り、悪魔信者のスカースダグ教団にも接触し、グリセルブランド(とアヴァシン)の行方は教会上層部が把握しているらしい、というところまで突き止めます。折しも?教会本拠地スレイベンをあの屍術師姉弟の軍勢が包囲しようとしていました。

グール呼びのギサ縫い師、ゲラルフ

 リリアナはゲラルフをたぶらかして月皇ミケウスを殺害させ、その屍を蘇らせてグリセルブランドの居場所を聞き出しました。(Magic Story『イニストラードを覆う影』編でギサがリリアナの件で弟をつついたら「その話はやめろ!」みたいになっていたのには笑った。)つまりグリセルブランドを始末するにはまず獄庫から出してやる必要がある、けれどリリアナに獄庫を壊すような能力はありませんでした。ですが彼女は慌てません。自分にできないならば、それができる誰かを利用すればいいだけのこと。

 彼女は《スレイベンの守護者、サリア》に目をつけて教会本拠地をゾンビの群れとともに襲撃し、獄庫に魔法をかけて選択を迫りました。これを破壊するか、配下の兵士達を見捨てるか。リリアナの思惑通りサリアは前者を選び、獄庫は破壊されてグリセルブランドは……そしてアヴァシンは解放されました。

希望の天使アヴァシン

《希望の天使アヴァシン》フレイバーテキスト

黄金の光が獄庫から天空へとらせん状に伸びていった。巨石のごとき銀塊が轟音とともに砕け散り、囚われのアヴァシンはついに解放された。

《グリセルブランド》フレイバーテキスト

「アヴァシンは破壊された獄庫から現れたが、彼女の自由には代償があった。奴だ。」

――聖戦騎士サリア

 アヴァシンがグリセルブランドとの決闘で受けた傷はなく、直ちに世界に天使の光が広がり、人々は信仰の力を取り戻して闇の勢力を押し返していきました。リリアナはそちらのハッピーエンドには目もくれず、逃亡したグリセルブランドを追いかけると未だ弱っているその悪魔を《鎖のヴェール》の力を用いて易々と斃してしまいました。

 『イニストラード』ブロックは冊子での小説が発刊されず、現在のような週刊連載での物語展開もありませんでした。そのためこの一通りの展開は《グリセルブランド》のプレビュー記事「天使は蘇り、悪魔は解き放たれる」にて説明されました。記事では実に物々しくグリセルブランドが公開され、能力は言わずもがなでしたが黒マナの濃さと、特に肩書のない名前だけというシンプルさも逆に強者感を漂わせていました……ですがご存知の通りリリアナに即座にやられてしまった。物語展開の環境が異なったなら、物語においても実際のカードのような強さをもう少し見せてくれたのでしょうか。

3. ラザケシュ

穢れた血、ラザケシュ

 グリセルブランドから3体目のラザケシュまでには結構な年月が開き、その間にマジックの物語展開も大きく変化しました。小説は電子書籍展開を経て『タルキール覇王譚』からウェブでの週刊連載形式へと移行。それによってマジックの物語はとても広く読まれるようになりました。同時に、それまで各セットで張られていた伏線や未解決になっていた問題が解決へと向かいます。代表的なのがゼンディカー・ブロックで解き放たれてしまったエルドラージ。ゼンディカー次元だけでなく多元宇宙全体の危機に、それまで関わってきたプレインズウォーカーが集合して物語が進みはじめました。その過程でゲートウォッチが結成されたというのはみなさんご存知の通りです。

リリアナの誓い

 『イニストラードを覆う影』『異界月』を経てリリアナもこのゲートウォッチに加わりましたが、その目的の一つが仲間の力を利用して悪魔や鎖のヴェールを対処するというものでした。そして願った通りにその機会はまもなく訪れます。カラデシュ次元でテゼレットと対峙したリリアナは、ボーラスがアモンケットにいることを聞かされました。そこは3体目の悪魔、ラザケシュのいる次元。即座にボーラスの本拠地へ向かうのは危険とわかっていましたが、リリアナはひとまずラザケシュの件は伏せたままそれを伝えました。みんなでアモンケットへ向かうよう積極的に主張したのではないにしても、そうするべきであるという流れに持って行ったのでしょう。なにせ悪魔退治は個人的な事情、ボーラスがその次元にいるという理由でもない限りみんなを連れて行くのは困難なのですから。

 ですがアモンケットに到着するとわずか数日で「王神」ボーラスが帰還すると知らされ、リリアナは契約悪魔の存在を仲間に明かさざるを得なくなります。事前に知っていたジェイスはともかく、当然他のメンバーからは反発がありました。ゲートウォッチでもリリアナと仲が悪いのはやはり対抗色のギデオンとニッサですが、まだ理性的にリリアナを理解しようとするギデオンよりも感情に従うニッサの方があからさまな嫌悪感を示すことが多いですね。

最後の審判

 そしてMagic Story『破滅の刻』編第1話の終盤。《来世への門》の先から悪魔が飛来するとともに、ルクサ川の水を血に変えてしまいました。ネットでは「ラザケシュついに来た!」と結構な盛り上がりとなっていました……ですがよくよく読んでみよう、この回では一度もラザケシュという名前は出ていないんですよ。けれどみんなこの悪魔がそうだと認識した。ああストーリー広く読まれているんだなあ、と感激した出来事でした。Amonkhet Invocations版《最後の審判》にはラザケシュの後ろ姿が描かれており、格好良いと評判ですね。

 ラザケシュはリリアナの存在を察しており、彼女を支配すると自らのものへ呼び寄せました。その様子を見て、そしてリリアナへの反発があるとはいえ、ゲートウォッチに「悪魔と戦わない」という選択肢はありませんでした。何せ悪魔という存在が世界に何をするか、彼らはそれをゼンディカー次元で身に染みて知ったのですから。ジェイスのテレパスと不可視呪文で連携を取り、ギデオン・チャンドラ・ニッサで総攻撃を仕掛け、そしてリリアナが血の川で窒息死した動物をリアニメイトし、ラザケシュへと襲い掛からせました。ゾンビ化した鰐の大群に貪り食われてラザケシュは死亡、さらに鎖のヴェールを使わずにそれを成し遂げた……リリアナにとっては上々の結末、ですが利用されたのではという思いとその様相に、ゲートウォッチが彼女に向ける視線は非常に苦々しいものとなっていました。

4. ヴェス家の没落

 ここでちょっと悪魔から話は離れますが、まとめておきたいことがあったので。

 リリアナがプレインズウォーカーとして覚醒したのは現在の話中から200年ほど前、『スカージ』~『時のらせん』の間とされています。兄を治療しようとしてゾンビに変質させてしまい、自身はプレインズウォーカーに覚醒するも一家は壊滅してしまった。『ドミナリア』の少し前に発売された『マスターズ25th』にて、その出来事が地元で語り継がれていることが明らかになりました。

鬼火

《鬼火》 『マスターズ25th』版フレイバーテキスト

「暗い晩には今でも、死んだ兄を探すヴェスの娘のランタンが、カリゴの森では見られるという。その後を追った物は、その娘の終わりのない探索に巻き込まれるそうだ。」

――「ヴェス家の没落」

 リリアナの覚醒と失踪、その後に続いたヴェス家の滅亡は地元の環境や文化と結びついて怪談話となっていました。『ドミナリア』編にてその物語を直接聞かされたリリアナはさすがに気まずさを隠せなかったようで。

Magic Story『ドミナリア』編第1話より引用

薬草の束へ視線を動かしながら、思わずリリアナは尋ねた。「誰か、ヴェス邸のことを覚えている人はいるのかしら?」

 その少女は手を止め、考えた。「怖い話があります。沼の中の、古い崩れたお屋敷。兄は動く死体になって、悪い妹は逃げて――」

「う、ううん、そうじゃないの」 リリアナは止めるように片手を挙げた。あの出来事が今や地元の伝説になっているというのは驚くことではなく、だが聞きたいとも思わなかった。

 公式記事「THE DOMINARIAN ROOTS OF MASTERS 25」によれば「ヴェス家の没落」は一冊の書物として読まれているようです。そして続く『ドミナリア』にもこの通り。

森林の墓地戦慄の影

《森林の墓地》 『ドミナリア』版フレイバーテキスト

「結局、若きジョスの死体は見つからなかった。人殺しの妹もだ。」

――「ヴェス家の没落」

《戦慄の影》 フレイバーテキスト

「ヴェス家の屋敷を取り巻いていた森はカリゴ沼になった。広大な泥沼で、名を口に出すことのできない恐ろしいものがさまよっている。」

――「ヴェス家の没落」

 ちなみに『マスターズ25th』にはヴェス家関連以外にも『ドミナリア』に繋がるようなカードがありました。並べて見るとよくわかるこちら。

戦慄の葬送歌ベルゼンロック典礼

 ひときわ不気味でありながら美しいアートが人気のSeb McKinnon氏の作品。何でも《ベルゼンロック典礼》《戦慄の葬送歌》はアートディレクターMark Winters氏の要望により「掛け合い」的なものになったのだとか(※参考)。とはいえ効果の方でこの2枚に関係はなさそう、なら何の繋がりが……と思いましたら、《戦慄の葬送歌》の収録元は『オンスロート』。ああ、陰謀団ですね。実は『マスターズ25th』には物語性豊かな新アート・新フレイバーテキストが多数あるので、機会があるごとにこうして取り上げたいです。

5. ベルゼンロック

悪魔王ベルゼンロック

 そしてベルゼンロック。居場所はドミナリア次元、という情報は『イクサランの相克』終了早々に各所で公開されました。復興と再生の新時代を謳歌するドミナリア、ですがかつてオタリア大陸にて栄えた陰謀団が悪魔王ベルゼンロックを主として再興、世界中にその勢力を広めつつある……と。なるほどドミナリア次元の黒勢力といえばやはり陰謀団ということですね(ファイレクシアは侵略者なので)。

 そして『ドミナリア』のストーリーは『破滅の刻』直後、ニコル・ボーラスに敗北して満身創痍のギデオン・リリアナ・チャンドラ・ニッサがドミナリアに辿り着くところから始まりました。ですがニッサは「誓い」を破棄して離脱、チャンドラもどこかへ去ってしまいました。リリアナは重傷のギデオンと共に取り残され、仕方なしにしばし彼と2人で行動することになります。故郷であるカリゴの森は陰謀団の進出によって沼と化しており、またリリアナの心をかき乱したのは故郷の風景の変貌だけでなく、かつて自分がゾンビにしてしまった兄・ジョスが陰謀団の司令官となって悪魔ベルゼンロックに使役されているという事実でした。

リッチの熟達リッチの騎士、ジョス・ヴェス

 自分の過去の行いを突き付けられ、そして利用されていると知ったリリアナの動揺と怒りは相当なものでした。そして兄と対峙しようにも、自分一人でそれは叶わないと……仲間の力が不可欠と知ります。唯一の仲間であるギデオンの力が。リリアナはどうにか真実を伝えることなく説明できないかと考えますが、それがうまくいくとは思えず結局ギデオンに自らの過去を明かし、兄を眠りにつかせてやりたいと協力を仰ぎました。

 リリアナが兄の件を他者に明かすのは恐らく初めてのことです。私が知る限り、最も親しいジェイスにすら喋っていません。これは極めて個人的な事情であり、ニコル・ボーラス打倒にも関係ない。リリアナはギデオンが拒否することを予想しますが、何とも素直に彼は了承しました。陰謀団とベルゼンロックはドミナリア全土を脅かしている、その戦力を削ぐのは良いことだと。また話中では示されていませんが、白であるギデオンにとって「不死者となって彷徨う身内を眠りにつかせてやりたい」という願いは無下にはできないものだったのでしょう。

 そして2人は現地のベナリア軍に協力し、陰謀団の軍勢をギデオンが引き付けてリリアナがジョスを呼び寄せ、ついに兄と妹は悲しき再会を果たしました。リリアナはジョスが向けてくる憎しみを当然の報いと受け止めながら、覚悟と共に鎖のヴェールの力を引き出してジョスを屠りました。

最後の別れ

《最後の別れ》フレイバーテキスト

「眠ってください、お兄様。私が差し上げられる唯一の贈り物です。」

――リリアナ・ヴェス

 安堵と共にリリアナは最後に兄へ言葉をかけますが、返ってきたのは辛辣な呪いの言葉でした。不死者として長い時を過ごしただけでなく、自分を止めるために家族全員が死んだという苦しみ。それは全てリリアナに起因するのだと。衝撃に言葉を失うリリアナの前でジョスの体は崩れて消え、さらに自分達のそのやり取りをギデオンに聞かれていたことを知ります。ですがリリアナは心折れることなく自らを保ち、ギデオンの支えも拒み、ベルゼンロックへの復讐を誓ったのでした。

ウェザーライトへの乗艦

 そしてリリアナとギデオンはベナリアへ向かうとウェザーライト号に乗り込み、陰謀団の打倒を目指すジョイラに力を貸すことになります。それからの話中では、随分と柔らかな態度でギデオンや他のみんなと接するリリアナが度々見られるようになりました。

Magic Story『ドミナリア』編第5話より引用

 リリアナは唇を歪め、ギデオンに向けて言った。「吸血鬼が夕食を作る、ですって」

 その言葉に彼は短く笑った。長く困難な一日だったが、今や少なくとも計画を立てるために必要なものは手に入れた。

 トレイリア西部のアカデミーから戻ってきた場面です。料理を作る吸血鬼。たしかにミスマッチですがそれを聞いてギデオンに軽口を叩く、という展開自体がかなり私は「おお?」と思いました。そういえばアルヴァードは登場回でも魚を採っていましたし、何か役割に生活感がありますね。そのギャップが良いと思いません?

Magic Story『ドミナリア』編第6話より引用

テフェリーは眉を上げ、だが優しく告げた。「ああ。だが聞いてくれるかな。私は過去の過ちを何度も清算してきた。不老不死のプレインズウォーカーとして長い人生を過ごしたなら、その過ちは大規模なものになりがちだ。無かったことにはできない、けれど努力すればその行いを償うことはできる」

テフェリーの言葉がリリアナの痛い所を突いたのがわかった。リリアナは不機嫌そうに顔をしかめて視線をそらした。

 ゲートウォッチでは最年長でも、ドミナリアの長寿キャラクターには敵うはずもなく。今回リリアナが接したそんな人々のうち、テフェリーは元プレインズウォーカーです(でした)がジョイラとジョダーは別々の理由で不老となりました。悪魔と契約せずとも若さを保っている彼らをリリアナはどう感じたのでしょうか。

ウェザーライトの艦長、ジョイラ永遠の大魔道師、ジョダー

 とはいえこの2人も安寧としてその人生を過ごしてきたわけでは決してありません。ジョダーはかつてその長い人生の重みや愛する人々に先立たれることに心が耐えきれず、狂ってしまわないよう定期的に記憶を消去していました。ジョイラは時間の流れが遅い水を飲んだことで老化が止まったのですが、それは元のトレイリアが時間遡行実験によって壊滅した時に島に取り残されたためで、彼女は何年もの間苦しいサバイバルを続けて生き延びたのでした。リリアナは2人ともごく普通に接しており、またジョイラとは結構打ち解けた様子でした。不老というのは決して楽に手に入るものではない、それを知ってのことだったのかもしれません。

Magic Story『ドミナリア』編第6話より引用

彼は皆へと振り返った。ジョイラは勝ち誇っていた。ラフは感激し、リリアナは感激などしていないように装っていた。

 かと思えば、遺跡の謎が解けた時にはウェザーライト号最年少のラフ君と一緒にはしゃぐ(はしゃいでない)。可愛いな?

Magic Story『ドミナリア』編第9話より引用

彼はリリアナの勝ち誇った反応を半ば予想した、もしくは自分が考えを変えた様子を少々満足して眺めるような。だが彼女はただ疲れ切ったように言った。「ありがと、その……」 そして気まずそうに顔をそむけた。「……色々と」

ギデオンは少しだけ微笑んだ。他の者には、それは嫌々ながらの礼に聞こえたかもしれない。だが、リリアナがその言葉を口にするのがいかに困難かを彼は知っていた。「どういたしまして」

再鍛の黒き剣

 ベルゼンロックを倒すために《再鍛の黒き剣》を使うことにギデオンを合意させた場面。思えばギデオンはスーラ(ずっと使っていたあの鞭状の武器)を失ってドミナリアへ着き、間に合わせで槍や剣を振るってきました。この伏線だったんかい。ここは本当にギデオンと同じ感想を抱きました。リリアナが皮肉ではない礼を言うとは……。後にギデオンは「リリアナは変わった」と言っていましたが、実際その通りだと思いました。

 だからこそなのか、陰謀団の本拠地アーボーグへ到着し、《アーボーグの暴食、ヤーグル》《虚ろな者、アゴロス》といった怪物に妨害されながらも、本懐を遂げたいリリアナを乗組員らは要塞へ送り出しました。反発を受けながらもなし崩し的に仲間の協力を得ていたアモンケット次元とは対照的に、彼女は大手を振って悪魔退治へと向かいました。どうにか黒き剣を手に入れたギデオンはすでにベルゼンロックと戦い始めており、リリアナは急いでそこへ向かうと得意の罵詈雑言で悪魔を挑発しました。そしてギデオンの手から離れた黒き剣をベルゼンロックに突き刺し、生命力を吸い取ることで悪魔を倒したのでした。

意趣返し

 この戦いの場面で少し気になったのは、ベルゼンロックがゲートウォッチを知っていたということ。とはいえ彼らの存在は秘密でもなんでもなく、むしろ『カラデシュ』の導入からわかるように様々なプレインズウォーカーが多元宇宙に広めているので、それほど疑問に思うことでもないのかもしれませんが。

6. 結末

 ストーリーのウェブ展開も長くなり、だんだんと判明してきたことがあります。「展開は必ずしもカードで見えている通りとは限らない」。

月への封印誘導記憶喪失

 まあ、言ってしまえば昔からそうではあるのですが。とはいえ「注目のストーリー」として展開されているそれですら、カードを見ただけではわからない深い物語が込められています。エムラクールの底知れぬ恐ろしさを見せつけられた『異界月』。ジェイスとヴラスカの旅路と友情が消し去られる悲劇では決してなかった『イクサランの相克』。カードで見えているからこそ、実際の展開に唸らされる。『ドミナリア』もそうでした。

ボーラスの手中

《ボーラスの手中》フレイバーテキスト

「おぬしは契約を履行しなかった。おぬしは我のものだ。我に仕えるか、さもなくば死ぬがよい。」

――ニコル・ボーラス

 一見すると「悪魔4体の打倒を達成したリリアナは仲間を裏切ってボーラスのもとへ向かった」という結末。最初にボーラスがリリアナへと契約を仲介したのであり、また過去に別件でリリアナはボーラスのために動いていたこともあります。ですが『ドミナリア』ストーリーにて次第に変わっていくリリアナに、一体どうやってこの最悪な結末になってしまうんだ……と注目されていました。

 ベルゼンロックを倒した際、リリアナは皮膚の契約文が消えないことに気づきました。ですが契約相手がいなくなっても契約が無かったことにはならない、と前向きに解釈します。ウェザーライト号のみんなに晴れ晴れと別れを告げ、新たに得た仲間とともにいざジェイスと合流へ……というところでリリアナはプレインズウォークできませんでした。嫌な予感を抱く彼女の前に現れたのは。

Magic Story『ドミナリアへの帰還』第12話より引用

ニコル・ボーラスが闇から実体を現した。鱗のドラゴンの巨体が威圧するように立ち、その純粋な存在の重さが彼女の世界から全ての光と空気を奪った。

「リリアナよ、おぬしは契約文をもっと詳細に読み込むべきであったな。どうやら気付いていなかったと見える。悪魔らが死したなら、おぬしの契約はその紹介者へ、我へと渡る」

プレインズウォーカー、ニコル・ボーラス

 さてこの契約内容は本当に元々存在したのか。ボーラスがリリアナへと契約を紹介した『マジック・オリジン』の回をあたってみました。

Magic Story「リリアナの『オリジン』:第四の契約」より引用

「四体の悪魔、そう言ったわよね。そして代価は私の魂、それでいい? 私が死んだら支払われる?」

「そこまで単純ではないがな」

「そうでしょうね」 リリアナは溜息をついた。「あなたと関わって単純にいく事なんてない。そうでしょう、ボーラス?」

 それっぽい描写はここですね。ボーラスは「そこまで単純ではない」とは言ったもののリリアナは詳細を確認しなかった、ということでよろしいか。ようやく自由になったと思ったら、多元宇宙での最悪の存在に縛られる羽目となった。そして従わなければ一瞬にして老いて死ぬ。その方がましかもしれないとすらリリアナは考えましたが、死んだとしても自由にはなれないというのは彼女が一番よく知っていました。そしてこの運命を逃れる方法はきっとある、わずかな希望を抱いてリリアナは仲間に別れも告げずボーラスを追いました。

 そして合流場所にリリアナが来ないことを心配したギデオンは一人戻り、リリアナが自分達を追わずにいずこかへ去ったことを知ります。もしも自分達を利用するだけだったなら、なぜ最後まで一緒にいたのだろう? そんな疑問はよぎりますが、目の前の事実は変わりませんでした。苦々しく、それでもリリアナを信じる心は捨てず、ギデオンは仲間のもとへと戻っていきました。

 そうして『ドミナリア』ストーリー全12回が完結しました。プレインズウォーカー達の結末は少し切ないものでしたが、新時代の明るい空気に包まれたドミナリア次元で、馴染みの顔も新しい顔も個性が際立って活躍していた物語はとても楽しいものでした。最終回でジョイラとティアナが話したように、ウェザーライト号の仲間達の物語はまだまだ続くのですよね。

ウェザーライト

 それではまた次回。

(終)

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